Third stage 自由への二人立ち(1)
時が経つのは早いもので……
今日で少女――シルフィーナと出会ってすでに半年が経った。
その間、少女には多くのことを一緒に行ってきた。整備士たちが気を利かせてくれ、戦闘機までも副座敷にしてもらった。命の重さが段違いになったが、それもまた私の操縦技術を高める手助けになっただろう。
複座式には一度座席を取り外し、コックピット内を拡張してから2つの座席を取り付けなければいけない。よってかなり狭くなることを覚悟していたが、機体の機関銃を1門外したら十分な広さが確保できた。火力が減るのは心もとないがあまり狭く感じないのは、少女の体が比較的小さいおかげだろう。
ともかく長距離移動中はコックピットが狭いとなかなか不便なので、これはありがたかった。
少女と半年間一緒に生活して分かったことだが、彼女は操縦が苦手だということだ。特に離着陸は全く出来ないし、上達しない。そもそも少女の年齢が10歳で、パイロット適正年齢である15歳に満たないのも原因かもしれない。
もちろん私は例外だ。
なぜならば天才だから……というのは半分冗談で、人には向き不向きがあるからだ。
少女の機体操縦訓練を始めて一月たってからは、少なくとも着陸だけは毎回私がやっている。
と言うのも離陸はまだ浮かぶだけだからそれほど大きな問題はない。隣でエネルギー調整の補助をしてあげればいいだけの話だから。
しかし、着陸のときは違ってくる。
水平に着陸しないと機体の足が折れたり、周囲の設備にぶつかってしまう。着陸するたびに、ハンガーの設備や機体の足を壊されては堪ったもんじゃないからだ。
そんな母船での共同生活も今日で終わりだ。
私はあの後、結局提督の部屋に足を運んでいた。少女のために何かをしてあげたいという思いがあったのは事実だが、それ以上にもっと自由に銀河を飛び回りたいという気持ちが大きかった。
そして今日、準備が整った私たちは晴れて独り立ちをする。
半年前からは積極的に作戦に参加し、報酬や鹵獲品の売買をお金を稼いでいた。日々の食事や戦闘機の装備は母艦が賄ってくれるため、正直、贅沢な生活をしなければ、少女と2人で30年は銀河を旅できるくらいには貯金がある。これもガミや提督、整備士たちが手を貸してくれたおかげだった。
「なんだか寂しいな」
私は改めてこれまでの記録を眺めつつ、自室の窓から外を眺める。
ちょうど母艦がハイパードライブの亜空間から抜け出した所だった。見える景色が赤紫色の空間から、星々が輝く宇宙空間へと変わる。
母船の修理や戦闘機の入れ替えに商業軌道港に入港するためだ。
「そろそろ準備するか」
なんとなく呟き、座っていた椅子から立ち上がる。
雑に乱れた服をキッチリ正し、読んでいた電子資料を閉じてポケットに片付ける。
私は視線を部屋の中に向けた。
部屋の中はすっかり荷物が整理されてなくなっていた。もうすぐ母艦を降りて新しい船に移るため、すでに箱に詰めてハンガーに置かれているからだ。
こうして片付けられた部屋に立つと、この母艦にやってきてから十年以上住んでいたためか、とても寂しく思ってしまう。
「あーあ、ここで過ごすのも最後か」
部屋に対して深くお辞儀をすると、残りの少ない荷物を持って扉の前に立つ。
タイミングよくノックがなった。
「おねぇーちゃん! 時間だよ」
私が返事を返す前に少女が扉を開け入ってきた。
少女は残っていた荷物を運搬用のドロイドに持たせている。持たせていると言っても、運搬用のドロイドが押しているカートの上に勝手に乗せているだけだが。
「急いでよー!」
「分かったから少し待って」
妙に急かしてくる少女にそう言うと荷物を持って扉から出る。
出てから閉まる扉に向かって、
「・・・・・・今まで、ありがとね」
と、一言お礼を告げる。何も返事を返してはくれないけど、この部屋との生活に別れを言えて心が落ち着いたような気がする。
「早く行くよ」
感慨深く扉を見つめていると、少女が私の腕を引いて格納庫の方へ走り出す。
引かれるまま連れていかれると、整備士たちが出発する船の準備を着々と行っていた。
その中に一人。明らかに整備士とは違う服装をした男が立っている。
その男は私達に気づいたようだ。
「やぁ、もうすぐ到着だ。準備しておけ」
私の腕を引いていた少女が、私から手を放すとその男に手を振っている。
少女が手を振っているのに気がついた周りの整備士が、一斉に作業を止めて手を振替してきた。
シルフィーナと出会ってから半年。
初めは緊張と警戒で怯えていたが、周囲が優しかったおかげか、そもそもの性格が明るいおかげか楽しそうに過ごしていた。母艦の乗員たちもそんな少女のために甘い嗜好品をあげるなど可愛がっていた。
何となく懐かしさを感じる。
「私は荷物の方にいるから」
「やったー! 分かったよー」
少女の肩をそっと叩いて告げると、返事をする前に嬉しそうに叫びながら整備士たちの方へと走っていった。
その様子を見送ると、私は自分たちの荷物が置かれている方へ向かう。
荷物に向かって歩きだして、自分の手荷物をドロイドに持たせていたことを思い出した。足を止めて振り返るとどちらに行けばいいか、ドロイドが首をクルクル回して混乱していた。
「君はこっち」
私が指を荷物の方に指すとドロイドが機械特有の電子音を鳴らしながら動き出す。
ハンガー脇の荷物の山に来ると、見慣れない包みとメモが置かれていた。
なんだろうと思いメモを取って読む。
〈 餞別を用意した。上手く経費でごまかすから持ってけ 〉
そんなメッセージと共におかれた包み紙には、銘菓の紋章が描かれている。どうやら食堂のおばさんからだ。忙しいから行けないと言っていたが、ちゃんと用意してくれているあたり良くしてもらっていたのだと改めて感じられた。
「あとでシフィーと食べよーっと」
メモをポケットに戻し、ドロイドから自分と少女の荷物を受け取る。
ハンガーゲートから見える外の景色に、大きな宇宙ステーションが入り込んでくる。複数の大型艦が停泊していて、いくつもの小型船がステーションと大型艦を行き来しているのが見える。
『格納庫にいる全クルーに告ぐ。交易船が接近中。受け入れ準備されたし』
どうやら航空管制ブリッジからのようだ。
大型艦はステーションと直接ドッキングしない。なぜなら大型艦の搭乗口は設計者によって様々な違いがあるからだ。よって、大型艦が来ると受け入れ用の小型船がステーションから出発し、人や物資の移動を行っているのだ。
「君はここで少し待っててね。あっ、もし小型船が来たら積み込みよろしく」
ドロイドから承諾の電子音を聞くと、私は少女の方へと歩き出す。
少女と整備士たちが何を話しているかここからじゃ聞こえないが、何やら楽しそうにしている。どーせ、なにか新しいものを見つけたか何かで質問攻めにしているのだろう。
少女の好奇心だけは、見た目通りの幼さがあるから。
「おーい、あまり邪魔するなよ」
私が少女を呼ぶのと同時に、ハンガーゲートの出力が下げられる。
それを見た整備士たちも小型船を受け入れるため仕事を再開し、少女が走って戻ってくる。勢いよく走ってきた少女は、そのままの勢いで私に飛びついてきた。
「おふっ」
あまりの勢いに倒れそうになるが、幸い私は普段から戦闘機の操縦でかかる負荷に耐えているため、勢いに倒れて骨折するなんて非常事態にはならなかった。
「ちょっと、勢いよく飛び込んでくるのはやめなさいって」
「えー、いいじゃん」
可愛らしく頭をスリスリしてくる少女に、思わず強く言い返せなくなる。
まったく、少女の可愛さに負けて、怒ることが出来ず頭を撫でてあげる。
「ん、んー」
嬉しそうで、くすぐったそうな声を上げる少女。
あぁ、ダメだ。可愛すぎる。
「ゴホン」
突然咳払いが響いた。
見上げると目の前に提督が来ていた。
「ハーロー・・・・・・」
「何だそのバツの悪そうな挨拶は」
「・・・・・・」
目の前で苦笑する提督。
少女も気がついたようで、私から離れて「こんにちはー!」と挨拶している。
「準備しろ、船が来たぞ」
ゲートのシールドを抜けて交易船がゆっくりと着陸してくる。
ついにこの船を降りる時が来たことを今更ながらに実感した。
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それでは次回もお楽しみに