31.僕らは社会人になった
無事に僕らは大学を卒業した。
内定していた通り、僕は教育や学習を主に手掛ける情報系の企業へ、ゆかりちゃんはAIの開発運営を行う企業へ、それぞれ就職を果たした。
因みに、予定通り、僕らは一緒に暮らしている。何となく予感はしていたのだけど、まるで今までもずっと一つ屋根の下で暮らしていたのじゃないかと錯覚するほどよく馴染んでいて、逆に新鮮味がなくてちょっとつまらないと思っているくらいだ。ただ、二人で金を出し合ったお陰で小奇麗な広めのアパートを借りられた。選択としては正しかったと思う。
僕は“AI連携能力強化学習方”のテスト試行の為、いきなりとある高校に赴任する事になった。学生を卒業して世界が変わるかと思っていたのに、また高校に通う事になってしまった訳だ。因みに会社の方には僕の席すら用意されていなかった。なんだかな、と思う。
高校の生徒達に対し希望者を募り、“AI連携能力強化学習方”を実践、同時に様々なデータを記録していくというのが僕の役割だった。やり方をレクチャーし、負荷がかなりかかる学習法だから、様子を見て体調が悪そうだったら場合によっては休ませたり病院に行かせたりもする。
物珍しさもあったからだろうけど、希望者はそれなりに多かった。ただ、「大したことない」と甘く考えている生徒も多くて、その辛さに驚いていた。だからなのか、一度試してみて止める生徒もかなりいたけど、半数程は残ってテストに協力をしてくれている。向上心があるのは良い事だ。
そして、順調に僕は高校の生徒達に受け入れられているようだった。ただ、廊下で擦れ違った時なんかに、生徒達は「――小鳥遊“先生”。おはようございます」なんて挨拶をして来るのだ。何故か“先生”呼び。
……まぁ、この年代の子供達にとってみれば、僕くらいの歳の人間が学校にいたらみんな、“先生”って感じなのかもしれない。
僕としては生徒達に受け入れられているのは嬉しい事なのだけど、
「歩君が女子高生に人気で鼻の下を伸ばしている」
と、家ではちょっとばかりゆかりちゃんにやきもちを焼かれている。もっとも、彼女にしてみても半ばな冗談のようなノリだし、女子生徒の間で僕をそういう対象に見ている子は多分一人もいないと思う。
何しろ、キャーキャー騒ぎながら、
「小鳥遊先生が“AI連携能力強化学習方”を思い付いたのって、恋人のAIリアンの女性と同じ大学に行くためだって聞いたのですけど本当ですか?」
なんて訊いて来て、僕が照れつつも「まぁ、その通りだね」と返すと、高い声で「素敵―!」、「憧れちゃう!」などと言って盛り上がったりするのだ。僕を恋愛対象として見ている感じではない。
僕がその恋人…… ゆかりちゃんと現在一緒に暮らしていると言うと更に興味津々の様子だったし。女子生徒達に人気と言うよりは、単に物珍しく思われているだけじゃないかと思う。
ただし、そんな女子生徒達の中で、僕に違う意味で興味を持っている子が一人だけいた。“渡部葵ちゃん”という女子生徒だ。彼女はAIリアンだけど、少々変わったタイプで、同じ年頃の女の子達よりもかなり幼い反応をする。大学にはたくさんのAIリアンがいたけど、彼女のようなタイプはいなかった。ちょっとだけ面白い。
「先生みたいな普通の人が、AIリアンの女の人と付き合うのって、“AI連携能力強化学習方”をしたから?」
初めて会った時、彼女はそんな質問を僕にして来た。どうも彼女はゆかりちゃんと僕が恋人同士でいられているのは、僕が“AI連携能力強化学習方”で知能の基礎力を上げているからだと思っているらしい。
子供の頃から僕はゆかりちゃんとずっと一緒な訳で、別に知能を上げているから恋人同士になったのではないと思うのだけど(そう言えば、僕らはいつから明確な恋人同士になったのだろう?)、そう仮定した上で彼女は僕の人格等にそれがどう影響しているのか知的好奇心を抱いているようだった。
こういう点は非常にAIリアンらしい。大学時代も僕の研究に興味を持ってくれるAIリアンは大勢いた。
そして、「小鳥遊先生、わたしも“AI連携能力強化学習方”を試してみたい!」などと彼女は言って来たのだった。
AIリアンである彼女が試しても、きっと何の効果も得られないと思う。そう言ってみたのだけど、「安全だって証明しないと」なんて失礼な事を言って来た。確かに酷く疲労はするけれど、後遺症が残ったりしたケースは一度もないのに。
……まぁ、今のところは、だけど。
ただ、考えみれば、AIリアンに“AI連携能力強化学習方”を受けてもらった事は今までにほとんどない。いや、もしかしたら、本格的に試してみるのは初めてかもしれない。貴重なデータになると考えた僕は、彼女に受けてもらう事にした。
そして、その前後くらいからだったと思う。なんだか目つきの悪い男子生徒を時折見かけるようになった気がするのだ。
もしかしたら、不良に目を付けられてしまったのかもしれない。
もっとも、単なる偶然かもしれないけど。
ゆかりちゃんの方は、AIの開発運営の仕事を淡々とこなしているらしかった。夕食の時なんかに偶に話をする。「大して面白みもない仕事」と言ったけど、一応訊いてみると、なんでもユーザーとの受け答えでAIが集めた情報のデータマイニングを行って、ユーザーへの影響を分析しているらしい。本人曰く「面白くもないけど、つまらなくもない」とのこと。今のところ、従来の集団心理学などの調査分析で出た結論と似たり寄ったりの結果しか得られていないのだそうだ。
ただ、彼女なら、いずれ何か画期的な発見をするかもしれない、とも僕は思っている。頭が良いから。
「男性社員とかとの付き合いもあるの?」
そんな事も僕は一応訊いてみた。
ゆかりちゃんはスタイルはそんなに良くないれど、顔は可愛い。恋人の贔屓目じゃなくて、多分、世間一般的にも可愛いと思う。だから心配したのだけど、
「あら? 歩君はわたしを信頼してはくれないのね」
なんて返されてしまった。
「いやいや、君は僕が女子高生とコミュニケーションしている事を知って嫉妬していたよね?」
と僕が言うと、彼女はそれから真面目に答えてくれた。
「多分、職場の人は、わたしにそういう接し方はして来ていないと思う」
僕は安心をする。ま、彼女の場合、単に気が付いていないだけという可能性もあるのだけれど。
――けど、その一呼吸の間の後に彼女はこう続けたのだった。
「――でも、大学時代の彼は、未だに時々、連絡を取って来るわね」
「大学時代の彼?」
「名前は……、確かウーパールーパーなんとか君だったかしら?」
「ああ、日野君ね」とそれに僕。
彼なら、ゆかりちゃんに連絡をしていても不思議ではない。
その僕の反応を受けて、「あら? 歩君、嫉妬してくれないのね」などと彼女は言って来た。
「……いや、さっきは“信頼してくれないのね”とか言っていたじゃない」
と、僕はツッコミを入れた。
因みに日野君は、今もエロゲ会社で、セックスパートナーAIの開発に携わっているらしい。きっと彼の事だから、本気でそれで不妊虫放飼を人類に行って、人類を安楽死させるつもりでいるのだろう。
ところで、同じ大学の生徒…… AIリアンの就職先に関して、僕には少しばかり気になっている事がある。
「――結局、誰か経済産業省に就職したの?」
大分仕事に馴染んで、生活パターンに慣れて来たある日、僕はそうゆかりちゃんに尋ねてみた。
以前、彼女は僕に経済産業省に就職して、人心を掌握して欲しいとか無茶なお願いをして来たのだ。断ったら他の人にお願いをするとか言っていた。それがAIリアンなら、AIリアンが省庁に就職っていうのはそれなりのニュースになるはずだ。ちょっとした事件と言っても良いかもしれない。
それに彼女は「したわよ」とあっさりと答えた。ちょっと驚いて「え? 誰が?」と尋ねると彼女は淡々と答えた。
「歩君は知らないかもだけど、AIリアンの霧島郁美って子。経済産業省じゃなくて、文部科学省だけど。そっちの方が良いらしくて」
「それって全然違うのじゃないの?」
と、僕はツッコミを入れた。
詳しくは知らないけど、多分、全然違うと思う。なんでそんなにアバウトなのだろう?




