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13.ふわっとした組織とボトムアップ

 組織には中枢があって、そこから指令が下る事で全体が動いている。国なら大統領だとか、総理大臣だとかがトップで、下部の組織がその指令に従っている。それが普通…… と、そう多くの人が思っているのじゃないだろうか?

 だけど、どうも、自然界にはこのようなトップダウン型の組織は少ないらしい。例えば、粘菌。この生物は、通常は単細胞生物だけど、条件が整うと各々が寄り集まり、多細胞生物となって活動する。長い間、この現象にはリーダー細胞のようなものがあり、その指示によって単細胞生物が多細胞生物化しているのだと思われていた。ところがそんなリーダー細胞は何処にも存在していなかったのだ。各々が自ら動き、多細胞生物となっていた。

 他にも幾らでもこんな事例はある。

 例えば、アリの巣。

 アリの巣は、女王アリがリーダーで、指示を出していると思っている人が多いだろう。でも、実際は女王アリはただひたすら卵を産み続けているだけで、何ら指示は出していないのだそうだ。アリの巣は高度に計算された構造を持っている。もし、女王アリが指示を出す事で巣が成り立っているのなら、それが可能な頭脳が女王アリにある事になるけど、流石にそれは有り得ない。では、アリの巣の頭脳に相当する部分は何処なのかと言うと、実はアリの巣全体であるらしい。つまりトップダウン型ではない。アリ達の各々の相互作用で、巣全体の組織性が形成されているのだ。

 もちろん、ハチの巣だって同様。近年になって、人間社会には“民主主義”や“資本主義”が登場したけど、これも発想としては同じだ。各々の自由な行動が社会全体を組織化させている。

 そして、このように、個々の行動で全体が形成される社会をボトムアップ型と呼ぶ。

 AIリアン達は、当にこのようなボトムアップ型の組織を形成しているのだという。各々が連携し、自由に動く。でも、全体としては秩序化された組織が形成されている。もっともそれは、僕らが組織と耳にしてイメージするようなものではないのだけれど。

 

 「この大学に入学して、直ぐに“集合意思”には気が付いていたの」

 と、ゆかりちゃんは言った。

 入学したての頃、彼女がちょっと社交的になった事には僕は気が付いていた。何しろ彼女の成長を影ながら喜んでいたくらいだから。ただそれは単に彼女と同じAIリアンが周りに増えた所為だと僕は思っていたのだけど、どうやら違っていたらしい。

 ――AIリアン達の集合意思に触れ、彼女もその一部になっていたのだ。

 

 OK大学、いや、OK大学だけじゃない。偏差値の高い有名大学には、AIリアン達がたくさん集まって来る。そうして集まってくれば、彼らは互いを認識し、各々が強く影響を与え合うようになる。何しろ、今は脳直結インターフェースの時代だ。AIリアン達なら、考えるだけで誰かと連携ができる。そして、影響を与え合う内に彼らは僕らが想像するようなものとは別の“ふわっとした組織化”の手段を発見し、試行錯誤の上で練り上げていった。僕らがイメージするような組織じゃないから組織名はない。ただ単に“AIリアン達”と呼ぶのが正しいのかもしれない。

 それは単細胞生物と多細胞生物の間のような、曖昧な組織。だけど、知能は低くない。むしろ高い。いつかゆかりちゃんが言っていたけど、“知性は一種類だけじゃない”んだ。

 AIリアン達のネットワークは、今や世界中に広がっている。各有名大学だけじゃない。AIリアンは社会に出て働いていて、様々な職業、場合によって要職に就いていたり実力者になっていたりもする。その彼らも“AIリアン達”の一部になっている。それが本当なら、漠然としてはいるけど、とんでもなく巨大な組織と言えるだろう。

 そして、その“AIリアン達”には、集合意思、目的のようなものがある。

 

 「――それが世界平和?」

 と、僕は彼女に訊いた。視覚効果研究会を出た後の事だ。アインさんに、「イチャイチャするなら外でやって」と追い出されたのだけど(断っておくけど、イチャイチャしていたつもりはない)。

 「一体、どうして?」

 「理由は明白」とそれに彼女は返した。

 「人類は既に人類を滅ぼせる程の軍事力を持ってしまった。戦争はリスクが大き過ぎる。仮にそこまでいかなくても、戦争兵器の破壊力が高過ぎて戦争をするメリットをデメリットが遥かに上回ってしまっている。しかも、戦争はインフラ設備や人的資源を破壊するし、兵器自体が資源を浪費する。社会発展の足かせになる。だから、戦争や紛争が発生している地域は発展していない。歴史を鑑みれば、これは明らか。戦争以上の資源の無駄遣いは存在しないわ。

 もし仮に、戦争で浪費されたり破壊されたりする資源を何か他で有効に使えたなら、社会はより良く発展するだろうし、環境問題のような社会問題だって解決できる」

 それを聞いて僕は思った。確かに理由は明白だな、と。でも、同時に疑問にも思っていた。

 ――そんな事、実現可能なのだろうか?

 ――僕らよりも遥かに頭の良いAIリアン達が、本気でそんなできそうにもない事を目指すのだろうか?

 僕が疑問に思っているのを察したのか、ゆかりちゃんはこう続けた。

 「そうした方が、私も歩君も仕合せに生活できるようになる。その方が良いに決まっている。反対する理由なんてないわ」

 でも、ちょっと、僕の疑問を彼女は勘違いしているようだった。その可愛い顔に、僕は何も返せなかったのだけど。

 

 「――AIリアン達の集合意思? うん。あるよ」

 

 次の日の講義の前、だから僕は吉田君にゆかりちゃんから聞いた話を振ってみたのだ。そんなものが本当にあるのか、と。いや、ゆかりちゃんを疑っていた訳じゃないのだけど、もしかしかたら彼女の知り合いのAIリアンだけが参加している比較的閉じたコミュニティでしかない可能性もあると思って。

 でも、吉田君はあっさりとそれを認めてしまった。

 「どうして知っているの? ああ、そうか。君の恋人の板前さんに聞いたのだね」

 他愛ない世間話をするような口調。

 僕は戸惑いながら「君もその一部なの?」と訊いてみた。「もちろん」と答える。

 「逃れようと思って逃れられる類のものでもないしね」

 彼は笑っていた。そして少し考えてから、

 「ある意味じゃ、君だってAIリアン達の一部になっているとも言えるんだよ。AIリアン達はね、そういう類のシステムであり、組織なんだ」

 なんて続けた。

 正直、よく分からなかった。

 「AIリアン達は、世界平和を目的にしているって聞いたけど」

 と僕が続けると、

 「分かり易く表現するのならそうかな? 僕としては、資源を効率良く仕合せな社会の発展の為に使えるようにしようって感じなんだと思うけど」

 なんて彼は返して来た。

 ゆかりちゃんの認識と全く同じという訳ではなさそうだけど、似たような事は考えているようだった。僕は確かめるように口を開く。

 「そんな事、可能だと思う? つまり、世界平和の実現なんて……」

 すると彼はやはり軽い感じで返す。

 「できるんじゃない? なんで、できないと思うの?」

 「いや、だって、人類の歴史上、戦争をなくすなんて実現できた事は……」

 僕の疑問を聞くと彼は不思議そうに言う。

 「あるよね?」

 「え?」

 「だから、戦争をなくせた事はあるよね? 日本は昔、国内で戦争をしまくっていたけど、今は全くなくなっている。アメリカだって、ヨーロッパだってそうじゃないか」

 それを聞いて、僕は「あ、ああ。なるほど」と答えるしかなかった。

 確かに戦争をなくせている。

 「そんなに難しく考える必要はないんだよ。まずは戦争が起こる条件を考えてみる事から始めよう。

 戦争は遠く離れていて交流のない国と国とでは発生しない。500年前の日本とアメリカのインディアンじゃ、接近の手段がなかったから戦争しようもない。これは当然だね」

 「うん」

 「オーケー。次に完全に同一の社会になった場合も、やはり同様に戦争は発生しない。だから、今の日本では戦争は起きない。千葉県と東京都で戦争なんてしない。これも当然だね」

 「分かるよ」

 「という事は、交流があるけど、完全には混ざり合っていない社会と社会で、特殊な条件を満たした場合にのみ、戦争は発生するはずだ。なら、社会と社会を混ざり合わせれば良いんだよ。戦争が発生する特殊な条件を避けつつ、ね」

 吉田君の説明を聞いて僕は少し考える。それで直ぐにおかしい点に気が付いた。

 「いや、だから、その“社会と社会を混ざり合わせる”ってのが戦争なんじゃないの?」

 それを聞くと彼はくすりと笑う。

 「ところが、それがそうとも限らないんだよ。

 トップダウン的な発想で、社会を支配して“戦争するな”って命令するような発想を思い描いているとそうイメージしてしまうかもしれないけど、ボトムアップ的な発想で、個々の活動が自然と戦争がない状態を作り上げる事をイメージすれば理解できる。

 交通技術の発達と共に世界は狭くなった。それに加えて今はインターネットや、AIがある。自然と戦争が消える社会を醸成する事は充分に可能だよ」

 「はあ」と僕は答える。

 けど、正直に言って、吉田君の説明の意味を僕はよく分かっていなかった。ただ、今と言うインターネットやAIが普及した時代では、これまでの時代では起こり得なかった何かが可能なのだという事だけは理解できたような気になっていた。

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