69 借金83,954,000ゴル
ブクマありがとうございます
人物の重要度か。
平民で借金持ち、取り立てて容姿が良いわけではない私の強みはやっぱりマッサージだけか。
「マッサージが出来る女って重要人物かな?」
「反対もやってくれ」
ピーターが伸ばした足をポンポン叩き催促してくる。
「まぁ、侯爵様はそう思ったから連れてきたんじゃないか?怪我をさせるなって俺に命令してるし」
だったらまだリーバイ様にだって使いみちがあると思われて助けてくれると期待してもいいよね。
そう思ったとき馬車が止まった。ピーターが慌てて私を顔だけ出して袋に詰め、木箱で囲む。
「おい、女を連れて来いってさ!」
荷台の壁をドンドン叩き外から大きな声がした。
「着いたのか」
ピーターがいつもと違い低い声で呟くと積み上げたばかりの木箱をどけて私を袋ごとひょいと持ち上げた。
「ふあぁ〜、待って、落とさないでよ!」
突然の事に驚き変な悲鳴をあげてしまった私を肩に担ぐ。そのまま数歩歩くと荷台から飛び、トンっと軽く地面に下り立った。
「余計な事を話さず粛々と従えよ」
私以外誰にも聞こえないくらい小さな声でピーターが囁く。いくらマッサージを気に入ってくれているとはいえ相手は貴族様。無理矢理攫ったからと逆らえばあっさりと殺される可能性は高い。つまり心配してくれているんだろうか?
「どうしてそんな事を言ってくれるの?」
まさかコイツもマッサージが気に入ったからとかじゃないと思うけど。
「俺だってこれだけ関わった奴が殺されたとか寝覚め悪いからな」
うん、そんな感じだよね。でも身近に心配してくれているやつがいるだけでも少しは心強いかも。
いつの間にか外は暗くどうやらどこかのお屋敷の裏に馬車は止まっていた。高い塀に囲われ外の様子は窺えないが静かで人気の無い所のようだ。
屋敷自体も薄暗くピーターがランプの光りを頼りに誰かの後について建物の中に入ってが、屋敷内にも灯りはなく手にしたランプで暗い廊下を進み、あるドアの前で止まるとノックの音が聞こえた。
「連れて来ました」
入るよう声がし開かれたドアから眩しい光りで照らされる。
「そこへ下ろして」
聞き覚えのある女性の声にぞっとした。
「はい、侯爵夫人」
ピーターが私を直ぐに下ろすとランプを持っていた男と暗い廊下へ出て行ってしまった。
急に感じる心細さと目の前に現れたクライスラー侯爵夫人に自然と体が震える。
「あら、そんな怯えなくても良いのよ。私はただマッサージをして欲しいだけ」
パチンと手にした扇を鳴らすと侍女らしき女が私を袋から出した。立たされた私を見て侯爵夫人が眉をひそめる。
「汚いわね」
そりゃ四日も顔すら洗ってませんからね。頭も痒くてたまらんっすよ。
「先にキレイにしてちょうだい。そんな体で近寄られたくないわ」
臭いモノを避けるように夫人は顔をそむるとシッ、シッっと扇をふる。侍女は私の腕を掴みランプを持つと部屋の外へ出て暗い廊下を進み一つの部屋に入った。直ぐに部屋の灯りがつけられそこが使用人用の浴場だとわかった。
大きなお屋敷では使用人にもある程度の清潔感が求められる為このような場所が設けられている。娼館と似た感じだな。
服を脱ぐよう言われて何だか抵抗も出来ずノロノロと脱いでいると突然ドアが開いた。
「ここにいたのか……あ、もう脱いでた?」
「きゃ!」
慌ててしゃがむと側にいた侍女が庇うようにバスタオルをかけてくれる。
「出ていきなさいよ!」
ピーターをキッと睨む侍女。
「俺だってそうしたいけど目を離すなって言われてるんだ」
ニヤついた顔でドアにもたれて出て行こうとはしないウザいピーター。
「後でどうなっても知らないわよ」
「上からの命令に従っているだけで〜す」
彼のムカつく口ぶりに腹が立つが裸のままでは立ち上がれず、無抵抗にしゃがんだままだ。
「うぅ……酷い、どうしてこんな目にあわなきゃいけないの……グスッ」
顔をふせ恥ずかしさと悔しさに涙を流す……ふりをしてみた。リーバイ様やシャーリーさんと違い演技力には自信は無いが。
「えぇっ!……いやいや嘘泣きだろう?娼館から来ておいて風呂を見られた位で泣くわけない、だろ?」
一瞬焦ったピーターだったが、ちょっと疑っている。
「あんたね、例え娼婦だって勝手に肌を見られるなんて嫌に決まってるでしょう。ましてこんな状態なのに」
えぇ、まぁ、四日も洗ってませんからね。娼婦じゃないし。
「えぇ?そうなのか、だけど命令なのは本当だから」
「だったら出て行かなくてもせめて後ろを向いてあげなさいよ」
それにしても侯爵夫人の侍女のわりに良い人だな。私の偏見かな。
侍女のお陰でドアに向き私に背を向けたピーターも良い奴に入れてもいいかも。他の奴なら問答無用で見られてそうだ。
とにかく体を洗い新しく用意してくれた服に着替えると再び侯爵夫人の前に連れて行かれた。
部屋には既にマッサージベッドが用意されていて侯爵夫人も準備済みで、私が部屋に入るなりベッドにうつ伏せになった。
ベッド持って来てたんだね。
「連日馬車に乗りっぱなしで疲れてるの。私が止めるまでマッサージするのよ」
いつも一時間で終わるのが不満だったらしい。
「はい、ですがやり過ぎると……」
「良いから黙ってやりなさい!」
ついそう言ってしまうと即座にキレられた。側にいた侍女が声には出さないけれど言う通りにしろと訴えてくる。
う〜ん、どうなっても知らないよ。
仕方なくベッドにあがっていつものように肩から探るように押していった
あれから既に二時間あまり揉み続けている。
特に肩から首を解すように言いつけられ、ちょっとヤバいかと思い力を緩めると直ぐにもっと強目にとキレられ仕方なく指示通りに続けた。
マッサージ好きの方ならおわかりかと思いますが、やり過ぎはなんでも良くないです。過ぎたるは及ばざるが如し。
身を守る為に手を打っておこう。
案の定、深夜に叩き起こされ侯爵夫人の前に連れて来られた。
「一体私に何をしたの?!」
恐らく揉み返しにより気分が悪く吐き気に襲われているであろう夫人が長椅子にもたれかかりながらブチ切れていた。
傍にはやや呆れ顔の夫であるクライスラー侯爵もいて再び袋に入れられたまま運ばれて来た私を見下ろしていた。
「お前はこうなる事を予見していたと?」
私は先程夫人のマッサージを終えて馬車へ帰るまでの間にピーターと侍女に揉み返しの説明をしていた。
「はい、侯爵夫人にご説明申し上げようとしたのですが……」
と言いかけたところいいタイミングで侍女が桶に水を入れて持ってきた。
「気分の悪さは冷やすと和らぎます。それから水分を多く取って下さい」
私も凝りすぎている時に一気に解され気分が悪くなった覚えがある。めちゃくちゃしんどかった。
「話は聞いている。だがこれ程酷くなるのを分かっていながら止めなかった落ち度はあるだろう」
袋入りで無抵抗な私に侯爵が凄んでくる。
まさかこのまま殺されるんだろうか?!
「も、申し訳ございません。私も何とかもみ返しを回避するために力を緩めたり、場所を変えたりと工夫を試みたのですが夫人が肩を強く揉むよう仰られて……以前夫人の命に背いて罰を受けましたので抗う事が出来ませんでした」
袋入りのまま床に額を付けて必死に説明した。
お願い、これで納得して!!
ぎゅっと目をつむり息を止めて返事を待った。
「……次は無いぞ」
侯爵の声にパッと顔をあげて目があってしまい慌ててまた俯いた。
「侯爵様の寛大なお心に感謝致します!」
「わたくしがこんな目に合わされたというのにどうしてお赦しになるのですか?!」
侯爵の下した判断に間髪入れず夫人が抗議した。
「ディアス侯爵がこの者を欲しがっている。この先どこで落ち着くにしてもディアス侯爵と上手くやっていかねばならないのだ。こちらに優位に事を運ぶためには一つでも奴らが欲しがる物を押えておく必要がある事ぐらいお前にもわかっていると思っていたがな。大体こやつには関わるなと言っておったであろう。これ以上は口出しをするな、いいな?」
最後に侯爵は夫人をギロリと睨みつけると部屋を後にした。




