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3.日本では決闘は犯罪だから

 1-3教室

 

 高校一年の三学期。

 学年の実力テストのランキングが発表された。高校の関係者しか閲覧できないネット上のお知らせ掲示板にそれは掲載されていたのだけど、一位はゆかりちゃんだった。二位は同じ学年にもう一人いるAIリアンの子。AIリアン同士でも彼女は負けなかったわけだ。

 休み時間、そのランキングを眼鏡型デバイスで眺めながら、僕は顔をにやけさせてしまっていた。別のクラスの所為でゆかりちゃんを今すぐにお祝いしてあげられないのが残念だった。彼女が優秀な成績を収めたのが自分の事のように嬉しい。

 「小鳥遊、なに、気持ち悪い顔をしているんだよ? エロいサイトでも見てるのか?」

 不意にそうクラスメイトの一人がからかって来た。

 「実力テストのランキングを見ていただけだよ」

 と僕は共有処理を行って、僕の見ている画面を彼にも見えるようにしつつ言った。これで彼の目の前に画像が現れているはずだ。

 クラスメイトは「あー、そういやあったな、そんなの」と言って軽く画面を眺め、「桂の奴、三位か。悔しがっているだろうな」とまるで独り言のように呟いた。

 「桂?」と、僕。

 「小鳥遊も知っているだろう? 一学期に絡まれていたじゃないか」

 そう言われて僕は思い出した。

 

 一学期の頃、僕はまだ勉強をがんばっていたものだから、それなりに成績が良かったのだ。それでなのか何なのか、桂という人相がやや悪い男子生徒に絡まれてしまった。つまりは僕の方が彼よりも成績が良かったのだ。

 「どうせ、AIリアンの彼女に手伝ってもらったんだろう?」

 彼は悔しくて堪らないといった表情を浮かべていた。事情をまったく知らない人が見たら、不良が一般生徒を脅していると勘違いしているだろう。僕は華奢だし、背も少し高い程度だから、喧嘩が強いようにはまったく見えないし。

 「いや、まー、そうだけどね」

 困った僕はそう返した。

 現代では、人間だけの力でやる普通の試験の他に、複数の教科にまたがった問題を解く、AIと共同でやる試験が重要な位置づけで設定されている。

 AIと人間とのチーム形式を“ケンタウロス・モデル”と呼ぶ。AIの得意分野と人間の得意分野を互いに補い合えば、より好成績を収められるという発想だ。僕はその“ケンタウロス・モデル”の試験が得意で、彼に圧倒的な差で勝っていたのだ。僕が“ケンタウロス・モデル”が得意のは、もちろん、ゆかりちゃんのお陰だった。彼女と一緒にいるとAIと触れる機会も多くて、自然、AI連携能力も身に付いていったのだ。

 ただ、別に僕は悪いことをしている訳じゃない。ゆかりちゃんみたいな友達がいて、ラッキーと言えばラッキーだけど。負い目なんか感じる必要はないはずだ。

 僕の“何でもない”といった態度を受けると彼は「クッ!」と歯を食いしばってなんとか理性で暴力を押しとどめたのか、そのまま何処かに行ってしまった。「次は負けねーからな!」なんて捨て台詞を残して。

 “試験の成績”に青春を捧げているタイプが時折いるけど、どうやら彼はそんなタイプらしい。そう思ったのを覚えている。見た目は空手かなんかをやっていそうなのに。

 それから二学期になって僕の成績が下がると彼は一言だけ「脱落者め。勝てなくて諦めたか」なんて言って僕を罵って来た。或いは彼にとっては試験の成績はスポーツなんかと同じなのかもしれない。

 

 “三位か。がんばったんだな、彼”

 と、僕は思った。一学期の頃は学年11位だった僕に負けていた事を思えば随分と伸びている。それに、一位と二位がAIリアンだから、普通の人間の中なら実質一位だ。大したものだ。感心する。だけど、だからこそふと疑問を覚えた。

 「でも、三位だったら充分に凄いじゃん。なんでその桂君は悔しがるの?」

 僕の質問にクラスメイトはこう答えた。

 「“絶対に一位を取ってやる!”って息巻いていたんだよ、桂は」

 「へー」とそれに僕。

 なんだか知らないけど熱い人だ。きっとプライドが高いのだろう。正直、僕にはよく分からない感覚だけど。

 

 1―1教室

 

 ――突然、板前ゆかりさんが立ち上がって教室を出て行こうとした。

 「何処に行くの?」

 と、それで水木さんという同じクラスの女子生徒は思わず声をかけてしまった。板前さんが休み時間に教室を出る事は稀な上に、様子が普通ではないように思えたからなのだが、それでもちょっとオーバーな反応だったかもしれないと声をかけた後で彼女は反省する。

 AIリアンである板前さんはこのクラスどころか学校全体で目立っている。だから無自覚の内に気にしてしまっていたのかもしれない。

 瞳を動かさず、無表情のまま水木さんを振り返ると板前さんは言った。

 「男子生徒から呼び出しを受けたの」

 「へー」とそれに水木さん。

 AIリアンである点、感情の動きが鈍い点を除けば板前さんは可愛い顔立ちをしている。好きになって告白しようとする男子生徒が現れても不思議ではない。

 “しかし、玉砕覚悟ねそれは”

 と、水木さんは思う。

 板前ゆかりさんには、小鳥遊歩君という公然も同然なお相手が既にいるのだ。彼女が彼以外を選ぶとは思えない。

 しかしそれから板前さんが続けた言葉で水木さんは思わずこけそうになってしまったのだった。

 「だから先生に相談をしようと思って」

 「ちょっとちょっと!」と水木さんは慌てて板前さんを止めた。

 玉砕覚悟で告白を決意して、先生に相談されてしまったら目も当てられない。流石にその男子生徒が憐れ過ぎるだろう。

 「先生に相談する必要はないんじゃないかしら?」

 だからそう説得を試みたのだが、それに彼女は首を傾げる。

 「でも、日本では決闘は犯罪だから、これに応じるわけにはいかないわ」

 「いやいや、どうして決闘なのよ?」

 そのツッコミを受けて、また彼女は首を傾げた。

 「校舎裏の魔のトライアングルに呼び出されたの。これはきっと番長決定戦だと思う。殴り合って互いの友情を深めるやつ」

 “魔のトライアングル”とは、極端に電波が届きにくい校舎裏のエリアの事で、校内の生徒間での通称だ。その特性上、誰か他人に知られたくない話し合いなどをする場合にそこが利用される場合が多い。

 「いつ時代の話よ?! って言うか、板前さんは番長じゃないでしょう?」と、また水木さんはツッコミを入れる。

 多分、旧い漫画かなんかで学習したのだろう。相手の男子生徒としては抱きしめ合って互いの愛情を深めたいだろうに、殴り合って互いの友情を深める方向で話を進められたら全米が涙するに決まっている。AIリアン全般の欠点なのか、それとも板前さん独自の欠点なのかは不明だが、板前さんはフィクションとリアルの距離感が時々バグってしまうようなところがある。

 “情報って意味なら、フィクションの記録もリアルの記録も大差ないしなー”

 ため息を漏らす。

 淡々と板前さんは応えた。

 「私、この前の実力テストで学年一位だったから」

 「勉強番長ってこと? そんな番長いないから」

 もしいたとしても殴り合いでは勝負しないだろう。

 「とにかく、相手の男子生徒は相当な覚悟で来るはずだから、断るにしてもちゃんと板前さん自身が言ってあげないと可哀想よ」

 彼女がそう言ってみると「うーん」と板前さんは悩み始めた。

 「分かった。それなら、歩君に相談してみる」

 それを聞いて彼女は安心する。

 “小鳥遊君ならきっと平気ね。巧く板前さんを説得してくれるはず”

 聞いた話では二人は幼い頃からの知り合いらしい。長い付き合いのお陰で、彼は彼女をよく理解している。

 板前さんはそれからメッセージツールを頭の中でオープンにさせたらしかった。ただ、指一つ動かさない。完全に頭の中だけでメッセージを書いている。AIリアンにとっては容易い作業らしいのだけど、普通の人間にはかなり難しい。

 しばらくして文面を書き終えたのだろう。板前さんの表情が少し変わった。きっと彼にメッセージを送信している。そして、その一瞬の表情を彼女は見逃さなかった。

 嬉しそうな、恋する乙女の顔。

 実は水木さんは板前さんの普段の表情があまり好きではなかった。訓練してできるようになった偽りの表情。どうしてもそう思ってしまうからだ。

 もっとも、普通の人間ならば自然にできる“感情に合わせて表情を変化させる”事を、コミュニケーションの手段として訓練しなくてはならなかった板前さんの事情も分かっているつもりだった。同情すらしている。

 ただ、だからこそ、そんな彼女が偶に見せる自然な表情が水木さんは好きだった。そして、当に今、彼女はそんな表情をしているように思えた。

 きっと心の底から小鳥遊君が好きなのだろう。

 思わず微笑んでしまう。

 

 「――ね、板前さんと小鳥遊君ってどんな関係なの?」

 

 それでなんとなくそう尋ねてしまった。

 「どんな関係?」と板前さん。首を傾げている。

 曖昧な表現は通じないと思って「恋人同士なの?」と訊いてみる。すると驚いた事に彼女は「ううん。違うわ」とそれを否定して来た。

 “これは、もしかしたら、照れているのかしら?”

 と、思ったのだが、なんとそれから板前さんは、

 「夫婦よ」

 などと続けたのだった。

 「わお」とそれに彼女。

 数段階くらい、予想をぶっ飛んで来た。

 「まだ籍には入っていないけど」

 「そりゃね」

 水木さんはちょっとだけ呆れて笑ってしまっていた。

・おまけ

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


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