第2話 封印の村と生贄の少女
便秘で死に、異世界に転生した俺・便太郎。しかし、神の悪ノリでレベルアップができない体質にされてしまう。
そんな俺だったが、経験値を溜め込みすぎた結果、「発酵経験値」による異常な覚醒を果たす。
トイレで爆発的な力を得た俺は、街で俺をバカにしていた戦士を吹き飛ばしたが、自分の力に戸惑い、そのまま街を飛び出してしまった……。
俺は無我夢中で走った。
戦士を吹っ飛ばしたあの瞬間、明らかに俺の体は“異常”だった。
こんな力……これからどうすればいいのか分からない。
ひたすら走り続け、気づけば俺はとある村に辿り着いていた。
「……なんだここ……」
随分、寂れた村だった。
草は生い茂り、家の窓は閉ざされ、人気がまったく感じられない。
まるで、人がいなくなって久しい廃村のような雰囲気だ。
「……ヤバいとこに来た気がするな……」
俺は慎重に歩を進める。
村の中央に差し掛かると、そこには異様な雰囲気を放つ祭壇のようなものがあった。
その中心には、明らかにただならぬ棺が置かれている。
「なんだコレ?」
俺はふと、棺の蓋に手をかけた。
ギィ……と軋む音とともに蓋が開き、中を覗き込む。
そこには——
少女が横たわっていた。
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「え……?」
少女は目をギュッと閉じ、身を縮こまらせていた。
「私の命と引き換えに、どうか村をお守りください!!」
少女は強く叫んだ。
「……え?」
俺は目を丸くし、思わず聞き返す。
「何してるんですか?」
少女はビクッと体を震わせた。
「私の命はどうなってもいいです!どうか家族だけは……!」
そう言いながら、恐る恐る片目を開ける少女。
そして——
「人!? ……え!? 化け物は!? どこに!?」
少女は慌てて起き上がり、キョロキョロと辺りを見回す。
「え、えーと……化け物? いないけど?」
「……いない?」
少女は俺の顔を凝視し、ポカンとした表情を浮かべた。
「……あなた、誰?」
「いや、それこっちのセリフなんだけど……」
なんだこの状況?
少女はしばらく俺をじっと見つめたあと、
急にグッと顔を近づけてきた。
「……まさか、あなたが神の遣い……?」
「は?」
「だって! 私が棺に入ったのは、化け物から村を守るための生贄になるためなのに!」
「え!? お前、生贄!? マジで!?」
俺は目を剥いた。
この世界では生贄が普通なのか? いや、そんなわけないだろ!?
「でも……化け物はもういないの?」
少女は疑わしげに辺りを見回す。
俺もつられて辺りを見回したが……確かに、何もいない。
「……てか、化け物ってなんだよ? そんなのいなかったぞ?」
「おかしいわ……」
少女は眉をひそめた。
「この村には、“黒き呪いの狼”が現れるはずだったのに……」
「く、黒き呪いの狼?」
「そう……毎月、月の満ちる夜に、どこからともなく現れ、人々を襲う忌まわしき魔獣。
だから私は……村を救うために、生贄になろうとしたのに……」
そう言って少女は少し寂しげに目を伏せる。
「……っていうか、お前もしかして……」
俺は改めて少女の姿をじっくり観察する。
歳は15、6歳くらいだろうか。
白いワンピースのような薄い衣服をまとい、長い銀髪がさらさらと流れている。
神聖な雰囲気すら漂う、美しい少女だった。
「……ていうか、生贄って、自分で志願したの?」
「ええ。村の長老たちが決めたの。でも私は、それが村のためになるなら、と思って……」
「いや、ダメだろそれ!! どんな村だよ!!」
俺は思わずツッコんだ。
村人たち、頭おかしくねえか!?
なんでこの子が犠牲にならなきゃいけないんだ!?
「グルルル……!!!」
突如、背後から低く唸るような声が響いた。
「な、なんだ!?」
少女が顔を青ざめる。
「まさか……黒き呪いの狼!?」
俺はギョッとして振り返った。
闇の中から、一匹の漆黒の巨大な狼が姿を現す。
その目は血のように赤く光り、不気味なオーラを漂わせていた。
「き、来た……!?」
少女が震える声で叫ぶ。
「逃げて!! あなたまで巻き込まれる!!」
逃げる!? そんな簡単に言うなよ!
俺はどっちにしろ戦う力なんかないし、逃げる以外の選択肢はねぇけど!!
「クソ……!」
俺は狼を見据える。
逃げるなら今しかない……でも、足がすくんで動けない!!
狼は低く唸りながら、俺をじっと睨んでいる。
目が合った瞬間、心臓が凍りつくような感覚がした。
「や、やべえ……これ……死ぬやつじゃね?」
狼はゆっくりと前足を踏み出した。
や、殺られる!
そう思った瞬間、全身に力が入った。
「ブボォッ!!」
デカい屁が出た。
「……へ?」
俺も驚いたが、狼の方がもっと驚いていた。
「グル……?」
狼は俺を見て、ブルブルと震え始め——
「キュイン!!!」
次の瞬間、全速力で森の奥へと逃げ去っていった。
「え……?」
俺と少女は、呆然と立ち尽くす。
「す、すごい……!」
少女が俺を見上げ、目を輝かせた。
「あなた、まさか本当に神の遣いなのね!?」
いや、俺が屁をこいただけなんだけど!?
「急ぎましょう! 村の賢者様に報告しなくては!」
こうして俺は、自分でも知らないうちに救世主扱いされ、村の賢者のもとへ連れて行かれることになったのだった……。