28.AIが政策を作る時代
大学四年になって、僕の就職が決まったのは、最近になって急速に進んだ教育分野での規制改革のお陰だった。それにより、学校教育におけるオンライン授業やAIの活用が大幅に進み、僕の“AI連携能力強化学習方”がとある情報技術系の会社に注目されたのだ。どうもその会社では、僕の研究をそのまま子供達の学習に活かすつもりでいるらしかった。僕は重要な研究員の一人として招かれたのだ。
そんな調子でとんとん拍子に僕の就職が内定した事を、ゆかりちゃんは喜んでくれるものだとばかり僕は思っていたのだけど、意外にも彼女は僕がその話をすると渋い顔を見せたのだった。
「……歩君には、経済産業省辺りに入って欲しかったのだけど」
なんじゃそりゃ?
と、思う。
「そんなのどうせ無理……」と言いかけて、今の時代はAIリアン以外の有名大学出身者は貴重だから可能性はあるかと考えてしまった。
もっとも、あまり経済産業省には就職をしたくない。経済産業省って、そもそも何をやるんだ?
「どうして経済産業省なんかに入って欲しいの?」
彼女は就職先のブランド価値なんかを気にするタイプではない。僕は絶対に言わないけど「就職はしない。専業主夫になる」と宣言しても、きっとあまり問題視しないと思う。だからそう質問したのだけど、彼女は淡々と「ちょっと官僚の人達の人心を掌握して欲しいのよね」などととんでもない事を言って来た。
いや、いや、いや、いや。
「うん。流石に無理だから」と僕は返す。すると彼女は不思議そうな顔で「そう?」と首を傾げた。彼女はどうも僕への評価が高過ぎるきらいがある。そして、
「なら、誰か他の人を探してみるしかなさそうね」
などと言うのだった。
恐らくは、また“AIリアン達”関連の何かだろう。世界平和の実現の為に必要なのだと思う。なんとなく、深くは訊かなかったけれど。
因みにゆかりちゃん自身はIT企業に就職をした。そこでAIの開発運営に携わるのだそうだ。
「――AIが政策を作る時代がこんなに早く来るなんて思っていなかったよ。良い傾向だねぇ」
大学の講義の前。
明るい顔で僕はそう言ったと思う。自分の顔は見られないから多分だけど。すると、それを聞いた吉田君はややビックリするような顔で僕を見たのだった。
僕は彼の顔の理由を“どうして僕がそんな事を言うのか分からない”というものだと解釈して、
「教育のAI活用分野への就職が決まってさ。これって教育分野の規制改革のお陰だろう? だからAIの政治分野での利用に感謝しなくちゃって思ってね」
それを聞いて彼は、「ああ、うん。そうだね」と気のない返事をした。
僕にはその反応が不可解だった。AIの社会的躍進は彼らにとっても喜ばしい話であるはずなのだ。
「AIの活用のお陰で日本の経済政策が上手くいった。それでAIの印象が良くなれば、君達AIリアンだって暮らし易くなるだろう?」
実際は違うと思うのだけど、AIリアンをAIと融合した人間だと思い込んでいる人はまだ世間には多い。だからAIの印象改善は、そのまま彼らの印象改善になるはずなんだ。ゆかりちゃんは、これからAI関連で働き始めるから、更に都合が良い。
ところが吉田君は頭をポリポリと掻きながら、
「いやぁ、それなんだけどさ。僕は本当にAIを経済政策立案に活用したのか疑っているんだよね」
なんて返すのだった。
「どうして?」と、僕は首を傾げる。
ここ数年で、日本経済は急速に成長を始めた。停滞した30年などと言われていたのがまるで嘘のようだ。そしてその理由を政府は『AIを経済政策立案に活用したからだ』と説明していたのだ。今までできなかった事が容易くできるようになった。“AIを使ったからだ”と言われたなら納得できる。逆にそれ以外で何か説明が可能なのだろうか?
僕はそんな疑問を口にした。すると彼は淡々と答える。
「可能だよ。多分、単に規制改革をしただけだと思うから。いや、ま、規制改革は“単に”なんて軽い言葉で表現できるようなものじゃないのだけどさ。とにかく、別にAIを使わなくたってできる。実際、他の先進諸国はできているのだし」
「規制改革……」
専門外だけど、多少は知っている。例えば農業をやりたがっている民間企業は多くいる。けど、自由には参入できない。法律で規制されているからだ。それにより現在の農家を保護しているのだけど、その為に自由競争が行われず、市場原理が活かせない(更に農家の高齢化で農業分野全体がピンチに陥ってしまう)。その規制を緩和し、参入を促すのが規制改革だ。それに成功すれば、市場原理が有効利用できるようになって経済成長すると言われている。
「……その話は知っているけど、つまりは規制改革をスムーズに行えるようにAIを活用したって話なのじゃないの?」
僕はそう解釈していた。
「そうなら良いのだけどね。どうも単に利権団体の再編のような事が行われていただけのようなんだよ。多分、AIを活用云々なんて話ではないと思う。活用できない事もないけど、敢えて活用するような話でもないはずだ」
少し考えると僕は尋ねた。
「でも、もし仮にAIを活用していないのだとすれば日本政府は嘘をついている事になるよね?
一体、どうしてそんな嘘をつく必要があるのだろう?」
それに吉田君は肩を竦めた。
「さあ? 分からないよ。でも、分からなからこそ不気味なものを僕は感じているんだ。AIは現代の“託宣をする巫女”になるのかもしれない。そして、その託宣は権力者に利用されてしまうかもしれないんだ……」
それから吉田君はトントンと机を指で叩きながらこう続けた。
「杞憂であれば良いけどさ。僕は昨今の政治の動きに好ましくないものを感じている。いや、経済成長はもちろん歓迎するべきなのだろうけど……」
それを聞いて、僕はゆかりちゃん達に何かをやろうとしている気配がある事を思い出した。詳しくは聞いていないけど、関連があるのかも。
……もしかしたら、また面倒な何かが始まるのかもしれない。




