65 借金83,954,000ゴル
侯爵邸に到着すると裏門には昨日の荷物は片付けられ何も置いて無かった。ちょっとした大掃除でもしていたのだろうか?とにかく何かに気づいても無闇に口にするなと注意されたので何も気づかないふりで建物へと向かう。
暗い静かな廊下を進みいつものように綺羅びやかな区画へ入るとそこにも誰もいなかった。
やっぱりなんか変だ。
チラッとゲルタに視線を向けたが何も反応されずこのまま行けということだと判断した。
いつもの部屋につくとゲルタがノックをする。
「失礼致します。アメリでございます」
返事が聞こえ中へ入るとそこに例の貴婦人はおらず、見知らぬ男性貴族が侯爵と侯爵夫人と共にいた。
ピクッとゲルタが反応した気がした。
「コレが例の?」
男性貴族が侯爵に問いかける。
「そうだ、是非試すといい」
侯爵が男性貴族にそう言い、そのまま準備をするよう促された。
お客様が変わった事や、男性貴族の事など不安要素はあるが常に人目がある為ゲルタに何も聞けない。
男性貴族は侯爵様より若くちょっと男前で薄っすら笑みを浮かべている所がゾッとする。
出来るだけ通常通りに仕事をしようと心掛け案内していった。
特段変わった事もなく順調にマッサージは進み、肩凝りや首の張りが酷い事、腰もかなり負担がかかっているので気をつけないと痛みが出るであろうことを話し終了した。
「今日は一人だけの予約であったな?」
片付けを終えてマッサージ室から出るとまだ三人共そこにいて侯爵に問われた。
「左様でございます」
まさかまた予約しろって言われるんだろうか?でも昨日はあっさり引き下がってくれたのだから違うのかな?
「ご苦労だったな」
「痛み入ります」
侯爵に労いの言葉をかけられ、もう帰ってもいいだろうかと思っていると男性貴族が近付いてきた。
「噂以上に良かった」
「痛み入ります」
さらに深く頭を垂れる。
「このまま連れて帰りたいほどにな」
一瞬言葉の意味が理解できずに固まってしまう。斜め後ろに控えていたゲルタがずいっと進み出て私を背中へ庇った。
「お前は不要だ」
男性貴族がサッと下がるとドアからバタバタと騎士たちが駆け込んできた。
「アメリを攫うおつもりですか!?」
ゲルタが叫び私をマッサージをした部屋の方へと背中で押していく。
「中へ!」
足がもつれそうになりながらドアを開け急いで中へ入った。ゲルタも続いて入ると直ぐに鍵を閉め横に置いてあったチェストでドアを塞ぐ。
「ゲルタ!」
「窓へ!」
どうして良いかわからない私がオロオロしているとゲルタがスカートの中からロープを取り出した。何がなんだかわからないが窓を開けるとロープを投げてよこす。
「そこから脱出して!」
「ゲルタは!?」
「アンタがいる方が邪魔なの!早く!!」
急かされるけれどアワアワしてしまいどうすれば良いのかわからない。窓から下を覗けばここは三階だが一階に屋根付きのサンルームが設置してあり実質下りる高さは二階程度。これなら出来るかもと窓枠に足をかけた。
「焦らなくていいからゆっくりと確実に下りな!」
そう言って家具の足にロープを通してその先を自分の手に巻きつける。その間も騎士が体当たりしているのかドアがドンッ!と激しくぶつかる音を鳴らす。
深呼吸して足を窓の外へ。ロープを頼りに壁に張り付くように体をずらして行く。
「下におりたら馬車には行かずに街へ出て身を隠して。必ず迎えが来るから動かないように。アレはディアス侯爵だ」
泣きそうになりながら頷いた。とにかくここから逃げなきゃという思いで必死にロープを掴む手に力を込めた。
最後に少し手が滑りドシンと尻もちをついたが何とか一階の屋根までたどりついた。手を離した事でゲルタには私が下についたことは伝わっただろうが下りてくる気配はしない。微かにドンという音が聞えていたが言われていた通りに屋根から飛び降り裏門ではなく屋敷の周囲を囲む壁沿いを進んだ。
こういう大きなお屋敷には正門、裏門の他にも幾つか勝手口が必ずある。どこにあるかはわからないがそれを探して移動していく。
植え込みや建物の陰に隠れながら進み小さな勝手口を見つけた。周りには誰も見あたらず思い切ってドアまで走って行く。
古びた閂が嵌っているだけの錠がかかっていた。これなら外せばいいだけだと思ったがこれが中々動かない。手入れがされておらず錆が付きガチャガチャと音が鳴るだけで開く様子も無い。
「もう、なんでこんな目に……」
いつ気づかれるかもしれないという恐怖で心臓がドキドキとし手が震える。
「お願い、開いてよ!!」
ガチャガチャと必死に閂を揺さぶるが錆がボロボロと落ちるだけで動かない。すると人の声がした気がして慌てて側の垣根に身を潜めた。
「ねぇ、あんた侯爵様に付いていくの?」
どうやら女性の使用人らしく鞄を手に早足で通り過ぎていく。
「だって、ここ辞めたってどこに行けばいいか……」
「でも絶対にヤバいよ。下手すれば途中で売られるかもしれないわよ」
「まさか、もう奴隷は使えないのよ」
「馬鹿ね、国内だけなのよ……」
遠ざかる話し声を確認しまた閂の所へ戻って来た。
侯爵へついて行くとか、途中で売られるとか、なんだか嫌な話をしていたがここの使用人達で逃げ出している者もいるようだ。
「はぁ……もう駄目」
どうやっても開かないドアを諦めて別の出口を探そうと使用人達がいった方向へ向った。
壁沿いを進むにつれ手入れが行き届いた庭に入ってしまい、もしかすると正門の方へ来てしまったのかと後悔し始めていた。
体勢を低くして進むと垣根の陰に小さな道具小屋のような物を見つけ一旦そこへ隠れる事にした。
「もうやだ……」
小屋に入り少し気が緩み涙が溢れる。
こんな事になってしまうなんて考えもしなかった。ゲルタは大丈夫だろうか?もと騎士だから簡単にやられはしないのかもしれないが、あんなに沢山の男の騎士が相手では流石に無理があるだろう。武器も持っていなかったし、もしかしたら殺されているかもしれない。
どうしよう……リーバイ様、助けて……
「出るぞ!」
立ち上がり置いてあった剣を帯びる。
「援軍をお待ち下さい!お一人では危険です」
ベリンダが叫ぶがかまっている暇は無い。ユリシーズがすぐに走って行ったから味方にも知らせは届くだろう。
「お前も聞いていたろう、ディアス侯爵が王都に出張っている。何かあるに違いない」
ゲルタが俺に伝えるためにその名を口にしていた。
廊下を使うのももどかしく思い部屋の奥へ向かうと窓を開いた。
「これをお持ち下さい!」
ベリンダが青い顔をしてポーションを差し込んでいるベルトを投げてよこす。
「アメリをお願い致します」
自分だって心配してるじゃないか。
窓から飛び降りると厩へ急いだ。
街中であまり馬のスピードを上げられないことをもどかしく感じながら侯爵邸目指していた。
最後の最後でディアス侯爵がいるとは油断していた。こちらが探って追い詰めているつもりだったが向こうからも探られていたのかも知れない。話の様子からみてゲルタが護衛で元騎士なのは見抜かれていたようだが、俺の部下であることまで知られているかはまだわからない。
ゲルタと離れた後のアメリの様子からまだ侯爵邸の中にいることは間違い無い。盗聴の魔術具をドルフに改良してもらい短い時間なら俺が身につけているピアスで聞くことが出来る。怯えて泣いているアメリの声が耳元で響く事に腸が煮えくり返る気がする。
ゲルタの様子も心配だが恐らく直ぐに消されることは無いだろう。拷問し雇い主を吐かせてから殺すのが定石だ。それまでに救出しなければいけないが今はアメリを優先する。
侯爵邸の近くへ来ると馬を下りた。様子を窺いながら壁沿いに近づき中の様子を窺い塀を飛び越え侵入する。
魔術が使える俺ならこれくらいの壁を越える事は造作も無いが見つかる訳にはいかない。
一応覆面をして身バレしないようにし、静かに邸内に気配を探りどこにどれ程の人がいるかを把握していく。昨日のゲルタからの報告で多くの荷物が運び出されている様子や屋敷内の人が少なくなっている事はわかっていたがこんなに急に動き出すとは思っていなかった。いや、少しは警戒していたのだが予定を変更しては怪しまれると反対されたのだ。
やっぱり今日はアメリを行かせるんじゃ無かった。
ギリギリまでベリンダとゲルタと話し合っていたが、そもそもアメリに探らせる為に我々の方へ引き込んだのだし、多少の危険はアメリも承知の事だと説得された。だがまさかこんな強行に出るとは……
捜索しながら進んで行くと護衛騎士達の気配がし身を隠した。
「早く見つけろ!どうせそこらにいるんだろ」
「急がなければおかしいと思われて誰かが探しに来るかもしれん」
「紫苑の館からだろ?俺が相手をしてやるよ、あのマダムなら大歓迎だ」
「馬鹿だな、マダムが来るわけ無いだろう。しかも公爵の愛人だぞ、お前なんか相手にするか」
「ハハッ、俺はナンバーワンのシャーリーがいいな、あのハント伯爵を骨抜きにしてるって噂だろ?物凄い美人の」
「あぁ、侯爵夫人に振られてヤケになった後に娼婦に入れ込むとか総隊長って言っても大した事無いんじゃないか?アハハハッ!」
ケラケラ笑いながら緊張感の無い馬鹿な騎士達が去っていく。止めてくれよ、やる気が失せる。
誰が侯爵夫人にふられてヤケになるんだ。侯爵夫人は勝手に近づいてきて何度か相手をしたが知らぬ間にどっかに消えた。気がつけば侯爵と結婚したと聞いただけだ。それのどこがどうなってそうなった?
早くこの事件を解決して訳のわからん誤解を解きたいもんだ。




