18.全個一体会の崎森は
崎森が全個一体会に入会したのに、何か特別な理由がある訳ではなかった。彼はAIやAIリアンが嫌いで、ネットで同じ様に文句を言う仲間を見つけ、しばらくそこに出入りしていたら、いつの間にかに入会していたのだ。
だから“思想”と言われると一歩引いてしまう。そんな大層なものは彼は持っていなかったし、また興味もなかった。
ただ、彼は実は他の仲間達も自分と大して変わらないのではないかと疑っていた。偶々、周りにいる仲間がその思想を信じていた。だから自分も同じ思想を持っていると信じ込んでしまった。本当はその程度なのではないだろうか?
「――今回はパスするよ、俺は」
全個一体会の面々が参加をするそのリモート会議で崎森はそう宣言したのだが、それは彼のそんな感覚が影響していた。
――AIは道具に過ぎない。そして、AIリアンはその道具に侵され、欠落した存在。人間…… いや、日本人こそが世界で最も優秀な民族なのだと信じている全個一体会の仲間達は、AIリアンを“人間に従うべき存在”と思っている。だから社会的に高い地位にAIリアンが就く事には反対しているのだが、最近になってそのAIリアン達が“組織化”しているという情報を彼らは掴んだ。
日本どころか世界中にいるAIリアン達はお互いに連携し、相互作用し、一つの大きな有機体のような存在になっているのだという。
AIリアン達を敵視している全個一体会にとって、これは当然由々しき事態だ。もしそれが本当ならば、当然、何らかの対策を打たなければならない。
――が、彼らがどう観察をしても、そのようにAIリアン達が組織化されているようには思えなかったのだった。
組織化と言うからには、リーダーがいて、何らかの役割を持った人間達がいて、上下関係でそれらが統率されている。全個一体会が想像をする組織とはそのようなものだった。が。しかし、そのような組織は痕跡すらもAIリアン達からは発見できなかった。AIリアン達が連携しているのは間違いなかった。だが、それは彼らが想像するような組織ではなかった。だから全個一体会は、AIリアン達は本当に組織化しているのだろうかと疑ったのだ。
だが、そんな折、AIリアンの一人から、「AIリアンは組織化されている」という発言があったのだという。それは板前ゆかりという名前の若い女で、全個一体会とも関係がある中国人グループに向けて言ったらしい。
「小娘の戯言に過ぎない」という意見もあった。その時、その板前という娘は、中国人グループに脅されていたらしい。だからハッタリを言って逃れようとしたのではないかというのだ。
ただ、AIリアン達が組織化しているという情報は、その板前という娘からのみもたらされている訳ではない。
そこで威力偵察の意味も込めて、板前ゆかりと縁のある人間達の周囲を探ってみようと言う話に一度はなった。板前ゆかりの関係者にAIとの連携技術強化を研究している学生がいるのだが、その学生を攻撃する事で、反応を観ようという計画だった。
ところが突然にその計画はストップしてしまった。
理由は「素性がバレる可能性がある」からだった。板前ゆかりが以前、中国人グループに相対した時、一目で次々と中国人達の素性を当てていったのだそうだ。もしそれを彼女の仲間も使えるのならリスクが大き過ぎる。威力偵察をするにしても、もっと狙う価値のあるターゲットを選択するべきだ。そのように全個一体会の面々は考えたのである。
そして、その結果、ターゲットにしようと決めたのが再生可能エネルギー、ペロブスカイト太陽電池の研究室だった。
……その計画に、崎森はあまり乗り気ではなかった。
そもそも威力偵察の結果、本当にAIリアン達が組織化されていると分かったところで、何になるのかが分からなかった。規模が大き過ぎて、自分達ではどうする事も出来ないだろう。そう考え、言ってみると、「自分達には無理でも、自分達と繋がりがある有力者になら、なんとか出来る」という話だった。
“有力者”と言うのは、政治家やら官僚やらといった連中だろう。具体的に何処の誰なのかは彼は教えてはもらえなかった。知りたくもなかったが。
“胡散臭い”
それを聞いた時の彼はそんな印象を受けた。その有力者とやらが全個一体会と同じ思想を持っているとは思えなかったのだ。ならばどうしてこいつらはこんなにもその有力者を信頼しているのだろう? もちろん、利害の一致という事はあるだろう。金銭的な援助だって受けているはずだ。がしかし、その有力者とやらはただ単に全個一体会を利用できるとしか思っていないはずだ。それは全個一体会側も同じなのかもしれないが、絶対のその有力者は、全個一体会の思想の実現の為に尽力したりはしない。例えば、AIリアン達と組んだ方がメリットがあると判断すれば、あっさりと全個一体会を切り捨てるだろう。
「本当にこいつらは、信念を持って活動しているのだろうな?」
崎森はそんな風に彼ら全個一体会を疑っていた。本当は信念など持たず、ただただ周囲にいる人間に同調しているだけなのではないだろうか? もし、全く異なった思想を持った人間が周りにいたら、こいつらはそれに従うのじゃないだろうか?
彼は思想は持っていない。だからこそ、より一層そう思えていたのかもしれない。彼らを、否、自分を客観視できていたのだ。
少しでも状況が違っていていれば、全個一体会のメンバーは、ただ普通に暮らすだけの一般人になっていたのかもしれない(それは裏を返せば、“ただ普通に暮らすだけの一般人”も少しでも状況が違って入れば、全個一体会のような組織の一員になっているという話でもあるのだが)。
ただ彼も全個一体会の仲間達を嫌っているのかといえば、決してそんな事はなかった。むしろ一緒にいて楽しいとすら思っている。もう少し彼が器用な人間であったのなら、きっと何の疑問も抱かずに、彼らと一緒にいられたのだろう。
「崎森、本当にやらないのか?」
だから、リモート会議で、彼と仲の良い野戸という全個一体会のメンバーに念を押された時は少しだけ罪悪感を抱いた。仲間を裏切っているかのような感覚に陥ったのだ。
「ああ、妨害するったって、相手は大学生のガキどもだろう? くだらないよ」
OK大学、ペロブスカイト太陽電池研究室を襲撃するという彼らの計画を聞いて、彼はその計画に参加する事を断ったのだ。自分の嫌いなAIリアン達に嫌がらせができるという話には少しは惹かれたのだが、下手すれば警察に捕まるだろう。素性の知れない有力者とやらの犠牲になるつもりは彼にはなかったのだ。