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11.“私達”AIリアン

 中国人達だろう連中が僕らを囲んでいる。その輪は少しずつ狭まっていた。追い詰められている。僕は辺りを素早く見渡す。人通りは少ないが、それでも通行人の姿は見える。こんな場所で、いきなり暴力を振るうとは考え難い。

 中国人達には様々なタイプがいた。チンピラ風に、サラリーマン風、どっかの中華料理店で働いていそうなオヤジ。多分、中国人なら特に考えなしに犯罪組織にスカウトしていったのだろう。どういう理由かは分からないけど。

 やがて、連中の足が止まる。すると、それを合図にするようにサラリーマン風の男が一歩前に出て来た。

 「我々については説明不要ですよね? できればご同行願いたいのですが。理由についてはそちらのお嬢さんには心当たりがあると思います」

 慇懃無礼な態度だった。完全にこっちを舐めている。

 僕は思う。

 “この場所から絶対に離れちゃ駄目だ。この場で説得しないと”

 すると、ゆかりちゃんが口を開いた。

 「嫌よ」

 毅然としている。こういう時に動揺が少ないのは流石だと思う。ハッタリでもなんでもいい。怯えた態度を見せると交渉に不利になるから彼女は正しい。

 サラリーマン風の男が言う。

 「“嫌”で、話が通ると思っているのですか?」

 「あなた達の方こそ、私達にここを離れる理由があると思っているの? ここは人通りが比較的多い。つまり、私達にとって有利。離れる理由なんてないわ」

 すると、わざとらしい程に男は顔を大きく歪めて笑みを見せた。

 「今この場で抵抗したところで無駄だというのが分からないのですか? あなたの素性は分かっている。ここをやり過ごしてもどうせ同じですよ」

 ところがそれに彼女は首を横に振るのだった。

 「いいえ。同じじゃない。それに素性が分かっているのは私達の方も同じ」

 それから彼女は何故携帯しているのか分からないけど、小さなライトを取り出すとそれで男を照らした。

 顔を見る。

 「あなたの名前は、バイ・ズンファ。男性。26歳。商社マンとしても働いている。年の離れた弟がいる」

 それを聞くと男の表情は固まった。笑顔のままだったが、笑っているようには思えなかった。むしろ恐怖を覚えているように見える。ゆかりちゃんは他の男にライトを向けた。

 「この人の名前は、ドウ・ジン。32歳。故郷に恋人がいる。収入が伸びないのが悩み。そっちの人は、チン・ズーハン。力仕事が得意。引っ越し屋でアルバイトもしている」

 サラリーマン風の男の顔は引きつっていた。たじろいでいるのは明らかだったけど、それでも強気に口を開いた。

 「そんな情報、どこで仕入れたのです?」

 ゆかりちゃんは淡々と返した。

 「私はAIリアン。知っているでしょう? AIリアンである私になら、一目見ればあなた達の特徴が抽出でき、それを基にネットに散らばっている情報をAIに集めさせる事が可能。

 あなた達は、多分、自分達の情報を滅多にネットに書いたりはしないのでしょうけど、完全には不可能。それに、そもそも犯罪グループに所属する前は無防備だったはず。なら、かなりの情報を引き出せる」

 それはハッタリだった。僕は知っている。流石にAIリアンでも、そこまでの情報を瞬時に集めて来る事はできない。多分、事前に調べてあったのだろう。

 「俄かには信じ難い話ですね。何かトリックがあるのでしょう?」と、それにサラリーマン風の男は返す。

 強がっている。

 ゆかりちゃんを不気味には思っているけど、それを顔には出さないように努めているのだろう。交渉を不利に運ばせない為に。彼の問いには答えず、ゆかりちゃんは駅とは反対側の方を指差した。

 「こちらの方角、300メートルほど先をパトカーがパトロールしているわ。こっちに向かっている。この道は巡回ルート。そして、あなた達の情報を伝えると同時に警察に通報する事も私には可能」

 それを聞いて囲んでいる内の一人、チンピラ風の男が言った。

 「それがどうしたって言うんだよ? 俺らは何の罪も犯してないぞ?」

 「でも、これだけの人数で、か弱い女の子を囲んでいれば十分に怪しまれる。それにこの国の法律では、美少女の助けを求める訴えには多少過剰に応えても許される事になっているから、きっと逮捕される」

 「本当か?」と、それを真に受けてチンピラ風の男が返すと、別の男が「な訳ねーだろ」とツッコミを入れた。

 サラリーマン風の男が再び口を開いた。

 「確かに多少は面倒な事になるかもしれませんが、私達がそれを恐れるとでも?」

 凄んでいる。

 これは単なる脅しなのか本気なのか判断が付かなかった。最悪、警察に捕まる覚悟で僕らをさらうつもりでいるのかもしれない。しかしそれにもゆかりちゃんは動じなかった。

 「私が警察に提供できるのは、あなた達の情報だけじゃない。あなた達のバックにいるのが中国人だけじゃないのを知っているわ。繋がっているわね、日本人とも」

 それにピクリとサラリーマン風の男は反応する。

 「ふん。単なる学生風情が、巨大な権力に抗って勝てるつもりでいるのですか?」

 それを聞くと初めてゆかりちゃんは表情を変えた。くすりと笑う。

 「日本の権力基盤は一つだけじゃないわ。中国共産党も同じでしょう? 共産党内で権力争いをしている。日本の政治組織だって争い合っているのよ。

 あなた達のバックにいる権力者のライバルに話を通せば、十分にこのスキャンダルは効果があるわ」

 その彼女の笑顔を見て、僕は感心していた。いや、自分でも呑気で緊張感がないなとは思っていたのだけど、彼女は随分と表情を作るのが巧くなっている。きっとたくさん練習をしたのだろう。

 そしてその笑顔は、とても効果的にこの場では作用したようだった。

 「嘘はやめてください。単なる学生風情が、どうしてそんな人物に話を通せるのです?」

 サラリーマン風の男が動じているのが見て取れたのだ。

 「“単なる学生風情”じゃないからよ」と、それにゆかりちゃん。彼女は再び無表情になると続けた。

 「AIリアン達が、高学歴を求めて有名大学に集まるようになってもうかなり時間が経っているわ。そして、高い地位や社会の要職に就いている人も少なくない。

 “私達”AIリアンに社会性がないとでもあなたは本気で思っているの? 私達は繋がっている。連携している。普通の人間には分からない範囲で、分からないやり方で、高度な社会を築いている。そして、私達AIリアンはあなた達よりも遥かに高い知能を持っている。あまり甘く見ない方が良いわ」

 そこまでを彼女が語ると、パトカーがやって来るのが見えた。ゆかりちゃんが言った通り、本当にこっちに向かっていたようだ。「チッ」とサラリーマン風の男が舌打ちをする。そしてそれを合図に、中国人犯罪組織は引き上げていった。

 闇に消えていく。

 僕はホッと胸をなでおろす。

 多分、これでもう大丈夫だろう。少なくとも今夜は。

 

 「どーいう事? どうして、あんな連中がゆかりちゃんを狙って来るの?」

 

 中国人犯罪組織の連中が完全に消えてから僕はゆかりちゃんを問い詰めていた。

 「カイさんを罠に嵌めようとしたのを私に邪魔されたからだと思うわ」と、彼女は淡々と返したけれど、僕がそれで納得するはずがなかった。

 「いや、おかしいでしょ。どうしてそれを連中が知っているのさ。それにそんな程度の件で連中があんな大人数でゆかりちゃん一人を狙うはずがない」

 彼女はそれに何も返さなかった。

 「それにまだおかしい。どうしてゆかりちゃんは連中の情報を知っていたの?」

 しばらく黙っていたけど、ゆかりちゃんは口を開いた。

 「連中のサーバーをクラッキングしたのがバレちゃってたみたい。甘く見てた」

 頭に手をやって舌を出す。

 “てへ”のポーズ。

 無表情のその仕草は可愛かったけど、僕は怒った。

 「嘘を言わない!」

 ジロリと彼女を睨む。

 「連中に見つかるように、わざと足跡を残したのでしょう? AIリアンであるゆかりちゃん達が関わっていると分かれば、カイさんに手出ししなくなるだろうと思って。連中の情報をゆかりちゃんが言った時に、連中が驚いていたのは、連中が把握している以上の情報をゆかりちゃんが知っていたから。本当は全ての情報を連中にバレないように盗めたのじゃないの?」

 僕が言い終えると、観念したように彼女は言った。

 「やっぱり、歩君は頭が良い」

 そしてそれから事の経緯を説明し始めた。

 

 まず彼女は店長さんにカイさんの事を相談されたらしい。店長さんはこの地域の飲食店に顔見知りがいる。その知り合いの一人から、カイさんが犯罪組織の一人と酒を飲んでいたという話を聞いたのだそうだ。

 その犯罪組織がそれまでに何人もそうやって勧誘しているのを知っていたその人は、「このままでは危ない」と店長さんに忠告をしてくれたのだとか。

 が、どうすれば良いのかが店長さんには分からない。相手が犯罪組織となれば勝手が違う。警察もその程度では動いてくれないだろう。だから店長さんはゆかりちゃんに相談したのだ。彼女は中国人のカイさんとも変わらない態度で接していたし、AIリアンだから特殊技能も持っていると期待して。

 それを受けて、ゆかりちゃんはOK大学に通っているハッキング技能の高いAIリアン仲間に相談をして詳しく調べて貰ったのだそうだ。そしてそれで彼女はカイさんを中国人犯罪組織が罠に嵌めようとしているという確証を得た。

 彼女がそれで解決しなくてはならないと思った問題は大きく分けて二つ。一つはカイさんの心のケア。カイさんの孤独につけこんで、連中はカイさんを犯罪組織に勧誘しようとしていた。だから寂しさを和らげてやる必要があった。それが僕も協力した“故郷の料理作戦”だ。そしてもう一つは中国人犯罪組織の連中を抑える事。

 「さっき歩君も指摘した通り、私達AIリアンが、この件に関わっていると分かれば、連中は手を出し難くなる。だから意図的に、クラッキングの痕跡を残したの。私が犯人だと分かるような」

 そうゆかりちゃんが説明するのを聞いて、僕は頭を抱えた。

 なんて危険な手段を執るのだろう?

 「他に何かもっと良い手段はなかったの?」

 と、僕は怒る。

 「仕方なかったの」とそれにゆかりちゃん。

 「時間があまりなかったし、それに中国人犯罪組織と通じている日本の組織は、AIリアン達とも無関係じゃなかったから、いずれ何かしなくちゃならなかったし」

 「さっきもそれ言っていたよね? 一体、日本のどんな組織が関わっているの?」

 その質問に答える為、次に彼女が口にした単語に、思わず僕は「ええ!」と声を上げて驚いてしまった。なんと彼女は

 「全個一体会」

 と、それからそう答えたのだ。

 

 ――全個一体会。

 高校時代にゆかりちゃんを襲おうとしていた桂君が心酔し切っていて、僕にURLまでメールで送って来た、AIやAIリアンを敵視している例の団体だ。

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