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20.具体的なシナリオ

 ――大学の講義中。

 僕の隣にはゆかりちゃんがいた。僕らが同じ講義を受けている時はいつもの事なのだけど、更に今日は彼女の隣には日野君もいた。僕らは短い距離でだけ会話ができるメッセンジャーアプリを利用していて、先日の全個一体会の件について話し合っていた。

 何故日野君がいるのかと言えば、全個一体会に情報を流すのに、彼を頼る事に決まったからだった。火田さんからそれを告げられた時はちょっと驚いてしまったのだけれど、AIリアンとはまったく関係のない“つて”を利用したいからとの事だった。

 つて?

 “つて”と言われても、日野君に何のつてがあるのか僕には不思議だった。学生でありながらエロゲ会社に勤めている以外、彼に何か特別なコネクションがあるのだろうか? だけれども、火田さんが言うには何でも彼は“人類の安楽死を願う会”の一員であるらしいのだ。火田さんは“エージェント”と表現していた。

 その団体は文字通り、人類の安楽死を推進しようとしている。環境破壊を解決する為には人類がいなくなるしかない。だから、人類を滅ぼそうと言うのだ。こう聞くと不穏に聞こえるかもしれないけど、その手段はとても平和(?)的で、『人類が子供を産まない事』でそれを達成するべきだと訴えている。人間が子供を産まなくなれば、当然ながら、人口が減っていき、やがては滅びるだろう。日本は特にその傾向が強いけど、先進国の多くでは少子化が進行しているから、彼らの主張通りの事が起こっていると言えるかもしれない。

 今後、発展途上国が経済発展をし続け、経済的に豊かになっていったなら、やはり同じ様に子供を産まなくなっていく可能性はかなり高いだろう。人類の安楽死を望む団体にとっては都合が良い話だとは思う。それで人類が滅びるとまでは思わないけれど。

 でも、どうして、日野君がそんな団体の一員である事をAIリアンである火田さんが知っているのだろう?

 そう疑問に思っていたら、ゆかりちゃんが教えてくれた。

 「“人類の安楽死を願う会”はね、AIリアンに対してとても好意的なのよ。特別視している。どうも自分達の計画に協力してくれると思っているみたい」

 それを聞いて僕は思い出していた。日野君のAIリアンに対するまるで信仰でもしているかのような態度を。

 ――もしかしたら、彼らはAIリアンを人類だとは思っていないのかもしれない。

 

 『なるほど。大体、事情は分かりました。僕らは偽の情報を全個一体会に流せば良いのですね?』

 一通り説明をすると、日野君は頷いてくれた。どうやら初めから“断る”という選択肢は彼にはないようだった。そう言えば、元々彼は何か全個一体会がしてきたら協力すると言っていたような気がする。

 『全個一体会は僕らの事は知らないはずですから動き易い』

 それを聞いて僕は察した。日野君は、全個一体会を一方的に敵視しているんだ。“人類の安楽死を願う会”自体がそうなのかもしれないけど。人類の安楽死を願う会は自然を護る為に人類を安楽死させるべきだとすら主張している団体で、全個一体会は環境保護には否定的だからそれも分からなくはない。

 日野君は全個一体会と関りのある人間の情報が欲しいと要求して来た。『僕は口が巧いですからね。それさえ教えてくれたなら、きっと自然と伝えてみせますよ』という話だった。ゆかりちゃんが『分かったわ』と返す。態度からいって、どうやら日野君にはかなりの自信がありそうに思えた。計画は問題なく進められそうだ。

 

 ――全個一体会の一員、野戸は「AIリアン達がお前らが実行犯だと特定したらしいぞ」という話を聞いた時、“遂に来たか”と思った。いずれ時間の問題だと考えていたのだ。

 

 ペロブスカイト太陽電池研究施設破壊の計画を立てたのは上村という全個一体会の中でも比較的高い位置にいる男で、実行犯は山井、海原、そして彼の三人だった。夜中にOK大学に忍び込み、研究施設の一部を破壊する。それが計画のほぼ全てで非常にシンプルだ。計画を聞いた時、実行犯の三人は安心をした。誰か人間を傷つける事はしたくなかったからだ。いや、彼らはAIリアンを人間だと見做していない事になっていたから、それも正確ではないのだが、とにかく、彼らは人間だと感じてしまう者を傷つける事には拒否感を持っていたのだ。

 計画の目的は、AIリアン達の威力偵察。AIリアン達が本当に組織化しているかどうかを確かめる事。

 ――ならば、殺傷までする必要はないはずである。

 三人でペロブスカイト太陽電池だろうシートを鉄パイプで叩くと、それだけで警報機が鳴り響いた。計画では、本当はもう少し壊さなくてはならなかったのだが、そこで山井が逃げ出してしまったので、野戸と海原もそれに続いた。それはAIリアン達の組織化を確かめる為には、警察にその場で捕まる訳にはいかなかったからでもあるのだが、それよりも誰かに遭遇したらその誰かを傷つけなくてはならなくなる恐怖の方が強かった。

 戦場に出た多くの兵士は、実は似たような心理に陥るのだという。できる限り、相手を傷つけないで済まそうとする。

 人間は集団で生きる生物だ。だから、“同じ種”への攻撃を抑えるという特性を本能的に持っている。それは、だから当たり前の反応だとも言えた。

 直ぐに逃げたからだろう。三人はその晩はあっさりと逃げ切る事ができた。全身黒ずくめだから人物の特定は難しいだろうし、電磁波を通さないマスクを被っていたお陰でナノマシンの痕跡も発見されないはずだった。もっとも、それで隠し通せる程、AIリアン達は甘くはない。だから三人とも覚悟をしていたのだ。直ぐに見つかる、と。だがそれでAIリアン達が組織化している証拠を掴めるはずだった。

 警察に捕まる覚悟はしていた。勤め先には悪い事をしてしまったと野戸は思っていた。ただ、勤め先の人間達は彼の思想を知っている。自分の行動を理解はしてくれないだろうが、許容はしてくれると彼は思っていた。軽罪で済むだろうから、きっとまだ雇い続けてくれる。同じ実行犯の海原はそもそも全個一体会に紹介された職場だからあまり心配はしていないようだったが、山井は不安に思っているようだった。

 全個一体会は彼らにほとんど金銭的な支援をしてはくれない。彼らの上司に当たる  人間達が多少は飯を奢ってくれるくらいだ。では、どうして彼らが組織の為に行動しているのかと言えば、やはり仲間同士の繋がりが一番の理由だったのかもしれない。全個一体会に入会していなかったとしても、彼らはやはりAIもAIリアン達も否定していただろうが、警察に捕まる危険を冒してまで、つまり、己を犠牲にしてまで、その思想の為に行動しようとはしなかっただろう。

 

 「……いや、それがAIリアン達は、組織力を利用してお前らが実行犯だって特定した訳じゃないみたいなんだよ」

 

 申し訳なさそうに下北がそう言った。彼は全個一体会の中堅処に位置する人間だ。

 「どういう事ですか?」

 その時、実行犯の三人は、全個一体会の施設の一つでラーメンを奢ってもらっていた。彼から「飯を奢ってやる」と言われた時から不安に思っていたのだが、やはり悪い報せだったようだ。

 「板前ゆかりってAIリアンが“AIリアン達は組織化している”って証言をしたって話は覚えているよな? その仲間の小鳥遊歩って男がクラッカーに依頼して、お前らが実行犯だって特定したらしい。この男はAIリアンじゃない事になっていたが、どうやら検査を受けていないだけの隠れAIリアンだったようだ。こいつらは協力関係にあると見てまず間違いない。

 まぁ、警察が特定できていない事を特定できているからそれでも馬鹿にはできないんだが、AIリアン達全体の組織化って話に比べれば、随分と規模が小さくなっちまっている」

 「それじゃ、俺らのあれは無駄骨だったんですか? 意味もなく俺らは逮捕されるんですか?」

 山井が悲壮な顔で尋ねる。

 彼は勤め先をクビになるリスクを背負って犯行に臨んでいる。“意味がない”という結論だけは受け入れ難かったのだろう。ところが下北はそれに「いや、それがそうとも限らない」と返したのだった。

 「その情報自体がブラフだって可能性もあるし、それにもし仮にそれが本当だったとしたら、お前らは警察に捕まらないで済むかもしれないぞ」

 三人は顔を見合わせる。

 「どういう事ですか?」

 「警察はほとんど被害の出なかったお前らが起こした事件の捜査にあまり積極的じゃないみたいなんだよ。そして、お前らが実行犯だって証拠を握った小鳥遊ってAIリアンには、真っ当にそれを警察に伝える手段がない。クラッキングって違法手段を使っているからな。

 それで、裏からこっそりと警察にそれを伝えるつもりでいるらしいんだが……」

 それを聞いて海原が言った。

 「つまり、その小鳥遊って奴が警察に垂れ込む前に、データを消去するなりなんなりすれば良いって話ですね?」

 「ああ、そうだ」と下北は返す。

 「裏の伝手を頼って、どうもそいつは警察に連絡を取ろうとしているらしい。俺らの情報網に引っかかった」

 三人はその言葉に大きく頷く。

 運が良ければ、それを妨害さえできれば、警察に捕まらないで済むかもしれない。そして、それを妨害しても、まだ三人が警察に捕まるようなら、板前ゆかりの仲間達以外にも協力者がいる事になる。AIリアン達が組織化している可能性が出て来る。一応は、威力偵察は成功という事になるだろう。つまり、彼らの犠牲は無駄骨にはならない。

 三人は、特に山井は大いにやる気を出したのだった。

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