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イルマという少女3

 ローザは、ゲオルク(被疑者)、イルマ(押収品)、エルウィンとカール(重要参考人)を、屋敷の2階にあるゲオルクの執務室(取調室)まで、丁重に案内(連行)した。女家令は、鷲の浮き彫りが施されたドアノッカーを2回叩く。


 「ローザでございます。ただいま陛下がお戻りになりました。」

 「どうぞ、お入りになってください。」

 ローザの声かけに、室内からは穏やかな男性の声が答えた。

 「失礼いたします。」

 ローザがドアを開けると、一同は執務室へ通される。皆が入ったのを見計らい、ローザはドアを閉め、鍵をかけた。


 ゲオルクの書斎を兼ねた執務室は、広さはおよそ20畳ほど。

 採光用の南側の窓は、目一杯大きく設計されており、昼間は明るく快適な造りになっている。

 窓の前には、黒檀であつらえた、鈍く美しい光沢のある、どっしりとした書斎机が置かれている。もちろん、王たるゲオルクの机である。・・・机の上は、意外と片付いているようだ。ゲオルクの決裁まちの書類が、いくつか束になって置かれている。書類の他に、魔工ランプも置いてある。彼が、夜遅くまで執務をしている事の現れだ。

 左右の壁には、びっしりと本棚が置かれており、部屋全体が小さな資料室みたいになっていた。

 各領地からの統計報告書、裁判記録、財務台帳、貴族名簿から他国との外交議事録など、重要なものからそうでない雑多な資料まで、おおよそのジャンル分けをされ、収納されていた。一部本棚は、ゲオルクの趣味の本が乱雑に突っ込まれている。

 ・・・仕事部屋とはいえ、本当に、資料と本ばかり、絵画のひとつでも飾ればよろしいのにと、ローザはいつも考えている。そんな風だから、絨毯だけは、趣味の良いゴブラン織りのものが敷かれていた。少しは、王の仕事場に彩りを添えてやりたいという、ローザのせめてもの提案だった。


 部屋の中央には、応接セットを設えている。

 国の重臣たちと、簡単な協議や意見の擦り合わせを行うためのものだ。

 なお、ゲオルクはこの応接セットのソファで横になり、仮眠をとることがしばしばあるらしい。王さまなのに、ちょっとお行儀が悪い。


 そして現在、そのソファの横には、聖職者風の装いをした男が行儀よく立ち、主の帰りを出迎えていた。

 直属の部下であろうとも、王の断りなく、その執務室に入るなどという事は許されない。この男にその例外が認められているのは、彼がゲオルクの側近中の側近だからであった。


 「お疲れさまです、陛下。そのお顔、首尾のほどは、お尋ねするまでもなさそうですね。」

 「うむ、残念ながら、おおむね見込みどおりであったよ。」

 ゲオルクは、少し悲しそうに笑った。


 「陛下、我らを支援するなどという甘言を弄し、我らの権利を侵してきたのはコルベ伯ですよ。これ以上つけあがってくる前に、地の底に叩き込んでやるのは当然のこと。・・・苦しいご決断であったのは承知しておりますが、どうか、ご自身を責められませんように。」


 柔和な笑みを浮かべ、少々穏やかでない事を言う、聖職者風のこの男。年の頃は30過ぎ、ゲオルクよりは少々年上に見えた。さらさらとした灰色の髪の毛は、耳の辺りで切り揃えられている。ゲオルクの、少しウェーブがかった赤毛とは好対照だ。

 「・・・そうだな、気を使わせてしまったな。すまぬ、カインよ。」

 カインと呼ばれた柔和(に見える)男は、満足そうに頷いた。


 「ああ、実はなカイン、悪いことだけではなかったのだ。王立病院に立ち入った時にな・・・」

 ゲオルクは、イルマを保護した経緯をかいつまんで、カインに説明した。ローザも、カインとともに傾聴している。


 「・・・それで、そこの娘を、保護したということなのですか。」

 「魔力持ちで、どこの息もかかっていない娘だ。有効活用せん手はないだろう。」

 「確かに、そうかもしれません。ご事情はよくわかりました。」


 カインは膝を折り、少女と目線を会わせてやると、にこりと微笑み声掛けた。並みの婦人なら、目があった途端にくらりときそうな、素敵な笑顔だった。

 「初めましてイルマ、私はカインといいます。あなたは、齢はいくつになりますか?」

 「はいっ、カイン様。イルマは今年、8歳になります。」

 

 8歳のわりに、小さな娘だとカインは思った。

 元来が小柄な少女なのか、それとも、孤児院の食料事情が悪かったのか。もしかしたら、後者の方かもしれない。苦しい孤児院の運営費用を賄うため、少女を人買いに売り渡したと考えれば、合点がいく。

 カインは胸を痛めた。法衣を着ただけの俗人がはびこるこの時勢、彼は聖職者風ではなくて、本当に聖職者なのだった。


 「そうですか。では、少し検査に付き合ってもらいましょう。」

 カインはそういうと、ベルトに下げたツールポーチから、何やらごそごそと取り出した。それは、長さ30センチ程の、金属でできた細い鎖だった。その鎖の先端には、親指ほどの六角柱の水晶がぶら下がり、振り子のようになっている。


 「これは、ダウジングペンデュラムというものです。・・・イルマ、ちょっと失礼しますね。」

 そういうと、カインはその振り子を、イルマの眼前にかかげた。

 

 「・・・・・・全く、反応しませんね。」

 待つこと10秒程。振り子は、ぴくりとも動かない。少女も首をかしげ、きょとんとしている。


 「カイン導師、それは一体どういう道具なんでしょうか?」

 魔道具の類いに明るくないカールは、思わずカインに質問した。

 「これは、ただの振り子ではありません。魔力を探知するための簡易な魔道具です。魔力の強弱に応じ、振り子が揺れるのです。・・・ほら、こんな風に。」


 そう言うとカインは、振り子をカールの眼前に掲げた。振り子は、ゆっくりと、左右に揺れはじめた。


 「おー、揺れてますね。でも、僕は魔術は使えませんよ?」

 「魔術は使えなくとも、カールさんには魔力があるという事ですね。騎士の皆さんは大抵、内に魔力を秘めています。その魔力で身体を強化し、常人ならざる武術を行使する事ができるのです。」


 「あー、なるほど。そういう事でしたか。・・・えーと、じゃあ、イルマちゃんは?」 

 「振り子が揺れません。つまり、残念ですが、彼女からは魔力が確認できません。」


 衝撃の発言だった。ゲオルクは耳を疑った。


 「馬鹿な。そのような事はありえない。現に、私はイルマから、魔力のいかずちを食らいそうになった。あれは見間違いなどではない。」

 「陛下、それは、本当にこの少女から放たれたものなのですか?きちんとお確かめになりましたか?」


 無論であると、ゲオルクが答えようとした矢先、間髪いれずにローザが問い詰める。

 「というよりも陛下、そのような、ご自身を危険にさらすようなことがあったのですか?」


 ゲオルクは、しまった、と思った。イルマを保護した経緯を説明したとき、そこは意図的に省いていたのだ。そんな無茶がばれたら、ローザに絞られるのは、目に見えていたから。うっかり口を滑らせてしまった。これはまずいことになった。

 ローザは、エルウィンとカールをぎろりと睨んだ。

 「陛下が昔から、このような性格の方というのは、エルウィン隊長、あなたもよくご存じのはずですわ。同行していたあなた方は、一体何をなさっていたのです?」

 

 エルウィンは、ゲオルクの親衛隊長である。王を、あらゆる驚異から護衛するのが、彼らの任務である。エルウィンよ、さあ、今私を襲うこの驚異から守ってくれ。私は、そなたの百戦錬磨の実力を、何よりも信頼しているのだ。ゲオルクは、エルウィンの弁護に期待する。


 「ローザ殿、我らはもちろんお止めしました。それも、2回もです。」

 「それは本当なのですか?」

 「なっ、エルウィン、それ以上はやめるんだ。そなた、私の味方ではないのか!」


 エルウィンは哀れな被疑者ゲオルクの懇願も無視して続ける。

 「ええ、ローザ殿。ですがゲオルク殿は、ご自身の好奇心を優先あそばされ、大丈夫だとおっしゃり、あまつさえ護衛する我らを押し退けたうえで、イルマとの接触を図りました。・・・そうだな、カール。」

 「はい、隊長のいうとおりです。」

 騎士2名は、早々に職務放棄した。真実を検事ローザのもとに全てさらすという、おまけ付きで。


 「エルウィン!なにも、そこまで詳らかに言う必要はなかろう!?」

 狼狽するゲオルク。ローザも怒りを通り越し、信じられないものを見るような顔で、ゲオルクを見つめる。

 

 「陛下、今回はさすがに軽率が過ぎます。少々、ご自身の行いを省みていただく機会が必要です。」

 カインは、ゲオルクが罪を認め償い、更生するよう促す。

 「カイン導師のおっしゃるとおりですわ・・・そうですね、直近の“地方会議”までの間、自発的な外出をお控えいただく謹慎処分などいかがでしょう。」

 「ああ、そのあたりが無難な落としどころですね。」

 「全く無難ではないぞ!」


 ローザ、カイン、エルウィン、カール。4対1の劣勢で、孤立無縁となったゲオルクの、悲鳴じみた声が執務室に響いた。


 ・・・いや、この部屋には、あともう一人残っている。渦中の少女、イルマである。 

 大人たちが喧喧諤諤の言い争いをするなかで、この場におけるイルマなりの、一つの理解が生じた。

 それは、“自分を保護したせいで、ゲオルクがみんなに責められている”という事である。

 少女を保護した事自体は、(今のところは)それほど糾弾されてはいない。

 それ以上に、危険を省みない、王の軽率な行動が、彼らの逆鱗に触れたのだ。

 だが、まだ小さなイルマには、そんな大人たちの事情まで、理解することはできなかった。


 自分のせいで、陛下がいじめらている。大切な陛下を、お守りしなければ。

 そう結論付けると、少女の行動は早かった。


 たたたっと、ゲオルクの前まで走り寄る。

 「お願い、やめてください!イルマが、悪いんです・・・イルマが、陛下と一緒にいたいと思ったから・・・だからなんです!陛下は、なんにも悪くありません。だから、これ以上陛下をいじめないで!」

 ゲオルクを守るように、目一杯両手を広げ、叫ぶように懇願する少女。緊張で足はぷるぷるしているし、今にも泣き出しそうな顔は、くしゃくしゃになっている。

 それでも、イルマは泣かない。大切な人を守るために、涙など見せるわけにはいかない。絶対に、陛下の前から動くものか。少女はその小さな身体に、必死に力を込めた。

 

 一同は、少女の予想外の行動に、ぽかんとしていた。が、やがて、カインが耐えかねて、くすくすと笑いだした。エルウィンとカールもつられて、笑いだしている。ローザは、やれやれと首を振っているし、当のゲオルクは、まだ呆気にとられている。


 「イルマ。私たちは別に、陛下をいじめているわけではありませんよ。」

 カインは優しく、少女に微笑んだ。 


 「えっ、違うのですか?」

 「ええ。あなたが陛下の事を大切に思っているように、私たちにとっても、陛下は大切な人なのです。イルマ、あなただって、大切な人が危険な事をしようとしたら、嫌な気持ちになるでしょう?」

 「はい、そんなの、やめてほしいと思います。・・・だって、心配になりますから。」

 「そうです。私たちもあなたと同じ。陛下がこれからも、危険な事をしてほしくないから、注意をしているだけですよ。あなたには、いじめているように見えたかもしれませんね。ですがこの方は、これくらい厳しくしないと、聞き入れてくださらないのです。」

 カインは、ちょっぴり困ったように笑った。後方では、エルウィンが、それはもう深く深く頷いているのが見えた。


 「そうだったのですか・・・イルマは勘違いしてしまいました。ごめんなさい。」

 「よいのですよ。まあ、あなたも少々、蛮勇が過ぎるかもしれませんが・・・ですが、その、陛下を大切に思う気持ちは、これからも忘れないようにしなさい。」

 「はいっ!イルマは絶対忘れません!」


 よい返事ですねと、カインが少女を誉めてやろうとしたとき。

 「・・・おや?ペンデュラムが・・・」

 まだ右手に持ったままだった、魔力探知のためのダウジングペンデュラムが、揺れているのに気づいた。

 「これは、もしや・・・」

 カインはゆっくりと、振り子を眼前の少女に掲げた。


 「あっ、振り子が動いてる。なんか僕の時より、めっちゃ揺れてませんか?」

 「回転運動まで始めているな。さっきまで、イルマには無反応だったはずだが。」

 「あら、なんだか光っているように見えますわ。」

 

 さきほどとは打って変わって、振り子はぐるぐると回りだした。イルマに激しく反応する振り子は、先端の水晶まで輝いている。

 「そんな・・・信じられません。」

 カインは驚愕し、ぽつりと呟いた。

 

 「わああ、綺麗だなあ。」

 目の前できらきらと光り、揺れ動く振り子を、うっとりと見つめるイルマ。

 蠱惑的な光を発するそれに、思わず手を伸ばそうとする。

 

 「ああ、イルマ、いけません!」

 イルマが水晶に触れようとしたとき、水晶はさらに激しく、目が眩むほどの閃光を放つ。しかしそれも一瞬のこと、水晶は、ぴしっとヒビが入ったかと思うと、粉々に割れ、床に落ちてしまった。

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