犯人は……
「さぁー! 番組が始まりましたが……えー、まずはこんばんは」
黒い床の番組セット。壁の青い照明と喧嘩しないよう天井の照明は控えめ。椅子に座る出演者の前には下半身を覆い隠す机があり、クイズ番組を彷彿とさせるが、この番組は軽薄なバラエティではないと一目で視聴者に感じさせる。引きで番組セット全体を映した後、神妙な面持ちの司会者の顔からスタートし、彼が挨拶と軽く番組を説明し「いや、無理無理! 無理よこんな空気! 忘れてるかもしれないけど、おれ、お笑い芸人よ?」と茶化し、本題に入る。
「はい、こちらにおられるお方が、美人ミステリー作家の識峰先生です!」
丸椅子に座る識峰にカメラがズームし、識峰が軽く頭を下げる。黒い髪の毛が揺れる。表情は崩さず、無のまま。
「いっやぁ~驚きですねぇ! 出版すれば毎回大ヒット! 100万部はもう当たり前! その上、コミカライズもありますし、まさに今一番勢いがある作家さんです。しかも、まだお若くて美人で、そして本邦初公開ってね! ああ、でもサイン会などでお会いして、既に知っているよってファンの方も多いかもしれませんね。でもテレビ出演は初めてですから、いや~驚いた視聴者の方は多いと思いますよぉー! いや、それは全員か! まさかまさかの新作の大部分を無料公開! これには僕も衝撃を受けましたよぉ!
えー、さらに驚くべきことに、その新作ミステリーの犯人を当てて貰おうってなんだよ、その新たな取り組み! しかも作者自らがその場に立ち合って答え合わせをし、さらに賞金まで出すというじゃないですかぁ! さあ、どうですか? 今回、スタジオにお集まりいただいたミステリーファンの皆さんの見解は! えー、まずは多数の著書を出版されており、現役の大学教授であられる三朝さん!」
「えー、どうもどうも。いや、驚きましたねぇ、先生の思い切った行動には。私もね、このように何冊か出版させていただいていますけど」
「ちょっとちょっとぉ、勝手に宣伝するのはやめてくださいよぉ」
「はははは、いやいや、これは失敬。でね、まー、ミステリーは読み専門なんですが、いやー、それにしてもお若いのに識峰先生の筆流力は往年のペティ・スクリアムのようなしなやかさに加え、エルリーン・ジャックスのような力強さがありますねぇ。それに」
「あのー、長くなりそうなので次の方に移りましょう! ふははは! こちらは同業者、ミステリー作家の真島先生です! 先生、どうですか? 同業者として、ちょっと悔しい部分もあるんじゃないですか? なんて」
「んー、そりゃありますよと言わないとですね。僕は気にしてないんですけど、ほら、ライバル視するファンもいるので。たまに送られてくるファンレターに、あ、いや失礼。よく送られてくるファンレターの中にたまにあるんですよ『識峰先生に負けるな!』みたいな。まあ、何をもって勝ちとするかは、なかなか難しいところだと思いますけど、ですがまあ、識峰先生が獲ってない賞を僕は持ってますからねぇ、はい」
「こちらも長くなりそうなので、次の方! こちらは一般枠と言うんですかね、識峰先生の大ファンである、主婦の太田さんで――」
「いやもう、ほんと同じ場所にいられるなんて、あたしもう、今日が人生で最高の日ですっ! だからね、美容院に行ってきたんですけど、ちょっと切り過ぎちゃってもーう、え? ああ、作品のこと? 今回もほんと、もう素晴らしくて、ネットはね、あたしパソコンもないし、スマホの画面を長時間見つめてると目が痛くなるからもーう、ほんと大変だったんですけど、それでも頑張って読んで、もう終盤には涙がね、あ、感動するお話ではなくて、いや、感動もしたんですけど、それでね、びっくり! 犯人をみんなで当てようって話じゃないですか! だからもう、あたし、息子に頼んで応募の手伝いをしてもらってね」
「はいはいはーい! みなさんね、大興奮ということで、最後は伍堂さん! こちら週刊雑誌編集長で、若い頃はスクープのために走り回っていたとか情報があるんですけど、我々芸能人にとってはこわーい人というか、もはや敵! なんつったりしてねっ、すみません! ふはははは!」
「はははは、大丈夫ですよ。主にうちの雑誌は犯罪系を取り扱ってるので。世間の注目度が高い事件なんかが起こると現場に行き、周辺に聞き込みをしたりしますよ。まあ、それで警察の捜査が進展したことがあったりしてね」
「いやぁ、すごいですねぇ。と、こちらの方々は多数の応募者の中から識峰先生自ら選んだというわけで、これは期待できますね! 果たして、この中に真相に辿り着いた人はいるんでしょうか! えー、ではストーリーのほうを簡単におさらいしましょうかね。はい。こちらボードにもありますように、えー、主人公が恋人のマンションの部屋に行くと、そこで恋人が死んでいるのを見つけー、えー、主人公が恋人を殺した犯人を追うというものなんですが、ん? どうされましたか太田さん」
「あのぉ、あたし、すごいこと言っちゃってもいいですか?」
ニヤつく太田。
「はい、なんでしょう」
やや目を開き、顎を突き出して訊く司会者。
「この恋人って、実は自殺したんじゃないんですか?」
フッと鼻で笑う伍堂。
「ははは、犯人は実はいませんって? 識峰先生がそんなありがちな話、書くわけがないじゃないですか。そう思いません? 真島先生」
「そうですね、まあ、そうしたところで僕は別に軽蔑しませんけど、まあ、へーって思いますね。やっちゃうんだって。まあ、ミステリーをあまり読まない人からすると衝撃的なのかもしれませんけどね」
真島が横目で太田を見る。ムッとする太田。口を開こうとするが三朝がフォローに入る。
「いやぁ、私はその考え方おもしろいと思うよ。しかし、驚かされるのは識峰先生の圧倒的筆流力だね。犠牲者は公開されている部分、最終章の前まで恋人ひとりだけなのに、引き込まれるんだよねぇ。筆引力がすごいんだよ」
胸の前で両腕を組み、頷く三朝。
「あのぉー、さっきも仰っていて気になったんですけど、筆流力ってなんですか?」
と、太田が訊ねる。
「三朝さんの造語ですよ、造語。力強さがありつつ流れるように読ませる文章だとか。ふふっ、筆引力もね」
と、真島が答える。小馬鹿にされていることに気づいた三朝が顔を引きつらせる。
「えー、それでですね、太田さんの見解は自殺となりますと――」
険悪な空気になりそうな予感がした司会者が割って入る。
「まあ、見解と言うか、読んでてちょっと思っただけですけどね」
フンと鼻を鳴らす太田。
「ええ、はい。で、ここまで読んだ結果、他の方々のお考えをお伺いしたいなぁと、では三朝先生」
「はい、そうですねぇ。私は主人公の同業者だと思いますねぇ」
「と、申されますと、えー、主人公は大学生なんですが、あ、大学のミステリー研究会のお仲間のうちの誰かというわけですか?」
「そうですね、そこの部長です。主人公の才能に嫉妬! して、主人公を苦しめようと、その恋人に手をかけたんですねぇ」
と、三朝が一部分を強調して言い、真島をちらりと見る。
「そ、それはまた突飛なんじゃないですかね」
と、真島。「三朝さんらしくもない」と半笑いで言葉を続けたが、その表情は硬い。
「えー、ではそう仰る真島先生の犯人の予想は」
と、場の空気を察し、すかさず挟む司会者。しかしどこか面白がってもいる。
「そうですね、主人公が通う大学の教授だと思いますね」
「ほう、それはまたどうして?」
「それはまぁ、あれですね。ミステリー作家志望だったのに芽が出ず、生徒に買わせるためだけに本を出し、時に評論家気取りで雑な論評を書いたりして、まあ、嫉妬! ですね」
と、真島が三朝に目を向ける。
「ど、な、ど、な、なんだよぉ!」
立ち上がり、怒りを露わにするものの舌が回らず、それしか言えない三朝。まあ、と手を口の前にやる太田。ニヤつく伍堂。
「べ、別に、ただ僕の考えを述べたまでですよ……」
と、思っていたよりも三朝の沸点が低かったことに驚き、少しびくつきながら言う真島。
「まあまあまあ、いやー、熱くなりますよね! 識峰先生のえー、筆引力はね! まさに太陽に引き寄せられるような! はい、では最後に伍堂さんはいかがでしょうか!」
と、司会者。もう少し泳がせたかったが、『次! 次!』というスタッフのカンペに従う。
「そうだねぇ。いや、俺も自殺という点は悪くないと思うんだよねぇ」
おおっ、と驚いてみせる司会者。途端に得意げな顔をし、「そうでしょお」と口を挟む太田。
「ただ、犯人っていうのは直接殺した奴だけのことを指さないと思うんだよねぇ。つまり、この主人公の恋人を追い込んだ奴。そいつだよねぇ」
と、ちらりと識峰に目を向ける伍堂。胸から足を舐めるように見る。
司会者もその視線に気づき、ちらと識峰に目を向ける。識峰は頷いたような微妙な動作の後、手を口元にやり、コホンと軽く咳をする。
脈ありだなと考えたのか、ニヤリと笑う伍堂。
「おお! では、それは誰なんでしょう!」
伍堂の見解に乗っかる司会者。うーん、と腕を組み目を瞑り唸る伍堂。しかし、得意げなのが隠しきれない。
「まあ、あれだよね。俺もさぁ取材とかしてたから分かるんだけどさ。やっぱ身近な連中の悪意だよね。まあ、自殺といってもそこに至るまでいろいろあるっていうか、ドーン! と、一個大きな理由があるというよりか積み重ねなんだよね。そのラインに立った奴の背中を最後、誰が押したかみたいなさぁ。で、取材していると思うんだよ。事件の被害者の周りの連中がさ、ペラペラペラペラ、まるで自分が悲劇の主人公みたいにさ、喋りたがるのなんの、同級生とか、それに近所のババアとかもひどいもんだぜ。もう止まらねえって感じでさ、何も持ってない連中っていうのは周りをよく見ているもんだよね」
「な、なによ!」
と太田が声を上げる。驚く一同。何か身に覚えがあるのだろうなと、徐々に察する。
「ふん、週刊誌の記者だってねぇ、ウロウロウロウロ、汚い野良犬みたいに近所を歩きまわってホント気味が悪いのよねぇ。大体、好き勝手書いているのはあなたたちなんじゃない。素人の一意見をそのまま載せたり、なんなら、もっとひどく書いたりするじゃない! 捏造よ捏造! もう、下衆!」
「な、それを喜んで読むのも、あんたらだろうがよぉ」
「フン、あたしは週刊誌なんて下世話なものは読みませーんっ。とくに、おたくみたいなところのは」
「その割には具体的だったじゃねえか。どうせ普段もワイドショーかなんて見てションベン漏らしそうになるくらい喜んでるんだろ? 人の不幸を楽しんでさぁ」
「そ、そんなこと、下品、下品よ! サイテーね!」
「否定できず、相手の批判か。こりゃ図星だな」
せせら笑う伍堂。追従するように笑う三朝と真島。「最低、最低!」と憤慨する太田。
「まあまあまあ、意見はね、一通り出揃いましたけど、えー、一回どうですかね、主人公の恋人は自殺したという線で考えると、三朝さん。犯人、これは先程の意見と変わってくるんじゃないですかね?」
と、クールダウンしていることを見越し、司会者が三朝に訊ねる。
「いやぁ、まあ先ほど意見は変わらず、犯人はミステリーサークルの連中だと思いますがねぇ」
「ほう、それはなんでまた? 主人公の恋人と接点はないと思いますが……」
「主人公の才能に嫉妬したんでしょう。賞の数とかまあ、才能あふれる主人公は気にしてないでしょうけど、このサークルの部長さんは随分、コンプレックスを抱いているようですしねぇ。ああ、襲ったのかもしれないですね。卑怯者ですから。顔を隠し、夜道でね。凌辱ですよ凌辱。ああ、もしかすると酒に薬を混ぜたのかもしれないですね。主人公の親友なんだよぉ、だのなんだの言って近づいて。主人公を直接狙わなかったのは、返り討ちに遭うのが怖かったからでしょうなぁ。なにせ卑屈ですからね。日々、自分が獲った賞を心の支えにし、才能あふれる主人公から目を逸らし、いや、見ていたのかもしれませんねぇ遠くからそれで毎晩、マスタベーションを――」
「し、してない!」
立ち上がる真島。三朝を睨み、ふと識峰に目を向けた。すぐに逸らし、再び三朝を睨む。しかし、三朝に今、識峰を見たことを気づかれ、ますます赤面する。そして、三朝はニヤリと笑う。
「んーん? はっはっはっは! どうしたんですかねぇ? 私はただ自分の見解を、あ、突飛な見解を述べたまで真島先生のことについては何も触れてませんよぉ。皆さんどう思いますか? ねえ、スタッフの方々もねぇ、ああ、ふふふっ、そうですか、あっはっはっは!」
スタジオは暗く、スタッフの顔など見えていないが、三朝はそう言って笑う。
「ま、まあ、それで言ったら、僕がさっき述べた大学の教授に置き換えてもいいですよねぇ。若さと才能に嫉妬し、わざとこき下ろすような論評を書く器の小さい教授が、主人公の恋人を凌辱したんですよ!」
「あ、そうか! 君、私が前に雑誌に書いたあれを根に持っているのか! ははっ、なんてねちっこい! 卑屈だなぁ」
「な! 僕がどれだけ! この、アンタこそが人を自殺に追い込む悪の権化だ! 人の気持ちを考えられない奴に筆をとる資格はない!」
「それなら、あの人もそうよ! 週刊誌記者なんて最低!」
「まだ言ってんのかよババア!」
「誰がババアよ!」
「大体、三朝さんじゃなくて三朝先生と呼べ! 私は大先輩だぞ!」
「あなたは作家などではない!」
言い合いを始める四人を司会者が宥め、そして縋るように識峰に話を振る。
「で、ど、どうですかね、識峰先生。なかなか白熱した議論になっていますが、この辺で、すこーしヒントとかね、頂けたら……」
「まだ」
「ああー、まだ駄目ですかぁ、お厳しいなぁ先生は」
「まだ、全員の話をきいてませんので」
「はい? でも……」
「あなたの見解がまだです」
「あなたって、え、僕ですかぁ!? いやー、あ、もちろん! もちろん読みましたけど、いやー、んー、正直、ミステリーというか小説自体苦手で、ええ、コントや漫才やってた時代もネタを覚えるのがもう苦手で苦手で、あ! でも僕、太田さんじゃないけどすごいこと言ってもいいですか? この主人公、実は男性じゃなくて女性だったりなんて! はははは! 違うか! はははは!」
「合っていますよ」
「えっ」
「えっ!」
「……え、え、え? マジ!? うおー! どうですか、当たりましたよ! よっしゃあ―! 皆さんはそこ指摘してませんでしたけど、僕が当たりましたよ!」
「あたしもそうなんじゃないかって思ってたわよ」
「僕はあえて指摘しなかっただけですけどね。皆さん気付いていると思って、あ、三朝さんを除いてね」
「お二人は今「えっ」って言ったでしょうが。あと、三朝先生な。私はもちろん気付いていたよ、まあ、でも確かに言われてみれば、そうか、女性か、あ、気づいていたけどね」
「というか、まだ犯人を当てたわけじゃねえだろ。はしゃぐなよ」
「いやー、これは僕が一歩リードですかね。え、というとあれですか? 自殺した主人公の恋人というのは男性? いや、女性もあり得るか。でもまあ、一般的に考えて男性とすると、んー」
「だから、犯人はそこの人みたいな週刊誌記者よ」
「ですから、三朝さんのようなしょうもない教授が」
「真島くんのような嫉妬深い男がね」
「近所のババアだろ」
「ちょっと今、僕が考えているんだから、皆さんは黙っててくださいよ! んんー……」
「いや、あなた司会でしょ。もーう」
「まったく……」
「ふはははは! そうでしたっ! はははは!」
「犯人はあなたよ」
「え? え? 僕? え?」
「それにあなた」
「あたし!?」
「あなたも」
「僕も?」
「あなた」
「私が?」
「あなたも」
「俺?」
「好き勝手に噂して、あることないことを書き、面白がったあなたたち。あるいは面白がるあなたたち。そんな未来を想像し、彼は命を絶った。そしてこのお話のモデルは実在した。彼を殺したのはあなたよ。だから犯人はあなたです」
識峰がカメラを見据える。静寂が漂い、そして……三秒、二、一。
「はぁぁぁーい! オッケィでーす!」
カットがかかり、照明が点き、一気に明るくなるスタジオ。出演者に顔にもぱっと笑顔が戻る。
「いやー、いい脚本ですねぇ」
「作者ご本人が作者役というね。演技も全然お上手じゃないですか」
「しかも、お顔も初公開! お綺麗でねぇ」
「今期ドラマ、一位獲れますよ間違いなく!」
私は椅子から立ち上がり、共演者やスタッフをかわして、プロデューサーの前に歩を進める。
彼はもう気づいている。この脚本の被害者のモデルが誰なのか。
確かに、彼は姿なき声に、いや、まだ声ですらないものに背中を押された。でも、その想像に追い詰められるに至った大きな理由がある。
この話のモデル。被害者は確かに男で役者。立場を利用し近づいてきたあなたに酔わされ、凌辱されて命を絶った私の弟。
私は言う。犯人はあなた。あと三秒、二、一……