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第1話

「判決を言い渡す―――死刑」


 裁判官の決定は絶対不可侵。その発言を覆すことはすでに遅く、決められた運命が自身へと襲いかかる。


僕の罪は一つ。それは―――魔女になったことだ。



「今世はどうだった?楽しかったかい?」


 葬式の最中、天使が老齢の男性に声をかける。


「ええ、とても良い人生でした。良き友に出会え、最愛の妻と出逢い、子どもたちに恵まれ、余生を楽しむことが出来ました。もう心残りはございません」


「それは良かった。君は(ラック)値がやたらと高いからね。だから、良い巡り合わせがあったんだろうさ」


「そうなんですね、運を与えて下さった神様には感謝しかありません。本当にありがとうございます」


 自分の葬式を空から眺めながら、天使と会話する老人が一人。


 3日前に亡くなった妻を追うように自室で亡くなった。葬式には、子どもや孫たち、縁が深い人たちが参列し、みんな涙を流しながら、参加している。


「あ、フジさん。自分も足腰弱くなってきとるのに、有難いことに来てくれて。あっちには當山さんとこの結城くんか。長いこと下で働いてくれたけど、あの子ほど優秀な子は見なかったなぁ。あれ?あっちにも、こっちにも…皆さん、来て頂き、本当にありがとうございます」


 生きている人には聞こえていないのに、空から感謝の言葉とともに、頭を下げる。


「君は本当に、多くの人に慕われていたんだね…それじゃあ、そろそろ行こうか」


「ええ、分かりました…天使さま、死後の世界というのはどういった世界なのでしょうか?」


 ふと疑問に思ったことを天使に伝える。


「死後の世界?あーそっか。人間界では、そういう考え方だったね。でも実際は違って、死んだらこの世界ではない別の世界に行くことになってるんだ。いくつもの世界を渡り、命は循環しているんだよ」


「そう、なんですね。私たち、人の考えは、少し見当違いだったわけですか…新しい考えを得られました。天使さま、ありがとうございます」


「今の言葉からだけでも、君の人柄がよく分かるよ。普通は、次の世界のことを熱心に聞きたがるんだけど」


 天使は少し困った顔で、頭をかく。今まで出会ったどの人間、動植物とも違った性格の持ち主との邂逅だった。


「なるほど…では、お聞きします。私はどんな世界に行くのでしょうか?」


「うん、ありがとう。そう聞かれると有難いよ。君が次に行く世界は、この世界に似て非なる世界だよ。違うのは、魔法が存在すること」


「魔法、ですか。いわゆる、異世界ふぁんたじーというものですね?」


「おっ!よく知ってるね」


「孫たちがよく勧めてきまして、漫画やアニメを見て、知識だけは少しばかり」


「僕たちの助言が上手く機能してるみたいで良かったよ。今巷で賑わってる異世界ものは、世界の真理を少しばかり齧ったものなんだ。そうした方が、こうなった場合の理解が早くなって、楽なんだよ」


「天使様は大変ですね…しかし、効率化が目的とはいえ、無知な私たちに知識を与えてくださる貴方様方は、まさしく天使さま、そのものです」


「褒められて悪い気はしないね!うん、君は本当に良い性格をしてる。僕は君が気に入った。恩義をかけよう」


「いえいえ、滅相もありません。恩義をいただくわけには」


「いいのいいの!もう決めたことだから!それに、本来、別の世界に行った時は、記憶を消すのが当たり前なんだけど、君は今の記憶を持ったまま、別世界に行けるようにしてあげるね!」


「なるほど…こちらの世界の知識は向こうの世界ではアドバンテージになると。それが、高度な技術的知識であれば、文明を飛躍的に向上させるかもしれない、ということですか?」


「あっはは!まさにその通りだよ!うん、やっぱり君はいいね!さあ、行こう。次の世界へ!君の未来は、明るいよ?」


 天使は不敵に笑いかける。老人の手を引き、次の世界へと飛翔する。天使の羽が1枚、人間界の空を、ヒラヒラと落ちていった。


@@@@@@@@@@


「ふぅ、こんなものかな。お父さん!お母さん!終わったよー!」


 汗だくになりながら頼まれ事を済ませる。


「おお!でかした!流石は我が息子!」


「流石、ママとパパの子ね〜なんでも出来ちゃう!」


「2人の教え方が上手いだけだよ」


「またまたそんな〜ねえ、貴方?」


「ほんとだぞー?謙遜はするな!俺たちは家族だろう?褒められたら素直に喜びなさい」


「わかった。じゃーお言葉に甘えて。ありがとう、お父さん!お母さん!」


 この世界に転生してから早10年が経った。良い両親に巡り会えて、私はとても幸せだ。


 父は世界的に有名な芸術家。ヒノキの原木をチェーンソーで削って作る木彫りの作品は、どれもこれも巧みの技を感じられる。


 世界各地から依頼が押し寄せ、裕福とまではいかないが、それなりに良い生活を送っている。

本当、お父さんには感謝しかありません。


 ただ一つ難点を挙げるとするならば、住んでいる場所が、人里離れた森の中だということぐらいだ。


 作品に使うヒノキが群生している森の中に、ポツンと一軒家が立っている。電気や水道は通っているから何不自由ない生活なのだが、時折、設備が故障することがある。


 近くの町から家までは車で3時間ほどかかるので修理に来てもらうわけにもいかず、自分たちで修理する他ない。


 まさかここで、前世の記憶(知識)が役に立つなんて、思いもよらなかったよ。


「しかしなぁー10歳にして、父さんよりも直すの上手くなるとはなぁーうんうん、本当に感心だ」


「本当よね〜一度教えただけで全部分かっちゃうんだから。やっぱり、うちの子天才なのかしら?」


「言い過ぎだよ。流石に一回だと覚えられなかったよ?」


 これは嘘。構造も治し方も、前世で取り扱っていた物とほとんど一緒だったから、出来たんだ。


「そうかしら〜あ、そうだ。お風呂場の方も調子悪いんだったわ〜一緒に見て来てくれる?」


「うん、もちろん!」


こうして、私の、いや、僕の第二の人生が始まった。


@@@@@@@@@@


 某日。ブラジルの片田舎で、それは起こっていた。


「魔女だー!魔女が現れたぞー!」


「殺せー!魔女は皆殺しだー!」


「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」


「松明に火を灯せ!魔女は闇の住人、火を嫌う!」


「魔女を差し出せ!家族の命だけは助けてやる!」


 発展途上国。スマホが復旧しておらず、電気や水道といったインフラも整備されていない土地。


 人々は、松明に火を灯し、一軒家を取り囲んでいる。騒々しい外からの怒声に怯えながら、家族は最後の晩餐をしていた。


「カル、お前だけをやつらに引き渡したりはしない。我々には味方がいる」


「う、うん!名前を知られてはいけないあの組織のことだよね…?」


「そうよ。あの方達が必ず助けてくれるわ。だから今は、食事をしましょ」


「うん、わかった…あ、そういえば、お姉ちゃんはどこ?」


 大理石の皿の上に、レア焼きのステーキが乗っている。フォークとナイフを使い、食べ進める両親の手が、止まる。


「…お姉ちゃんは、外にいるわ。それより、今はご飯を楽しみましょ。ほら、ステーキがこんなに美味しそうよ」


 一方、その頃、外では…


「本当に見たんだな?魔法を」


「ええ、見ましたわ!この目でしっかりと!弟が指から炎を出し、暖炉に火をつけたところを!バッチリと!こ・の・目・で!」


「あいわかったぁ!!皆んな、あの家の息子が魔女だ!捕まえて教会に連れて行くぞ!!もし捕まえられないと判断した場合は、殺せ!子どもだろうと容赦するな!魔女は人間の敵だ!」


 長女のリークにより、街の住民たちが集結。今にも家に乗り込まんとする勢いだ。歪んだ正義を持った人たちが集まる。それは、弱者を黙殺する、数の暴力でしかない。


「皆んな!!行くぞー!!!」


『ガチャッ』


 号令に合わせ、走り出そうとした最中、一軒家の扉が開いた。


 中から出て来たのは、両親と息子。カルは、両親と手を繋ぎながら、長女の近くまで歩いてくる。人々は、突然の出来事に、ただ固唾を呑むことしか出来なかった。


「あ、お姉ちゃん!こんなところにいたんだ!あのね、聞きたいことがあるんだけど」


 両親の手を離れ、天真爛漫な笑顔で近づいてくるカルに、長女は内心で怯えていた。


「なんで、僕を売ったの?」


 今までの笑顔が、反転。目から血の涙を流し、歯を食いしばる。怒りの形相へと変わる。


「ひぃっ…!」


「…お姉ちゃんなんて、死んじゃえ」


 ひどく冷たく、それでいて、怒りが暴発しそうなほど詰め込まれた言葉は、長女の恐怖を最大限に引き上げた。


「ぃやっ!たっす、け」


 あまりの恐怖に、上手く言葉が出ない。流れ出る涙と鼻水を拭うことなく、カルに背を向けて、がむしゃらに走り出した。


 カルは、右手の人差し指を上に。


火球(ファイヤーボール)


 魔法の詠唱――完了。

人差し指の先に、バスケットボール大の火球が現れる。


 カルは迷うことなく、実の姉に狙いをつけて指を下ろす。火球は、狙った獲物を捉え、見事に命中した。


「あぁあぁあああ!!!あつい!!あつ!!い!!!」


 火球は長女の頭部に当たり、自慢のロングヘアーを燃やしていく。一連の事態に、呆気を取られていた面々だったが、長女の悲鳴で正気を取り戻したようだ。


「……と、とらえろ、魔女を捕らえろー!!!!」


 銃を買う金はないため、農作業で使うクワやカマを構え、襲いかかるが、


「おいで、カル。一緒に逝こう」


「パパママ……うん!火爆(ファイヤーボム)!」


人たちが集まってくる前に、両親がカルを抱きしめる。


 魔法の詠唱が完了し、服の隙間から見えるカルの手足や頭部の皮膚の内側で、オレンジや黄色の光がまだらに浮かび上がる。


 直後、カルを中心地に爆発。本人だけでなく、両親も跡形もなく吹き飛び、集まり始めていた人々を、爆風で吹き飛ばした。


魔女狩りは、悲惨な結果で終わった。


◆◆◆


 一軒家から少し離れた丘の上。響いてきた爆発音が、事の顛末を伝える。


「大丈夫か?」


「うん、大丈夫…パパママ、ありがとう。今まで育ててくれて…っ」


「憎いか?この世界が、下等人(ノーマン)が」


「…憎い、とっても」


「その憎しみを忘れるな。我々の悲願を叶える、その日まで」


「うん」


 カルは、黒のシルクハットを被った男に連れられ、森の中へと消えていった。


@@@@@@@@@@


『はーい!今日は出雲大社に来ておりまーす!いやぁ〜パワースポットですねぇ〜!神様の力を間近に感じます!そんな出雲大社ですが、最近、妙なことが起こっているそうです!早速、住職さんに聞いてみましょう!


〜♪〜♪〜♪


番組の途中ではありますが、臨時ニュースをお伝えします。今入ってきた情報によりますと、昨夜未明、ブラジル郊外にある一軒家で魔女が発見されました。魔女は、実の姉を火の玉で襲撃したのちに、自らの身体を爆弾に変え、両親を巻き込み、自害した模様です。

魔女:カルロス・バーンによる爆発は、取り押さえようとした近隣住民にも及び、死者2名、重症者1名、軽症者多数の被害が出ております。

魔女は非常に危険な存在です。どこに潜んでいるか分かりません。間違っていても構いません。魔女かな?と思われましたら、警察庁魔女対策課にお電話ください。くれぐれも、下手に刺激しないようご注意ください』


 朝からけたたましくテレビからニュースが流れる。先に起きていた両親は、珈琲を飲みながら、それを見ていた。


「助けに入ったな、これは」


「そうね…カルロス君を助けるために、ご両親は」


「おはよう。お父さん、お母さん」


ドアを開け、リビングに着く。


「怖いニュースね〜」


「本当に怖いニュースだ。俺たちも気をつけないとな…おっ!おはよう!我が息子よ!」


「おはよう〜」


「うん、おはよう。お父さんは相変わらず、朝から元気だね」


「おうよ!一家の大黒柱ってのは、その家の雰囲気の要だからな!元気にしてたら、家族皆んな、つられて元気になってくだろ?あ、待てよ?クールなパパの方が…カッコいいか?」


「うーん…お父さんはやっぱり元気じゃないと、変な感じがするよ。ね、お母さん」


「うんうん、お父さんはどっちでもカッコいいとは思うけど〜元気モリモリの方がお母さんも楽しいわ〜」


「そうか?じゃークールなのは無しだ!よし、みんなで元気に朝食を食べよう!母さん、用意手伝うよ!」


「あら、ありがと〜」


 2人は一緒にキッチンへ向かう。


「本当に仲良いなぁ〜(僕も昔は、妻と2人でよく一緒に朝食を作ったものだ。懐かしい…)」


 昔を懐かしみながら、今の生活を享受する。ティファールでお湯を沸かし、スティックの紅茶をコップに入れて、お湯を入れる。


 この世界は、元いた世界とほとんど変わらない。化学も技術も進歩しているし、テレビやエアコンなどの電子機器も充実している。所々違う点はあるが、一番気になったのは、今朝のニュースでも言っていた魔女が存在する事だ。


 魔女は、男女関係なく、魔法を使う者の総称をいう。前世の地球でも中世には魔女狩りはあったが、この世界では、その後も脈々と受け継がれ、現世まで続いているようだ。


「そういや、明日から新学期じゃなかったか?」


「…え?あ、うん。そうだよ。まあ、新学期と言っても校舎に行くわけじゃないけどね」


「こう?しゃ?なんだそりゃ」


「あ、そっか…ちょっと寝ぼけてた」


 考えに耽っていてお父さんからの突然の質問に、つい、元の世界の知識で答えてしまった。


「珍しいな、寝ぼけるなんて。今日は雪でも降るんじゃないか?」


「僕だって寝ぼけることだってあるよ。ひどいなーお父さんは」


「そうよー!お母さんの子なんだもんー!天然成分50%配合よー!」


「お母さん、それはちょっと違う気が」


「えー?そうー?」


「がっはっはっ!母さんには誰も勝てんな!」


「えー?どういうことー?」


「確かにそうだね」


「もー2人の世界に入っちゃってー朝ごはん食べるよー」


「話題が急に変わったね」


「だってお母さん分かんないんだもん。プンプン」


「プンプンって。その言葉、しょうが抜けてるよ?」


 一家団欒。朝食を3人で一緒に食べた。


◆◆◆


 この世界には、学校という概念はあるものの校舎はない。学校に入学すると、教育機関から、高性能パソコンと据置型360度カメラを渡される。


それを部屋に設置してパソコンから授業に参加し、なおかつ、360度カメラで生徒がサボっていないかを先生側がリアルタイムに把握することが出来る。


 一番驚いたのが、小学校、中学校という概念が無いことだ。この世界では、10歳になる年の4月に学校に入学すると、そこから10年間、一律、通信で授業を受けることになる。


 前世では、中学校の段階で、両親からお受験をさせられ、高校は偏差値の高い所で、それ以降は将来なりたいものによって変えなさい、と教えられてきた。


 初めて自ら大学を選んだ時の、あの緊張感と高揚感は今でも忘れられない。ただ、あまり有名ではない大学だったため、小馬鹿にされることが多かったのは…そう言った意味では、小中高という概念自体が無いことで学校ごとのヒエラルキーがなくなり、勉強に差別が生まれないのは、非常に賢いやり方だと思う。本当に。


◆◆◆


 世界の違いを肌で感じながら、昨日頼まれていた給湯器の修理をしに、外からお風呂場へ向かう。


「今日も暑いなーどこの世界も温暖化は一緒なのかな?ふぅーとりあえず、やりますか」


 燦々と照りつける太陽の下、一つ一つ問題点を潰していく。


「これ、か。中の配管が老朽化で錆びて、小さな穴が空いてるなー。ここからお湯が漏れて、温まりづらかったのか…他の配管はー大丈夫そうだ。よし!これだけ新しい配管と交換すれば直りそうだけど…配管、あったかな?」


 疑問を持ちながら、配管や他の部材が置いてある蔵へ向かう。


「あーやっぱり無いか。どうしよ、街まで買いに行くのは大変だし…」


 片道3時間。往復6時間。買いに行くだけで、今日一日が終わってしまう。


「2人には止められてるけど、しょうがない。作ろう」


 用心深く、蔵の窓、扉を全部閉める。今からすることを家族以外の誰かに見られたら、まずい状況になる。いつも見るニュースが、それを物語っていた。


◆◆◆


 一方その頃、ポツンと一軒家には、来客が現れていた。


「すいませーん。テレビ夕日の者ですが、どなたかいらっしゃいませんかー?」


 夕日放送テレビで作られている人気番組、ポッツンと一軒家。そのスタッフが今まさに、到着していた。


「あれ?誰もいないのかな?でも、何か音が向こうの方からしているな。少し行ってみましょう」


 運が悪いことに、父はチェンソーの音で何も聞こえず、母は片道3時間かけて、街まで食材を調達しに行っていた。


 家の奥には、蔵、父の工房の順にあり、スタッフは、先に目についた蔵へと向かっていく。


「すいませーん!どなたかいらっしゃいませんかー!?」


 声を大にして、人を探す。たどり着いた蔵の窓から、中を覗き込もうと…



銅精製(ブロンズメイク)


 魔法の詠唱――完了。

茶色に鈍く光る銅が、何もない空間から生まれる。


銅操作(ブロンズコントロール)


 魔法の詠唱――完了。

塊の銅を両手で触ると、グニャリと形を変える。粘土をこねるように配管の形に。


防錆処理(アンティラコート)


 魔法の詠唱――完了。

酸化防止の表面処理を済ませる。


「前世でも、銅の配管だからすぐに曲げられたけど、自由に作れるのは本当に便利だなー…魔法と技術を合わせれば、もっと文明レベルが上がる気がする。でも今のご時世だと厳しいんだろうね」


 歳をとると独り言が増えていく。前世の記憶を持っているため、ついつい癖が出てしまう。

ぶつぶつと言いながら、蔵を出る。普段、誰もいないからと油断していた、完全に。


「あ、すいません。テレビ夕日のポッツンと一軒家という番組の者ですが…」


突然かけられた声に、


「うわぁ!びっっくりしたぁ!」


ついつい声を上げてしまった。


「驚かせてしまってすいません!」


「あ、いえいえ。こちらこそ驚いてしまってすいません」


「いえいえ、こちらこそすいませんでした!それでですね、ポッツンと一軒家という番組はご存知でしょうか?」


 (^_^;)←こんな顔文字で話しかけてくるものだから、悪い人ではなさそうだ。


「勿論知ってますよ。よく家族揃って見てます。いつかはうちに来るかなーなんて昨日見ながら話してました。あ、そうだ。父を紹介しますね。こちらへどうぞ」


「あ、ありがとうございます!」


 申し訳なさそうな笑顔と精一杯のお礼の言葉を受けながら、父の仕事場へ向かう。


蔵から少し歩いたところにある仕事場の扉を開け、中へ入る。


(さっきの独り言、聞かれてなかったみたいだね。よかったー本当に。お父さんのチェーンソーの音で殆ど聞こえなかったんだな、きっと。もし聞かれてたなら、素直そうな人だし、顔に出てるはず。なにより、子どもが魔法を使っていたらその親も魔女だと思って、怖くて逃げちゃうだろうし)


「お父さん!お父さん!!」


 集中状態に入った父を、他人が呼び戻すのは相当苦労するみたいで、よく来る常連さんが声が枯れるぐらい大声で名前を呼んでも気付かなかったぐらいだ。ただ家族であれば、割と気付く確率が上がる。


「ーーーん?なんだ、珍しいな!仕事中に話しかけてくるなんて!どうした?」


「お客さん!いつも見てるポッツンと一軒家の番組の人だって!」


「おー!!本当か!!我が家にもいつか来るだろうと思ってたけど、その日が来たとは!母さんにも連絡しとこう!」


 おもむろにズボンから携帯を取り出し、ラインで現状を伝える。すぐに、ポンっと通知音とともに返信がきた。


「『ほんとに〜!?今帰ってる最中だから15時ごろまで居てもらってて〜!』とのことなので、どうぞ、こちらへ」


「あ、はい!ご親切にどうも」


 父が番組の人を家の中へ案内する。


「後は任せてもいいかな…夜までに給湯器直さないと」


 後は父に全て任せ、作った配管を持って、作業に戻る。


そうこうしている内に…


「ただいま〜!まだ番組の人いる〜!?」


 普段、安全運転の鏡のような母が、軽自動車を爆走しながら帰ってきた。そして、帰ってくるやいなや、玄関の扉を開け、父に向かって確認するように声をかける。


「おう!おかえり!大丈夫、いてもらったからよ!」


「よかったぁ〜!」


 父に連れられ、母も家の中へ消えていく。こうして、取材班は手厚い歓迎を受け、取材を進めていくのだった。


ーーーーー


『いや〜凄い反響でしたね!まさか、ポッツンと一軒家で、かの有名なアーティストの家にお邪魔するなんて、こんな偶然があるものなんですね〜!』


 番組のコメンテーターがコメントを挟む。それを、家族3人で見ていた。


「ほわぁ〜お母さん、テレビデビューしちゃった…感謝感激雨霰よ〜!」


「感謝感激雨霰って、その言葉。ちょっとしょうが抜けてるね」


「そう?お母さんはそうは思わないわ!自分が問題なければ大丈夫なのよ」


「なるほど…流石はお母さん。一理あるね」


「ふふ〜ん!どやぁ〜」


「ドヤ顔もちょっとしょうが抜けてる」


「ええ〜!そんなことないよ!この前テレビでもドヤ顔してたよ?」


「うーん。ドヤ顔というより、どやぁ〜の方がかな」


「えぇ〜そんなこと言われたら、お母さん何も言えなくなっちゃう」


「お母さんは平成初期を生きてるよね」


「なになに?お母さんは時を超えれるってこと?そんな急に褒められると照れるわ〜」


「いやいや、褒めてないから。それより、お父さん。今日はやけに静かだね?」


「ーーーーん?あぁ、そりゃそうだ!母さんの晴れ舞台!1秒たりとも見逃すわけにはいかないからな!!しっかり脳裏に焼き付けてるんだよ!」


「照れるわぁ〜」


「えぇー…すぐそばに本人いるのに?」


 二人のラブラブ具合には、流石の僕も呆れるしかなかった。


ーーーーー


 都内のネットカフェ。大きめの部屋に2人で、ポッツンと一軒家を見ていたが、ある違和感を覚えた。


 それは、少年が蔵から出てきた時のこと。スタッフが回していたカメラに、偶然、少年が独り言を言っているのが撮られていた。


「これ、何か言ってない?」


「確かに。なんて言ってんだろ。音力上げてみようぜ」


「ああ……スタッフの声とか風の音とかチェンソー?の音が邪魔でよく聞こえねぇー」


「本当だな。ふっ、久々に楽しそうな無理難題だな!」


「ああ、俺らの力、世間に見つけてやろうぜ!」


 番組を見ていたこの人物たち。かつて、世間を悪い意味で騒がせたお騒がせどもである。


 少し前、自宅での自撮りをSNSに載せたアイドルの家が特定された、というニュースがあった。


犯人は、写真の中の目に映る景色から、間取り、色彩、風景を割り出し、他の投稿からその人物の活動範囲を探り当て、見事、自宅を突き止めた。恐ろしいほどの執念をもつ人物だったのだ。


この2人が、まさしく、その犯人である。


「他の音はこっちで消せるだけ消してみる」


「わかった。こっちは、ドアップで口の動きを見る。高解像度スキャンして見れば、まるわかりだぜ!」


意気揚々と鼻息荒く、作業が始まった。


…1時間ほど時間がたった。


「駄目だ。音が多すぎて消しきれない…だがしかし、雑音混じりだけど多少聞き取れるようになったぞ」


「オッケー。スキャン終わって、口の動きから、母音のあいうえお、は読み取れるようになったぜ」


「よし。じゃー俺の聞き取りづらい音と」


「俺の口の動きを合わせて見れば」


「「ふっふっふっ…!」」


 口元を緩めながら、含みを込めた笑いを。そして、二人は解析を進めていく。


『ザ…ザッザザァァーーー』


 最初の声は、蔵の扉を閉める音と重なり聞こえない。ただ、その後は


「た な … あ ほ う と き し つ を あ わ せ れ は …駄目だ、聞こえない」


「ちょっと待とうぜ…ほら、聞こえるようになった。い ま の こ し せ い あ と き ひ い い ん た ろ う え …うーん?何を喋ってるんだ?これ?」


「分からないな、今の状態だと全く。音をよりクリアにするのは難しいが、濁音やあかさたなの微妙な口の変化を見極められれば」


「この無理難題も解けるかもしれねぇ…くぅ〜!やる気湧いてくるぜぇ〜!

そうだ!似たような言葉をはめて聞いてみるってのはどうだ?割とピッタリくるのがあるかもよ?」


 それから2人は思いつく言葉を当て込んでみたり、口の動きをよく見て、微妙な変化を見つけていった。


そして、解析作業が始まって…20時間が過ぎた。


「やっぱり最初は分からないな。蔵から出てきて口は見えず、音もドアを閉めるので拾えない」


「だけど、俺たちはついにやりとげた…」


「ああ…冒頭部分以外は完璧に読み解けた」


「「…俺たちの勝利だ!!」」


「よし!さっそくSNSに載せようぜ!これは世紀の大発見だからな!驚愕の事実に、恐怖で顔が引き攣るその瞬間を!とくと味わうがいい!はーはっはっはっ!!」


「どこぞの魔王と笑い方一緒かよ。でも、お前の言う通り、これは世界を揺るがすかもしれないな…」


 2人は、読み解いた言葉を知った時、恐怖した。だがそれと同様に歓喜した。自分たちが、正しいことをしたんだという喜びを、節々と感じていた。


 録画した動画の下に、テロップで読み解いた言葉を書いて投稿。結果、バズった。総いいね、総ツイート合わせて400万を超えた。


投稿されたテロップの内容が、これだ。


『魔法と技術を合わせれば………今のご時世だと厳しいんだろうね』


 魔法を使っていることを示唆する発言と、世界を変革しようという反国精神の現れ。


ネットだけで繋がった顔も知らない人々が、いいカモがキタと、こぞって弱者を糾弾し始める。



 それから、3日も経たない内に、SNSに挙げられたこれが事実なのか、ニュースはこぞって報道。その後、国から正式に専門機関に依頼。結果、それが事実であったことを明かした。ただ、内容は少し異なるようで、実際に少年が言った独り言通りの結果が報道された。


『魔法と技術を合わせれば、もっと文明レベルが上がる気がする。でも今のご時世だと厳しいんだろうね』


 反国精神がないことは証明されたが、魔女という事実だけは言い逃れることは出来ない。


政府は、警察庁魔女対策課に捕縛命令を下した。


ーーーーー


 イギリス。聖堂協会。高齢の神父(プリースト)が、ミサを行なっている。ステンドガラスがあしらわれた綺麗な教会だ。


裏へと繋がる扉を開け、幼い修道女(シスター)が現れる。長椅子には、神父(プリースト)修道女(シスター)が大勢腰掛けている。


「姫さま、どうかされましたか?」


 ミサ進行中の老神父が、現れた少女へ声をかける。


「…皆、聞いてくれ。日本國で問題が発生した。すぐさま、向かう準備を頼む」


「イエス、マイロード」


 立っていた老神父はすぐさま膝をつく。長椅子に座っていた神父、修道女も椅子から立ち上がり、同じように膝をついた。


ーーーーー


「えーこちら、かの有名なアーティストの自宅近くより中継しております。えーもう間もなく、警察庁魔女対策課が訪問する予定となっております。皆さま、くれぐれも興味本位で近付かないよう、ご注意願います」


 連日、家の近くでは報道陣が張り込み、人の出入りや魔女が逃げないか、見張っている。ただし、一定以上距離を空けていた。


「ごめんなさい。まさか、独り言がこんな風に発展するとは思わなくて…」


「はっはっはっ!気にするな!どうせいつかはバレることだ!後悔先に立たず!過去を悔やむよりも未来のことを考えような!」


「そうよぉ〜お母さんもお父さんとぜっんぜん気にしてないから〜それに、私たちには味方がいるのよ?」


「え、味方?」


「そうだ!警察が来るよりも早く来てくれるはずだ!もう少しのーーー」


「すまない。待たせたな」


「うわぁ!?なんでテレビから!?」


 両親と話していると、突然、真っ暗なテレビから人が現れた。見た目は、修道女の服を着た幼い女の子だ。


「魔法を知らないのか?これは空間魔法。ポイントを決めれば、どこにでも瞬時に移動出来る。今の時代、テレビであれば怪しまれない」


「なるほど…それより、貴方は?」


「息子よ、こうべを垂れなさい。このお方は、俺たち魔女の姫さまだ」


「…このお方が、あの有名なお姫様?」


 小さい頃、両親からよく聞かされたお伽話。そこに登場するのが、魔女の姫さまだ。


 姫さまは、圧倒的魔力を持ち、遥か太古に存在していた竜の亡き骸から、魔法で都市を作り上げた。その時、竜の魂と契約。下等人(ノーマン)には絶対に見つけることが出来ないようにする代わりに、生まれてから死ぬまでの間、魔力を注ぎ続けることを誓った。膨大な魔力は今だに減ることはなく、都市の平和は守られている。


 この話を聞いて、いつも思っていた。姫さまは、都市に身を捧げ、寂しくないのかと。その答えが分かる時は無いのだろう、と思っていたが、まさか、その本人が目の前にいるなんて!


「これはとんだ失礼を。かの有名なアリアル・カエストロ・ナルニア様だとは知らずに。ご無礼をお許しください」


「良い、表を上げて楽にせよ。今は一刻を争う自体、憎き警察がすぐそこまで迫っている。其方たちの意見を聞かせてはもらえないだろうか?」


「はっ!俺と妻は、このまま、警察に投降しようかと思っております」


「ほぉ?それは何故だ?」


「今まで創り上げていたお客さんとの繋がりを元に、世間の魔女への偏見を正すきっかけになれば、と思っております!」


「なるほど、なかなか良い考えだ。其方がそこまで考えているからには、勝算はあるのだな?」


「勝算、というには力不足ですが…常連さんには、各国の政治家や資産家がいるので、情に訴えかければ何かしらのアクションが起こせるかと」


「…うん、その案に協力しよう。全力でバックアップさせてもらう。それで、息子の方はどうする?こちらで預かり、学園に通わせるか?」


「協力感謝いたします!そう、ですね…少し、家族で相談してからでもよろしいでしょうか?」


「うん、構わない。だがあまり時間がない。手短に頼む」


 父は、姫さまのご厚意に頭を下げる。僕たちは、場を移し、話し合いを始めた。


「状況はそれなりに受け止められているか?」


「それなりには理解してるよ。こういうことだよね?


僕が魔法を使ったことが世間にばれる。このままでは断罪される。

名前を知られてはいけないあの組織の方達が助けに来た。姫さまも一緒に。

これから、お父さんたちと一緒に投降し断罪されるか。姫さまたちに着いていき、学園?なる場所で守られながら過ごすか。どちらかを選ばないといけない。


お父さん、お母さんが魔女で、空想上の人物だと思っていた姫さまと知り合いだったのは、驚いたけどね」


 両親から魔女や魔法のことは教えてもらっていたが、習っていたわけではない。主に、概要やどういった危険があるか等、表面的なものしか教わらなかったため、てっきり、2人は魔法が使えないものと思い込んでいた。


もし2人が下等人(ノーマン)なら、姫さまが直々に会いにくるわけがない…もしかして、お父さんは結構すごい人なのではないだろうか?


「流石は俺と母さんの息子だ!頭の出来が違う!父さんは昔、姫さまの下で働いていたんだ!ま、母さんと出会って恋に落ちて、下等人(ノーマン)に紛れて暮らすようになったんだけどな!いや〜あの頃の母さんは可愛かったなぁ〜」


「今は可愛くないのぉ?」


「幼なげない可愛さよりも、今は大人の可愛さと綺麗さが合わさって、もっと愛らしくなったな!」


「もぉ〜!照れるわぁ〜!」


「この状況下でもラブラブな2人が羨ましいよ」


「はっはっはっ!そうだろ?」


「うん、ほんとに。うんうん。それより話を戻そうよ。姫さまが言っていた学園ってなんのこと?」


 正直とても羨ましい。この世界で、一生の伴侶となる人と早く出逢いたいと心から思ってしまうほどに。でも、今は何よりもこの状況をどうするかを考えないと。


「学園はねぇ、姫さまが作られた都市の中にある魔法を学ぶ所よぉ〜。魔女専用の学校といった感じかしらぁ」


「なるほど…


(作られた都市の中にあるってことは、恐らく、前世の校舎のようなものがあるのだろう。そこで魔法を選ぶのも悪くないな。自己流だと限界を感じていた所だ。ただ)


僕が学園に行ったとして、2人はどうなるの?」


 両親の今度が気になる。魔女である僕を逃がせば、2人は警察から厳しく取り調べられる。最愛の両親が自分の過ちで傷付いている中、果たして、魔法を学ぶことに専念できるだろうか…いや、無理だ。そんなことをするぐらいなら、僕は。


「そうねぇ〜…」


 質問を受け、母は父の方へ顔を向けた。どちらも優しい顔で頷いた。


「貴方に嘘を言ってもぉ通じないと思うから、本当のことを言うねぇ。

私たちは、警察に捕まり、一生、刑務所から出られなくなるでしょうねぇ〜」


「やっぱり、そうなるよね…この世界は魔女に対して厳しすぎる」


「この世界って変な言い方するやつだな?まあいい!俺たちのことは気にするな!って言っても気にするのが、俺の息子の良い所か」


「……決めた。僕は、学園には行かない。2人についていくよ!そして、裁判所で言うんだ。魔女の中にも、普通の人と同じように暮らす人もいるんだって!そしたら、死刑だけは免れて、刑務所の中だけど、また3人一緒にいられると思うから」


「…そうねぇ。きっとそうなるわ」


「…ああ、きっとな」


 慈しむような眼差しで両親は僕を見つける。分かってる。これがどれだけ大変なことなのか。達成される確率は、1%にも満たないってことも。


 この先のことを考えると胸が張り裂けそうになる。それが顔に出ていたのだろう。2人は優しい笑顔で、抱きしめてくれた。


「ありがとう、お父さん。お母さん」


 この歳になって、と思うかもしれないが、歳をいくつ取ろうと、両親からの温かい抱擁は、とても嬉しいものだ。どこか心が救われたような気がする。



 そこから、姫さまと話し、今後の方針を決めた僕たち。1時間も経たないうちに、警察が現れ、裁判所へと連行される。外は日が落ち始めていた。


 裁判はネットで生中継され、リアルタイムでチャットを投稿できるようになっていた。


 裁判が開かれ、無実であることを僕は声を大にして訴えた。今まで普通の人と同じように暮らしてきて、誰にも危害を加えたことがないというのも勿論話した。


 お父さんの知り合いということで弁護を引き受けてくれた方から、近隣住民の方へ聞き込みをした動画を裁判所へ提出。普通の子どもと変わらず、異常はなかったことは証明された。


しかし、裁判長の顔は、依然厳しいままだ。


その後、父が証言台に上がった。厳格な裁判長が質問を投げかける。


「貴方は、子どもが魔女であることを知っていて隠していましたね?」


「ああ、そうだ。アンタも人の親だったら分かるだろ?」


「いえ、全く理解できません。魔女は悪の象徴。生まれた時から性格は歪み、他者に危害を加えることしか考えれない卑しい存在。生きている方が悲しいことでしょう。私の子どもが魔女になったならば、慈悲を込めて、一思いに殺します」


「それが魔女の理屈だというなら、俺の息子は違う!この子は、家の給湯器を治そうとして、魔法を使っただけなんだ!片道3時間、往復6時間の道を行き、夜に帰ってきて修理できずに、俺たちが寒い風呂に入らないように!駄目だと分かっていても、それでも魔法を使ってくれたんだ!自分の身の危険よりも俺たち家族を想ってくれる優しい子なんだ!」


「それが狡猾な嘘だとしたら?魔女は平気で嘘をつくと聞いたことがあります」


「聞いたことがあります、だって?そんな不確かな情報で息子を語るな!!それに、この状況がアンタには見えないのか!?世界の人たちが、俺の息子のことを擁護してくれているこの状況が!?」


 父親が、裁判長に対し、怒号を上げている。チャットも連動するように、大いに荒れていた。


父の常連客や世界中のファンから、


『息子くんと会ったことも話したこともあるが、とても親切で優しい子だった。死罪は重すぎるのでは?』


『こんな可愛い子を殺してどうなるの!?将来の遺産だよ!!?』


『行き道で迷ってしまった時、先生に電話したら息子さんが出てくれてねー。遠かったのに歩いて迎えにきてくれたんですよ。こんなに心優しく清らかな人はいないと思ったねー』


『狂った魔女は殺すべきだけど、この子は違う!正常な魔女は生かすべきだ!』


『死罪反対!!』


『誰も殺していないこの子よりも、何人も人も殺した一般人を処刑するべきだ!全く何してんだよ!国は!!?』


国を非難し、魔女を擁護する声が溢れかえっていた。反対意見もあるものの、それ以上の擁護の声で、チャットが更新されていく。


 今まで有名人や著名人、各国の首脳、幹部レベルの関係者から魔女が出たことはない。秘密裏に処理したり、上手く隠している人はいるものの、告白されたのは今回が初めてのケースだ。


そのため、過去に処刑されてきた魔女のことを可哀想、助けてあげたいと思いつつも、なかなか言い出せない環境に押し潰されていた思いが、ここぞとばかりに溢れかえっていた。


「……貴方は様々な人に愛されているのですね」


 裁判長の視線から厳しさが薄れ、優しい眼差しで被告人席にいる僕を見た、ような気がした。


「分かりました。様々の民族、国家、人々からの意見を聞き入れましょう」


「わ、わかってくれたのか!?裁判長!」


「ええ、よく分かりました」


 証言台の父へと視線を戻し、少し笑ってみせた。


「それでは、判決を言い渡します。

判決ーーーーー死刑」


「…は?」


父が話すより早く、有無を言わせぬ気迫で捲し立てる。


「愛されているからこそ危険なんですよ、魔女は。心酔する者が増えては困る。魔女に組し、犯罪を犯す者が増える可能性もあります」


「あんた今聞き入れるって!わかったって言ったじゃねぇか!!?」


「ええ、よく分かりました。人々の意見を、聞き入れた結果ですよ、これは。魔女は人々を誑かす危険分子であり、抹殺するべき存在であると、今まさに証明されたのですから!」


「なっ!?そんなのーーー」


「以上をもって、魔女断罪裁判を閉廷します。さあ、帰ってください。貴方たちがいくら喚こうが、騒ごうが、魔女は断罪!この世界の仕組みが変わらない限り、覆らないんですよ!」


 裁判長が声を荒げる。それに呼応するように、警察官が父に近づき、証言台から無理やり下ろそうとする。傍聴席の人々も他の警察官に促され、一斉に席を立った。


 必死に守ろうとしてくれているこの人たちに、自分は何を返せるのだろう。そんなことを思っていると、突如、頭の中で声が響いた。


『裁判を経てもなお、其方はまだルールに従うのか?魔女を悪と決めつけ、断罪する。間違った正義を誰も疑うことなく、行使し続ける。こんな歪んだ世界に、其方は、人生を委ねるのか?』


『この声は姫さま、ですね…僕はこれまで、会社のルールや社会の常識は何よりも守るべきだと思ってきました。正しいルールを守っているからこそ、人生が楽しく、華やぐのだと信じてきました。疑うことも知らず、ただ蒙昧に…』


『ーーー其方はどうしたい?』


『従うべきルールが間違っていると、お父さんや様々な人から気付かされた今なら分かります。より良い世界を作るために、立ち上がらなければならないと。

姫さま、僕を学園に連れていってもらえませんか?』


『ふむ、よく言った。それでこそ、あやつの子だ。両親の思い、他者の願い、無駄にするな。

そうと決まれば、やる事は一つ。其方には一度、死んでもらう。覚悟はいいか?』


『姫さまの仰せのままに』


 頭の中で姫さまの計画を聞く。美しくも芯のある声に聞き惚れながら。


そして、計画を実行に移す。まずは、この場を穏便に収めないと。


「皆さん、ありがとうございます」


 父と傍聴席、そしてカメラに向かって、深々とお辞儀。喧騒の場でもよく通る声だった。


「皆さんからの心温まるお言葉を受け、僕の心はぽかぽかと温かみを帯びています。最後に、良い経験をしました。感謝の言葉しか出てきません。ありがとうございます。

そして何より、お父さん。お母さん。僕をここまで育ててくれて、今も必死になって守ってくれて、ありがとう。僕は幸せ者だ…っ」


 必死に抑えようとするが、涙が溢れ出し、頬をつたい、床へと落ちていく。


「この世界の共通認識である魔女に対する恐怖が無くならない限り、差別や処刑はこれからもずっと続いていくでしょう。しかし、言わせてください。

これから、僕のような魔女を増やさないでください。到底無理なお願いだとは重々承知していますが、どうか!どうか!よろしくお願いします!!」


 もう一度、深々と頭を下げると、走ってきた警官隊によって、取り押されられた。


 その間も生中継は切れることなく、流れ続け、ネットでは魔女を擁護する声が溢れ返っていた。



 その後、独房に入れられ、死刑の準備が整うまで、大人しく待っていると、1時間としない内に、お迎えが来た。


 ワンルームほどの大きさの部屋の中へ入れられ、案内役は扉を閉めて出て行く。扉の内側に鍵穴はない。


 壁や天井、床までも黒で塗りつぶされた部屋には、家具一つなく、ただただ殺風景な印象を与える。ここで、どうやって殺すのか、疑問が湧いてくる。


だが、すぐに分かることになった。


「なん、だ、これ。急に目眩が」


 ぐにゃりと視界が歪む。狂った平衡感覚は、簡単に身体を地面に叩きつける。床に手をついて立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。


「っ…」


 急激に襲いかかってくる吐き気と頭痛。次々に身体の異常が現れ、意識も朦朧としてきた。


その状態で気付く。床に触れた耳が何かの振動を聞き取ったことを。これは、何かの機械が動く音…そうか、わかった!


死刑方法は、酸欠だ!


 密閉した部屋に正常値の酸素を満たし、死刑囚を中へ入れ、外側から鍵を閉める。


電気椅子や絞首刑を想像していた者にとって、何もない閉鎖空間はひと時の安心を与える。


その後、吸引機で空気を吸い込み、部屋内の酸素濃度を落としていく。地球上の酸素濃度が21%。そこから2%下がるだけで症状が出始める。


酸欠の別名は、サイレントキラー。音もなく、匂いもない。フラッと目眩がした時にはもう既に手遅れ。自力で逃げ出すことは出来ず、苦しみながら死んでいく。


 そしてこの部屋にはもう一つ仕掛けがある。人は古来より暗闇を怖がり、幽霊や妖怪がそこから現れると信じてきた。その心理的弱点をつくよう、部屋全体が黒く塗りつぶされているのだ。


死刑囚が見る最後の景色は、閉鎖空間内にある闇だけだ。魔女にとって、死ぬ時ですら、

救いはないのだと、人々は伝えたいのだ。慈悲すら与えられない存在なのだと。


ーーーーー


「其方は物好きなやつだな。死ぬ覚悟を問いはしたが、実際に死刑を受けてみたいなどと…」


「あ、はは…姫さまのお話を聞いて、死なないんだったら、どんなものか体験したいという好奇心が溢れ出てしまいまして。申し訳ございません」


「ふっ。其方は面白い人だな。だが、気をつけた方がいい。行き過ぎた好奇心は、其方自身を殺すかもしれない」


「はい、肝に銘じておきます。しかし、姫さまは凄いですね。仮死状態とはいえ、そこから復活させることが出来るなんて。そんな魔法があったことに、驚きが隠せません」


「うむ…その話はゆくゆく話すとしよう。じゃあ行こうか。魔女たちの隠れ家 魔法都市イルミアータへ」


「はい。どこまでもお供いたします」


「殊勝な心がけ、感謝する。転移(テレポート)


 魔法の詠唱ーー完了。多重魔法陣が地面に浮かび上がり、足元から頭上にかけて動いていく。徐々に消えていく身体を不思議そうに見ていると、魔法陣が目元まで近付いてきた。


 見開いたままなのはちょっと怖かったので、目を瞑り、転移(テレポート)が終わるのを待っていると、


「もう目を開けていいよ」


姫さまの言葉を受け、恐る恐る目を開ける。


「うわぁー…」


眼前に広がるのは、この世のものとは思えないほど美しい光景だった。


 青々しく生い茂る草原には、優しいそよ風が吹き、花々を優しく撫でていく。上を見上げれば、一点の曇りもない青空から陽光が燦々と降り注ぐ。空気は澄んでいて、確か、孫から薦められた異世界ものの中に、こんな感じのものがあったような…


「そうか…エルフの里はこんな感じだったんだ。漫画を読んで驚き、アニメを見て驚嘆したが、実際に見て更に驚かされるとは。まさに、天地ほどの差だ。美しい…」


「そうだろそうだろ〜。美しいだろ〜?連れてきたものは皆同じ反応をするんだ!魔女の隠れ家と聞けば、薄暗い洞穴の中をイメージする者が多いが、実際は違う。洞穴のように物理的に隠すのではなく、下等人(ノーマン)たちが決して到達することが出来ない場所に建っている!なおかつ、魔法で隠匿することで、この場所は真に完成したといっても過言ではない!人が踏み入れていない、手が加わっていない秘境の地だからこそ、ここは美しいんだ!空気は澄んでいて、深呼吸をするだけで心が洗われる…ここは、そんな場所なんだよ!!」


 目をキラキラと輝かせながら、年相応の反応を見せる。本当に、


「好きなんですね、この場所が」


「はっ!…ごほん。う、うむ。そういうことだ。では行こう。学園までは少し歩く」


 恥ずかしかったようで、頬を少しだけ赤く染めながら、そそくさと行ってしまった。その後を、微笑ましい気持ちでついていく。


 魔法が日常としてあるこの場所は、僕を驚かせ、一回りも二回りも成長させてくれることだろう。もしかすると、魔法の真髄に触れることもあるかもしれない。

歳はもなく、ワクワクしてしまっている。随分前に感情の渦に埋もれてしまっていた好奇心が、掘り起こされた気分だ。


「(僕は本当に運が良い。天使さま、この世界に連れてきていただき、ありがとうございます。)」


 心の中で感謝を述べると、キラリと太陽が瞬いた気がした。

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