Third stage 自由への二人立ち(2)
ハンガーゲートのシールドを通過して入ってきたのは、小汚い黄色の塗装がされた小型ヨットだった。
量産性に特化しているため、武装も特殊機器もなにもない。エンジンもハイパードライブがいらないため小さく、また、船内もコックピットとあとは客・貨物室になっている。
4本の足で着陸すると船体下部のカーゴ扉が開き、様々な物資が降ろされる。
食料に弾薬、衣料品に電子機器のスペアパーツなど。
それらの荷下ろしが終わると、今度は私達の荷物が積まれていく。私もドロイドや少女らと共に着々と荷物を積み込んでいるとどこからか声をかけられた。
「もうお別れだな」
背後から男の声だった。
整備士たちとは少し違った作業着を着た白髭の男。
「グラージュさん、そうですね」
背があまり高くない白髭の整備士は、ゆっくりと歩いてきて背中に担いでいた袋を下した。
「俺からはこれくらいしか渡せねぇ」
「何ですか、これ?」
「見ればわかる」
そういうならば中を見よう。
私は袋を持ち上げて中を確認すると、中には大量の甘味嗜好品が詰められていた。どうやらシルフィーナに向けての手土産らしい。
「シフィー、グラージュさんがお菓子をくれたよ」
「ほんと!?」
作業をしていたシルフィーナが飛んで出てきた。
まったく、誰も彼もが少女向けのお菓子をもって来る。今回旅立つのは私だっているのに。
「お前さんにはこれだ」
私の心を見透かしたのか、白髭を触りながら一つのペンダントを差し出してきた。
「えっ?」
「これを持ってるといつか助けになるだろうから」
「あ、ありがとう」
思わぬサプライズに、私はとっさにどう反応していいか分からなくなってしまった。赤いダイヤ型の宝石が埋め込まれた小さなペンダント。
この半年間、一番良くしてくれたのはグラージュだった。
「・・・・・・シュッパツ、ノ、ジュンビ、ガ、トトノイ、マシ、タ」
「あっ、分かった。すぐ行くよ」
白髭の整備士との会話が区切れるタイミングを見計らって、ドロイドが声をかけてきた。
「それではお世話になりました」
白髭の整備士と握手をしてから小型船に乗り込む。
「じゃあ、ガミリオスによろしく伝えておいてくれ」
入れ替わるように下船する提督が最後にそういう。
小型船の中では、壁に並んでいる座席にすでに少女が座っていた。先ほどもらったお菓子の袋を大事そうに抱えている。
他にも何人かの母艦のクルーや小型船のクルーが座っていて、あとは私待ちだということが感じ取れる。なので、急いで座席に座るとシートベルトを締める。
カーゴ扉が閉まり、船内の照明が非常灯から通常の灯りに切り替わる。
そしてすぐに船体が浮かび上がった感覚が伝わってきた。
「いよいよ出発だね」
少女が楽しそうに声を上げる。
ゆっくりと船体がハンガーゲートを抜け、宇宙空間へと飛び出した。正直なところ、こんな量産型の小型船は独特の揺れ方をするのであまり好きじゃない。
ステーションまでのフライトはほんの二十分ほどだった。
その間、死ぬほど揺れて辛かった。
商業港のプラットフォームへ着陸すると、カーゴ扉が開く。
「うっうー、疲れた……」
「大丈夫?」
心配そうに覗き込んでくる少女。
プラットフォームにいた作業ドロイドたちが、2人の荷物をステーション内移動用のカートワゴンに次々と載せていく。
「あ、その荷物は丁寧に運んで」
「リョウカイシマシタ」
母艦に乗っていたドロイドと比べると、スラスラと喋ってくれるため分かりやすい。
待っている間に深く深呼吸をして、人工的に作られた空気を吸い込む。その隣で少女も真似をしている。
「ねぇ、楽しみだね」
「そうだね、少し落ち着いたよ」
うん、可愛い。
2人の作業ドロイドは、あっという間に荷物を積み終えてくれた。
「ツミコミガオワリマシタ」
「お、ありがとね。これチップ代わりに」
そう言って私は胸ポケットから小型のタブレット端末を取り出し、ドロイドたちに対して2クレジットずつをチップ代わりに送金する。
「アリガトウゴザイ、マシタ」
送金した『クレジット』とは、銀河広域に普及している共通ステーションで使われている、最も一般的な通貨である。ちなみに、1クレジットで個人用の飲み物が1ボトル買うことができるくらいの金額だ。
ドロイドにとっては、これらのお金でパーツを交換したりオイルを差してもらえたりするらしい。
「もう行っていいよ」
「リョウカイシマシタ」
ドロイドたちが下がって行くのを見送る。
少女はいつの間にか積まれた荷物の上に座って待っている。
「いつの間にそこに座ったの?」
「ドロイドが積んでくれたぁー」
疲れたのか静かにしていた少女だったが、ドロイドも気の利かせ方が面白い。
「さ、エントランスに向かうよ」
「はーい」
移動するから降りてほしいという意図を込めて少女に言ったのだが、返事をするだけで荷物から降りない。ま、いっか。
カートワゴンには軽リパルサーシステムを内蔵していて、どれだけ荷物を積んでも、そこに働く重力から反重力を制御し摩擦抵抗を減らす。なので少女がひとり乗っても何ら問題はないのだ。
プラットフォームを横切り、メインエントランスに入る。
メインエントランスはかなり広く、沢山の人が行き来している。さらに複数の種族が受付や取引をしていて、受付の人の種族も様々だ。
アナウンスや電光掲示板の表示も銀河共通語を中心に、8つの言語で翻訳されている。
そんなメインエントランス内を重くもないカートワゴンを押しながら進んでいく。周りを見回し、出迎えてくれるはずのガミリオスを探す。
「確かに来てるはずなんだけどな」
端から端まで歩こうかとも思ったが流石に広すぎるので、一旦荷物をどうにかすることにした。
エントランス内のカウンターに着くと若い女性が接客してくれる。
「いらっしゃいませ、どういったご用件でしょうか?」
丁寧な口調で話す女性には少し違和感がある。
「えっと、荷物をどうにかしたいんですが」
「かしこまりました。保管場所はどう致しましょう?」
カウンター上が小さな画面へと変わり、案内が流れてくる。
どうやら場所の選択肢は大きく分けて機体、倉庫、部屋の3種類のようで、どれも安全レベルⅣ(つまりは最高)と表記してある。今の私には機体はないし、部屋も借りていないので、無難に倉庫を選択する。
「倉庫でお願いします」
そう言いながら画面の倉庫と書かれたボタンを押すと支払い画面に移った。
「お支払い通貨はどう致しましょうか?」
「クレジットで」
「かしこまりました。計算します」
そう言った女性が、カウンターから身を乗り出して荷物の方へと目を向ける。
「スキャン開始…」
女性の右目が赤色に変色し、荷物を上から下までスキャンしていく。
ここで初めてこの女性がドロイドだということが分かった。力仕事や館内アシスタントのドロイドは見た目で分かったが、どうやらここの接客ドロイドは違うようだ。流石というべきか。半ハブステーションなだけはある。
「…スキャン完了。爆発物無し。安全レベルⅢ。重量420kg。料金を計算中」
少しして、女性が元の位置に戻る。もちろん目も元の色に戻っていた。
「料金が確定しました」
カウンター上の画面に『133クレジット』と表示される。
案外高かった。恐らくだが、倉庫での保管料も入っているのだろう。こんな荷物を持ったまま彷徨くわけにもいかないので支払い手順を踏もうとしたその時だった。
「移送場所の変更だ。このコードの元にして」
突然、背後から割り込んできた男の声が邪魔してきた。
私が振り返ると、ガミリオスの姿がそこにはあった。
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それでは次回もお楽しみに