68 借金83,954,000ゴル
腰にロープをくくりつけられ草むらの中へ入って行く。もちろんロープの先はピーターが握っている。
「あんまり奥へ行くなよ。ここらはまだ魔物は出ないけど蛇が出るぞ」
チッ、余計な情報を入れて来るなよ。ただでさえ怖いのを我慢して灯りも持たずにお花摘みに来ているのに!
誰にも見つからないようにこっそりと馬車から連れ出してもらった野宿している街道横の広場の脇。
出来るだけピーターから離れる為に慎重に草むらをかき分け、振り返って彼がこっちに来ないこと、見ていないことを確認して身を隠した。
「俺の命が惜しかったら早く戻って来いよ」
ピーターがわけのわからない事で脅迫してくる。もし私が逃げ出せば自分が責任を負わされるということが言いたいんだろう。
心配しなくてもこんな暗い知らない土地で一人で逃げ出したりしない。それとあなたが死んでも私は痛くも痒くもないよ。
何とか誰にもバレずに用を済ませると大人しく馬車へ戻った。木箱の隙間に行くように言われそこまでは素直に従ったがまた袋に入るよう言われて抵抗した。
「絶対に嫌!暗いし狭いし動きにくいし髪がボサボサになる」
袋の中で動きまくったせいかさっき出してもらったときは手櫛で整えるのも大変なほど髪が絡まっていた。
「大丈夫だよ、暗くてよく見えないから」
ピーターがのほほんと言いながら袋を被せようとしてくるが何とかそれから逃げようとしていた。
「でも、食べたする度にいちいち袋から出し入れするのって面倒じゃない?」
「袋が嫌なら手足を拘束するしかないんだぞ。上からの命令で手に怪我を負わすなって言われてるから袋につめたんだ」
どちらの侯爵かわからないが、私が手に傷を負ってマッサージ出来なくならないようにそう言ったのだろうか。かなりマッサージが気に入ったんだな、芸は身を助くってか?
「それなら袋に詰め込んだせいで私が暴れて怪我をしたらあなたが叱られるんじゃないの?」
自分の体を盾に相手を脅迫出来るとは好都合だ。さっきの彼からの脅迫と違い効き目がありそうだし。
「むぅ、確かにそうだな。じゃあ首だけ出してやるよ、それなら髪がくしゃくしゃにならないからそれで納得してくれよ」
「でも手が使えないからご飯も食べさせてくれなきゃいけないし、さっきみたいな時も結局紐を解くんだから面倒なのは同じよ。絶対に逃げないから袋には入れないで、ね?」
渋るピーターに祈るように手を組んでお願いをした。
「これ以上は駄目だって。俺も命が惜しいからね」
そう言ってまた袋を広げて私へ向けてきた。
「待ってお願い!だったらマッサージしてあげるから!」
ガボッと袋を頭から被せた動きがピタッと止まる。
「マ、マッサージって何?」
ピーターが袋を外すとちょっと頬を染めて聞いてくる。もしかしてマッサージの事は知らないけれど私が紫苑の館から派遣されてきていることは知っていて何かいやらしい想像をしているのだろうか?
「あなたが思い描いていることでは無いけど気持ちいい事よ。私の手を傷つけるなって言われている理由を知りたくない?」
B級とはいえこれでも若い女子だ。小首を傾げればそれなりに見えるんじゃない?
「手、手で……いいのかなぁ……俺ヤバくない?でも自分から言いだしたんだし……わかった。それじゃあ、やってもらおうか」
ピーターはゴクリと喉を鳴らすと袋を横へ置き、おもむろに自分のズボンに手をかけた。コイツ完全に馬鹿だ。
「ハイハイ、それはいいから後ろ向いて」
グイッと体を強引に回転させると私に背中を向けて座らせ、肩を揉み始めた。
「けっこう筋肉質よね。普段何してるの?元剣士とか?」
一瞬戸惑ったピーターに世間話をして気を反らせる。でもなんだか筋肉の付き方がリーバイ様に似ている気がして、背筋や腕を擦るように解していく。
「え?俺って剣士に見える?」
焦った様子でピーターが振り返る。
「見えない。だから『元』って言ったんだけど」
こんなにヘラヘラしていては剣士は勤まらないだろうという偏見で答えた。だけど見た目よりしっかりした体つきがどうもそこらへんの使用人に見えない。
「ピーターって変な奴だよね。見た目より気を使っているのかな?けっこう肩が凝ってる」
後頭部から耳の後ろ、首にかけて揉んでいくと少し痛がった。
「痛たたっ!そこめっちゃ痛い、力が強いなぁ」
「あぁ、ごめん。でもそれほど強くして無いよ。ここが凝ってるから痛むんだよ。ゆっくりするね」
さっきよりも力を抜き擦るように解していく。
「なんか……暖かくなってきた……確かに気持ちいいな……」
さっきまでいやらしい事を考えていたクセに目を閉じすっかりリラックスしている。頭を揉んで終了すると大きく深呼吸してボソリと零した。
「なるほど、気に入るわけだな」
ピーターは侯爵様が私を攫った事に納得したように言った。つまり気に入られてしまったせいで攫われたということか。芸が身を助けた訳では無く、逆に窮地。がっくしだよ。
攫われてから数日、馬車に揺られて移動し続けている。
貴族様は相変わらず何処かの宿やお屋敷へお泊まりしているが平民の雇われと攫われた私はその間ずっと野宿続きだ。
初日にマッサージしてあげて以来、ピーターは私に気を許したのか移動中は袋に入れず、縛っても来ないが馬車が停車した時は他の人の目を気にして、頭は出してくれるが袋に入れて木箱で囲う。
「なぁ、そこの娘は紫苑の館から来てたんだろ?」
馬車移動も三日目になると暇をもて余した野郎共が一人だけいる女子である私の様子を窺いに来る。
「そうだけど、駄目だぞ。怪我をさせるなって言いつけられているんだから」
「いやちょっとくらい大丈夫だろう?その娘も仕事してる方が気が紛れるだろ」
荷台の後ろにある戸口付近でピーターと他の使用人の男がやり取りしている声はもちろん私にも聞こえている。私は娼婦じゃないしもしそうでもお前達なんか相手にしないしタダでスルわけない。
ただの荷物番であるはずのピーターはどれだけ強く私に会わせろと詰め寄られても駄目だの一点張りで男達をはねつける。
見た目はポヨヨンとしている彼がそこまで命令に忠実なことで私の貞操が守られちゃっていて有り難い事ですが何となく違和感を感じる。
「なぁなぁ、俺ってまたまたお前がヤラレちゃいそうなのを守ってやったぞ」
笑顔で木箱をどかせてご褒美を欲しがる子犬のようなピーター。
「そうだね、ありがとう。じゃあ今日は足を揉んでいこうか」
すっかりマッサージの気持ち良さに取り憑かれたピーターは毎日部位を変えて施術して欲しがる。これだけで守ってくれるなら安いもんです。
それにしても馬車は一体何処へ向かっているのか?
クライスラー侯爵があんなに大胆に私を攫い総隊長であるリーバイ様にも襲いかかっている。それを考えればもしかして、もしかしなくても……国外逃亡が考えられる?!
冷静に思い返しても屋敷は荒れていたし、使用人が少ない理由もそれでわかった気がする。もうすぐ居なくなるなら無駄な使用人は解雇していっただろう。だったら私って本当にヤバいんじゃないだろうか?
「イテテッ!もっと優しくしてくれ」
ピーターの声で我に返った。
「あぁ、ごめん」
彼の足を揉みながら頭の中で走り回りたい位焦っていた。
かれこれ四日が経った。一体リーバイ様はいつになったら助けに来てくれるんだろう?
王都からどれくらいの位置にクライスラー領やディアス領があるのかは知らないけれど国境は越えてないだろう。
もしかしてこのままバシュクート国のミスカ領へ行くのだろうか?って事は外国でしょう?……外国にこの国の近衛隊総隊長とか簡単に入れるものなの?
「なんだか気持ちがこもってない気がする。ちゃんとしないならもう守ってやんないぞ」
ピーターが私の顔を覗き込みながら話す。
「心配ごとか?」
本当に変な奴だ。攫われて来たんだから普通心配事くらいあるだろう。
「ねぇ、助けってどれくらいで来るものなのかしら?」
ピーターにつられて私も変な感じがしながらも質問してしまう。
「そうだな、どれだけ重要な人物かによるかな」
彼もやっぱり変だから真面目な顔して答えてくれた。




