First stage 防衛機動戦(1)
私は小ぢんまりとした部屋で目を覚ました。
窓の外を眺めると、星々が輝いている。
息を大きく吐き出して勢いよくベッドから飛び起きると、大きく伸びをする。
「はぁーーあっ」
なんとも情けない声が出て思わず両手で口を覆う。
部屋には私以外誰もいない。何せ一人用の部屋だから。故に誰かに聞かれたわけではないが、なんとなく恥ずかしく感じる。
咳払いをして気を取り直すとクローゼットから飛行服を取り出し着替える。
飛行服は青色の生地に白色の簡素な刺繍が施されているモノで、これといって珍しい装置や機能が搭載されているわけではない。ただ、この服を着ると心なしか動きやすくなるだけのモノだ。
着替え終わると洗面台へ行き顔を洗う。
「今日も生き延びよう」
鏡に映った自分に気合を入れ、私は部屋を出た。
廊下は薄暗かった。天井ではなく廊下の両脇に取り付けられた薄い明かりだけが廊下を照らしているからだ。
もう慣れはしたが、それでもどこか気分が悪くなりそうに感じつつ、いつものように食堂へと足を運ぶ。
「おばさーん! 今日の朝ごはん何?」
食堂に入るや否やカウンターに立つと食堂のおばさんに声をかける。
「今日はペットワナの肉料理だよ」
「うえっ」
おばさんが言う『ペットワナ』とは砂漠の惑星に生息している原生生物で、植物のような見た目をしている。体長が5メートル以上になる個体が存在し、凶暴な性格をしているモノが多いことで有名だ。しかし枝に火がつくと、たちまち弱々しく萎れてしまうため狩りはとてもしやすいらしい。
そして味はイマイチである。見た目が切り株のようで、ほとんど草の味しかしない。それでいてタンパク質が良く取れるんだからおかしなものだ。
いわゆる「植物性動物」というらしい。
「ソースは?」
「あると思うのかね?」
「そうっすよねー」
そんな味気ないペットワナの料理を食べるのに必須なモノがある。それは酸味の強いソースだ。今は補給不足で無いようだが……
「いらないなら朝食は無しね」
笑顔でそう言うおばさん。
そんな顔を見てると無性に腹が立つが、そんなおばさんがいなかったら宇宙船でまともに食事も取れないから不便なものだ、と日々感じている。
「補給が来たら美味い『肉』料理を食べさせてね」
「はいよ、『肉』料理ね」
補給が来るまでの辛抱だと我慢して、お盆を手に取るとペットワナの料理が入ったトレーをのせて席に移動する。
何度も言うが、味気ないペットワナの『肉』料理を素早く胃に押し込む。
お口に満足感が全く感じられない。なのに、お腹だけは満たされるこの感覚に落胆しつつ食堂で平和な時間をくつろいでいた。
しかし、そんな自由で平和な時間もすぐに終わりを告げた。
『補給船が接近中。第64戦闘機中隊は、直ちに戦闘態勢に入られたし』
食堂を照らす明かりに混ざって真っ赤な警告灯とともに、出撃アナウンスが流れてきた。
「あ~も~せっかくの食事中くらいゆっくりさせてよ~」
空になったトレーとお盆を急いで返却口に返すとおばさんに一礼告げて足早に食堂を出る。
向かう先は戦闘機が駐機している主要格納庫だ。
格納庫に入るとすでに何人ものパイロットや整備士が出撃に備えて走り回っていた。
「おはようございます、中尉」
私の専用機に向かうと整備士の青年が、敬礼をして出迎えてくれた。
ちなみに中尉というのは私の正式な位ではない。たまたま拾った服に中尉の徽章がついていたため、以後そう呼ばれるようになっただけだ。
「寝起きから出撃なんてマジで最悪」
そんな心青年に私は愚痴を全力でぶつける。
「そう仰らずに。この戦いで補給線を守れれば久々の補給ですよ」
この青年は優秀なようだ。
自分の作業をこなしながら私の愚痴まで聞いてくれて、あまつさえその愚痴にしっかり答えてくれるなんて。
「ブリーフィングは機体の中で行うそうです」
最後にコックピットに座った私にヘルメットを渡し、全体指令を伝えてくれる。
「ありがと」
「いえ、ご無事で」
礼を告げるとコックピットの防護シールドを閉じる。そして青年が機体から離れるのを確認してからエンジンを始動し、火器管制システムを起動する。
機体が大きく震え、エンジンが唸り声を上げた。
「よーし、いい子だにゃ~。今日も頑張ってくれよスタートリック」
この『スタートリック』とは、私がつけた機体の名前だ。少しこっぱずかしい名前のようにも聞こえるが、誰かに伝えるわけでもないので問題はない。
私は操縦桿を握りながら機体のあらゆるシステムを調整していく。
「問題は有りませんかにゃ~」
一通りチェックしたが問題はなさそうだ。これならば『肉』料理の材料を運ぶ輸送船も守れる。機体外部のチェックも済み、整備士の青年からグッドサインが出たためヘルメットを被る。
これで準備は万全だ。いつでも戦闘を開始できる。
「中尉、もう済んだか?」
いつの間にか電源の入った無線機から声が聞こえる。中隊長の声だ。
「……へ?」
「君の愛機への愛情がどんなものか皆知っているが、さすがに共同無線では『語尾』に気をつけろよ」
無線機から聞こえる情報に私の頭が思考を放棄する。しかし、思考は追いつくもので。
「それは失礼しました」
そう言うと私は無線を消音にし、コックピット内で悶える。
やってしまった。気が緩んでいたこともあるが、隊全員にイジル内容を与えてしまった。
「以後気を付けるように」
「はい、すみませんでした……」
おそらく整備士の青年が気を利かせて共同無線機の電源を入れてくれてたのだろう。全く、優秀な奴だな馬鹿野郎。
「では、ブリーフィングを始める。
今回の目的は、補給船の護衛だ。この補給船は一時的にこの場所でハイパードライブから抜け出して我が母艦に補給を行う。したがって、私たちはその間の母艦と補給船の護衛をする。以上が任務だ。質問はあるか? ないなら各自準備して待機せよ」
その命令と同時に共同無線が切られる。
これで私の船から中での発言が、他の隊員に漏れることは無くなった。
「あー、最悪だ」
今の気分がそのまま口から漏れる。
エンジンの加熱が規定温度に満たすと安全システムを切って反重力システムを起動する。
『……マウザー5、発進を許可する』
航空管制室にいる管制官から出撃許可が下りた。その指示のもとリパルサーを起動して機体を宙に浮かす。
格納庫の中では、人工的に作られた重力が発生している。その重力に反発するような力を機体に与えることで、垂直離着陸を可能にしている、らしい。
浮き上がった戦闘機を前方に加速させ主要格納庫の戦闘機出入り口、いわゆるハンガーゲートに向かう。
「こちらマウザー5発進する」
『了解、シールドのパワー低下。ご武運を』
ハンガーゲートには中の空気が漏れないようにシールドが張られている。そのシールドエネルギーを一定まで弱めることで戦闘機のシールドと中和して通れるようになるらしい。詳しいことはわからない。専門じゃないからね。
私はエンジンをフルパワーにして格納庫から飛び出す。
外に出ると一気に星の海が広がり、コックピット内が明るくなった。
『こちらマウザー1、離陸した各機へ告ぐ。ポイント51へ集合せよ』
中隊長が母艦の前方へ招集をかける。
「マウザー5、了解」
私の機体は、母艦の周囲を滑るように飛行して中隊長の元に向かう。
本日も待っていない実戦の時間だ。しっかり守って生き残らなければ。そう、私の味覚が執念をもって告げている。そんな気がした。
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それでは、次回からもお楽しみください!