15.人類にはハーレム制だった時期があった
「不可解なのだけど、何故か軍事力を重視する傾向にある人達は、再生可能エネルギー、特に太陽光発電を嫌っている場合が多い」
大学構内を歩きながら、ゆかりちゃんがそのように言った。
大学構内は緑が豊富だ。特に中庭は樹木がたくさん植えてある。聞くところによると研究の為の珍しい植物もあるとの事。僕には見分けが付かないけど。
全個一体会について、僕らは当然詳しく調べていた。彼らの理想は人類社会の統一であるらしい。社会が分断されている所為で、世界には様々な不効率や不公正が生まれている。だから社会を統一し、皆が仕合せに暮らせる社会を実現しよう…… 一見すると真っ当な事を言っているように思える(まぁ、こういう壮大な綺麗事を公言できるって時点で、ちょっと引いてしまうのだけど)。けれど、実際の彼らは差別的だし、軍事面を重視しているようでもあった。
つまり、伏せてはいるけど、その“人類統一の理想”は、恐らくは自分達が軍事力によって他の社会を制圧して為そうという事なのだろう。吉田君が言っていたトップダウン型で実現しようとしている“統一社会”。
ただ、これは恐らくかなり困難だ。単純に処理しなくちゃいけない情報が多過ぎて、限界を超えてしまうからだけど。
「どうして、軍事力を重視する人達が、再生可能エネルギーを嫌うのが不可解なの?」
と、ゆかりちゃんの発言に僕は質問してみた。
「だって、再生可能エネルギーの普及ってつまりはエネルギー自給率が上がる事を意味するのよ? エネルギー自給率が上がれば、安全保障上も……、つまり軍事的にも有利になる。兵糧攻めの心配がなくなるのだもの。軍事面を重視する人が、これに反対するのは理に適っていない」
なるほど。言われてみればその通りだ。
「原子力発電とか化石エネルギーとかの既得権益団体が、ライバルである再生可能エネルギーを潰そうとしているっていうから、そういう人達は、そういう既得権益団体の傘下にいるのじゃないの?」
「その可能性もあるけど、それだと他の国でも同様の傾向がある事を説明できないわ。何故か軍事力を重視する人達は、環境保護とかの関連が嫌いなの。特に変なのは日本かもしれない。日本の神道は“自然崇拝”が特徴の宗教で、その神道を信仰しているはずの人達が、軍事には興味があるのに、何故か環境保護に無関心だったりする」
因みに、今、僕らはペロブスカイト太陽電池を研究している工学部の研究室に向かっている最中だ。前にパネルディスカッションを開催していたあの研究室。
「これはかなり乱暴な推論なんだけど」とゆかりちゃんが言った。
「人類は、ある一時期、ハーレム制だったと言わている。男性が一人で、他は全て女性という構成の社会。この頃の性質の名残を強く残している人達は、或いは、環境保護を軽視する傾向にあるのかもしれない」
それを聞いて、「どうしてそうなるの?」と僕は尋ねた。
「そのような社会では、男性は他の社会の男性と戦って勝利を収めなくてはならなかった。つまり、リスクを恐れない“攻め攻め”のスタイルが必要。昔は、他の社会を襲って女性を奪い取って子供を産ませるなんて事も人間社会では珍しくなかった訳だけど、そういう社会はハーレム制の社会が発展して形成されたのかもしれない。そういう社会も好戦的でリスクを恐れない傾向を由としていたはずだもの。
そして、環境保護をするっていう発想は、リスクを恐れるって事でもあるの。環境破壊のリスクを減らそうとしているのだから」
僕はちょっと考えると、その彼女の説明にこう返した。
「要するに、リスクを恐れないスタイルを由とする人達が、リスクを恐れるスタイルを嫌がって、環境保護を嫌っているって話?」
「かも」と、そう言った後で、彼女は続ける。
「環境保護をすると、資源コストもかかるし、既得権益も失うかもしれない。だから、そのように主張する人達を、“自分達を攻撃する敵”だと認識してしまっている可能性もあると思う」
「そして、攻撃をされれば、環境保護団体も攻撃で返す。泥沼化する、と」
「うん」
木々が豊富な中庭の道。緑が太陽光に照らされている光景は美しいけれど、そのお陰でこの辺りには虫も多い。蚊とか虻とかのあまり好かれない虫も。
ただ、生徒の大半がAIリアンの大学内からそれに対する苦情が出る事はない。“煩わしさ”もある程度は受け入れなくてはならない。それは“良い事”の裏返しとして、必ず生じるものなのだから。――それを、彼らはちゃんと理解しているのだ。
「でも、それならこの問題の根本的な解決方法なんてないのじゃないの?」
僕がそう言うと彼女は「完全には、もちろん無理」と返した。
「だけど、大幅に改善できる可能性はあると思う。野生のニホンザルは、人間に飼育されているニホンザルとは違って“ボスを作らない”って話を知っている? 調査をしている研究者の言葉を信じるのなら、ボスを頂点とする序列は野生のニホンザルにはなかったんだって。
もちろん、この話が全ての野生のニホンザルに当て嵌まるかどうかは分からない。でも、少なくとも、環境によってはニホンザルに“序列のない社会”が現れるというのは確かだと判断して良いはず」
僕はそれに「うん」と頷く。ゆかりちゃんは続ける。
「なら、人間社会だって“環境”によって、色々な社会が現れるはず」
全個一体会。
排他的で攻撃的なその団体は、再生可能エネルギーを研究する工学部を攻撃対象とするのではないか?
そう懸念して、僕らは今から状況を説明する為に、紺野さんがリーダー的な役割を担うペロブスカイト太陽電池研究室に向かおうとしていたのだ。