いのと 【蛯村雨丸】
終わりの見えない屋敷の探索。さらに言えば奇妙な現象。遡れば、元の世界で死んでしまった時から全ては始まっている。死因は事故。
トラックだかなんだかにぶつかったあと見覚えのない場所にいて、あれよあれよという間に奇妙な現象へと巻き込まれていく。落ち着ける時間はたっぷりあったがなんだかんだまだ全然胃の中で消化しきれずに残っている。
「こんな世界に来たからにはモサモサになりたいんだよな?」
「モサモサ?猛者のことか?」
「モサモサの猛者になれる力。俺が与えてやるよ」
変な言い方してきたそんな刀。そんなお喋り妖刀はもう満足したのか、空間を元の場所に戻して、さっきまでの黄金空間をやめてしまった。
不気味な感じもしてどこか正直に受け入れられない自分もいたが、今考えると中々荘厳で美しい景色だった。どうしてこんなに普通なんだろうか、現実って。(超現実離れしていることしか起こってないけど)
結局何が言いたかったんだ?なんだよモサモサの猛者って、俺は別に人を殺したいなんて、一ミリたりとも思っていないはずなのに。
ここの家主も俺と同じ感じで妖刀自身の願望を無理やり押し付けられたと推理する。そう考えると尚尊敬の気持ちが湧いてくるし、自分の今後に対する絶望感も増してくる。圧倒的にマシマシだ。
奇妙な形に曲がっていた妖刀はいつの間にか鞘に収まり、真っ直ぐになっている。抜刀すると曲がる性質があるのかもしれない。そもそも俺は妖刀の知識なんてまるでないし、あったとしてもすでに呪われてしまっているのであんまり意味がない。
俺と話すために空間を遮断していた。そんな気がして、もう一度話したくなった。
俺は仕方の分からない死体の処理を聞きに行くために一度帰宅しようとする。廊下を歩き始めた時に、さっきまで起こっていた発作が起こらなくなっていることを理解した。
呪いが屋敷から俺に移っている。最悪だ、良いことがあるとしたら帯刀できるようになったことぐらいだ。
刀を腰から下げているとサムライ感が今までよりも増して愉快だ。雪太郎様も納得するような理由もあるし、きっとこれからも刀は持ち続けられるだろう。
仮にこの妖刀が俺の身から離れてくれるならそれはそれでいいし。もう、もうもはや何でもいい、投げやり気味なり。
屋敷から出ていくとその感情は尚強くなっていく。俺はサムライやぞ、刃向かうことなかれよ?もし仮に俺に歯向かったらこの刀で……あ、あれ、いや、そんなことはない。うんうん。
またもや冷や汗が流れてきた背中。もう背中がかぶれてしまいそうなほど汗をかいたり乾燥したりを繰り返している。家に帰ったらすぐにでも風呂に入りたい。いや、銭湯にしようかな?刀もあるし。
「えー!スケベー!なんで刀を持ってるの?」
「やや、これは、キキナ殿ではないか」
うんともすんとも言わなくなった刀を下げていると、黒髪ツインテール姿でフリフリピンク着物を来ているキキナちゃんが不思議そうな顔をして俺に話しかけてきた。
キキナちゃんは日本人っぽい見た目をしているが江戸時代の日本人というよりも現代の女性の、しかもアイドルど真ん中のブリブリなぶりっ娘のような見た目、雰囲気をしている人だ。
手をブンブン振ったり、驚いたときに口元に両手を持ってきてお花みたいに顎の辺りでぱぁっとしたりとアニメか漫画のキャラクターぐらいに感情表現が豊かで逆に怖い。
これでもか!ってぐらいに大きな瞳はふっくらとした涙袋の影響もあってかなり印象的だ。しかし、顔全体の印象はそこまで強くなく、一見すると普通の女の子にも見える。良くいる感じの女の子。
あざとい系の女子。俺はひとまずそういう風にこの人のことをレッテル張りしている。ワンチャン素。
可愛らしい女の子で俺もなんとなく好きな気がしている。夢に出てきた時はちょっとガチ目に好きになっていたけど、今となっては普通に気になる程度の相手だ。
なんか良く分からないが夢に出てきやすそうな顔をしている気がする。もしかすると俺以外にもキキナの夢を見ているものは結構いる可能性。
イヴァとは違う魅力のある女性だ。ぶっちゃけ俺はこの人のことを少し怖いと思っているので狙ってはいない。しかし、もし仮にキキナちゃんが俺のことを好きでいてくれているなら全然付き合いたい。(なんか偉そう)
俺のこと好きなんじゃね?系女子でもある。てか、もし本当に素だとしたらそこそこ失礼だけど、まぁ、思っておるだけだしよいか。
背はかなり低いがもう成人している——この世界でも成人年齢は同じですよ——が中学生ぐらいの幼さに見える。本人もそれを狙っているらしく、俺とキキナ殿の関係性などオブラートよりも脆いものなのに彼女が子供になりたくて年老いていくことを酷く恐れていることを俺は知っている。
雪太郎様が良く行く茶屋の看板娘でマニアっぽい人がずっと店内でひたすらお茶と団子を頼み続けている。それもあってか常連客はみんな太っているが健康面は大丈夫なのだろうか。