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45.官僚達の間でAIが流行っている

 霧島郁美が「できました」と言って作成した資料を持って来た。今日も笑顔が可愛い。癒される。先輩職員の一人はそう思いつつ彼女が持って来た書類に目を通す。そしてそこで少しばかりの異変に気が付いた。

 文体がおかしい。

 直感的にそう思ったのだ。普段の彼女の文章とも癖が違っていたが、それ以前に人間が書いた文章のような気がしない。一見は綺麗で整っているが、どことなく読み辛さを覚えてしまう。まるでプログラミング言語を読んでいるかのような感覚。

 「これ、本当に君が書いたの?」

 それを聞くと、霧島はやや驚いた表情を見せてから申し訳なそうに上目遣いを作ってこう告げた。

 「すいません。実は生成AIを利用しました」

 彼はその告白にため息を漏らす。

 「AIを使うのは別に構わないがね、もうちょっと上手く使いなさい」

 官庁でもAIの活用は推進されている。ただ、そこには新たな民間との癒着や利権構造が噂されているし、陰謀論まがいの“AIによる情報の不正な取得や操作”の可能性も危惧されていて、実はあまり進んではいない。

 「AIなんぞに頼って堪るか!」

 という一部の古参による根強い反発の影響も見逃せなかった。

 彼の説教に素直に霧島は頭を下げ、「申し訳ありません」と謝罪をした。こういう態度は気持ちが良い。しかしそうして彼が良い気分になっていると、彼女はおずおずとした感じでこう言ったのだった。

 「その…… それで、できればお手本を示してくれれば嬉しいのですが」

 それに彼は目を丸くする。

 “お手本?”

 「いやいや、“上手く使え”とは言ったがね、私はAIには疎いんだ。手本なんか見せられないよ」

 すると彼女は「その点は心配ありません」と返す。

 「生成AIと言っても、ただ単に文章を出力してくれるだけですから。やる作業は文章の添削と本質的には変わりありません。ちょっと特殊な文章というだけの話で。お願いします。是非、参考にしたいのです」

 そう彼女から可愛くお願いされては、彼には断る事はできなかった。ただ、彼は生成AIをほとんど使った事がない。アカウントを作成した後はほぼ放置している。どうしようかと悩んでいると、彼女が傍にやって来て丁寧に教えてくれた。少しだけ子供をあやすような優しい感じで。それは、くすぐったいような、恥ずかしいような、何とも言えない甘い感触だった。

 「なるほど、分かったよ。指示を打ち込むと、それにAIが応えてくれるのだな」

 思ったよりも難しくはない。むしろ簡単だ。

 「はい」とそれに彼女。それから彼は、その場で軽くAIが生成した文章の添削を始めた。

 「こんな感じでやれば良いのじゃないかな? 読み易い文章になったと思う」

 終わるとそう言った。

 彼女はそれにやや大げさな口調で、「なるほど。とても自然です。こんなに早くAIを使いこなすなんて流石ですね」と彼を褒めてくれた。やはりちょっと恥ずかしかったが、それでも彼は喜んでいた。

 或いは、それで終わりだったなら、彼はそれからAIを使おうなどとは思わなかったかもしれない。しかしそれから霧島郁美は、彼が簡単にAIを使いこなしたと省内で噂し出したのだった。褒められているのだから彼女を責められない。嘘かと言われればそれも違う。彼は生成AIを使えてはいるのだから。何よりも彼女から期待され、評価されているのだと思うと悪い気はしなかった。

 “まぁ、もうちょっと使ってみるか”

 そして、それから彼はAIを積極的に活用し始めたのだった。すると霧島は彼を「先進技術を早くに取り入れて素晴らしい」と褒め始め、周りからも彼はAI推進派と思われるようになっていった。

 そのような彼の扱いが、他の霧島郁美のファン達にとって面白くないのは当然の話。特に性的な目で彼女を意識している男性職員達は一気に色めき立った。我先にとAIを使い始め、あからさまに彼女にレクチャーを求めたり、AIが生成した文章の添削を買って出たりもした。

 

 ――そして、そのような経過で、省内のAI利用率は一気に高まったのだった。

 

 ただし、彼らは何も霧島郁美の為だけにAIを用い続けていた訳ではない。実際に使い始め、ある程度慣れてくるとその便利さを実感していたのだ。

 霧島郁美が所属しているのは文部科学省だ。だから当然それが起こったのは文部科学省だったのだが、職員達がAIの活用を自慢し始めると、それは他の省庁にも伝わっていった。そしてそれはAI全般に対する彼らの抵抗感を減らす事にも繋がっていったのだった。

 

 『政策決定の為のリサーチや、既に施行されている法律の効果測定にAIを活用してみてはどうか?』

 

 そのような話が官邸に持ち上がったのはそんな頃の話だった。AIの活用を始めてから、官庁の職員達の仕事の効率が上がったのは紛れもない事実だった。残業は随分と減り、“ブラックな職場”とまで言われた官庁の労働環境は改善されたのだ。言うまでもなく、そのお陰でAIに対する反発や抵抗も減った。しかも、その時期の政界は大いに荒れており、大物フィクサーの禅院良夜の策謀により、自民党の勅使河原公人が革新AI党を立ち上げたばかりだった。それにより自民党は半ば分裂に近い様相を見せており、その影響によって解散総選挙が行われようかという気配が渦巻いていた。つまり、これから過酷な業務が待っている事が予想されたのだ。業務の効率化が望まれるのは言うまでもない。

 だからだろう。その話はとんとん拍子に進んだのだ。

 ――そして、それは官庁ばかりではなく、政治家やそれに関連する組織の間でも同様だった。当然ながら、禅院良夜の息のかかった者達の間でも。

 ただし、彼らがAIの問題点についてはっきりと把握しているかと言えば、それは怪しかった。

 “新しいタイプの便利は、新しいタイプの不便を産む”

 それはAIにも言える事なのだが。

 

 ……そして、政治関連の組織に属する人間達が使い始めたAIには、板前ゆかりなどのAIリアンが所属する会社のものも含まれてあった。ただ、それを気にする人間は、ただの一人もいなかった。

おまけ

挿絵(By みてみん)

念を押して断っておきますが、冗談ですからね


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