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5. 迫り来る骨格標本

 アヴェンは全身を圧迫する息苦しさに軽く咳き込んだ。


 あの後、歯を食いしばって激痛に耐え、赤子らしからぬうめき声を上げていたら、シスターが町医者をつれて帰ってきたのだ。


 その町医者は、髭が野菜の根っこくらい好き放題に伸びているしわくちゃの老人だったが、腕は確かだったようだ。


 スライムのような薬を塗りたくられ、全身をきつく包帯でグルグル巻きにされて数日。

 痛みは嘘のように引いていた。


 人は案外見かけによらないということだ。



 ──だとしても包帯巻きすぎだろ、体がほとんど動かねえぞ! まるでミイラじゃねえか!



 ガチガチに体を固定されながらも、この数日、シスターたちの話し声を聞きながら教会を眺めていたアヴェン。

 そのかいあってか、周りの状況がだんだんとわかってきた。


 まず、この教会には5人の人間がいる。

 シスターと神父、そして自分を含め子供が3人。


 シスターは言わずもがな、アヴェンを無意識に爆殺しかけた張本人だ。


 神父は白髪の老人で、町医者とは違い髭をちゃんと手入れしている。

 いつも温かいお茶をすすりながら窓の外を眺めているのだが、何を考えているのかはよくわからない。


 子供はアヴェンに加え、ラートン、エイシーという二人がいる。


 ラートンは5歳くらいの茶髪の男の子で、よくシスターと遊んでいる。

 エイシーは女の子で、アヴェンと同じ赤子だ。


 アヴェンが必死に生きていた前の人生とは大違い。

 犯罪も殺戮もなく、貴族もいない。

 命の安全が確保されているこの環境は、アヴェンにとって天国だった。


 そして、前の世界と同じように、この世界には魔法がある。

 その魔法の源は、体内を流れる魔力だ。人によって魔力の種類は異なり、使える魔法も違ってくるらしい。

 前の世界では使うことができなかったが、強くなるためには魔法が必須だろう。


 体の中に眠る黒神の力が、その魔法に当たるものなのではないかとアヴェンは何となく思った。



 ──ようするに、強くなるためには黒神の魔法を制御して使いこなせるようにならないといけないってことだな



 結局、黒神が言っていた神を殺すというのがどういうことなのかはわからないが、強くなりたいというアヴェンの目的に対して支障はきたさない。


 とにかく今は傷を治し、魔法の鍛錬ができる状態まで成長するのを待つしかない。


 もう二度と貴族に弄ばれないように。

 もう二度と理不尽な運命に屈してしまわないように。


 強くならなければ。


 この世界での生きる方針が、アヴェンの中で確立した。



 ──でも、もう一つだけ、どうしても気になることがあるんだよなあ……



 そう思い、アヴェンはチラリと教会の入り口の方に目を向けた。


 そこには教会の関係者ではない誰かが立っている。



 ──やっぱり今日もいる……



 明らかに人間ではなかった。


 その生物ともわからぬ誰かは、全身が骨だけで構成されており肉や皮膚はなかった。

 胴体や手足はおそらく人の骨だが、頭蓋骨だけは大型の鰐のような見た目で、飛び出した上顎と下顎には大量の牙が生えている。

 さらに、その頭蓋骨からは太い二本の角が伸びていた。


 正直、生きているかもわからない。

 博物館に置いてある骨格標本だと言われた方が納得がいくだろう。


 その不気味な骨格標本は漆黒のローブを羽織っており、朝だというのに片手には火が灯されたランプを持っている。



 ──たぶん、神やスプリテュスと同じ類いのやつなんだろうな……



 そうとしか考えられなかった。

 何より、シスターたちはその骨格標本の横を何の反応も示さず素通りしていく。

 おそらく、見えていないのだろう。


 アヴェンの方をじっと見つめ、ここ数日ずっと、気付いたらそこにいるのだ。

 どこから現れ、何の目的でアヴェンを見ているのか、何もわからない。



 ──何なんだろうな、あれは。何もしてこないから敵ではなさそうだけど……



 そんなことを考えていると、不意に骨格標本が2メートルほどアヴェンの方に接近した。


 歩いている様子はなかった。

 気付けばいつの間にか近づいていた。

 瞬間移動というのが一番正しいだろうか。



 ──なんだ、急に近くに……!? どうなってんだ!?



 困惑するアヴェンをよそに、骨格標本は数メートルずつどんどん近づいてくる。

 体は全く動いて折らず、そのローブもランプも一切揺れていない。


 まるでチェスの駒を一マスずつ進めるように、淡々と距離を詰めてくる。



 ──やばいやばいやばい、これってマジでやばいんじゃないのか!? なんなんだよこいつ、シスター頼む、助けてくれ!! 俺を爆殺しかけたことは許すから、助けて!!!



 アヴェンは頭の中で必死に叫ぶ。

 しかし、その願い届かず、骨格標本はすぐそこまで迫って来ていた。


 そこでアヴェンは気付いた。

 この骨格標本は、アヴェンが瞬きするごとに少しずつ近づいているのだ。

 目を閉じる一瞬の間に接近し、開けたら距離が縮まっている。


 それがわかったところで、死ぬかもしれないという恐怖に焦り散らすアヴェンには、どうすることもできない。

 どうしたって瞬きはしてしまう。



 ──死ぬ、殺される、もし即死だったら、黒神に助けてもらうこともできないぞ!!!



 ついに、骨格標本がアヴェンの真横に到達した。

 アヴェンの方に顔を向け、ピクリとも動かず立っている。


 緊張と恐怖で汗を垂れ流すアヴェン。

 永遠にも感じられるような沈黙の後、アヴェンの脳内に声が響いた。



『 スプリテュスのお味はいかがでしたか? 』



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