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いのろ 【蛯村雨丸】

 




 死体を燃やしたり、家を清潔にするには雑巾がいくらあっても足りない。粗悪で安い雑巾が沢山必要になる。しかも、色々と注意深く仕事をしなければ病気になってすぐに死んでしまうんだ。実際、知り合いも何人か亡くなった。

 前の世界では当たり前の衛生観念もここでは意外と普通ではなかったりする。その点において俺は幸運な立場にあると言えるだろう。その代わりに世間知らずな奴だと言われてしまうことがあるのはご愛嬌。





「助平さん!どうしたんですか?そんな派手な服を御召しになって?」

「ん?あぁ、イヴァか。そちらこそどうしてここに?」


 助平の前に現れ着物の右裾を左手で押さえながら右手を軽やかに振っているのは、外国からやって来た——らしい——イヴァだ。褐色の肌をしていて、エジプト辺りみたいなミステリアスな雰囲気を醸し出しているうら若き乙女。

 クレオパトラみたいに綺麗な人(見たことないが)だが、この世界においてはそこまで美人とは思われていないようで恋人もいないんだな。地味にめちゃくちゃ気になっている女性だ。言い方を選ばないのであれば狙っている。


 スタイルが良く、元気で性格も良く、この頃になると海にいったり、川で遊んだりしている。(俺も一緒に行ったりもする……楽しい……)さらにお金持ちの両親もおり、高そうなアクセサリーをジャラジャラと全身にジャラつかせている。

 外国から来たというのに日本語は流暢で、ネイティブな話し方だし、文化的にも完全にこの国に馴染んでい

る。ご両親も良い人だ。



「これから海にでも行こうかなっと思っておりまして!どうですか?一緒に?」

「行きま……」


 イヴァの小麦の肌が露出するメリハリのある水着姿——俺は助平だがスケベではないぞ?——を想像して、つい海へ行こうという誘いに乗りそうになってしまう。

 そんな雑念を風鈴の風流な音でカキ消して、行きたくもないお清めに行かなければならないという身の上を彼女に告げることを決めた。無様な俺だ。


「行きません。いや、行けぬ。実はこれからお清めがありまして」

「どうりでそんな服を……それなら仕方がないですね!私一人で海に行って参ります!良い天気なのでもし早めに終わったら合流しましょうよ?いつもの場所にいるので」

「押忍!」



 押忍だ、押忍。俺はオスの本能を殺してイヴァのミステリアスな顔とは裏腹な純粋な笑顔を見送って仕事へと向かった。草履で上品に歩いていく後ろ姿がとても江戸っぽい。

 異国風な、エチゾチックなエジプトの王族みたいなアクセサリーとビー玉が描かれたエメラルド色の着物が良く似合っていた。軽く着崩している様子がエ。

 ちなみに髪型は白のメッシュが入った黒のおかっぱ……正確にはおかっぱでもないが、ボブでもないのでここではお洒落おかっぱということにしておこう。


 俺も初めて彼女を見たときは(こんな江戸時代みたいな雰囲気なのに外国人いるんかい)と驚いたが、この異世界では外国との交流が盛んでほとんどの国とは国交を結んでいるようだ。

 なので、町を歩いていると白人から黒人からアジア人から様々な人がいたりもするんだ。もちろん、ほとんどの人は日本人っぽい見た目をしているが。

 しかもみんな日本語がある程度は喋れる。詳しいことは知らぬが入国のときに語学力のテストがあるそうな。



 多くの人が着物や甚平などの和風な服を着ているが、やはり面倒なのか着方は人それぞれ異なっていて、中にはほとんど裸に羽織を羽織っただけでブラついている人もいたりする。

 もちろん、サムライである俺は着物をカチっと着こなし、あんまり良いとは思ってないけどちょんまげ頭で町を闊歩している。ただ。時々、洋服を着ている人を見ると昔を思い出して羨ましくなる。めんどい、着物。


 生きていく中で不思議なカルチャーショックを覚えた俺はこの国の歴史を少しだけ学び、この世界が明らかに元いた世界とは違うことを理解した。

 これはタイムスリップではない。そして、ここは江戸ではなく江戸的な町だ。



 鹿本勇助が降り立った地、仁江戸(ニエド)。江戸のようで江戸ではない、そんな土地。

 現代日本とは関係ないのに、なんとなく似ているそんな世界。


 お見事!としか言えぬほど完全に誘惑を振り払った俺は人通りと店が多かった通りを抜けて、目的地である村本飴ヶ乃助の屋敷に辿り着いた。

 そこはどこか不気味な雰囲気を漂わせており、夏になるとしきりに語られるようになる怪談を想起させるような波紋を発していた。





 現代社会の科学が発達し、未知の物がほとんど無くなったころの日本に住んでいた時は幽霊やお化けの類いなんて全く怖くもなんともなかったのに、ここに来てからはそういうものを心の奥でも表面でも怖いと感じるようになっちまいやがった。くそ……

 俺はこの世界に来てから色んな怪談を聞かされてきた。やれ落武者の亡霊が夜道に襲ってくるだの、やれ不義理をされた綺麗な奥さんが夫を呪い殺すだの、やれ妖刀に取り憑かれた若い男が道行く人を無差別に辻斬りするなどのお話。





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― 新着の感想 ―
褐色美人さんが好みですね。彼女がヒロインですか?
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