75 借金83,954,000ゴル
ブクマありがとうございます
一気に心細くなり怖さが増してくる。
状況的には最悪……これまでピアスという小さな繋がりがあるだけで気持ちを保っていたのにそれが使えないなんて。
もしかしてゲルタがわざわざ顔を見せてきたのはピアスの魔力が切れて音を拾えず私が生きているか確かめに来ていたとか?
「はぁ……」
怖さと不安で脱力する。このままディアス領に連れて行かれて、そこからどうなるんだろうか?そもそもリーバイ様にはスパイとして働けと言われていたのにこれじゃ全く役に立てないし、何かあっても助けが来ない。
「それにしてもこんな日が来るとはな」
ベイカーがふらりと私に近づいて来た。地面にへたり込んでいる私を見下ろし不気味な笑顏を見せる。
「いつももう一歩のところで奴に出し抜かれた。卑怯な手でな」
手を伸ばし私の頬に手を添えぎゅっと親指に力を込め掴まれる。痛くは無いが怖くて心臓が息苦しいほど打ちつけている。
「卑怯……」
「そうだ、奴は国をあげて準備された騎士団を率い圧倒的な数で突然戦場にあらわれた」
戦争は勝たなきゃ意味がないんだし、これまでの小競り合いに形をつけるためなんだから当たり前の話しじゃないの?勿論口には出さなけどね。
「それ聞いたことある、リーバイ・ハントの先行部隊が国境まで一気に押し返した作戦ですよね?」
先行部隊?なんだ、数で負けたわけじゃないんだ。そもそも実力が違ったんじゃない。リーバイ様は総隊長で、凄いく良いカラダしてるんだぞ、アンタよりもね。
笑いそうになったのを必死に我慢していたが急に頬を掴まれたまま引っ張り上げられた。
「そうだ、奴が不意打ちで突っ込んで来やがったせいで、私の部隊は……」
「イタイッ!あぁっ、いや、止めて!」
「あぁ、あぁ、マズイですよ!侯爵様に叱られますって!」
掴まれたまま振り回され頬に激痛が走る。慌ててベイカーの腕を掴んで藻掻くが離してくれるわけもなく、駆け寄ったピーターが奴の腕を掴んで振り回す事は止めさせた。ピーターはベイカーより少し背が高く体格もいいが所詮は素人のはずなのに、騎士のベイカーが振り払おうとしていたが何故か出来ず。
「ほら、もう出発したほうがいいんじゃ無いですか?今晩の宿を探しましょうよ、飯がうまい所でお願いしますよ」
ベイカーはおちゃらけた口調で話すピーターを睨みつけ不満そうに鼻を鳴らして最後にひと際力を込めて私の顔を投げ捨てるように手を離した。
「ヒィグッ!」
私は痛さのあまり意味のない声を上げるとそのまま倒れた。血は出ていないようだが頬を押えてうずくまり必死に痛みに耐える。怖さと痛さで泣き叫びたい衝動がこみ上げるがベイカーの前でそんな姿を晒したくない。
「行くぞ」
ベイカーは容赦ない態度で厩へ行き繋いであった手綱を解き始めた。
「もぅ……大丈夫かぁ?うわぁ、酷いな」
ピーターは私を助けおこしため息をついて急いでタオルを濡らすと頬に当ててくれた。
「後で薬買ってきてやるよ。今は我慢な」
騎乗したベイカーが私達に早くしろと急かして来るのでこれ以上は休む事も手当ても出来ずピーターに言われるまま馬に乗った。
「危ないからこれで体を縛っとけ、キツくな」
ロープを渡され私とピーターの体を子供を背負う様に結わえる。
「眠ってもいいぞ」
馬を走らせピーターが言う。涙はこらえていたが鼻をすすりあげていた。
こんなに揺れる高い場所でズキズキと痛む頬を冷やしている状態で眠れる訳ないじゃない!
そう思っていたがいつの間にか眠ってしまった。
目を覚ますと顔に違和感を感じた。
ベイカーにヤラれた事を思い出し反射的に頬に手を添えると手当がされ布で覆われてた。前世でのガーゼみたいなものを貼り付けられ、側に氷嚢が置かれていた。恐らく眠っている私に当ててくれていたんだろう。
寝かされていたベッドから体を起こし見回すとすぐ横の壁に嵌め殺しの窓が一つあるだけの小さな部屋だった。きっと宿屋に泊まった客の使用人用の小部屋だろう。
部屋は二階で、ここから見下ろした町は人通りもあり賑う宿の階下から客のさざめきが聞こえる。
日が暮れ夕食時なのか時折大きな声聞こえ、地方にありがちな宿兼食堂兼飲み屋というところだろう。
私がいる部屋は灯りがついて無いが窓からの月明かりと隣の部屋と繋ったドアの下から光りがもれている。
向こうの部屋には二人の男がいて話している声が聞こえる。
「勘弁して下さいよ、怪我させるなって言われるんですから」
ピーターが疲れたような声で話している。
「はっ、かまうか。マッサージが出来れば良いんだろ。手足さえ無事なら顔をいくら傷つけようと問題無い。折角のリーバイの弱みだ、せいぜいいたぶってやるさ」
「いや、駄目ですって。人前に出せる状態を維持してないと使えませんから」
……なんだ今の会話。凄く恐ろしかったのは間違い無いけど、それより何よりリーバイ様のヨワミ?ヨワミって、弱み?私の知ってるそれは弱点っていう意味なんだけど。
「あれがあのリーバイ・ハントの女とか本気ですか?ちっこいしそこそこの顔ですよ、まぁ体はまぁまぁって感じですけど」
いやなんかムカつく。色々と引っかかる所があり過ぎて理解が追いつかないんだけどとにかくピーターは一回殴りたい。
「遊びすぎておかしくなったのだろう。奴の好みに興味はないがこれまでどれだけ探しても見当たらなかった弱点だ。この次奴に会った時が見物だな」
とにかく私はこのままじゃベイカーにいたぶられて、リーバイ様の邪魔になるかもということはわかる。私はリーバイ様の女ではないけれど流石に目の前で私が傷つけられれば心配くらいはしてくれるだろう。
だけどどうやってそれを回避すればいいかがわからない。エリーゼという味方もいないし、無駄に親切風な裏切り者のピーターがほぼ側を離れない。そもそもリーバイ様って私のことを助けに来てくれるんだろうか?
ひとり悩んでいると突然ドアが開けられた。
「おぅ、腹減ったか?」
ピーターがトレーを手に人の気も知らず入って来ると、ご機嫌で隣にボスッと腰を下ろす。
「もうだいぶましだろ?薬もつけてやったし冷やしたからな」
手当がされた頬を軽くツンツンしてくる。ムカつくけど一応お礼は言っておかないとね。こんな奴でも命令とはいえ唯一ベイカーから庇ってくれる人間だ。
「ありがとう、で、ここは?」
「町の宿屋の二階。飯はまぁまぁだ」
そう言ってトレーを私の膝の上に置いた。流石に町の名前までは教えてくれないか。
まぁまぁという言葉にカチンとくる。
「私の体がまぁまぁってどういうこと?見せた覚えも触らせた覚えも無いんだけど?」
「そりゃなんとなくだよ、服の上からとか抱きついてきた感触とか」
最近忙しさにつられて食欲旺盛でよく食べていたため肉づきが良くなり、父親と暮らしていた時よりふっくらとしてきていた。それはコイツにそんなことを言われるためでは無いしここ数日で絶対に痩せている。
それに目の前のコレ。
「何これ?」
「病人食。あれ?気づいてないのか、お前熱があるぞ」
トレーにのったドロドロのスープのような食事を見て食欲が全く無いことに気づいた。
「嫌でも食っとかないとこの先もっと辛くなるぞ、ほら」
全く食事に手をつけない私にピーターが食べさせようと一匙すくってスプーンを差し出す。
「毒なんて入ってないぞ、ちゃんと食っていざという時に備えないと」
「いざっていつ?」
「それは俺にもわからないけど死にたくなければ生きなきゃ」
急に真剣な顔で私を見つめるピーターに不思議な感覚がした。




