21.十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない
アインさんに全個一体会関連の人間関係をクラッキングで調べてもらって僕らは資料を作成した。その資料は、一応、セキュリティを考慮し、大学内だけで通じるエクストラネットで繋がったメタバースに保管してある。資料室をイメージしてあって、あまり凝ってはいないけど、充分に凄いと思う。
日野君と、ゆかりちゃんと僕がそこに集まっていた。全個一体会への対策会議をしていたのだ。
日野君は全個一体会の人間関係の資料に軽くざっと目を通すと、「うーん。僕がOK大学に通っている事を利用しますか」などと言った。
不思議に思っていると、説明してくれた。淡々と語る。
「OK大学に通っているお陰で、あなた達の情報を偶然手に入れた事にするのですよ。僕は金目的で、その情報を全個一体会に売ろうとしている…… という事にします。
僕がOK大学通っている事は隠し難いでしょう。それなら初めから明かしてむしろ利用してしまった方が良い。彼らの情報を伝える役割を、僕以外の人間に頼っても良いですが、それだとAIリアン達の情報を得られた理由を捏造するのが面倒になりますから」
なるほど、とそれを聞いて僕は感心した。色々と考えている。ただ、ちょっとばかり不安にもなった。どうも日野君はこういった類の事に慣れ過ぎているような気がする。一体、何をやっている人なのだろう?
「少しおさらいしましょう。
小鳥遊君が全個一体会によるペロブスカイト太陽電池研究施設破壊の証拠を握っている事にする訳ですが、違法な手段で手に入れた証拠なので、警察には真っ当な手段では通報できないでいる…… そういう状態だと彼らには説明するのですよね?」
僕は頷く。
「そうだよ。警察に通報できないという事にしておけば、AIリアン達が組織化していないとも思わせられるし、僕が彼らから狙われる危険も少なくなるから」
ゆかりちゃんが続ける。
「歩君を狙わせるのは罠…… という事にもしておいて。もしも自宅を襲いでもしたら、直ぐに素性がバレて警察に捕まるって。ま、本当にそういう風にするのだけど」
「分かりました」と日野君は返す。ゆかりちゃんの口調からは、少しだけ必死な様子が感じられた。きっと僕が心配なのだろう。
「その上で、チャンスは小鳥遊君が警察に真っ当じゃない、“裏”の手段で伝えようとする時だと伝えるのですよね?」
「うん。そしてその時に妨害できさえすれば、警察への情報提供は止められて、その後も心配はなくなる…… という事にしたい」
言うまでもなく、これは全個一体会が僕を狙うタイミングを絞る為の偽情報だ。正直、そこまで都合よく相手に信じ込ませられるものなのか僕はちょっと不安だった。果たして、全個一体会はたった一度の妨害で、警察への情報提供を止められると思ってくれるのだろうか? だけど、日野君によれば「裏の人間だからこそ慎重で、一度約束を破ったら、なかなか信頼しれもらえない」とでも言えば、簡単に説得力を持たせられるのだそうだ。
ゆかりちゃんが口を開いた。
「さて、歩君。
私達の目的は、飽くまで“AIリアン達は組織化されていない”と彼らに思わせる事であって、彼らを警察に突き出す事ではないわ。だから、彼らの妨害を跳ね除ける必要は必ずしもないのだけど、それでも、今後彼らのAIリアン達への嫌がらせを減らしたいなら、“こいつらには下手に手を出さない方が良い”とは思わせた方が良い。……それに、歩君自身の身の安全も心配だし」
僕がそれに「分かるよ」と返すと、彼女は「よろしい」と言った。なんだかちょっとえらそうだった。
「そこで、歩君に今から魔法を授けたいと思います」
「魔法?」
なんだか妙な単語が出て来た。
「そう」
僕が首を傾げると、彼女は力強くこう言った。
「“十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない”のよ」
知っている。SF作家の有名な主張だ。
……一体、彼女はこれから何を僕に授けるつもりでいるのだろう?
――賑やかな通りを、僕は歩いていた。
綺麗な灰色の舗石が敷かれてあって、どことなくヨーロッパの地中海沿岸の都市を思わせる(旅行したことはないけど)。オシャレで、いかにも若者の街と言った感じ。平日の昼間なのに、女の子達のグループや、カップルなんかが楽しそうに歩いている。
お前ら、学校はどうしたんだよ? と、つい言いたくなる。まぁ、僕も他人の事は言えないのだけど。
今日は僕が警察に裏から全個一体会の実行犯の情報を流す…… 振りをする日だ。この通りの先にある裏道のビルに、情報を流す相手はいる。計画通り、全個一体会は今のところ、僕には一切手を出して来ていなかった。他の皆も無事だ。ゆかりちゃんとは常に通信が繋がった状態でいるから無事だと分かっているし、アインさんとも一応は連絡を取っているのだけど、とても暇らしくて「刺激が欲しい」という返信が来た。全個一体会に情報が全く伝わっていない可能性がないのであれば(一応、裏は取っている)、僕らは彼らを上手く騙せていると思って良さそうだった。
この通りの何処かに、全個一体会は潜んでいて、僕を待ち構えているはずだった。警察に情報を流させないように妨害する為に。
――この場所を選んだのにはいくつか理由があった。
人通りの多い場所ならば過激な手段には出難いだろう。多くの目撃者達が僕を守ってくれる。また、車の出入りがないから、突然車でやって来てさらうなんて真似もできない。そして、道が比較的狭くて、彼らを見つけ易い。
特に“彼らを見つけ易い”という点が最重要だった。何故なら、ゆかりちゃんが僕に授けてくれた“魔法”は、相手を視認できなければ使う事はできないからだ。
「――インストールは終わった?」
“魔法を授ける”と言われた後、僕はゆかりちゃんからEXEファイルを渡されて、それでアプリをインストールするようにと指示を受けた。アプリ名はイリュージョンクリエイターとなっていた。名前通りなら、幻想を創作するアプリという事になる。
「終わったけど」
と、応えると、彼女は唐突に「それじゃ、歩君。かめは〇波を撃ってみて」などと言って来た。
「は?」とそれに僕。
場所は大学内の休憩所だった。ソファが置かれてあって、目の前にはジュースの自動販売機がある。ただ、誰も休んではいなかった。人通りは少ない。
“かめは〇波を撃つ”とは、つまりはあの動きをしろという事だろう。はっきり言って恥ずかしいから「嫌だ」と拒否しようかと思ったのだけど、人通りは少ないから別に良いかと思い直す。
ま、もし見られても、ここの生徒達は大半がAIリアンだからあまり気にしないだろうけど。
僕はゆかりちゃんの視線に押されるようにかめは〇波のポーズを取った。が、何にも起こらない。するとゆかりちゃんが「もっと、本気で撃てると信じて」と言うので、気合を入れてイメージしてみた。すると、手の平に光の玉が生じ始めたのだった。
「おお!」
と、僕は驚きの声を漏らす。感動を覚えた僕は、好奇心も手伝ってそのまま「波―っ」と気を放つようなポーズを取ってしまった。光の帯を描きながら、輝く気の塊が前方に向かって物凄い勢いで飛んでいく。かなり迫力がある。
その光景に僕は唖然となっていた。イリュージョンクリエイターなのだから、当然幻なのだろうけど(幻じゃなかったら大惨事だ)、それでも子供の頃からの夢が叶ったような気分になっていた。……大抵の人なら、一度は“撃ってみたい”と思っているよね、かめは〇波。
思わず僕は、もう一度、かめは〇波の構えを取ってしまった。
が、そこで、「プッ」という笑い声が聞こえた。ゆかりちゃんだ。我に返って赤面してしまう。彼女の方を向くと彼女は真顔だった。
「今、馬鹿にしたよね?」と僕。
「してないわ」と彼女。
「……ただ、小学生の頃以来だなって思って、歩君のかめは〇波」
「やっぱり、馬鹿にしているよね?」
僕はちょっと涙目になっていた。そんな僕をスルーしつつ彼女は続けた。
「使ってもらって分かったと思うけど、そのアプリは自分のイメージする幻を現実世界に重ねて出力してくれるの。普通はそのアプリの使用者にしか見えないけど、ターゲットの脳に侵入できれば、同じ幻を見せる事ができるわ」
そこで『ハーイ』という声が聞こえた。見ると、廊下にアインさんの姿が浮かんでいる。『アプリをインストールしたのね、待っていたわ』と言って手を振った。半透明だったので、現実の彼女でない事は一目で分かった。
『そこの部分の開発は、ハッキングの名手であるわたしが協力しているの』
きっと、いつか彼女がいたサークル室から、僕の脳に直接語りかけているのだろう。
『あなたが契約しているAIに指示を出して、板前さんにポインターを当ててみなさい』
アインさんがそう言うので、僕はAIのザシキワラシを呼び出すと、ゆかりちゃんにタッチするように言った。もちろん、ゆかりちゃんは何も感じていないはずだけど、画面上で赤い顔をしたザシキワラシが、彼女に触れる。すると、波紋が広がるような演出があった。
「あ、アインさん。どうも」
演出が終わるなり、ゆかりちゃんはそうアインさんの幻に挨拶をした。見えている。恐らくは成功したのだろう。
『成功すると、こんな風に本来はあなたにしか見えないはずの幻が、ポインターをセットした相手にも見えるようになるの』
アインさんの説明を受けて、ゆかりちゃんが頷く。
「デフォルトで用意されてある幻は、さっきのかめは〇波とか水遁の術とかがあるわ。お好みで使って。歩君が独自にイメージしたものでも幻を作れるけど、それだと映像の出来はあまり良くないから気を付けてね」
「分かった」と僕は返す。
……どうでも良いけど、“魔法を授ける”とか言っていたのに、どうしてその魔法の幻が用意されていないのだろう? 炎の魔法とか、氷の魔法とか。
「何かアドバイスとかあったりしない?」
と、僕が尋ねるとゆかりちゃんは頷いた。
「うん。撃つ時に、もう少し腰を落とした方が良いと思う」
「……いや、かめは〇波のじゃなくってさ」
――賑やかな通り道。僕は目を凝らして、辺りを警戒した。
ゆかりちゃんから授かった魔法、イリュージョンクリエイターは相手を視認できなければ使えない。だから、比較的狭い道の方が良いんだ。
もちろん、全個一体会の連中は隠れているに決まっている。そんなに簡単に姿は現さないだろう。
……そう、僕は思っていた。
いたのだけど。
目の前から、人々の往来の間を縫うように、黒ずくめの三人組が近付いて来ている。マスクまで被っているので、怪しさ100点満点だ。
僕は目が点になった。
――まさか、あいつらが全個一体会の連中なのか?




