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4.知性は一種類だけじゃない

 休み時間。

 ゆかりちゃんからメッセージが来た。桂君という男子生徒からメールで呼び出されたのだそうだ。しかも、場所は電波が極めて入り難い校舎裏の魔のトライアングル。

 桂君。

 実力テスト学年三位の、あの桂君だろうか?

 彼女は『番長決定戦だったらどうしよう?』と不安になっているようだった。『日本では決闘は罪、六ヶ月以上二年以下の懲役。執行猶予は付くと思うけど前科持ちは色々と社会的にマイナス』との事。

 流石に“番長決定戦”はない。

 だから、『番長決定戦はないと思うよ』と返しておいた。まぁ、普通に考えれば十中八九告白だろう。ただ相手があの“桂君”だとすれば他にも可能性はあるかもしれない。それが気がかりといえば気がかりだった。成績で負けた事を根に持って、彼は僕に絡んで来た。普通に考えれば告白だけど、普通じゃないのかもしれない。彼が本当にゆかりちゃんを好きになった可能性もあるけど、もしかしたら、ゆかりちゃんと仲良くなって、AIとの連携能力を強化したがっている可能性だってある。“ケンタウロス・モデル”の試験対策用に。

 それからほんの少しだけ嫌な想像をした。“桂君が彼女に乱暴をする”という。

 それで心配になって「こっそり覗いてみようかな?」と僕は思わず呟いてしまった。ただ、誰かがフられる現場を覗き見るなんて流石に悪趣味だろう。いや、彼がフられると決めてかかるのもどうかと思うけど、流石にゆかりちゃんが僕以外の男と付き合い始めるとは思えない。

 「ま、もし、なんか悪いことをするつもりだったらメールなんて手段は使わないか。彼も馬鹿じゃないんだし」

 メールという手段は証拠が明確に残ってしまう上に消すのも難しい。だから脅すにしろ嫌がらせをするにしろ何かしらの悪事をしようと思ったならメールという手段はあまり使わないのが普通なんだそうだ。“よほどの馬鹿じゃない限り、加害者が被害者に対して直接メールを送ったりはしない”ものであるらしい。

 だけど、それから僕はふと思った。

 

 ……馬鹿だったら、どうしよう?

 

 “知性は一種類だけじゃない”

 いつだったか、ゆかりちゃんが僕に言った言葉だ。試験の成績が良い人だからって馬鹿な行動を執らないとは限らない。有名な難関大学を卒業したエリートが、オカルト宗教に嵌って毒ガスをばらまいてしまった事件だってかつて起こっている。

 辺りを見回すと、偶然近くに桂君を知っていたさっきのクラスメイトがいた。

 「ちょっといい? あのさ、桂君って頭良いかな?」

 「なんだよ、藪から棒に」

 「いいから、教えてくれよ。緊急事態なんだ」

 それを聞くと彼は腕組をした。

 「どうして緊急事態で、あいつの頭が良いか悪いかを知る必要があるのかがまるで分からないんだが……

 まー、飽くまで俺の意見っていうなら、間違いなく馬鹿だな」

 「成績が良いのに?」

 「成績が良くても馬鹿な奴っているだろう? 仕事ができなかったり、なんかズレていたりさ。桂は多分そういうタイプなんだよ。思い込みが激しいから、面倒くさいところもあるし」

 “思い込みが激しい?”

 それを聞くと僕は自然と走り出していた。校舎裏の魔のトライアングルへ。

 ――ゆかりちゃんが危ないかもしれない。

 同時に眼鏡型デバイスをオンにして、AIサービスに接続、召喚する。空中に出力された仮想キーボードを叩いて桂君の名前を入力してから指示を出した。

 「同じ学年のこの桂って男子生徒について調べたいのだけどできる?」

 すると眼鏡グラスの視界の隅に、顔の赤い子供の姿をしたAIのアイコンが顔を出した。僕が契約しているAIサービスの名前は“ザシキワラシ”。なんかAIの類って昔から妖怪の類の名前が付けられる事が多いらしいのだけど、これもその一つだ。

 ザシキワラシ。漢字では座敷童子と書く。これは家に富をもたらすとされていて妖怪や憑き物の一種とされている。ただ、このAIのイメージは一般的なそれと同じではない。護法童子という仏教版(特に密教)の式神みたいなのがいるのだけど、なんとこれには野生化バージョンがいる。つまり、誰も人間がコントロールしていない護法童子。その一部は民間の間でも語られ、そして、更にそれが元になって座敷童子の伝承が生まれたという説があるのだ。

 護法童子は鬼の姿で描かれたりもするのだけど、座敷童子には“顔が赤い”という特性があり一致する。

 そして、AIサービス“ザシキワラシ”は、その野生化した護法童子をイメージしているのだとか。

 ザシキワラシが僕の質問に返す。独特の高い声質。子供のようでいてそうではない。

 『可能だと思います。どのような情報が必要でしょうか?』

 「一般に公開されているSNSなんかで彼が発信したコメントのうち、学校の成績やAIリアンについて述べているもの。特に不満を連想させるようなものを探し出して」

 そう言うのと同時に、僕は桂君が書き込んでいるだろうネガティブなコメントのニュアンスをイメージしてザシキワラシに伝えた。こういう技能はゆかりちゃんと一緒にいるお陰で身に付いたものだ。

 『了解しました』

 ザシキワラシのアイコンが消える。これでこの学校の生徒達がよく使っているSNSを自動的にAIが探索して桂君のコメントを拾って来てくれるはずだ。

 もちろん、彼の個人情報を集める事に多少の罪悪感は抱かないでもない。でも、どうせ自ら公開している情報だ。もし違っていたって、ただの笑い話で済むだろう。それにゆかりちゃんの身の安全には変えられない。

 

 ……この手のAIサービスが普及すると、このように簡単に誰かの情報を調べられるようにもなった。もちろん、インターネットが普及してからも同様だったのだけど、よりお手軽になったのだ。だからこそ自己防衛の為に慎重に情報を発信するという習慣も広まっていったのだけど、どんなに注意喚起を呼びかけようが迂闊な発言をインターネットという公の場で繰り返す人間は必ずいるものだ。

 そして、僕のプロファイリングが正しければ、桂君という男子生徒は当にそんなタイプであるはずだった。

 

 校舎裏へ走っている最中に『集めました』と声がした。ザシキワラシが桂君に関する情報を集めて来てくれたようだ。「ありがとう」と言うと、僕は眼鏡グラスに映ったそれにざっと目を通す。青くなった。

 「予想通りだ! ゆかりちゃんが危ない!」

 僕は足に更に力を込めて加速した。校舎裏の魔のトライアングルにいる彼女には、きっともうメッセージを送っても届かないだろうから。

 

 『AIリアンはAIであって人間じゃない!』

 『AIリアンが試験でどんなに正解しても、それは計算機が問題を解いているのと同じだ。それに真っ当な人間としての点数を付けるなんて馬鹿げている』

 『AIが人間に使われる道具であるのと同じように、AIリアンだって道具だ。道具なんだから、そもそも良い大学に入れる事自体が間違っているんだ』

 『俺は、AIリアンを根本から人間とは別扱いするべきだっていう全個一体会の主張に全面的に賛成するね』

 

 彼は、桂君は、そんなような書き込みを頻繁に繰り返していた。AIリアンに対して、明確に強い差別意識と敵意を持っている。それがゆかりちゃん達AIリアンに成績で負けた所為で生まれたものなのか、それとも元からなのかは分からないけど、とにかく絶対に彼女に告白をするはずがない。何かしら危害を加えるつもりでいるんだ。

 急がないと!

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