Second stage 夢の訪れ(3)
私は食べる手を止めていた。
幸福感を与える食事をしていたはずなのに、気づけば肝が凍るような感覚に包まれている。
背後からかけられた声。
その声は、とても聞き慣れてはいるが、実際会うことは少ない人物の声。
私が恐る恐る振り向くと、そこにはこの母艦の艦長が立っていた。
「やぁ、優秀なパイロットくん」
「お、お疲れ様であります、提督!」
急いで立ち上がり敬礼をする。
「気にするな。私は食事の邪魔をしにきたのではないのだから」
「失礼します」
艦長が笑顔でそういうので、私は再び料理に向かい座り直す。正直、今の状態でまともに味わえるとは到底思えない。
「では、失礼するよ」
そんな私の葛藤はよそに、艦長は私の向かいの席に座った。座ったのだがそれは肉料理の前ではなかった。
「あの、今日はどんな御用でいらしたのですか?」
私は取り敢えず、肉の残りを食べる前に尋ねる。
すると、艦長はポケットから小さく薄い正方形の板のようなものを取り出した。携帯用のホログラム装置のようだ。
艦長がその真ん中にあるボタンを押すと、その板の角4つが切り離されて空中に浮きはじめる。
「ホログラム、ですか?」
そう尋ねると艦長は小さくうなづいた。
空中に浮いた4つの角は、机から20センチほどの高さまで上がると停止した。それとほぼ同時に、蒼白い映像が、4つの角からその母体へと立体的に映し出される。
「やぁ、久しぶりだねルーシ」
現れたのは他でもないガミリオスだった。
『初めに言っておくと私は君の父親ではない。気づいていただろうがな』
私の考えはお見通しのようだ。久々に目にするガミの顔は少しやつれたようにも見える。帝国の軍服を身に付け、肩には中佐を示す徽章が取り付けられている。
『さて本題に入るが、どうやらガラム人の少女を保護したようだな。知っての通り、ガラムの故郷であるガルム星系は現在、連合協商の手の中にある……』
ガミが言うには、ガルム星系とは連合協商とオドナシオン帝国の国境付近にある星系のようだ。そこには鉄鉱資源が豊富にあり、また居住可能な星が複数存在している。
そして今から150年前に帝国で政変があった。その時に連合協商が占領してしまった。それからは、厳重警備で連合協商の重要な資源ポイントになっている。
『……ここまでは理解できたか?』
「それはね」
『そこでだ、ルーシ。お前はその子を故郷に送ってやれ』
「……はっ?」
ガミから意外な提案が出てきた。
『これはお前の夢をかなえる事にもなるだろう。その時になったら組織を正式に脱退して自由に銀河を旅できるように保障しよう。
それに少女は訓練させる。君と良いコンビになるさ』
「そんな急な話……」
戸惑う私をよそに少し微笑んだガミ。
『久々に顔が見れてよかった。ではまた会おう』
その言葉を最後にホログラムが消える。
「……これ、本物ですか?」
私は艦長の方へと目線を向ける。
正直この疑問は九割九分私の願望であった。
「あぁ、本物だとも」
これはあれだ。私的には組織を抜けるつもりはなかったが、ガミは抜けて欲しいのかもしれない。出会ってから10年以上も良くしてくれた恩人だったが、そんなガミなりに私のことを考えてくれていると思うとどこか嬉しさがこみあげてくる。
「なんだ、嫌なのか?」
どうやら艦長は勘違いしたようだ。
「いいえ、違います。ただ少し……」
私は言葉に詰まった。今日はいろいろと複雑な感情に悩まされる。
そんなことを思っていると、入り口の扉から少しだけ、小さな顔が覗かせていることに気が付いた。医療アンドロイドに連れられて不思議そうに見ている。
その顔には見覚えがある。
「……シルフィーナ?」
私はその少女の名前を呼んだ。
それを聞いた少女はパァーっと笑顔になって、食堂に入ってくる。そして、手招きされて艦長の隣に座る。つまり肉料理の置かれた席に、だ。
どうやら、肉料理は彼女のだったようだ。
仮に人口冬眠後ならば、固形食は危ないだろうが、もしかすると検査の過程で医療カプセルに入ったのかもしれないし、そもそも医学的知識はないので気にしようがない。
「また会えたね」
「……うん」
どうやら先ほどよりも意思疎通が十分にできそうだ。
そんな私たちの様子を見ていた艦長が、失笑する。
「どうやら中佐の提案は間違ってなかったな」
「いや、まだ決めたわけじゃ……」
「こっちのことだ」
そう言い艦長が立ち上がる。そして私の方に向き直ると、軍帽を被り直した。
「意思が決まったら私の元に来い」
「り、了解」
そう言い残して艦長は食堂から出て行く。
え、待ってこの少女はどうすればいいの?
私は少女の方に目を向ける。そして、少女と二人沈黙する。
「…………」
「…………」
なんだかすごく既視感を感じる。しかし、今回こそは話す内容がないわけではない。それに、少女も目の前にある肉料理を目にして、羨ましそうによだれを垂らしているし。
「食べていいよ」
「……いいの?」
私の方をチラチラと伺いながら聞き返してきた。
「もちろん」
嬉しそうに肉料理を見つめる少女だが、フォークと皿を交互に見つめつつ戸惑った様子が見られた。
「あぁ、そういうことか」
なかなか食べ始めない少女に察した私は、自分の皿の肉をフォークで刺して少女に差し出す。すると少女が少し驚いた様子で見上げてきた。
「あーんだ。食べればいいの」
私がそう言ってさし伸ばすと、少女は少しためらいながらも「あー」と口を開けて肉をパクッと食べてくれた。
「うーん!」
少女の目が一気に輝いたような気がする。
どうやらお口にあったようだ。
私の動きからフォークの使い方を理解したようで、不器用に自分のフォークを手に取り、目の前にある皿の上の肉を一切れ一切れ丁寧に食べ始める。
その様子を見ていると私も食べたくなった。
幸い、私の皿の肉もまだ残っている。
「私も食べよ」
残り半分もない肉をゆっくりと味わいながら食べていると、少女がフォークに刺した肉を差し出してきた。
「どうしたの? くれるの?」
「……あー」
どうやらお返しのつもりだろうか。
断る必要もなかったため、私は差し出された肉をパクッと口にする。そして「美味しいな」と呟くと、えへへへと少女が照れるのでなんだかこっちまで恥ずかしくなる。
そんなこんなで最高に美味い肉料理を2人揃って食べ終えほっと一息つくと、私は気になっていたことを尋ねてみる。
「……ねぇ、君は故郷に帰りたいの?」
「…………」
突然聞いたので少女の目が点になっている。
「シルフィーナはこの先どうしたい?」
「分からない」
それもそうだ。
ついさっき久々に光を浴びた可能性だってあるのに、いきなり「これからどうしたい?」なんて聞かれても分からないだろう。
そもそもずっと起きていた私でさえ、これからどうしたいか分からないのに。
「そっかー、なら見つけていかないとね」
私は最後の一切れを口に頬張りながらそう言った。
それを聞くと少女は少し考えた後、私の目をじっと見つめてきた。
「お姉ちゃんはどうするの?」
「え、私? 私も分からないかな」
突然の質問に苦笑しながら答えると、「一緒だね」と少女も笑ってくれた。
そうだ。一緒に決める事だってできる。
「今日から探そうか」
「うん」
私の提案に元気よくうなずいた少女は、決意に満ちた瞳は真っ直ぐ私を捉えていた。
私は椅子から立ち上がると、身を乗り出して少女の頭に手を乗せる。そして、優しく撫でてあげた。
「君の望むこと教えてね。私はそれを助けてあげる」
「……うん、一緒にね」
少女は頭にのせられた私の手をそっと握ってきた。小さくか弱そうな手。その手から小さい頃の私の姿が重なって見える。
「まずはゆっくり食べな」
「うん!」
そう言って残りを頬張る少女の姿を私は見つめる。
その愛らしい動きを見ていると、どうにかして助けてあげたいと思えてくる。しかし、それと同時に私自身の夢を叶える事への怖さも込み上げてきた。
「まったく難しいモノだな。人生は」
少女に聞こえないほど小さな声で私はつぶやく。
いつの間にか哨戒任務に就いていた全ての戦闘機が帰還していた。
それに合わせて補給艦と離脱した母艦は、高速航行に突入し、次なる目的地にコースをとった。
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それでは次回もお楽しみに