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12.世界平和を目論む善の秘密結社

 ――視覚効果研究会。

 OK大学にある組織の一つだ。ただ、“研究会”と名が付いているけど、別に専攻教室や研究室の類ではない。もっと言ってしまうなら、“視覚効果”という名前も今はほぼ意味がないらしい。発足当初は何か意味があったのかもしれないが既に失われてしまっている。

 視覚効果研究会はサークル棟に一室を構えている。早い話が、大学サークルの一つなのだ。活動実態がほとんどなく、ただただ生徒達が怠惰に戯れる為だけのサークルというのは大学において大して珍しくもない訳だけど、AIリアンがほとんどを占めるこの大学で、意味もなくそんなサークルが残っているはずがない。

 つまり、特別な何かがある。

 

 「この棟の三階にあるの」

 

 ゆかりちゃんがそう言って僕を案内する。彼女は既に二度ほど視覚効果研究会を訪ねた事があるのだそうだ。ネットを介してなら、もっと“会っている”らしいのだけど。

 

 ……全個一体会は調べてみるとかなり反中国よりの組織らしかった。AIやAIリアンに対する敵対的な態度を観ても分かる通り、排他的な傾向が強く、だからこそ他の国や文化に対して上から目線で接するような中国共産党のような組織には強い反感を持っている(中国共産党と、一般の中国人を同一視してはいけない訳だけど、その認識がどこまで彼らにあるのかは分からない)。

 だからこそ僕は驚いたのだ。

 何故、その全個一体会が、よりによって中国人犯罪組織と繋がりがあるのか?

 「むしろ、だからなのよ」

 と、ゆかりちゃんは僕の疑問に答えた。

 「中国人の犯罪者が増えれば、彼らは中国人を攻撃し易くなる。“中国人は犯罪者だらだけだぞ”って。だから、裏からこっそりと支援しているみたいなのよ」

 それを聞いて僕は思い出した。あの中国人達にはまったく統一感がなかった。そういう目的ならば納得がいく。中国人を悪者にする為に集められた連中だから、本当に中国人なら誰でも良かったのだろう。そして、納得をすると頭を抱えた。

 「しかしそれって本末転倒じゃない?」

 全個一体会は、疑問に思わないのだろうか? 中国人を排斥する為に、中国人の犯罪組織を支援しているだなんて。

 「でも、どうやってそんな情報をゆかりちゃんは手に入れたの?」

 「クラッキング」

 中国人達にも彼女はそう説明していた。ただ、実を言うと僕はそれを完全には信じ切っていなかった。

 「いや、でも、そこまでの技能は流石に持っていないよね?」

 ゆかりちゃんが頭が良いのは知っている。AIリアンだもの。AIの操作能力は特に凄まじくて、AIと連携すれば様々な事が可能だ。でも、彼女にそれが可能なら、他の多くのAIリアンにだって可能なはずで、それならとっくの昔にその事実は公になっていなくちゃおかしいはずだ。

 「うん」と、それに彼女。

 「クラッキングをしたのは私じゃない。依頼をしたの」

 「依頼? 依頼って誰に?」

 そして、その僕の質問に彼女は「視覚効果研究会」と答えたのだった。

 

 サークル棟の廊下。

 三階の隅。

 ドアには“視覚効果研究会”という張り紙が貼ってあった。粗雑な感じで、サークル棟の廊下も清潔とは言い難いから“視覚効果”という名前に似合わず、あまり視覚効果は気にしていないように思えた。いや、或いは、来訪者に粗雑な印象を与えるという視覚効果を狙った可能性もあるのか?

 絶対にあり得ないけど。

 軽くドアをノックすると「入るわ」と言ってゆかりちゃんはドアを開けた。パソコンが数台置かれてあって、その隙間には古そうな書類の束が積まれている。一昔前のどっかの会社の資料室のようだ。見たことはないけれど。

 そんな“デジタル”という言葉とは不釣り合いに思える光景の先に、デジタルのプロフェッショナルであるハッカー、小柄な女の子が一人パソコンに向かっていた。こっちからは後ろ姿が見えている。

 「連絡していた通り、来たわ」

 それを聞くと、キーボード叩く手を止め、その子は椅子をくるりと回した。

 「結果報告なら既に受けているわ。直接会う必要はないのじゃない?」

 こちらを向いたその女の子は、顔色がかなり悪かった。いかにも不健康そうで、痩せていて、身長が低いゆかりちゃんよりも更に一回りは身長が低い。中学生と言われても信じてしまいそうだった。彼女はクマのある不健康そうな顔で僕を見るとちょっと竦んだ表情を見せる。

 「男じゃない? しかも一般人」

 と、一言。

 「連絡した通り、彼を紹介しておきたかったの。小鳥遊歩君よ」

 そうゆかりちゃんが言うと「困るわ」などと言ってその小さな女の子は両肩を抱くような仕草をした。

 「男は皆、野獣よ。女の子と性交する事しか考えていないの」

 なんだか極端な考え方を持っている子のようだ。と言うか、単に男性恐怖症気味なだけかもしれない。

 怯えているその子に向け「それはそうかもしれないわね」とゆかりちゃんは頷く。“……ちょっとゆかりちゃん”と僕は思う。が、続けて彼女は言った。

 「でも、安心して。歩君にとって、世界で女性は私一人だけだから」

 “いや、さすがに、そこまでは……”と僕は思ったけれど口には出さなかった。するとあっさりと小さな女の子は「そうなの。なら、安心ね」と返す。“納得するんかい”と僕。淡々とその子は続ける。

 「確かに、ワタシをまったくエロい目で見ていないわ。事実のようね」

 “それはまた別の理由だけれど”と、彼女の小さく痩せた身体を見て僕は思ったのだけれど何も言わなかった。もちろん、平和の為に。

 

 その小さな女の子の名前は、安宅丸あたけまるというらしかった。驚いたことに二年先輩なのだとか。彼女は視覚効果研究会に所属しているハッカーの内の一人で、かなりの実力者なのだそうだ。視覚効果研究会に所属しているハッカーは他にもたくさんいるけども、いつもこのサークル室にいるのは大体彼女一人らしい。

 紹介が終わった後で、ゆかりちゃんが言った。

 「通称はアインだから、そう呼んであげて」

 「アイン?」

 「有名なコメディアンのギャグから取っているの」

 「違うわよ」と、それにアインさんはツッコミを入れた。

 

 ゆかりちゃんは、それから例の中国人犯罪者組織にさらわれかけた話をした。一応、客観視という意味で僕の証言も交えて。聞き終えると「そう。受けていた報告の通りね」とアインさんは淡白に返す。

 「ところで、」と僕は報告の後で口を開く。

 「よく分からないのだけど、勝手にAIリアン達が組織として動いているって話をあの中国人達に伝えてしまったけど、問題はなかったの?」

 「心配いらないわ」とそれにゆかりちゃん。

 「私達AIリアンは、普通の人がイメージするような組織とは違う。それぞれの個別の行動が自己組織化され、結果的に集団として機能しているの。私の行動は飽くまで自由。でもそれが集団としての行動の一部になる。そういうシステム」

 それを聞いて「ふーん」と僕は感心した。なんだか難しくてよく分からないけれど、とにかく問題はないらしい。

 が、その後でアインさんが言う。

 「そう言えば、“勝手に俺らのことをバラすな”って火田さんが怒っていたわよ」

 話の流れからして“火田さん”というのは、多分、AIリアン達の中の偉い人なのだろう。

 「ほら」とそれにゆかりちゃん。

 「いや、“ほら”じゃなしに」と僕。

 全然、心配いらなくないじゃない。

 「ま、その中国人犯罪者組織は、大人しく手を引いたみたいだけどね。どうやらワタシ達には関わらない方が良いと判断したみたい。不気味でしょうからね。ワタシ達と喧嘩したって何の利益にもならないし」

 アインさんの説明にゆかりちゃんが続ける。

 「でも、営利団体じゃなければ、私達と喧嘩する可能性がある」

 「そうね。だから多分、全個一体会の連中はワタシ達に何かやって来ると思うわよ。ワタシ達の目的も気に食わないだろうし」

 そこまでを聞いて、僕は疑問を覚えた。

 「あのー…… ずっと疑問に思っていたのだけどさ、ゆかりちゃん達…… いや、AIリアン達って何を目的にしているの? どうも、組織であって組織じゃない、奇妙な繋がりを持った集団みたいだけど」

 すると、ゆかりちゃんはそれに淡々と返すのだった。

 「私達AIリアンはね、歩君。世界平和を目論む善の秘密結社なのよ」

 まるで何でもない当たり前の事のように。

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