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イルマという少女4

 なんということだ。イルマは、呆然とした顔で、割れた水晶に視線を落としている。

 つい今しがた、カールに、『勝手に物に触るな』と注意されたばかり。

 にも関わらず、少女はその忠告を速攻で忘れ、魔道具に手を伸ばし、しかも壊してしまったのである。

 

 「ひっ・・・ぎゃああああ!ごめんなさい!こっ、・・・壊しちゃいました。あああ・・・どうしよう・・・ごめんなさい・・・。」


 大変なことをしてしまった。イルマは、顔面蒼白である。涙目になり、唇はぷるぷると震えている。

 「わあああ、くっつかないかな?これ、きっとくっつきますよね?・・・また、元通りになりますよね?」

 べそをかきながら、水晶の破片を必死に手でかき集め、もとに戻そうとする少女。

 戸惑いながらそれを見守る大人たち。先に口を開いたのはゲオルクだった。 


 「カインよ、これはつまり、どういうことだ?この子には、魔力があるということなのか?」

 「ええ、そうですね・・・ただ・・・。」

 

 カインは片ひざをつくと、真剣な面持ちで少女の肩に手を置く。

 「ひゃあっ。」

 「イルマ、壊れた水晶は、あなたのせいではありません。それよりも、よく聞きなさい。あなたには、アルウィアの導師たる私ですら、計測できないほど・・・つまり、途方もない魔力が秘められています。」


 「・・・ふぇっ?そうなのですか?」

 怒られると思い身構えていた少女は、カインの予想外の講評に拍子抜けした。導師の発言に気を良くしたのは、他でもないゲオルクである。


 「おおっ、カインよ、それは本当か!やはり私の目に狂いはなかったようだな。」

 「はい。ですが、魔力の流れが相当に不安定なのです。本来、魔力とは自然に体内を流れているもの。それが彼女の場合は、なぜか過度に押さえ込まれているように見受けられます。もし、その魔力を使いこなす事ができれば、素晴らしい魔術師になるでしょう。つまりは、イルマの努力次第という事です。」


 「うむ!喜べイルマよ!そなたにはやはり、素晴らしい可能性があるようだぞ!」

 なんだかわからないが、水晶の事は許してもらえた。それよりも何よりも、自分のことでゲオルクが喜んでいる。イルマにとって、こんなに嬉しいことはない。まだほんのりと涙が残る顔で、ふにゃっと笑うイルマ。


 「えへへ、なんだかよくわからないけど、陛下が喜んでくださってるのなら、よかったです。」

 「よし。ならば早速、明日からでもイルマが訓練できるように手配せねば。・・・ローザよ、頼めるか?」

 「・・・はあ。かしこまりました。イルマの事は、ゴルツ宮中伯にお話をしておきますわ。」

 女家令は、王に恭しく礼をする。


 「ですが陛下、危険な事はどうかこれっきりにしてくださいませ。あなたに何かあればわたくし、コンスタンツェ様に・・・」

 「わかった、わかったからローザ、その話はもうやめてくれないか。次からは気をつけよう。」



 (あっ、このぞんざいな言い方、これ絶対、次もやらかすやつじゃないか・・・)

 げんなりした顔で、エルウィンは、ちらりとカインに視線を向ける。

 (・・・心中お察しします)

 カインの哀れみを込めた眼差しが、エルウィンに向けられた。

 導師と騎士隊長は、仲良く同時にため息をついた。長年ゲオルクに振り回されてきたこの二人は、視線だけで会話できる仲なのである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ローザに案内され、星の館を出たイルマ。二人は、山のふもと付近にある、官舎の前までやってきた。濃いグレーの煉瓦で作られた、3階建ての建物である。


 「ここが、城の下働きたちが寝泊まりする官舎です。あなたはとりあえず、今日からここで生活してもらいます。」

 「ふぁっ、はいっ!」

 「陛下はあなたの事を気にかけているようですし、できればわたくしが直接、あなたの生活指導をしたいところではありますが。あいにくと、そこまで手が回らないのです。あなたが城での生活に慣れるまでの間、適当に、世話係を見繕うことといたしましょう。」


 そういうと、ローザは官舎の中に入っていく。イルマもそれに続いた。

 

 官舎内は1階が食堂、厨房、風呂場などの共同設備、2階が女子寮で、3階が男子寮となっている。ローザは階段を登り、2階女子寮の、とある使用人の個室の前までやってきた。太陽が、やや西に陰りだした頃。下働きたちは通常、各々に割り振られた業務を、まだ行っているはずの時間帯である。


 ローザはノックもせずに、迷わず個室のドアを開けた。

 「・・・んー?」

 まだ日も沈んでいないというのに、部屋の主は、着崩した使用人服のまま、ベッドにだらしなく寝転がっている。昼寝でもしていたらしい。


 「エミリア。やはりここにいましたね。」

 エミリアと呼ばれた娘は、頭をかきながら、のそのそと起き上がった。年の頃は20手前だろうか。栗色の髪の毛を後ろでまとめているが、ローザとちがい、後れ毛がぴょんぴょんと飛び出ている。


 「って、ええ!?ローザ様じゃないですか。どうしたんですか、いきなり。あたし、自分の仕事はちゃんと終わらせてますよ。」

 「知っていますよ。今日は、あなたの生活態度を咎めにきたわけではありません。・・・イルマ、お入りなさい。」

 「はいっ。お邪魔します。」

 ローザの後ろに隠れていたイルマも、部屋の中にやってきた。


 「どうしたんですか、その子供。」

 「この子はイルマといいます。今日から、この城で・・・そうですわね、とりあえず“魔術師見習い”として働くことになったのです。あなたには当面、この子の世話もしてもらいます。」

 「えー?あたし、子供の世話なんかしたことないですよ。」

 「それなら、これを機に子供の扱いに慣れなさい。女子使用人の中で、最も手が空いているのがあなたなのです。イルマがここの生活に慣れるまで、色々と教えてあげるように。・・・この子はこれでも、なんといいますか、陛下のお気に入りなのです。」


 “陛下のお気に入り”という言葉に、それまで気だるげだったエミリアの顔が、急にいきいきとし始めた。

 「ええー!?陛下ってば、こんな小さな女の子が趣味、」

 「違います、そういった意味ではありません。・・・全く。あなたは本当に、仕事は速くて正確なのに。もう少し、品性と協調性さえ人並みにあればよいのですが。」


 お給金が増えるなら、品性でも協調性でも喜んで身に付けますよなどとは、エミリアは言わなかった。そのような事を、この恐ろしい女家令の前で言えばただでは済まない。


 「ともかく、明日の始課(おおよそ朝の8時頃)の鐘が鳴る頃に、イルマを練兵場まで案内し、ゴルツ宮中伯に引き合わせなさい。よろしいですか?」

 「はーい。」

 「では、任せましたよ。」

 そう告げると、ローザはさっさと部屋から出ていった。


 部屋のなかに残された、エミリアとイルマ。エミリアは唸りながら、かぶりをふった。

 「んあー。だるっ。子供の相手なんて。お給金、上乗せしてくれるんでしょうね・・・ってアンタ、イルマだっけ?なにニヤニヤしてんの?」

 なぜかイルマは、やたらと顔をほころばせている。エミリアは怪訝に思い、少女に問いかけた。


 「だってだって、さっきのローザ様のお話、聞きましたか!?陛下は、イルマの事、気に入ってらっしゃるんだって!・・・えへへ、嬉しいなあ・・・。」

 「単純な性格ねー。アンタ、あの王様のこと、そんなに好きなの。あんなのがいいんだ。」

 「なっ・・・陛下のこと、“あんなの”って言っちゃ駄目ですよ!陛下はとっても優しいし、かっこいいし、頭だってとってもいいんですから!」


 イルマはむっとした。少女自身のことはさておき、ゲオルクの事を悪し様に言う人は、誰であっても許さないらしい。しかしエミリアは、そんなこと気にも留めないようだ。


 「ふーん、そうなの。まあ、アタシはただの下働きだし、王様と話したことなんてないから知らないけどさ。でもあの王様、ここらじゃなんて呼ばれてるか知ってる?」

 不良メイドは、にやりと笑う。

 「へっ?そんなの、知らないです。なんて呼ばれてるんですか?」

 「ふふん、教えてほしい?・・・それはね、」


 ところが、さっきまで得意気だったエミリアは一変し、急に真剣な顔つきになった。

 「・・・いいや、やっぱりやめとく。アタシ一応、王様からお給料いただいてるわけだしね。私の口からは、こんなこと言えないわ。」

 「ええー、ずるいですよ!イルマも、陛下のこと知りたいです!」

 「だめだめ。あ、それとアタシがこんな事言ったの、誰にも内緒ね。でないとアタシ、クビになっちゃうから。もしそうなったら、アンタも世話人がいなくて困るでしょ?まあ、ここで生活してれば、陛下の事は、嫌でも耳にするんじゃないの。」

 「・・・ううー。エッちゃんのケチ!」

 「ケチなのは否定しないけど、・・・その、エッちゃんってのは何よ。」

 「もちろん、エミリアちゃんだから、エッちゃんですよ。」

 「ええー、ちゃん付け?アタシ、アンタよりよっぽど年上なんだけど。」

 「だめですか?エッちゃんって呼ぶの・・・。」

 イルマの瞳が、悲しげに揺れている。

 「・・・はあ、もーいいわ。面倒くさいし。エッちゃんでいいわ。」

 

 エミリアは、自身の利害に関わること以外は、それほど固執しない性格なのである。よっこいしょと言いながらベッドから降りると、着崩したワンピースとエプロンを手早く元に戻し、使用人専用の四角い付け襟をつけた。


 「よしっ、これから一通り、ここいらの施設の案内をしてあげる。それに、明日ゴルツ宮中伯に会うのなら、その格好はまずいわね。はあ、子供用の服と靴も準備しておかないと。」


 エミリアは、最も効率的な作業工程を考えながら、頭をぼりぼりと掻いている。だが、その手も止まったようだ。彼女のなかで、本日の手順が決定したらしい。


 「じゃ、イルマ。これから短い間だろうけど、よろしくね。」

 「はい、エッちゃん!よろしくお願いします。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「はあ・・・今日はいろんな事があったなあ。」

 エミリアから一通り、敷地内の設備を案内され、くたくたになったイルマ。

 夕食をとって早々に、少女にあてがわれた個室のベッドに寝転んだ。


 エミリアからは、

 『アタシから説明を受けるんだから、一度で覚えるのよ。アタシ、同じこと2回言わされるの、嫌いなの。』

 などと鬼のような事を言われ、死に物狂いで覚えさせられたのである。

 

 「陛下に助けてもらって、ここで働かせてもらえることになって。エルウィン様、カールさん、ローザ様、カイン様に、エッちゃんに会って・・・ふふふ。みんな優しくて、イルマは幸せだなあ。」

 

 簡素な造りではあるが、久しぶりにベッドで横になった少女。今日一日の出来事を思い出しながら、幸せな気持ちのまま、眠りについたのだった。



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