Fourth stage 故郷への欠片(2)
「お待ちしておりました」
「ありがとう」
どうやら出迎えだった。
護衛の四人も一糸乱れぬ動きで敬礼をしてくれた。
「本日はどういったご用件で?」
「この船の補給ととある人探しかな」
「人探しですか? 何かお手伝いできますが……」
「いや、目途はついてるから大丈夫」
整備士のおじさんから住んでる地区までは教えてもらってるし、最悪現地で何とかなるだろうから提案を丁重に断る。
「それでは何日間の滞在を予定していますか?」
「取り合えず1週間かな」
「了解しました」
終始丁寧な言葉遣いをしてくれているあたり、私がどこかのお金持ちに見えているのだろうか。一応私が乗っているのは高価な船舶なのだから、そう見られてもおかしくはないのか。
「またなにかありましたら何なりとお申し付け下さい」
「ありがとう」
出迎えに来た将校服の女性他四人を見送ると、入れ替わりで数名の整備士がやってきて燃料補給の準備を始めいる。そんな彼らに指示を送りながら今日の予定を考える。
「うー、寒い。その前に何か着た方が良いかな」
時より吹き込む冷たい風に身を震わせざるを得ないので、待つように指示しとりあえず船内に戻りコートなどを準備することにした。
「もう外に出れるの?」
「うん、準備して。街まで買い物に行くだろうから」
「やったぁー!」
喜ぶ少女を残し自分の部屋に入ると、決済などができる小型端末をコートのポケットに仕舞い、護身用の武器をコートの下に隠す。
そして、もしもの時のために少女に持たせておくGPS発信のできる小型装置を小型端末と連動させ、少女に渡すコートの内側に取り付ける。
「はい、これ羽織ってね」
部屋を出ると少女にコートを渡し、再び貨物倉庫に降りる。
少女が船内から出たのを確認すると防犯システムを起動する。貨物庫の入口の二重扉が閉まり、表面に薄いシールドが張られる。
「行こっか」
少女と共に街のある方へ歩き出す。
プラットフォームの端で武器を手にする警備兵が立っているのが見えた。なので「警備よろしく」と告げると、「承りました」と返ってきた。
街への道のりは歩くと少しかかるらしい。
森の中を安全に渡れると良いのだけれど、プラットフォームを出る時に、草木に紛れた不穏な立て看板が置かれていた。何かに注意するような看板だったが、そもそもVIP用に整備されたこの周辺で襲われるとも思えない。
きっと改造時の忘れ物だろう。
☆★☆★☆★
プラットフォームを出発してから三十分ほど歩くと街に到着した。
高い木々の上部に作られた木造の家が特徴的な趣を感じる。そして地上には、商店街のようなものが広がっているのだが、どれも金属板でできた簡易の小屋のようにしか見えない。まるで木の上と地上では、別の星なのではないかと感じるほどに。
「のど渇いた……」
「あ、そうだね。なにか飲もうか」
この星の気候が低温なためかなり空気が乾燥している。それもあって喉がよく乾く。
前に来たときは小さかったこともあって乾燥を気にかけていなかった。しかし、今は乾燥が気になる。少女の艶やかな髪を守るためにも何らかの乾燥対策が必要だろう。
上に目的地があるのだが、取り敢えずは地上の商店街で飲み物を買うことにする。
手っ取り早く『飲料』と書かれた看板を見つけたので寄ってみる。店を覗き込むと、通路に背を向けて座っている店主らしき人物がいたので声をかける。
「ねぇ、ここクレジットは使える?」
すると店主がムクッと起き上がり私のことを睨んだ。
「なんだ嬢ちゃん、クレジットだって? あぁ仕えるよ。上でならね」
そう言って木の上にある家々を見上げた。
やはり下では使えないか。
「じゃあ、ここでは何の通貨が使えるの?」
「そうだな、ビビ通貨なら使えるぞ。一本6ルビだ。持ってるならだがな」
そう言って腹正しい笑みを浮かべる店主。
『ビビ通貨』というのは、主に宙族やアウター・コアの更に外縁部で使われている通貨のことだ。ビビ通貨といっても、『ルビ』、『ビタ』と呼ばれる2種類があり、1ビタあたり3.4〜3.5クレジットで両替でき、1ルビは約0.1クレジットで交換できる。
この通貨は銀河で唯一、『オストメテロイス星』からしか産出できないレアメタルを使用しているので、通貨の価値が下がりにくいという特徴がある。
しかし、普段の取引額が大きく、電子通貨としての取引が行われていないため、一般的な旅人などは持っていないことが多い。
ましてや、私のような世代は、よっぽどのこと(賞金稼ぎや盗賊など)でなければ持っていないだろう。なにせそんな物を持つならクレジットを持っていたほうがどこでも使えるから便利なのだから。
ただし、これはあくまで一般論に過ぎない。
「はい、12ルビ。2本お願い」
私は、カウンターに10ルビコインと2ルビコインを1枚ずつ置いた。
それを見た店主は目を丸くして硬貨を見つめている。
「……ムムム」
「早くしてくれる? 彼女の喉が渇いてるんだけど」
「お、おう、用意する。待ってろ。」
あからさまに動揺する店主に笑いをこらえながら訴える。
店主はカウンターの下から冷えた飲料ボトルを2つ取り出すと、1本を先に少女へと渡しもう1本をカウンターに置いた。
少女からつんつんと突かれ、下を向くと「飲んでもいい?」と見つめてくる。
「いいよ。ゆっくり飲みな」
私がそう言うと少女はボトルの蓋を開けて、中の匂いをはじめに嗅いでいる。
そして匂いが気に入ったのか、少しだけ口に含んだ。
「どうだ、美味いだろ」
自信満々に店主が言うと、それを肯定するかのごとく少女が勢いよく飲料を飲んでいく。まったく、さっきまでの威嚇はどうしたんだろうか。
私は呆れながらも少女を見つめる。
それにしても大層おいしそうに飲んでいる。
そんなに美味しかっただろうか。
私も少し飲んでみることにしよう。そう思ってカウンター上のボトルを取ろうとすると店主が取れないようにボトルを引いた。
「何の真似ですか?」
「なーに、ちょっとした忠告だよ。お前ビビ通貨を持ってるからには訳ありだろ」
店主が鋭い視線を向けてきた。
私はそんな視線に動じないよう笑みをこぼして視線を合わせる。
「賞金稼ぎかもよ」
「いいや違うね。そんな少女を連れた賞金稼ぎはこんな所には来ねぇ。そんな奴らは金があるからな」
そういう店主が少女の方に目を向ける。
そして再び私に向き直ると、何かを考えるように眉を顰めると、突然睨みつけてきた。
「……何しにここに来た?」
店主の声音が急に低くなる。
「ただの観光だよ」
私は即答する。
しかし、店主は「そんなの嘘だね」と言わんばかりに沈黙して睨んでくる。
これはもう誤魔化しようがないと感じた私は仕方なく本来の目的を告げる。
「……人探し」
私は短く答えた。
「ほーん、人探しね。まぁーいいだろう」
そう言うと店主は、カウンターの下から新しい飲料ボトルを取り出すと、私に向かって投げてきた。
「ほらよ。そいつは周りにある森の大きな木から採れる樹液の飲み物だ」
「え、どういうこと?」
カウンターに置かれている飲み物のボトルより、はるかに高価に見えるモノに私は驚きを隠せなかった。
「そっちはもういいだろうが、お前は上まで持ってくだろ? それならそっちの方がいい」
店主の視線に私も少女の方へと視線を下すと、すでに飲み終わったからのボトルを手に、満足そうな表情を浮かべている所だった。
「なるほど。ありがとう」
店主なりに気を使ってくれたようだ。
私はお礼を言うと少女とその場を後にする。去り際になって店主が呼びかけてきた。
「そういえば、お前の探してるやつはここにはいない」
私は振り返らなかった。
私はボトルを投げる彼の腕に古い入れ墨の跡が残っていたのを見ていた。
ーー『ヴァイオストロ戦闘団』
かつて銀河中で圧制に苦しんでいた種族たちと戦っていた集団。彼らは銀河中に大きなコミュニティーを持っていて、多くの情報を集めていたと白髭の整備士から教えてもらっていた。どうやら彼もその一人だったらしい。
「これで一安心だな」
新しく投げてきた飲料ボトルには案の定、蓋の裏に小さなチップが付けられていた。
そのデータを小型の端末に読み込み、目的地を検索する。
端末内に示される目的地。
「まったく。久しぶりに会うな」
「誰と会うの?」
私の呟きに首を傾げる少女。
「昔の知り合い、かな」
蓋の開いたボトルを口に運び、コクコクと飲料を飲む。喉に爽やかな液体が流れてきた。かすかな清涼感と満足感が口の中いっぱいに広がる。
そんな爽やかな感覚が私の緊張を紛らわせてくれる気がした。
感想などもお待ちしています!
作者の解説コーナー(仮):1クレジット=約150円(日本円)と設定しています。よって、1ビタ=約500円前後ということになります!
それでは次回もお楽しみに




