27.日本の経済停滞の真の原因と埋もれた富
インターネットが普及し始めた頃、国による“情報統制”のような事はかなり困難になるのではないかと言われていた。誰でも自由に情報を発信できるのだから、印象操作や隠ぺい工作を行っても、直ぐに誰かが正しい情報を流してしまい、それらが“まやかし”であるとバレてしまう……
だが、実際に普及してみると、予想されていた程の効果はなかった。かなり強引な方法でネット社会を監視している中国のような国ばかりではなく、他の国でも相変わらず情報統制は有効な手段であり続けたのだ。国民は権力者達が発する都合の良い情報を信じ、都合の悪い情報の隠ぺいも盛んに行われている。
それはこの日本においても同様だ。
日本では規制緩和や規制改革が非常に遅れていると言われている。そして、順調に経済成長に成功している他の先進諸国では、1990年代には既に達成されていると言われているにも拘わらず、それらを問題視する声はとても小さい。
一応断っておくと、歴代の小泉政権や安倍政権といった数々の政権で(公平を期す為に書いておくと、民主党政権でも)、規制緩和や規制改革を進めようとしており、実際、十分とは言い難いが多少は進みはした。ところがその成果は強調されず、やはり多くの国民は知らないままだ。
日本は経済成長が停滞していると言われているが、その大きな原因になっているのが実は規制である。経済成長は“生産性の向上”と“新産業の誕生”によって起こるものだが、規制はこの二つを阻んでしまっているのだ。
米農家が野菜も生産するようになれば、野菜を生産した分、GDPは増加する。つまり、経済成長する。しかし、米農家が米を生産するだけで手一杯だったなら、野菜は生産できないだろう。だから、“生産性の向上”が必要になって来るのだ。
全自動田植え機や収穫機などが開発普及されれば労働力が余る。そうすればその労働力で野菜が生産できるようになる。野菜が市場に流通すれば、GDPが増える。
規制は、こういった流れが起こる事を阻害している。
ライドシェアリングというネットを利用した相乗りサービスがある。ところが、これを認めるとタクシー業界が痛手を受ける。多くのタクシードライバーが失業に追い込まれるだろう。業界と癒着し既得権益を持っている官僚や政治家(官僚の方が主犯である)は、だからライドシェアリングを認めない。が、その所為で“生産性の向上”が起こらなくなってしまうのだ。本来ならば、ライドシェアリングを認め、失業したタクシードライバーを、他の産業、人手不足が深刻な運送業などで雇えば経済成長するのだが、官僚や政治家達はそれをしないのである。もちろん、既得権益を手放したくないからだ(多少、進みはしたが、依然、不十分なままだ)。
このような規制が日本には山ほどある。経済成長が停滞するのも当たり前だ。極めて明確な話なのだから、皆で批判をすれば良いはずである。そうすれば、経済成長が起こり、国の借金だって返せる。増税などする必要はないのだ。
が、情報統制によって、国民の多くはこの話を知らない。このままでは、日本社会が衰退していくのは当然だろう。
――しかし、その日本の状況を逆にチャンスだと捉えている者がいた。
禅院良夜。
彼は元は証券会社に勤めていた。見た目は控えめで真面目だが、彼と近しい人間達は、彼に享楽主義の傾向があり、また相当な野心家である事も知っている。腹黒く、計算高く、人当たりは柔らかいが、冷徹な一面もある。また、人心掌握術にも長けている。恐らく、営業職か詐欺師であったとしても一流になれただろう。
彼は裏金作りやマネーロンダリングなどで信頼を得ると、積極的に数多くの業界の人々と交流を持ち、人脈を増やしていった。もちろん、その中には官僚や政治家達もいた。やがて金融庁や財務省の官僚達にも顔が知られるようになると、彼はかねてからの計画を実行に移した。
“日本の経済成長が滞っている”とは、逆に言えば“日本には経済成長する伸びしろが溜まっている”という事でもある。仮にそれに成功したなら得られる利益は膨大なものになるだろう。最も分かり易いのは“再生可能エネルギー”かもしれない。再生可能エネルギーが普及し、国内でエネルギーを賄えるようになったなら、化石エネルギーやウランなどのエネルギー資源の輸入によって国外に流出する富が減る。仮にその金額が年間20兆円だったとするのなら、年間20兆円分の利益が増えるという事になる。そのわずかでも懐に入れられたなら、莫大な収入になるのは言うまでもない。
そして、当然ながら、官僚や政治家といった立場の人間達にならば、そういった事が可能なのである。
官僚や政治家達は、“経済成長の停滞下”において主に既得権益を失わないようにする事ばかりに気をかけて来た。つまり、積極的に新たな権益を得ようとはして来なかったのである。しかし、それは本当に賢明な選択だったと言えるのだろうか?
禅院良夜のアプローチは、その点に的を絞っていた。
「既得権益は失うかもしれません。がしかし、その代わりに、新たな権益を得られるようになりますよ。上手くいけば、これまで以上の収入になります」
彼がまずそう誘いをかけたのは、国土交通省だった。前述した“ライドシェアリング”を日本でも認めるべきだと持ち掛けたのだ。勝機はあると彼は考えていた。何故なら、タクシー業界は少子化による人手不足が深刻で、その為に年齢制限を80歳に引き上げるという苦しい選択を取ろうとしていたからだ。そのような対策では、やがて限界が来るのは明白である。
「ライドシェアリングの運行は、タクシー会社しか認めないようにすれば良いのですよ。それによって権益は確保できます」
ネットを利用しているタクシー会社も少なくはなく、ある程度のノウハウはある。また、タクシー業務を運営していた実績がある点を理由にすれば通らない話ではない。何しろ、官僚達は既得権益を護る為に、今までもっと苦しい言い訳をし続けて来たのだ。もちろん、タクシー会社単独では難しいだろうが、それならば情報技術系の会社との共同運営という形にすれば良い。
失業したタクシードライバーの受け皿も禅院良夜が手配した。顔の広さを利用して、様々な業界に声をかけ、新たな就職先を見つけていったのだ。そのケアのお陰で、彼の起こした規制改革は大きな反対や批判はほぼ起こらなかった。
官僚や政治家達は利益に群がる虫のような存在だ。
そのように彼は理解していた。
だから、利益が得られなければ、必要な政策だと分かり切っている政策にも手を出さない。1970年代には既に少子高齢化問題が叫ばれていたこの日本で、2020年代に入っても少子化対策がまったく進まなかったのは、ほぼ間違いなく、彼らが少子化対策に予算を奪われる事を嫌がったからだろう。いずれ自分達の首が絞められると分かっていても、彼らは少子化対策に予算を割く事ができなかったのだ。光に吸い寄せられる虫のように、利益がある方向にしか進めない。
――果たして“思考している”と言えるのだろうか?
しかしそれは逆を言えば、利益を得られる手段をぶら下げさえすれば、容易に吸い寄せられるという事でもある。
ライドシェアリングでの実績を武器に、似たようなアプローチで禅院良夜は他の様々な業界でも規制改革を起こしていった。
再生可能エネルギー、医療、自動運転、教育、はたまたクリーニングといった細かい分野まで。つまり、彼は大物ブローカーとしての地位を確立していったのである。それにより日本の経済は一転し、急加速で成長をし始めた。そして、その成長と共に禅院良夜は莫大な富を得ていった。
禅院良夜は、規制改革によって大成功を収めた事になる。
――がしかし、彼の本当の目標はその遥か上にあった。
「日本の急激な経済成長ですがね、AIを用いて戦略を練った事にしませんか?」
ある日の会合、官僚や政治家達の前で、彼はそのように提案をした。今や政財界の最大級の大物にまで成長していた彼の言葉に反対意見を述べる者は誰もいなかった。




