ずぶ濡れ女子の誘惑に負けてHしてしまったけど、どうやらHしてはいけない子だったようです。
「本当に雨降ってきた。傘持ってきて正解だったな」
仕事を終えて会社から出ようとしたら、パラパラと雨が降っていた。ニュースの天気予報で夕方からの降水確率が90%と聞いていたので、俺は傘を持ってきていた。
傘を差しながら家へと向かって歩く。その途中にあるコンビニに寄って、今日の夕ごはんのコンビニ弁当とビール2本を買った。
コンビニ袋をがさがさと揺らしながら歩いていると。
「ん?」
小さな公園を横切ろうとした時、ベンチに座りながら雨に濡れている女の人が視界に入った。
「…こんな雨の中、何でずぶ濡れになりながらベンチに座ってるんだ?」
公園の入り口から、何となくその女の人を見ていた。頭を俯け、両手には何か缶が握られていた。よく見ると、俺がさっきコンビニで買ったビールと同じもののようだ。というか、その女の人の周りを見ると、飲み終わったビールの缶がいくつも転がっていた。
「酒飲んで酔ってるのか?」
声をかけるべきか、無視するべきか…公園の前でそんなことを考えていると。
ドサッ!
その女の人は倒れるようにして、ベンチに横になったのだ。
「ちょ!?だ、大丈夫ですか!?」
さすがにこの状況を無視するわけにいかず、その女の人に慌てて駆け寄って声をかけた。
「う~ん…」
「えっ…どうしよう。救急車呼ばなきゃかな?」
顔が真っ赤で苦しそうに唸っている。急性アルコール中毒かもしれな。そう思った俺は、ベンチで横になる彼女に傘を掛けつつ、鞄からスマホを取り出して救急車を呼ぼうとした、時。
ガッ!!
「おわっ!?」
スマホを鞄から取り出した瞬間、雨に濡れた彼女の手が、俺の手首を掴んだ。
そして。
「たっくんのばかぁ~…」
顔を雨と涙でぐしゃぐしゃに濡らしながら、彼女は絞り出すように言った。
「あ、あの…大丈夫ですか?気分とか悪くないですか?救急車呼びますか?」
俺がそう言うと、彼女はのそのそと体を起こし、しゃがむ俺のことをじっと見下ろした。
「…あなた、だあれ?」
「え?俺?通りすがりのサラリーマンだけど…」
「ふーん…」
彼女は眉間にシワを寄せながら、怪訝な顔をした。俺を見下ろす彼女の目は…まるで、不審者でも見ているかのような目だ。
…おいおい、俺は不審者じゃねぇからな!と、内心で思いながら。
「そんなことより、結構な量のお酒を飲んでるみたいですけど、体調は?気分悪くないですか?急に倒れるようにしてベンチに横になったので、心配になって声かけたんですけど…」
と〝俺は不審者じゃないですよ〞アピールをしつつ、彼女に聞いた。すると。
「気分~?そりゃあ悪いですよぉ~…彼氏が浮気したくせに、ぜんっぜん認めてくれなくて~…も~あいつ大ッ嫌い!!」
「いやあの、そういう意味の気分悪いじゃなくて…」
「…もう、あいつと別れちゃおっかなぁ…」
寂しそうに俯く彼女。その表情を見ていると、何だか胸がきゅっと締め付けられた。その浮気疑惑の男のことが、本気で好きなんだなって感じた。
ザーーーーーッ…
だんだん、雨足が強くなってきた。バラバラと傘に当たる雨粒の音も大きくなり、その音が傘の中でよく響く。
俺は。
「あの…こんなところで濡れてたら風邪引きますよ。その、俺ん家なんかで良ければ…雨宿りしませんか?」
このまま彼女をほっとくことなんてできず、俺は彼女にそう聞いた。
◈◈◈
ザーーーーーッ……
「着きましたよ。ちょっと散らかってますが…どうぞ」
「う~ん…」
ベロンベロンに酔っぱらっていて真っ直ぐ歩けない状態の彼女と肩を組みながら、家に帰ってきた。
彼女は俺の肩を借りながらサンダルを脱ぐと「おっじゃましまーっす!」と元気よく声をあげ、ふらふらと家に上がり。
「ううーん…さむい…」
そう言うと、彼女は着ているTシャツをばさっと脱いだ。おっぱいを隠す、パステルカラーのピンクのブラが露になる。
「ちょ、おっ!?な、何脱いでるんですか!!?」
「んえ~?だあって濡れててさむいんだもん」
「寒いんだもんって!こんなところで脱がないでください!!い、今すぐに着替え持ってくるんで、取りあえずシャワーでも浴びて体暖めてください!!」
俺がそう話している間にも、彼女はショートパンツもゴソゴソと脱ぎ捨て、上下パステルカラーピンクの下着姿になっていた。
俺は下着姿の彼女を見ないようにしつつ、すぐそばにあった風呂場の脱衣所に彼女を慌てて押し込み、ドアを閉めると、着替えの洋服を取りに寝室に行った。
「あの~…洗濯機の上に、着替えとタオル置いておきますね~」
と、脱衣所にある洗濯機の上に、黒いTシャツと黒いジャージのスボンとバスタオルを置いた。
パチャパチャ…
浴室のドアのすりガラス越しに、シャワーを浴びる彼女のシルエットが浮かぶ。全体的にほっそりとしているのに、おっぱいやお尻など出るところはしっかり出ていて。綺麗なS字の曲線を描いていた。
…女が俺の家に来たのはいつ以来かな?一年以上…いやもっとか?そんだけ女と─…
「…って、いかんいかん!」
すりガラス越しに浮かぶ、彼女のボディラインにぽーっと見惚れていると、邪な考えがむくむくと湧いてきた。俺はその考えを消すように頭を横に強く振り、脱衣所から出た。
◈◈◈
「シャワーありがとうございます」
俺がリビングでぼーっとテレビを見ていると、彼女がシャワーを浴び終えてリビングに来た。
「あの~私の洋服、1度洗濯して良いですか?」
「そうだ、そのこと言うの忘れて─…て、ちょっ!?しっ、下は!?ジャージのズボン置いてたはずですけど!?」
彼女の方を振り向くと、黒いTシャツ一枚だけをつけて、一緒に置いていた黒いジャージのズボンは穿いていなかった。
「んあ~…あれ穿こうとしたんですけど~…ウェストが大きくて。折っても脱げちゃうし、お兄さんのTシャツおっきいから、ワンピースみたいな感じになるしいいかなって…ダメですか?」
「いや別にダメじゃないですけど…」
俺のTシャツが大きいと言っても…彼女の太ももの上半分くらいしか隠せていなくて。彼女が地べたに座ったら…パンツがギリギリ見えるか見えないかな、というくらいの長さしかない。思わず、太ももとTシャツの境界をじっ…と見つめてしまう。
そして俺は、はっと我に返り。
「じゃ、じゃあ、あなたの洋服を洗濯して、俺もシャワー浴びますので。その間、その辺で適当に寛いでて下さい。あ、コーヒー飲めます?」
「飲めますよ~。ありがとうございます!」
俺はちゃっちゃとコーヒーを作って彼女に渡すと、脱衣所の方に急いだ。
「ふぅ~…あんな彼シャツみたいなカッコ…刺激強すぎるって…」
彼女のグショグショに濡れた洋服が、洗濯機の傍に軽く畳んで置かれていた。俺はそれを洗濯機に入れようとして手に取ると、パステルカラーのピンク色の上下の下着を見てドキッとする。
「そ、そりゃこんだけずぶ濡れなら、下着も濡れてるよな─って、ちょっと待て…てことは今彼女は─…」
もやもやと、さっき思わず見つめていた太ももとTシャツの境界を思い出す。太ももの上半分くらいしか隠せていない、ワンピース状態の俺のTシャツ。
「あれで、胡座でもかいたら……」
ごくんっと唾を飲むと、ぶるぶるぶるっと思い切り頭を振った。
煩悩よサレ煩悩よサレ…ケンカ中とは言え、あの子には彼氏がいるんだ。手を出してはイカン。だから、考えるな。
「煩悩よサレ煩悩よサレ煩悩よサレ煩悩よサレ煩悩よサレ煩悩よサレ…」
服を脱ぎながらもシャワーを浴びている間も、ぶつぶつとそう呟く。それはシャワーを浴び終えた後も、着替えながら唱え続けた。
「煩悩よサレ…はぁ~…やっぱり、連れてこなきゃよかったかな…」
着替え終えて脱衣所から出ると、彼女のいるリビングへ行く。すると。
「あ、出ふぇきふぁ。んくっ、勝手に食べて飲んじゃってまぁ~す」
俺がさっきコンビニで買った、今日の夕ごはんのコンビニ弁当とビールを勝手に開けて飲み食いしていた。しかも…胡座をかきながら。
「ちょおっっ!!?」
色々と動揺しながら、慌てて脱衣所から新しいタオルを持ってきて、胡座をかく彼女の膝にバスタオルを広げて被せた。
「ふぇ?何ですか?」
「何ですかじゃないですよ!し、下、穿いてないでしょ!?」
「下?ああ、パンツですか?だって濡れてたもん」
「だったら、他のズボン貸しますので、それ穿いてください!!」
「え~?タオル被せてくれたし、ダイジョブダイジョブ!それともぉ~…お兄さん、もしかして見たい?秘密の園~…」
と、ニヤニヤしながら彼女は膝にかけたタオルを捲り、Tシャツの裾をぴろっと小さく捲った。見えそうで見えない…秘密の園…
「って、そういうの要りません!!そ、それより、何勝手に人の夕飯食ってるんですか!?てか、またビール飲んでるし!しかもそれ、俺のビールだし!!」
「いや~お腹空いちゃって。そしたら、お兄さんが持ってた袋から美味しそうな匂いがしたんでつい…で、ビールもあったんでつい飲んじゃいました♡」
てへへとウィンクしながら舌を出し、すみません♡と言った。かっ、可愛い。てかこの子、よく見るとめちゃくちゃ可愛い。
モカブラウンのボブヘアがよく似合っていて、目が綺麗なアーモンド型でパッチリとしていて。小顔で色白で…俺好みだ。
それにしても…この子幾つくらいだろ?年下っぽいけど…弟くらい、かな?
と、もぐもぐと俺の弁当を食べる彼女の横顔をぽーっと見ながら思っていると。
「あ、私ばっかり食べてごめんね。はい、あーん♡」
と、彼女はエビフライをお箸で挟み、俺の口元に持ってきた。
「い、いいよ!」
「このエビフライ美味しいですよ。はい、あーん♡」
「うぅ…」
…ぱくっ。
「…美味しい」
「でしょ~!」
にいっと微笑む彼女。…めちゃかわなんですけど。
彼女は弁当を半分ほど食べると「はい、あとはお兄さんの分」と言って、その弁当を俺に渡した。
プシュッ。
「ぷはぁ~…」
俺は一番のお楽しみのビールを開け、ゴクゴクと飲む。ストレス社会を生きる、俺の唯一の癒しのもの。…今日はその癒しを1本奪われたけど。
食べかけの弁当を食べながらビールを飲んでると。
「このビール美味しいですよね~。私もいつも飲んでるんですよ~…」
と、彼女はビール缶をゆらゆらさせながら言った。さっきより顔が真っ赤っかだ。
「そんなことより、飲みすぎじゃないですか?顔真っ赤ですよ?」
「ん~…私お酒つよいからぁ~…ダイジョブダイジョブ。それより、ビールもっとー!」
「今日はあなたが飲んでる分と俺が飲んでる分しか無いです!」
「えぇ~…つまんないの」
◈◈◈
ザーーーーーッ…
外ではまだ、雨が降っていた。というか、帰ってきた時より雨が強くなっているようだ。窓を叩く雨音が大きくなっている。
回し終えた彼女の洗濯物を部屋に干し、扇風機を当てる。
「それはそうと…」
スマホの時間を見る。もう、夜の9時だ。彼女は小さいテーブルに凭れながら、テレビを見て笑っていた。
「あの、もう9時だけど…服はまだ乾いてないから、俺の服で帰ってもいいので帰りましょう。俺、送りますよ…」
「…ここに泊まる」
「え?」
「お兄さん一人暮らしでしょ?ここに泊めてよ」
「そ、それはちょっと…」
「彼女さんに怒られちゃう?」
「い、いや、彼女はいないですけど…」
「だったら大丈夫じゃないですか。一泊だけでいいから、ね?」
「そんな、こ、困ります!帰りましょう!」
「ヤダ!帰りたくないっ!」
「えぇ~…」
どうしたらいいんだろうと、頭を掻きながら困っていると。
ブーッ ブーッ…
彼女のスマホが鳴った。
「…たっくんだ」
「ほ、ほら、彼氏さんも心配してるんですよ。だから、帰りましょ──」
───ゴトン。
スマホが床に落ちる音がした、のと同時に…
「んぐっ」
俺の身体が押し倒され、唇が塞がれた。彼女だ。彼女が馬乗りになり、俺の唇にキス、した。
「ちょっ…んっ…」
カタカタと、彼女のスマホが床の上で揺れている。でも、彼女は着信を取らず、夢中で俺の唇を何度も濡らした。
カタッ…
しばらくして、彼女のスマホのバイブが止まると、彼女のキスも止まった。
「も…帰りましょう」
はあはあと、息が上がる。本当にさっさと帰ってほしい。でないとこれ以上はもう、俺の理性が持たない。
でも彼女は──
「…帰らない。今夜はあなたと一緒に居る。たっくんが誰かとシたように、私もあなたと─…」
ばっと、彼女は服を脱ぎ、俺に深くキスした。
ザーーーーーッ…
俺の理性は、大きな雨音に紛れて流れていった。
◈◈◈
「あれ…?」
翌朝。激しく降っていた雨は止み、柔らかな朝日がカーテンの隙間から零れ、寝室に射していた。
目が覚めると、全裸の俺だけがベッドにいた。彼女も、昨日干していた彼女の洋服もなくなっていた。あれは夢だったのかなと思ったが、昨日彼女が着ていた黒いTシャツが綺麗に畳まれて、ベッドの端に置かれていた。そして、そのTシャツの上に、ノートの切れ端の書き置きがあった。
『昨日はお酒に酔っていたとはいえ、たくさんご迷惑をかけてしまい、すみませんでした。洗濯物、持って帰って洗おうと思ったのですが…そのままお返しします。すみませんが、そちらで洗濯お願いします。
すみませんでした。そして、ありがとうございました。』
綺麗な文字で、そう書かれていた。
「そっか…戻ったか。だよなぁ」
はぁ~…と、大きく溜め息をついた。もしかしたら、このまま俺の彼女に─…なんて、少しでも期待してしまった自分が恥ずかしくなった。
「…シャワー浴びよ」
そう言いながら、俺はベッドから出た。
◈◈◈
それから半年後のこと。
「兄さん、俺の彼女に赤ちゃんできてさ、近々結婚するから」
と、弟の高矢から連絡が来た。
「はぁ!?おまっ、デキ婚かよ!?いつのまにそんな…」
「いやさぁ、本当は色々あって1度別れたんだけどさ、日南子が俺の赤ちゃんができたって言うからさ。じゃあ結婚しようぜーってなったんだ」
「1度別れたって…おいおい…お前てきとーすぎないか?そんなんで結婚して大丈夫か?」
「大丈夫!彼女のこと、別に嫌いになって別れたーとかじゃないし。てか、今でもめっちゃ好きだし!だから、大丈夫だよ」
「だといいけど…」
「それで来週日曜日、親父とお袋と、そんで兄さんに日南子の紹介したいんだけど─…ちょっとだけでいいから、実家に来れるかな?」
「うん、来るよ」
電話を切ると。
「はぁ~…デキ婚、まじかよ。あいつちょっと、フラフラしてるところあるからな~…大丈夫かよ。結婚か…弟に先越されたか…」
はぁ~…と溜め息をつきながら、スマホをテーブルに置いた。
◈◈◈
実家は、俺の今暮らしているアパートから車で一時間ほどのところにあるので、土曜日の夜には実家に帰り、久しぶりに親父とお袋とご飯を食べた。
そして、日曜日───
「ただいま」
「お、お邪魔します」
弟が例の彼女を連れてやって来た。
「は、始めまして、妹尾日南子です」
弟たちの声がすると、親父とお袋はすぐに玄関に向かった。俺は親父たちより少し遅れて玄関に行くと、弟の彼女は親父たちに頭を下げていた。かなり緊張しているのだろう、声が少し震えていた。
…あれ?この声聞き覚えが。それにどっかで見たことあるような────……
彼女が頭を上げた瞬間─俺は、思い出した。
「え…」
彼女も俺に気づいたのか、俺の目を見つめ固まった。
あの雨の日、公園でずぶ濡れになっていた…彼女だった。