36.俺はロリコンじゃない
近くで喋っている同じクラスの男子生徒達の会話を、吉良坂康介はなんとなく聞いていた。
それが好きなタイプの女の子の話題で、普段は関心なさそうにしているが、彼もお年頃の健康な青少年であるからには、それなりに女性に興味があったからだ。
バストが大きい女性が良い、小さいのも意外に、クール系も捨て難い…… などなどと一通りの魅力的と言われる女性のタイプを言い終わり、それがクラスの誰それに当て嵌まるなどといった会話で盛り上がった後、
「――渡部なんかどうよ?」
と、誰か一人がそう言った。
吉良坂はその声にわずかに反応を見せた。思わず聞き耳を立ててしまう。続けて他の男子生徒が言った。
「いや、ないだろう? 確かに可愛いけどよ。中身がガキじゃん」
なんとなく、それに彼は苛立ってしまう。
“お前が言うな。お前もガキだ”
心の中で文句を言った。
「……でも、AIリアンだけあって頭は良いぞ? 技術職かなんかに就けば収入は安定するんじゃないか?」
「お前、女に養ってもらう気か?」
「考え旧いな。別に良いじゃん」
「考えとかそういう問題じゃなくてさ。収入を頼ってたら、女にでかい顔をされるだろう? それが嫌なんだよ」
その発言に他の男子生徒達全員は頷いた。
「確かに」
が、吉良坂は納得していなかった。彼の心中を代弁するかのように一人が口を開く。
「でもよー。渡部の場合、頭が悪いからそういうの平気そうじゃないか?」
吉良坂は“‘頭が悪いから’は、余計だが、その通りだ”などと思う。多分、彼女は自分の方が収入が多くても威張らない。
が、続けてその彼が「あいつとくっつけば楽な生活が待っているかもよ」などと言ったので、“ふざけるな! お前にあいつはやらん!”と何故か父親ポジションで心の中で文句を言った。その後で、別の一人が冷静な口調で言う。
「いや、あいつの場合は威張るとかなさそうだけどよ、その代わりに生活力がない気がする。まるで子供だからな。下手すればこっちがあいつの世話をする破目になるぞ?」
「あー」と他の男子生徒達。
その言葉に彼は心の中で“……渡部の世話をする?”と一言。そしてその後で思わず想像をしてしまっていた。自分が渡部葵の生活の世話をしている姿を。
……朝、寝坊している渡部葵を起こす。
「なにー?」と、彼女は眠たそうに目をこすりながら尋ねて来る。彼は返す。
「“なにー?”じゃない。ほら、朝だぞ。今日は在宅勤務じゃなくて出勤だったろう? さっさと着替えろよ。朝食はもう用意してあるから」
彼女は笑いながら「うん。ありがとー」とお礼を言う。しばらくして彼女は着替えを済ませて出て来る。が、頭の寝ぐせが直り切っていないし、服も着崩れている。呆れつつも彼はそれを直してやる。その後で、彼女は美味しそうに朝食を食べ始め、終えると「ごちそうさまー!」と言い、続けて笑顔で「行ってきまーす」と挨拶をして元気に出かけていく。
夜。「ただいまー」と彼女が帰って来る。
「もう、へとへとだよー」
と、彼女。そこまで疲れているはずはないのだが、彼女は“おぶって”と言うように両手を彼に差し出す。彼は「お前なー」と言いつつも彼女を抱きしめると、彼女を支えながらリビングまで運ぶ。彼女はキャッキャッと嬉しそうだ。
「ほれ、今日はお前の好きなカレーだ」
彼がそう告げると、彼女は「わーい! いただきまーす!」と言って食べ始める……
“――で、子供が生まれたら、これに子供が加わるのか”
彼は想像を終えると頭を抱えた。
“……あれ? なんか悪くないぞ? いや、むしろ良いような……”
自分が渡部葵の世話をする想像に、何故か彼は仕合せな感覚を覚えてしまっていたのだった。それで彼は頭を軽く振った。
“いや、落ち着け。これはあれだ。父性的なものだ。俺はロリコンじゃない。俺はロリコンじゃなーい!”
必死に仕合せな感覚を振り払おうとし、同時に“ロリコンじゃない”と、思い込もうともしているのだ。そこで不意に声がかかった。
「何やってるの? 吉良坂君?」
見ると、机の上に顎を乗せて見上げる姿勢で、渡部葵が彼の顔を覗いている。大きく円らな瞳。「わああ!」と、それで思わず彼は声を上げてしまった。
「なんだよ、渡部、いきなり」
軽く首を傾げると彼女は答えた。
「なんか吉良坂君がわたしのことを考えていそうな気がして」
「考えているわけないだろーが」
と、それに彼は返したが、本当は思いっきり考えいてた。“どうして分かったんだ?”と内心では大いに動揺していた。“やっぱり、AIリアンだからか? 油断できねーな”などと思う。AIリアンだからではないだろうけど。
それから少し考えると彼は尋ねた。
「渡部って将来、どーするつもりなんだ?」
「将来? どーって?」
「だから、仕事とかだよ」
そう言いながら、彼は彼女が“お嫁さん”とか答えそーだな、と思っていた。そして、もしそう答えたらちょっと可愛いとも思っていた。しかし彼女は彼の予想の斜め上の返答をして来たのだった。
「世界を平和にするつもりだよ」
「は?」と彼は思わず漏らす。
「なんじゃそりゃ?」
「そのまんまの意味。世界から戦争をなくすの」
少なくとも仕事ではなさそうだ。いや、分からないが。
「それって具体的には何をやるんだよ?」
「分からない」と彼女。
「大学は行きなさいってお父さんとお母さんが言うから、大学で考える!」
それを聞いて「はー」と、彼は思わず大きなため息を漏らした。どうも本気で捉えるような話でもなさそうだ。しかしそれから少し冷静になると、彼は、
“大学か…… こいつはAIリアンで頭が良いから、きっといい大学に行くのだろうな”
などと思って少し気が沈んでしまった。自分には彼女の進む大学にはいけるほどの学力がないと分かっているのだ。
そんな彼の顔を見たからなのか何なのか、渡部葵はそれから突然こう尋ねて来た。
「吉良坂君は、“AI連携能力強化学習方”をやってみないの?」
一瞬の間。“AI連携能力強化学習方”が何なのか思い出すと彼は言った。
「ああ、なんかどっかの企業が開発したってな例のアレか。興味ねーよ。別に俺は頭なんか良くなりたくないしな」
「わたしは興味あるよ。受けてみようかって思っている」
「あ?」と、それを聞いて彼は少しだけ意外に思った。
「お前が受けたって意味ないだろう。AIリアンなんだから」
“AI連携能力強化学習方”は、AIに引っ張ってもらって知能の底上げをするような学習方だと聞いている。だから既にそのような状態にあるAIリアンには恐らく無意味だと彼は考えていたのだ。
「うん。“AI連携能力強化学習方”にも興味があるのだけどね……」
「あるのだけど?」
「それよりも、研究員の小鳥遊先生に興味があって」
「研究員に興味ぃ?」
と、それを聞いて彼は思わず大声を出してしまった。
「な、なんで研究員に興味なんか湧くんだよ」
「うん。面白い名前だなぁって思って。だって、小鳥が遊ぶで“たかなし”だよ? 誰が考えたのだろう?」
愉快そうに彼女はニコニコと笑っていた。名前に興味を覚えただけなら、研究員本人に会う必要はないように思う。苗字の来歴なんかをネットで調べれば良いだけだ。それくらい彼女も分かっているだろうから、多分、名前が面白かっただけではない。
吉良坂が訝しんでいると、彼女はこう続けた。
「吉良坂君も一緒に受けてみない? 凄いかもしれないよ?」
「バーカ! だから、俺は興味ないって言っただろうが!」
そう彼は返しはしたが、内心ではちょっとと言うか、かなり気になっていた。渡部葵が男に興味を抱くなど彼は初めて聞いたからだ。
“……これは、ちょっとその小鳥遊とかいう奴を調べてみないとな。ロリコンだったら、まずいからな”
そして、そんな事を思っていた。
彼自身は、ロリコンではないらしいのだけど。




