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51.鼠が邪魔をする

 吉良坂君が蹴り飛ばされた。蹴ったのは凶悪な面相の、前回はいなかった全個一体会の一人だった。続けて、その凶悪そうな男は馬乗りになって倒れた吉良坂君を殴り始めた。

 あの男はナノマシンを摂取している。イリュージョンクリエイターが効くはずだ。が、イリュージョンクリエイターを使って吉良坂君を助けようと思ったその刹那、他の全個一体会の三人が渡部さんを狙って走っていく姿が見えたのだった。一瞬迷ったけど、僕は渡部さんを助ける方を優先させた。彼は命までは奪われないはずだ。今は渡部さんを助けるべきだろう。

 渡部さんは吉良坂君を気にかけているようだったけど、友達の青森さんに促されると逃げ始めた。

 僕は渡部さんを殺す為に走る三人を睨みつけると、AIのザシキワラシを召喚した。イメージの中で触れさせて、三人の脳内への侵入を試みる。だがしかし、そこで異変が起こってしまったのだった。

 ――触れない?

 何故か、ザシキワラシが三人に触れられないのだ。焦りを覚える僕の視界の片隅に、さっきまで這い回っていた鼠達が不気味にこちらを窺っている姿が入った。さっきよりも随分と増えている。

 ザシキワラシで触れられない理由は分からなかった。あの三人はナノマシンを摂取しているはずなのだ。或いは、時間が足らなくてナノマシンネットワークが形成し切っていないのかもしれない。いまいち納得がいなかったけど、今は謎を解明している暇はない。

 “なら、プラン2だ!”

 こういった事態が起こり得る事も僕らは想定していたのだ。渡部さんを狙う連中がクレープ屋で何も頼まないかもしれない。

 「ゆかりちゃん、アインさんに連絡を取って」

 ゆかりちゃんは頷く。

 以前、全個一体会とやり合った時、僕はまずは彼らではなく、周囲の人間にイリュージョンクリエイターを使った。それと同じ方法が今回も使えるはずだ。もっとも、今回彼らは認識阻害装置を使っているから、彼ら自身を見させる手段は使えない。彼らを強盗犯に見せてもゾンビに見せても誰も認識はしてくれないだろう。

 でも、必ずしも彼ら自身を見せる必要はないんだ。彼らの近くにスマートフォンで撮影したくなるような何かの幻を生じさせれば良い。そうすれば、通行人の多くはスマートフォンで撮影しようとするだろう。そして、幻ではなく彼らの姿が撮られる事になる。彼らはそれを嫌がるはずだ。

 全個一体会の三人が、逃げる渡部さん達に追いついてしまった。一人が髪を掴み、もう一人が結束バンドで彼女を縛ろうとしている。更にもう一人はナイフを持っている。彼女の動きを封じてから確実に殺すつもりでいるんだ。周囲の人達は、白昼堂々と行われようとしているその犯行を完全に無視している。認識阻害装置の影響で認識できていないのだろう。

 渡部さんも青森さんも抵抗していたけど、彼女達の力じゃいつまで耐えられるかは分からなかった。

 “まずい! このままじゃ、渡部さんが殺されてしまう”

 そう僕が危機感を覚えたタイミングだった。

 「オッケーよ。アインさんの準備が整ったって。やっちゃって、歩君」

 と、ゆかりちゃんが言った。その声を合図に、僕は即座にザシキワラシを放った。すると、まるで波が円状に広がるようにザシキワラシが辺りの人々にタッチしていく。

 ――イリュージョンクリエイター、発動!

 一瞬の間の後、

 「おい! あれ、見ろよ!」

 と、声が上がる。

 僕は通行人達に白いドラゴンを見せていた。恐ろしい外見にするとパニックになりそうだったので、可愛い造形でサイズは人よりも少し大きい程度、そのドラゴンが、機嫌良さげにスキップするイメージ。

 「キャー! なにあれー!」

 「可愛い!」

 「何かのイベントか?」

 次々と声が聞こえる。そして僕の狙い通り、多くの通行人がスマートフォンを向けて撮影をし始めた。

 全個一体会の三人は、その異変に戸惑っているようだった。認識阻害装置が上手く働いていないのかとまずは疑い、それにしては様子がおかしいと訝しがる。その隙を渡部さんと青森さんは見逃さなかった。恐らく、身体能力強化ブーストアップを使ったのだろう。力強く渡部さんを掴んでいた手を無理矢理に振り解くと、青森さんがボクシングの動きで一人にパンチを入れた。

 ……青森さんは、渡部さんの命が狙われている話をすると「護身の為にボクシングを習う」なんて言っていたのだけど、どうやら本当に習っていたようだ。

 身体能力強化ブーストアップは強力だけど、筋力の少ない彼女達では短時間しか使えない。全個一体会の三人を怯ませただけで、彼女達は逃げ出してしまった。三人は彼女達の後ろ姿を眺めるだけで何もしない。通行人が何故自分達をスマートフォンで撮影しているのかが分からず、どうするべきか決めかねているようだ。

 吉良坂君の方に目を向けると、凶悪な顔の男に馬乗りになられながらも一応は抵抗できているようだった。身体能力強化で力が強くなっているからだろう。

 “よし! このまま渡部さんは上手く逃げられるかもしれない!”

 僕は心の中でガッツポーズを取ったのだけど、そこで異変が起こった。ベンチの周りにだけいた鼠達が何故か更に増えており、しかも周囲を駆け回り出したのだ。

 “――なんだ?”

 しかも、見る間に鼠達の姿は変容していく。リアルな鼠から、漫画のキャラクターのような姿に。木槌まで抱えていた。

 ――これは、絶対に本物の鼠ではない!

 鼠は大黒天の眷属と言われている。恐らく鼠が抱えている木槌はその大黒天をイメージしているのだろう。ただ、大黒天の木槌は縁起物であるのに対し、その鼠達が抱えている木槌は縁起物ではないようだった。それで空間を殴る度に僕と通行人達との接続が切れるような感覚があったのだ。通行人の様子が見る間に変わっていく。

 「あれ? 白いドラゴンが消えたぞ?」

 「もう終わっちゃったのかな? 可愛かったのに」

 などと口々に言っている。

 つまり、イリュージョンクリエイターが無効化されいるのだ。

 そこでゆかりちゃんが言った。

 「歩君。鼠に邪魔されているわ」

 そして、それから、少し離れた位置にいるフードを被ってサングラスをかけた男を彼女は指差した。

 「多分、あいつ」

 そこで全個一体会の三人は顔を見合わせた。以前、僕は似たような事を彼らにやっている。それを思い出し、多分、何が起こっていたのかを察したのだろう。それから三人は走って渡部さんを追いかけ始めた。

 「ゆかりちゃん!」と僕。

 このままでは、渡部さんが危ない。

 「大丈夫。あの鼠達は、私がなんとかするから」

 そう彼女は返すと、デフォルメした姿のまるで陰陽師のような小さなゆかりちゃんをたくさん放った。彼女の持っているAIだ。そのミニゆかりちゃん達は、次々と鼠達を抑えていった。

 「今なら、イリュージョンクリエイターを使えるはず。三人を止めて、歩君」

 「分かった!」と返すと、僕は即座にザシキワラシで三人をクラッキングし、氾濫する水が迫って来るのをイメージした。その瞬間、彼らは立ち止まる。幻だとは分かっているはずだ。けど、それで動ける程、この幻は生易しくはない。

 “なんとかなった!”

 と、僕は安堵しかけた。が、そのタイミングだった。

 「いい加減、放しやがれ!」

 という怒鳴り声が聞こえたのだ。振り返ると、さっきの凶悪な顔の男が、吉良坂君を蹴り飛ばしていた。それまで吉良坂君は、彼の足を掴んで彼が渡部さんを襲いにいくのを阻んでいたようだ。彼の顔はぐちゃぐちゃになっていて、鼻血まみれだったけど、それでも必死に抵抗していたらしい。非常に彼らしい。見上げた根性だ。

 吉良坂君の手が離れると、凶悪な顔の男は猛ダッシュで走り出した。追いかけて、渡部さんを殺すつもりだ。

 “させるか!”

 と、僕は彼にイリュージョンクリエイターを使おうとした。が、彼の足が速すぎるからか上手くザシキワラシがヒットしない。彼はそのまま彼は渡部さんを追いかけて行ってしまった。

 “まずい!”

 僕は慌てて彼を追いかけた。ただ、僕は足はそんなに速くない。間に合わないかもしれない。

 そう不安に思っていると、僕は例の三人のうちの一人、山井さんと目が合った。彼は僕に気が付いたようだった。僕は彼と“もうAIリアンには手を出さない”という条件で、以前、彼らを警察に突き出すのを見逃してあげたんだ。

 約束を破られたと思っていたのだけど……

 表情から、なんとなく察した。

 “――もしかしたら、助けてくれるつもりでいるのか?”

 一縷の望みに賭け、僕は彼に見せていた幻を解除した。すると彼は凶悪な顔の男を追いかけて走り出した。

 ――味方してくれるかどうかは分からない。でも。なんとなく予感はあった。助けてくれるって。

 僕もそれを必死に追いかけた。

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