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50.対策の対策

 渡部さんと青森さんの二人は、クレープを食べ終えるとお喋りをし始めた。もちろん、これは打ち合わせ通りだ。彼女達を追って店に入った4人の男も店を出ない。そのまま2時間半程が経過したけど、高校生くらいの子達がこれくらい話すのは大して珍しくもないから不自然ではないと思う。ただ、男が四人もバラバラに長時間クレープ屋に居座るのは不自然だ。

 間違いなく、彼らは渡部さんをターゲットにしている。そう僕は確信した。彼らの他にも店の外にずっとうろうろしている連中がいた。こいつらも怪しい。幸い、連中も緊張しているのかこっちに気が付いた素振りはなかった。あいつらの相手は吉良坂君に任せよう。

 やがて、二人が席を立つ。どうやら外に出るらしい。まったく緊張をしているように見えないのは、どうせ何にもないと思っているからなのかもしれないけど、お陰で警戒されずに済みそうだった。

 “いよいよだな”

 と、僕は思う。

 この近くにはベンチがあって、休憩できるスポットがある。ところがそこは何故か監視カメラの盲点になっているのだ。きっと設置業者か何かのミスだと思うのだけど。そこを二人は目指している。僕らが怪しいと思っていた連中が尾行していた。不審そうな後ろ姿が見える。

 目指すスポットは、ベンチがあるにもかかわらず陽当たりが悪い。だからなのか、鼠が数匹這い回っているのが見えた。見た目可愛いから嫌いにはなれないのだけど、それでも不潔だと思うと良い気持ちはしない。

 そんな場所にあるベンチに何食わぬ顔で二人は腰を下ろした。ちょっと奇妙に思われるかもと心配したけど杞憂かもしれない。

 ベンチに座った二人はまたお喋りを始めた。すると、そこで動きがあった。連中が速足で歩いていく。店の外で待機していた方だ。小さな声でゆかりちゃんが言った。

 「認識阻害装置が起動したわ」

 つまり、連中は渡部さんを今ここで襲う気でいるのだ。ゆかりちゃんは、吉良坂君や渡部さん達へも装置の起動を伝えているはずだ。吉良坂君は僕とは反対側、渡部さん達の先からこちらに向かって歩いて来ている。渡部さん達が逃げ始める。そのタイミングで、彼はもの凄い表情で連中に向かっていった。

 

 ――連中の先頭の三人は、クレープ屋に入店していない。店の物を……、ナノマシンを摂取していない。だから、恐らくはナノマシンネットワークが脳に形成されていないはずだった。僕では敵わないだろう。

 

 僕らは一度、彼らにイリュージョンクリエイターを見せている。イリュージョンクリエイターは発動さえできればほぼ無敵だ。幻を見せて行動不能に陥れられる。だから、連中は必ず対抗策を練って来ている。

 ……では、イリュージョンクリエイターを防ぐ最も有効な手段とは何だろう?

 前回、全個一体会がやったように電磁波を遮断するマスクを被っても良い。けど、流石に目立ち過ぎるし、マスクを剝がされてしまったらそれで終わりだ。最も確実な方法は、ナノマシンカプセルをしばらく摂取せず、ナノマシンネットワークを脳に形成させないでおく事だ。

 イリュージョンクリエイターは、脳直結インターフェースを利用して、相手の知覚に影響を与える技術だ。つまり、脳直結インターフェースを成立させるナノマシンネットワークさえなければ使えない。

 敵がそのような対策を執って来るだろうと僕らは予想していた。だから、その対策の対策を用意した。

 “敵がナノマシンを摂取していないと言うのなら、摂取させてしまえば良いんだ”

 人を一人雇って先のクレープ屋にアルバイトとして予め潜入させ、全ての料理にナノマシンを混ぜてもらった。ナノマシンは一般の人にとっては毒でもなんでもない。最新型のナノマシンだから、むしろありがたいだろう。

 つまり、意図的にナノマシンを摂取していない人間にだけ害になる。

 ……因みに、その人員は日野君の方で手配してくれた。協力してくれたのは、彼と同じ組織の人らしい。

 全個一体会の彼らは、ナノマシン入りの飲食物を摂取していた。後は時間稼ぎをすれば、ナノマシンネットワークが自然と彼らの脳内に形成されるはずだ。渡部さん達がクレープ屋で長時間お喋りしていたのはその為だ。

 もちろん、全員がナノマシンを摂取するとは限らないけど、それでも戦力は大幅に削れるはずだった。そして、残りのナノマシンを摂取していない連中は、身体能力強化アプリを随分と巧く使えるようになった吉良坂君が相手をする事になっていたのだ。

 「まずは任せたよ、吉良坂君」

 と、僕は小さく呟いた。

 

 吉良坂の脳裏にメッセージ通知が来る。状況からして大体察していたが、開けてみるとそれは『認識阻害装置が起動した』という板前ゆかりからのメッセージだった。どういう技術なのかは分からないが、彼の視界にポインターが見え、誰が認識阻害を使っているのかが分かるようになっている。吉良坂達には認識阻害装置が通じない。これも板前らが用意した対策の一つだ。手前に三人、奥に四人。全員で7人。意外に少ない。人数が増えれば、バックにいる団体もバレやすくなる。それほど人数は多くしないだろうと小鳥遊先生達は考えていたのだが、それが当たったようだ。

 渡部達にも同じメッセージが伝わっているのだろう。彼女達は後ろを振り向くと、走って逃げ始めた。先程までの彼女達の呑気な表情が打って変わって彼に助けを求めるような怯えたものに変わっている。

 彼はそれで目の色を変えた。

 「……ナノマシンを摂取しなかった連中は、俺の担当だって約束だったよな」

 拳を強く握ると彼は駆け出した。そんな彼に連中は気付かなかったようだ。否、気づいてはいたかもしれないが、まさか自分達を狙っているとは思わなかったのだろう。逃げる渡部達を追うのに意識を奪われている。一人がナイフを取り出した。別の一人は結束バンドを持っている。

 恐らくは、渡部葵を拘束し、身動きできなくしてからナイフで急所を刺して確実に殺すつもりだ。

 「絶対に、させねぇぇぇ!」

 足に力を思い切り込めると、彼は身体強化のブーストアップを使った。男達の足は渡部達よりも速い。後少しで手が届きそうだったが、その瞬間、彼は猛スピードで渡部達と交錯し、掴みかかろうとしていた結束バンドを持った一人に思い切り膝蹴りを入れた。

 顔面にヒットする。

 意識の外から、カウンター気味に高速に加速した膝を喰らったのだから堪らない。男は鼻血を吹き出しながら後方に吹き飛んでいった。それでも吉良坂の目に灯った怒りの炎は少しも衰えない。続けて、ナイフを持っている男に対して回し蹴りをヒットさせた。

 喉元辺りに当たる。

 急所だ。

 目を大きくすると、その男も同じ様に吹き飛んでいった。後頭部を激しく打ったようだった。

 三人目は異変に気が付いて急ブレーキをかけたようだったが、時は既に遅かった。吉良坂はアッパーカットを放っていて、ブレーキをかけたその男の顎にそれは見事にクリーンヒットした。

 やはり、吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ三人に動く気配はなかった。戦闘不能だろう。

 彼は仁王立ちで立ち止まると、

 「フーッ」

 と、息を吐き出す。

 彼は以前にインストールした身体能力強化アプリを有効に使えるようになる為、筋力トレーニングをし、格闘技も多少は学んでいた。更に言うと、AI連携能力強化学習方による知能向上の効果で、アプリをより巧く使えるようにもなっていた。結果、高校生離れした戦闘能力を彼は手に入れていたのである。

 “よし! いける!”

 と、その想像以上の力に彼は舞い上がった。

 “これなら、イリュージョンクリエイターがなくたって他の連中も余裕で倒せるのじゃないか?”

 が、そう思った瞬間だった。

 彼の目の前に足の裏が迫っていたのだ。それが全個一体会の一人が放った蹴りである事に気が付いたのは、彼が大きく蹴り飛ばされた後の事だった。

 50.対策の対策

 

 渡部さんと青森さんの二人は、クレープを食べ終えるとお喋りをし始めた。もちろん、これは打ち合わせ通りだ。彼女達を追って店に入った4人の男も店を出ない。そのまま2時間半程が経過したけど、高校生くらいの子達がこれくらい話すのは大して珍しくもないから不自然ではないと思う。ただ、男が四人もバラバラに長時間クレープ屋に居座るのは不自然だ。

 間違いなく、彼らは渡部さんをターゲットにしている。そう僕は確信した。彼らの他にも店の外にずっとうろうろしている連中がいた。こいつらも怪しい。幸い、連中も緊張しているのかこっちに気が付いた素振りはなかった。あいつらの相手は吉良坂君に任せよう。

 やがて、二人が席を立つ。どうやら外に出るらしい。まったく緊張をしているように見えないのは、どうせ何にもないと思っているからなのかもしれないけど、お陰で警戒されずに済みそうだった。

 “いよいよだな”

 と、僕は思う。

 この近くにはベンチがあって、休憩できるスポットがある。ところがそこは何故か監視カメラの盲点になっているのだ。きっと設置業者か何かのミスだと思うのだけど。そこを二人は目指している。僕らが怪しいと思っていた連中が尾行していた。不審そうな後ろ姿が見える。

 目指すスポットは、ベンチがあるにもかかわらず陽当たりが悪い。だからなのか、鼠が数匹這い回っているのが見えた。見た目可愛いから嫌いにはなれないのだけど、それでも不潔だと思うと良い気持ちはしない。

 そんな場所にあるベンチに何食わぬ顔で二人は腰を下ろした。ちょっと奇妙に思われるかもと心配したけど杞憂かもしれない。

 ベンチに座った二人はまたお喋りを始めた。すると、そこで動きがあった。連中が速足で歩いていく。店の外で待機していた方だ。小さな声でゆかりちゃんが言った。

 「認識阻害装置が起動したわ」

 つまり、連中は渡部さんを今ここで襲う気でいるのだ。ゆかりちゃんは、吉良坂君や渡部さん達へも装置の起動を伝えているはずだ。吉良坂君は僕とは反対側、渡部さん達の先からこちらに向かって歩いて来ている。渡部さん達が逃げ始める。そのタイミングで、彼はもの凄い表情で連中に向かっていった。

 

 ――連中の先頭の三人は、クレープ屋に入店していない。店の物を……、ナノマシンを摂取していない。だから、恐らくはナノマシンネットワークが脳に形成されていないはずだった。僕では敵わないだろう。

 

 僕らは一度、彼らにイリュージョンクリエイターを見せている。イリュージョンクリエイターは発動さえできればほぼ無敵だ。幻を見せて行動不能に陥れられる。だから、連中は必ず対抗策を練って来ている。

 ……では、イリュージョンクリエイターを防ぐ最も有効な手段とは何だろう?

 前回、全個一体会がやったように電磁波を遮断するマスクを被っても良い。けど、流石に目立ち過ぎるし、マスクを剝がされてしまったらそれで終わりだ。最も確実な方法は、ナノマシンカプセルをしばらく摂取せず、ナノマシンネットワークを脳に形成させないでおく事だ。

 イリュージョンクリエイターは、脳直結インターフェースを利用して、相手の知覚に影響を与える技術だ。つまり、脳直結インターフェースを成立させるナノマシンネットワークさえなければ使えない。

 敵がそのような対策を執って来るだろうと僕らは予想していた。だから、その対策の対策を用意した。

 “敵がナノマシンを摂取していないと言うのなら、摂取させてしまえば良いんだ”

 人を一人雇って先のクレープ屋にアルバイトとして予め潜入させ、全ての料理にナノマシンを混ぜてもらった。ナノマシンは一般の人にとっては毒でもなんでもない。最新型のナノマシンだから、むしろありがたいだろう。

 つまり、意図的にナノマシンを摂取していない人間にだけ害になる。

 ……因みに、その人員は日野君の方で手配してくれた。協力してくれたのは、彼と同じ組織の人らしい。

 全個一体会の彼らは、ナノマシン入りの飲食物を摂取していた。後は時間稼ぎをすれば、ナノマシンネットワークが自然と彼らの脳内に形成されるはずだ。渡部さん達がクレープ屋で長時間お喋りしていたのはその為だ。

 もちろん、全員がナノマシンを摂取するとは限らないけど、それでも戦力は大幅に削れるはずだった。そして、残りのナノマシンを摂取していない連中は、身体能力強化アプリを随分と巧く使えるようになった吉良坂君が相手をする事になっていたのだ。

 「まずは任せたよ、吉良坂君」

 と、僕は小さく呟いた。

 

 吉良坂の脳裏にメッセージ通知が来る。状況からして大体察していたが、開けてみるとそれは『認識阻害装置が起動した』という板前ゆかりからのメッセージだった。どういう技術なのかは分からないが、彼の視界にポインターが見え、誰が認識阻害を使っているのかが分かるようになっている。吉良坂達には認識阻害装置が通じない。これも板前らが用意した対策の一つだ。手前に三人、奥に四人。全員で7人。意外に少ない。人数が増えれば、バックにいる団体もバレやすくなる。それほど人数は多くしないだろうと小鳥遊先生達は考えていたのだが、それが当たったようだ。

 渡部達にも同じメッセージが伝わっているのだろう。彼女達は後ろを振り向くと、走って逃げ始めた。先程までの彼女達の呑気な表情が打って変わって彼に助けを求めるような怯えたものに変わっている。

 彼はそれで目の色を変えた。

 「……ナノマシンを摂取しなかった連中は、俺の担当だって約束だったよな」

 拳を強く握ると彼は駆け出した。そんな彼に連中は気付かなかったようだ。否、気づいてはいたかもしれないが、まさか自分達を狙っているとは思わなかったのだろう。逃げる渡部達を追うのに意識を奪われている。一人がナイフを取り出した。別の一人は結束バンドを持っている。

 恐らくは、渡部葵を拘束し、身動きできなくしてからナイフで急所を刺して確実に殺すつもりだ。

 「絶対に、させねぇぇぇ!」

 足に力を思い切り込めると、彼は身体強化のブーストアップを使った。男達の足は渡部達よりも速い。後少しで手が届きそうだったが、その瞬間、彼は猛スピードで渡部達と交錯し、掴みかかろうとしていた結束バンドを持った一人に思い切り膝蹴りを入れた。

 顔面にヒットする。

 意識の外から、カウンター気味に高速に加速した膝を喰らったのだから堪らない。男は鼻血を吹き出しながら後方に吹き飛んでいった。それでも吉良坂の目に灯った怒りの炎は少しも衰えない。続けて、ナイフを持っている男に対して回し蹴りをヒットさせた。

 喉元辺りに当たる。

 急所だ。

 目を大きくすると、その男も同じ様に吹き飛んでいった。後頭部を激しく打ったようだった。

 三人目は異変に気が付いて急ブレーキをかけたようだったが、時は既に遅かった。吉良坂はアッパーカットを放っていて、ブレーキをかけたその男の顎にそれは見事にクリーンヒットした。

 やはり、吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ三人に動く気配はなかった。戦闘不能だろう。

 彼は仁王立ちで立ち止まると、

 「フーッ」

 と、息を吐き出す。

 彼は以前にインストールした身体能力強化アプリを有効に使えるようになる為、筋力トレーニングをし、格闘技も多少は学んでいた。更に言うと、AI連携能力強化学習方による知能向上の効果で、アプリをより巧く使えるようにもなっていた。結果、高校生離れした戦闘能力を彼は手に入れていたのである。

 “よし! いける!”

 と、その想像以上の力に彼は舞い上がった。

 “これなら、イリュージョンクリエイターがなくたって他の連中も余裕で倒せるのじゃないか?”

 が、そう思った瞬間だった。

 彼の目の前に足の裏が迫っていたのだ。それが全個一体会の一人が放った蹴りである事に気が付いたのは、彼が大きく蹴り飛ばされた後の事だった。

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