49.雑な作戦
アパレルショップで、渡部葵と友人の青森が楽しそうにお喋りをしている。「こっちが似合う」とか、「こっちも面白い」とか、偶にふざけたデザインの服を身体に当ててみて、大笑いをしていたり。二人とも心から楽しんでいるように思える。これが演技だったら大したものだが、恐らく演技ではない。
「……あいつら、これが作戦だって忘れていやがるな」
と、店の外からその光景を眺めていた吉良坂は小さく呟いた。
二人がいるのはショッピングモールの中にある店で、ショッピングモールの人通りはかなり多かった。吉良坂は少し離れた場所から二人を警護している。彼のいる反対側には小鳥遊先生とその恋人の板前ゆかりの姿があり、やはり二人を見守っていた。店内には監視カメラも設置されてあるし、何より敵が襲う時に使っているはずの認識阻害装置の反応がない。だから安全だと彼らは判断していたのだ。
実物に会ってみると、板前ゆかりは、吉良坂が思っていたよりもずっと大人っぽかった。立ち振舞いや態度で印象というのは随分と変わるものであるらしい。もっとも、それは彼が普段から渡部葵を見ているからなのかもしれなかったが。
“……とにかく、今は集中だ。どっからどんな奴らが現れるのか分からないんだからな!”
そう気合を入れると、彼は渡部葵を気にしつつ、辺りに怪しい人物がいないか警戒をする。
そんな彼の様子を、小鳥遊先生はやや呆れた様子で見ていた。
「あーあ、眼を血走らせちゃって、大丈夫かなぁ?」
過度に緊張した様子の吉良坂君を見て、僕はそう呟いた。僕らは三人とも軽く変装しているのだけど、彼は帽子を被ってマスクをしているから余計に怪しかった。
「あれじゃ、明らかに彼の方が不審者よね。ストーカーと勘違いされないかしら?」
ゆかりちゃんもちょっと心配そうだった。
“……だから、自分とのデートってことにしておけば良かったのに”
と、少し思ったけど、デートってなると彼は更に挙動不審になりそうな気もした。
僕と吉良坂君が渡部葵さんを守る役割で、ゆかりちゃんは周囲の監視及びに遠隔で協力してくれているアインさんと日野君との連携役としてここにいる。渡部さんを狙う時、連中は認識阻害装置を使うのがほぼ確実だから、彼女はその反応を監視しているのだ。
……どうしても、渡部さんが外に行かなくてはならないのは学校だけど、通学時に敵が渡部さんを狙う可能性はかなり低いだろうと僕らは考えていた。吉良坂君が送り迎えをしているし、監視カメラが設置されてある。人通りがそれほど多くない通学路で、その監視カメラの網を潜り抜けて渡部さんを殺すのはほぼ不可能だ。車で移動したって車種やなんかから身元が割れてしまう危険はかなり高い。
それに対して、人通りの多いショッピングモールならば人物の特定がし難い。変装してバラバラに集まれば、団体が特定される事はないだろう。そして、監視カメラの盲点になる場所で彼女を襲えば、警察に捕まらずに済む可能性はかなり上がる。
少なくとも、“敵”はそう考えた…… はずだった。これは“AIリアン達の誰か”からもたらされた情報だ。或いは、その人物がそうなるように誘導したのかもしれない。意図的に僕らが流した、“渡部さんが友達と買い物に出かける”という情報に応えてくれた形だ。
もちろん、直接やり取りした訳じゃない。“こーいう情報を流せば、こういう反応が返って来るはず”って感じで、ゆかりちゃんが何重にも経由して“AIリアンの誰か”と間接的に“話し合った”のだ。相手の知能の高さを分かっている、AIリアン同士じゃないとできない連絡方法だと言えるだろう。
敵は数少ないチャンスを見逃さず、渡部さんをショッピングモールで襲おうとするだろう。ただし、当たり前だけど、ショッピングモールには多くの“人の目”がある。目撃されたり、スマフォのカメラで撮影されれば都合が悪い。その対策として、敵は認識阻害装置を使っているのだという。
その装置を使うと、今の時代ならほとんどの人の脳に形成されているナノマシンネットワークに働きかけ、認識できないようにできるらしい。視覚や聴覚や嗅覚で捉えてはいる。が、しかし、それを脳が認識してくれないようになるのだ。大体、半径30メートルに効果がある。建物が視界を塞いでくれるショッピングモールならば充分な影響範囲だ。
――ただし、この装置には弱点もある。認識を阻害させる為に出す電磁波を感知する事さえできれば、容易にその接近の察知が可能なのだ。
ゆかりちゃんは、認識阻害装置の感知器を使って、その電磁波を測定している。もし敵が近付いたら、彼女が僕らに直ぐに知らせてくれる。そして、渡部さん襲おうとする敵を捕まえて警察に逮捕してもらうというのが今回の作戦の概要だ。
吉良坂達が見守る中で、渡部葵と青森の二人は洋服を選び終えた。因みに何回か試着しているから、店の外からとはいえ、それを血走った眼で見守る吉良坂の姿はやはり明らかに不審だった。何人かは痴漢かのぞきだと思ったかもしれない。
買い物を終えて店の外に出ると、二人は楽しそうにしながら歩き始めた。近くにクレープ屋があるのだが、そこを目指す予定になっている。美味しいと評判の店で、女性には特に人気があるから不自然ではない。素で彼女らはそれを楽しみにしているようだった。
「やっぱり、作戦を忘れていやがるな」
と、吉良坂は呟く。
二人はクレープ屋に入ると、それぞれ注文をした。席に着いてクレープが出てくるのを待っている。すると、彼女らを追うように四人の男達がバラバラに中に入っていった。
認識阻害装置はまだオンになっていない。だが、小鳥遊先生は何かに気が付いたらしく、視線で合図を吉良坂に送って来た。メッセージが届く。
『あいつら、前に説明した全個一体会のメンバーだ』
そこにはそう書かれてあった。
以前、小鳥遊先生は全個一体会という団体と揉めた事があると彼は聞いていた。その時に見た事があるのだろう。緩みかけていた彼はそれで気を引き締めた。4人の姿を目に焼き付け、更に周囲も警戒する。すると、何人か怪しい男達がいるのを見つけた。何をするでもなく、クレープ屋を中心にブラブラしている。待ち合わせに使うような場所でもない。不自然だ。睨みつける。大きく深呼吸をした。
「敵の作戦が予想通りだとすると、俺の相手はあいつらになるな」
そして、そう呟いた。
僕は軽く溜息を洩らした。
“今回も相手は全個一体会だったらしい。いや、全個一体会だけとは限らないのだけど”
以前、僕を狙った三人組の姿が見えたからだ。変装はしていたけど、怪しいと思って画像を僕と契約しているAI、ザシキワラシに送って判定してもらったら一致率が95%という回答が返って来た。バラバラに渡部さんのいるクレープ屋に入っていったけど、偶然のはずはない。連携しているのは明らかだ。
「もう、手を出さないって約束で見逃してあげたのに、あの山井さんって人もいるよ」
と、僕は独り言を漏らした。どうやら彼は約束を守ってはくれなかったらしい。彼らをイリュージョンクリエイターで行動不能にした時、警察にだけは通報しないでくれと彼からお願いをされて、僕はAIリアンを二度と攻撃しないという条件で彼らを見逃したのだ。ちょっとだけショックだった。
そんな僕の様子を見て、ゆかりちゃんが僕の頭に手を軽くぽんっと乗せた。慰めてくれているのかもしれない。
恐らく、相手は彼ら以外にもいるのだろう。実際、クレープ屋に入っていた怪しそうな男を僕を見た事がなかった。かなりの凶悪な顔をしていて、同じく人相の悪い吉良坂君がどことなく愛嬌があるのに対し、その男からはそんな気配を一切感じなかった。人を殺した事があると言われても信じてしまうかもしれない。まあ、こういう見た目での判断は、ルッキズムだと批判されてしまうのかもしれないけど。
その男の印象にクレープ屋が合っていなくって、そこがちょっとだけ滑稽だった。もしあの男が普通の客だったなら、凶悪な顔とのギャップを微笑ましく感じていたかもしれない。そうであれば良いのに。
――ただ、それは希望的観測に過ぎないのだろう。
クレープ屋に入った四人はコーヒーか何かを注文したようだった。そのうち二人はクレープも注文した。それが怪しまれないようにする為のカモフラージュなのか、本当に欲しかったからなのかは分からなかったけど、とにかく飲んでいるし食べている。
その四人の姿を見て、僕はにやりと笑った。
こっちの狙い通りの行動だったからだ。




