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19.ゆかりちゃんは怖がっていた

 正直に言うと、僕は今の状況を把握し切れてはいなかった。全個一体会がどれくらいの規模の組織なのかは知らない。ただ、それでも世界中のAIリアン達に比べれば遥かに小規模である事は確実で、だから組織的な脅威と言うよりは、誰か個人が犠牲になる事を懸念して、AIリアン達は全個一体会に警戒をしているのだとばかり思っていたのだ。

 ところが、どうやら、違うらしい。

 

 「AIリアン達が組織化していると知られると、色々と厄介なんだよ。何しろ、世界各国の有力者達が俺らを嫌がっているからな」

 

 火田さんがそう言った。

 何度か彼の名前は聞いた事があったけど、実際に会うのはそれが初めてだった。中肉中背で、人相は悪いけど、嫌な印象は受けない。“さっぱりしている”とでも言うべきか。紺野さんと同じで、この人もあまりAIリアンっぽい印象は受けなかった。AIリアンの中には一般社会に合わせる為に、外見を取り繕う術を身に付ける人がいるようだけど、この人は特にそれが巧いのかもしれない。

 そこはある県立の図書館だった。奥の方に普段は使われていない多目的室があって、そこを僕らは利用させてもらっている。管理が昨今にしては珍しくアナログで行われているお陰で、その場所の方がセキュリティ上リモート会議よりも安心なのだとか。

 その席にはあと一人、ゆかりちゃんもいた。

 「まぁ、だから、板前がAIリアン達が組織化しているって自ら言っちまったのはかなりまずかったんだよ。どうでも良い相手なら問題にならないかもしれないが、あの連中は俺らを警戒している有力者達と繋がっているからな」

 火田さんが言い終えると、ゆかりちゃんは「クマショーック」と呟くように言った。これが何かは分からないけど、多分、誤魔化しているのだと思う。

 それをスルーして火田さんは続けた。

 「“世界平和”なんてものをもし本当に実現されてしまったら、既得権益を失う事になる連中が大勢出て来る。そういう連中にとって俺らは邪魔な存在なんだよ」

 今度はゆかりちゃんは何も言わなかった。無表情だ。ただ、きっと、彼女もそれくらいの事は分かっていたのだと思う。では、何故、あの中国人犯罪者グループに囲まれた時にAIリアン達が組織化している事を言ってしまったのかと言えば、恐らくは彼らに恐怖していたからだ。

 あの時、ゆかりちゃんは毅然と対応しているように僕の目には見えていた。けど、きっと、あれは演技だったのだろう。冷静に考えてみれば、あの数の男達……、しかも犯罪者達に囲まれていたのだから怖がらないはずがない。彼女はか弱い女の子なんだ。僕だって危なかったかもしれないし。それで僕らの身を護る為に、つい彼女は“AIリアン達”の事をバラしてしまったのだと思う。

 それに気が付いた時、僕は自分を情けなく感じた。

 ……あの時、僕も同じ場にいた。なのに、僕は彼女を安心させてあげる事ができなかったんだ。僕がもうちょっとでも頼りになれていたら、彼女はAIリアン達が組織化されている事を言わなかったかもしれない。

 

 「そこで、当事者のお前らに相談があるんだよ。

 ――先日、OK大学のペロブスカイト太陽電池研究施設の一部が破壊された件は知っているよな?」

 

 ――いよいよ本題だ。

 といった感じで火田さんは話し始めた。

 全個一体会は再生可能エネルギーを敵視している。だから、妨害をして来るのならペロブスカイト太陽電池の研究ではないかと僕らは予想をしていた訳だけど、どうやらその予想が当たったらしかった。

 夜陰に紛れて複数人が研究施設に侵入し、鉄パイプか何かで施設の一部を壊してしまったのだ。幸い警報装置が作動したお陰で被害は最小限に抑えられた。多少修理費がかかる程度で、人的損害はなし。監視カメラが犯人の姿を捉えていたらしいのだけど、全身黒ずくめで頭にはマスクを被り、おまけに電磁波を通さないマスクだったのか、そもそもナノマシンカプセルを飲んでいなかったのかは分からないけど、ナノマシンで脳に形成されているはずの電子チップによる脳直結インターフェースの反応の痕跡も発見できなかった。

 つまり、犯人は不明……

 と、僕は思っていたのだけど、

 「実は既に犯人は分かっている」

 そう火田さんが言った。

 へ? と、僕。

 「全個一体会のメンバーの情報は既に握ってあるからな。その中から、研究施設の破壊に参加できそうな連中を絞り、更に当日の足取りも辿って、監視カメラが捉えた映像から体格を予想し照合した。犯人は特定できている。95%以上の信頼度だ」

 火田さんの顔は自信たっぷりだった。恐らくは本当に犯人は分かっているのだろう。なら後はそれを警察に連絡するだけで済むはずだけど……

 「違法な手段で特定したのですね」

 と、ゆかりちゃんが言った。火田さんは頷く。

 だから、警察には連絡できないのだ。

 ちょっと考えると僕は言った。

 「なら、それを裏からこっそり警察に伝えれば良いのですよね?」

 別件で捕まえるか何かして、そこから証拠を押さえるというやり口は、警察の常套手段だと聞いている。

 火田さんが応えた。

 「当然、それもできる。警察内部にもAIリアンはいるからな」

 「なら……」と、僕は言いかける。が、そこでゆかりちゃんが口を開いた。

 「だけど、それをやってしまうと、AIリアン達が組織化していると、彼らが思ってしまうかもしれない」

 「その通り」と火田さんは認めた。

 「なるほど」と僕は頷く。

 火田さんが言った。

 「そこで一工夫だ。犯人を特定したのはお前らだと装うようにする。“AIリアン達”が組織化されている事を連中に教えてしまったのがお前だからがな、板前ゆかり」

 それを聞いて「クマショーック」とゆかりちゃん。それはもう良いと思う。火田さんは無視して続けた。

 「それによって、AIリアン達全体が組織化されている訳ではなく、お前らの仲間の小規模な集団が動いているだけだと思わせるんだ」

 言い終えると火田さんはゆかりちゃんを睨みつけるようにした。

 「お前がメインで動いて犯人を特定しようとしている事にし、それを全個一体会に伝える。データもお前が握っている事にしてな」

 それを聞いて、僕は一気に心配になった。そんな事をすれば、ゆかりちゃんが全個一体会から狙われてしまうのじゃないか?と思ったのだ。

 「分かったわ……」とそれにゆかりちゃんが返そうとする。無表情だ。でも、本当は怖がっているのだと思う。

 そこで僕は歯を食いしばった。

 中国人犯罪者組織に囲まれていた時、ゆかりちゃんを安心させてあげられなかった記憶が鮮明に蘇る。

 ――その刹那、ほぼ無意識に僕は口を開いていた。

 「その役割は僕がやります!」

 そう言った僕を、ゆかりちゃんはびっくりしたような表情で見つめていた。「歩君?」と呟いて首を傾げる。僕は続けた。

 「これ以上、彼女を危険な目に遭わせるなんて、僕には耐えられない」

 火田さんが冷静に言う。

 「お前はAIリアンじゃない。そこはどうする?」

 「全個一体会に偽の情報は伝えられませんか?」

 「まー、できない事はないが」

 少し考えると火田さんは言った。

 「具体的なシナリオは、もう少し後で連絡する。だが覚悟しておけよ、連中は何をするか分からないぞ?」

 「はい」と僕は即答した。

 何をするか分からないのなら、尚更ゆかりちゃんにそんな役割は押し付けられない。AIリアン達も無策で僕を危険にさらしたりはしないだろう。僕は連中と相対する覚悟を決めた。

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