39.強姦から護りつつ、命も狙われなくさせる案
学校の休み時間。
出入り口から、教室内を覗いてみる。ちょっと探すと、渡部葵さんは直ぐに見つかった。AIリアンだから孤立しているかと思ったのだけどそんな事はまったくなく、楽しそうに他の女子生徒達とお喋りをしている。感情が豊かだからか、それともゆかりちゃんの時代とは違ってAIリアンが受け入れられているからなのかは分からないけど。
僕は“AI連携能力強化学習方”の経過観察と称して、渡部葵さんのいる教室を頻繁に訪ねていたのだ。
なんとなく気になってしまって。
まさか学校では襲われないだろうし、仮に襲われたとしても他の生徒達なんかが護ってくれそうではあるのだけど……
――実は、昨晩、ゆかりちゃんから報告を受けたのだ。例の闇バイトの調査で、渡部葵さんを狙っていると思しき依頼があり、しかもそれを請けてしまった人がいるらしい。
「もちろん、本名を載せているはずもないから憶測だけど、多分、請けてしまったのは高校生くらいの男の子だと思う」
“高校生”と聞いてちょっと僕は不安になった。
「まさか、同じ学校じゃないよね?」
身近にいて狙い易いから、引き受けた可能性を疑ってしまったのだ。が、彼女は首を横に振った。
「流石にそれはなさそう。もしあったら偶然が過ぎるわ」
「良かった。なら、まだマシだ」
ちょっと考えると僕は言った。
「殺人なんて依頼を軽々しく受けるなんて、一体、どんな高校生なのだろう?」
日本じゃなくて、どっかの荒んだ地域の外国人が何かの勘違いで受けてしまった…… なんて可能性を僕は疑っていた。もしそうなら、キャンセルが入るかも、と都合良く考えていたのだけど。
「それが、“殺人依頼”じゃないみたいなの」
「殺人じゃない? じゃ、なに?」
「強姦して、それを撮影しろって依頼みたいなのよね」
「はあ?」と、僕は思わず疑問の声を上げてしまった。
「それって何か意味があるの?」
渡部葵さんが狙われているのは、彼女がAIリアン達の世界平和を目指す原因になっていると信じられているからだ。強姦じゃ何の解決にもならないはずだ。
「意味はあると思う。それで渡部葵さんの精神が乱れれば、AIリアン達にも何かしら影響があるはずでしょう?」
「なるほど。まずは本当に渡部葵さんの感情に君達が引っ張られているのかを確認したいってところか」
殺人となれば話が大きくなる。その依頼をした連中にとってもリスクになるのだろう。だからまずは実験をしてその話が本当かどうか確かめようとしているのだ。
「でも、強姦でも充分に大きな話に思えるのだけど?」
「それについては私も分からないけど、強姦程度ならもみ消せる自信があるのかもしれないわ」
「警察にコネがあるとか?」
「或いは」
ちょっと考えると僕は言った。
「でも、その実験を行ったら、渡部葵さんが君らの感情を引っ張っていないって分かるよね? 命は狙わなくなるのじゃない?」
殺されるより、強姦の方がまだマシだ。
「だから、何にもしないで彼女が犠牲になるのを放っておくって歩君は言っている?」
「いや、うん、ま、もちろん、それもどうかとは思うのだけど……」
選択肢の一つとしては有なのじゃないかとつい僕は思ってしまったのだ。困っている僕に向けて彼女は言った。
「一つの案としては認めるわ。でも、もっと良い案があるの」
「もっと、良い案?」
「渡部葵さんを強姦から護りつつ、命も狙われなくさせる案。聞いてみる?」
僕はそれに直ぐに頷いた。そんな事ができるのなら、絶対にその方が良い。
――放課後。
今日も渡部葵さんは、AI連携能力強化学習方を受けていた。今のところは、何の変化も見られない。やっぱりAIリアンにとって、この学習法はほとんど意味がないらしい。
彼女自身には、一応は狙われている可能性がある点は伝えてある。ただ、それほど真剣に受け止めてはもらえなかったようだ。
「何か分からないけど、心配してくれているの? 大丈夫だよ、先生!」
なんてのん気に返されてしまった。
あまり具体的には話せなかったから、それも仕方ない。話したいのだけど、話せないのだ。AIリアン達の事情とか、違法な手段で手に入れた情報についてなんて、どういう風に説明すれば良いのか分からなかった。
いや、彼女もAIリアンなのだから、そこはそこまで気にするような事ではないのかもしれないのだけど。
屈託のない顔で、渡部葵さんはパソコンのキーボードを叩いている。AIリアンの彼女にとっては退屈な作業だろうに、興味深そうにしているように見える。“AI連携能力強化学習方”自体には興味があるようだから、その点が面白いのかもしれない。一般人に対する効果を考えたりしているのだろう、きっと。
そんな彼女の姿を眺めつつ、
“思い切って、全てを話してみようか?”
と、僕は悩んだ。
既に闇バイトの高校生は動いているだろう。つまり、僕の目の届かないところで、彼女が襲われてしまう危険も既にあるのだ。警戒はしてもらった方が良い。が、それが悪い方向に転がってしまうケースも考えられる。“AIリアン達”の実在が、彼女を通して誰かに伝わってしまう可能性だってあるし、それに僕らの作戦もダメになってしまうかもしれない。彼女には秘密にしたまま、依頼を出した何者か達に、殺人を止めてもらうのが一番なんだ。
渡部葵さんに事情を伝えるかどうかは僕に任されてあった。ゆかりちゃんは、直接は渡部葵さんを知らない。情報量が多い僕の方がより適切に判断できるだろうという事らしい。ただ、ちょっとばかりゆかりちゃんは、僕を信頼し過ぎているようにも思う。僕はこの手の決断は本当に苦手なんだ。
もう一度、渡部葵さんを見つめ、頭を抱える。
さて、どうしたものだろう?
……この時、僕は悩みで頭が一杯で、周りが目に入っていなかった。いつもだったなら、きっと気が付いていたと思う。教室の外から僕を睨みつける男子生徒がいることに。
「おい! このロリコン野郎!」
トイレに行くために外に出ると、凶悪そうな顔をした男子生徒に胸ぐらを掴まれた。僕は思わず目を白黒させてしまう。
「……えっと、ロリコンって何?」
かつあげか何かだと思った僕はそのセリフに戸惑っていたのだ。
「誤魔化すんじゃねぇ! あんな子供みたいな女に手を出そうとするなんて、なんて社会人だ!」
「ちょっと待って。本当に何の話?」
本当に彼が何を言っているのか分からなかったんだ。
「うるせぇ! こっちはちゃんと知ってるんだよ! お前、休み時間になる度にうちのクラスに来て、渡部を見ているじゃねーか!」
僕はそれを聞いてしばし考えた。そして、冷静になって理解する。
“もしかして、この子、僕が渡部さんを好きだと勘違いしているのかな? それで彼女にアプローチをしていると思っている”
「いや、ちょっと待って、君は勘違いをしているよ。僕は渡部さんに対してそーいう感情は一切ない。そもそも僕はロリコンじゃないし」
渡部葵さんは、外見はともかく中身は幼い。少なくとも幼い反応を見せる。だから彼は僕をロリコンだと言ったのだろう。いや、年齢的に、僕から見れば、彼女に手を出したらそれがなくても充分にロリコンだろうけど。
なんとか誤解を解きたいけど、彼は明らかに興奮状態で、素直に僕の言葉に納得しそうにはなかった。僕は少し考えると“そうだ!”と思い付く。
「僕には恋人もいるんだよ。僕と同い年の。それを見れば誤解だって分かってくれると思う」
そして、ネット上の個人フォルダにアクセスをし、ゆかりちゃんの画像を取り出して彼とそれを共有した。つい最近のデート写真で、彼女がアイスを食べているシーンだ。「恋人だぁ?」と言いながら、彼はそれを一目見て言う。
「やっぱり、ロリコンじゃねーか!」
「失礼だな、君は!」
可愛い系ではあるけど、ゆかりちゃんはロリではないと思う。多分。
「なんでも良いが、渡部には手を出すなよ? あいつはそーいうのとは無縁なんだ! もし手を出しやがったら、俺がお前をぶっ飛ばしてやる!」
どうにも誤解は解けそうにない。“あー、どうすれば良いんだこれ?”と、僕は頭を悩ませた。
“こんな事をやっている場合じゃないのに!”
けど、その瞬間に気が付いたのだった。
――もしかして、この男子生徒、使えるのじゃない?
「なるほど、君は彼女の事が好きなんだね?」
それから僕はそう尋ねた。すると、彼は顔を真っ赤にした。
「はー? 何を言ってるんだよ、お前は! そんな訳ないだろーが! 馬鹿言ってるんじゃねー! 俺はただ単にあいつを守ってやろうとしているだけだよ! ロリコンは許せないからな!」
……ここまで分かり易い反応も珍しい。
「いや、そこは大して重要じゃないんだ。だから、どうでも良い」
「は?」
「とにかく、君は彼女を護りたいのだろう?」
そう尋ねると、顔を真っ赤にさせたまま「そうだよ。でも、俺はお前みたいロリコンが許せないだけで……」なんて返して来た。面倒くさそうだから、このツンデレっぽい反応は無視をする。
「なら協力をしてくれ! 実は彼女は君の言うロリコンに狙われているんだ。しかもうんと性質の悪いやつ。僕だと彼女を四六時中見守っている訳にはいかない。だから代わりに君が護って欲しい」
それを聞くと、今度は彼が目を白黒させていた。
ま、無理もないだろう。




