64 借金84,314,000ゴル
順調に日々は過ぎて行き本日はクライスラー侯爵邸へ派遣されてから丁度二週間。
「あぁ、やっと終わる〜」
クライスラー侯爵邸へ向かう馬車の中、ゲルタと向かい合いながら言った。
「気を緩めては駄目ですよ。それに後一日あります」
そうだった。一人だけ二週間後にって予約を勝手に入れられちゃってたんだ。怠〜い。
馬車の中では緩めていた気持ちも侯爵邸が近づくに連れ気を引き締めて最後……では無い侯爵邸に到着した。
二日目以降は護衛騎士も案内もなくマッサージをする部屋まで二人だけで勝手に廊下を進んで向かう。
「失礼致します。マッサージ師のアメリです」
といつものように声をかけ中に入ると早速マッサージ室へ招かれた貴婦人と共に向か……わない?
そこにはクライスラー侯爵ご夫婦がおそろいでいらっしゃった。
「来たか」
「おはようございます、侯爵閣下、侯爵夫人。アメリで御座います」
一度廊下ですれ違ったが勿論私のことなど覚えていないだろう。深く頭を下げて礼を取る。
「今日は侯爵様をマッサージしてもらうわ、その後は私に」
思わぬ人選にちょっと驚いてゲルタの顔を見た。今日は貴婦人を招いてでは無くご夫婦に施術を行うのか。
「最近お前のマッサージとやらがかなり良い物だとよく耳にする」
「はい、ありがとうございます」
「ならば私も受けてみようと思ったのでな」
そのままマッサージ室の方へ向かわれたので慌てて後を追いかけた。夫人の横を通り過ぎるときの私の事を見る目は相変わらずで。そこまで見下している相手にマッサージとかされるのって嫌じゃないのかなと思うんだけど。
準備を整えると侯爵がベッドへうつ伏せになった。
「失礼致します」
お断りを入れ侯爵にまたがるといつも通り肩、背中、腰と探るように押していく。
「肩のこり、腰痛が酷いようですね」
年なりと言えるのかもしれないが普段から運動などしてこなかったであろう侯爵の体はガッチガチだった。
「あぁ、最近首が痛い」
これだけ酷ければかなりのストレスを抱えているだろう。資金繰りも悪いと聞く。それって借金の返済に追われる私と同じ悩みって事よね。規模は違うだろうけどちょっと親近感がわく、ほんのちょっとね。
「頭痛などもお有りですか?」
「よく分かるな、毎日薬を飲んでいる」
同じ薬を飲み続けているならきっと耐性が出来てもう効いて無いんだろうな。
「それも効かないのでは無いですか?」
「……そうだ、なぜ分かる?」
「同じ薬を飲み続けると効かなくなってくると聞いたことがあります。痛みは体からの危険の知らせですので、薬が手放せなくなるほど痛いのなら根本的な治療をしなければいけない時期なのでは無いかと思われます」
ベッドを下りて鉄板のような首と肩を少しずつ解していく。
体を冷やさない事、毎晩お湯に浸かる事、出来れば散歩など運動することをお勧めしていく。
「そうすれば血の流れが良くなり頭痛も治るというのか?」
「治るとはいえませんが和らぐ可能性が高いです。それでも変わりなければ他の病気の可能性もあるかも知れません」
うぅ~んと、唸り侯爵は黙ってしまった。貴族様に病気の可能性とか話しちゃ駄目だったかなと思いゲルタを振り返ったが無表情のままだったので大丈夫のようだった。
それにしても、今日はやたら部屋の外で使用人達が動き回り騒がしい。騒がしいと言ったってバタバタ走り回っているとかではなく、廊下で人の行き来が激しいのかいつもより衣擦れや足音が多い気がする。
部屋に待機している使用人の二人もソワソワと落ち着きが無いように思えるし幾分顔色も悪い感じだ。
「お時間となりました。お疲れ様です」
頭を揉んでいると寝入ってしまった侯爵にそっと告げると緩慢な動きで起き上がった。
「はぁ……少し眠ったか」
だよね、頭マッサージって本当に気持ち良いよね。こういう感覚は貴賤を問わない。
少しぼうっとされている侯爵に使用人がグラスの水を差し出す。
「マッサージの後は軽く運動をしたくらいの怠さを感じるかと思われますのでいつも以上に水をお飲み下さい」
お決まりのセリフを言った後は侯爵夫人と交代してっと……
「これは続けて受けなければならないと聞いたが?」
……あぁ、どう答えるべきか。でも嘘はいけないしね。
「はい、閣下の状態からすれば数日中に受けて頂くほうが宜しいかと思われますが……」
一応濁して話してみた。
「なんだ?ハッキリ申せ」
ギロっと睨まれビクッとしてしまう。またここで殴られるのか。しかも今度は男性だから前回よりも酷い事になりそうだ。
口を開こうとするとゲルタがずいっと横へ並んで来た。きっとゲルタも侯爵が手をあげてくるかもと思っているのだろう。
「ご予約はマダムへ聞いてみませんといつお受けできるかはお答え出来かねます」
ぎゅっと目を閉じ返答を待った。
「それはそうであろうな。お前の主は紫苑の館のマダムなのだから」
おぉぉぉ、助かった!ってわけじゃ無いけれどこれが私の知っている常識だ。侯爵の方が婦人より話が通じるとは、ちょっと驚き。
隣のゲルタも少し緊張を緩めた気がした。
侯爵はそのまま部屋を出ると入れ替わりに侯爵夫人が入りマッサージを受けて頂いた。
今回も無事に終わり帰り支度をして廊下を馬車まで歩いていた。
マッサージをしているときに感じていた騒がしさは嘘のように誰ともすれ違わず裏門へ出た。
「なにこれ?」
人こそいなかったけれど裏門付近には木箱や布をかけられた荷物が幾つも積み上げられていた。
「旅行にでも行くのかしら?」
私がそう言うとゲルタがそうねと素っ気なく答え馬車へ乗り込んだ。
帰り馬車の中、ゲルタが私をちょっと怖い顔で睨む。
「何か変化に気づいても誰が何処で聞いているかわからないんだから余計な口はきかない!」
「は、はい!」
低く凄まれ背筋が伸びた。そんな事も駄目なの?
紫苑の館に帰るとマダムの部屋にいつも通りに報告に向かったが直ぐに追い出された。また私には話せないお話をするのだろう。
さぁ、今日こそ最終日だ。
支度をしてマダムの部屋に行くとリーバイ様とゲルタが真剣な顔で睨みあっていた。
「おはよう……ございます?」
挨拶をしていいのかどうかわからない雰囲気でなんか変だ。
「おはよう、アメリ。今日は最終日だけど最後まで気を抜かないように」
マダムが無表情固めた顔で私をチラリと見て言った。
「はい、あのぉ、クライスラー侯爵から予約の依頼はありましたか?」
昨日の感触じゃもう一度受けたそうな様子だった。
「無いわね、きっと取れにくいと聞いているからそんなに急ぐ必要も無いと思っているんじゃないかしら」
実際は誰の予約も入っていないがこれからの作戦を踏まえてから今後の予約を入れて行くのだろう。
「アメリ、こっちへ」
リーバイ様が私に近づいてくる。
「はい」
返事をしながら体を向けると頬に手を添えられ顔を上に向かされた。
「ふわっ、なんですか?」
両方の耳たぶをそっと摘まれ優しく力を込められる。
「魔力が切れかけてる。いま補充するから動くな」
少しくすぐったさを感じるが動いてはいけないかと思い、じっといていた。それは別に良いんだけど私を見下ろすリーバイ様の顔面偏差地高めの攻撃に耐えられ無いんだけど。
「リ、リーバイ様、前のピアスは魔力が切れたと言って取り替えましたよね。今回は補充ですか?」
黙って見つめ合っている事にも耐えられず、かと言って目を閉じるのもなんか違うし、どうしていいか分からず思いつくままに聞いてみた。
前回魔力切れだとピアスが取り替えられ次の日に気づいたのだが魔石が緑から青に変わっていた。まるでリーバイ様の瞳と同じような蒼い石。
「あぁ、今回からこれでいい。決して外すな。居場所が分からなくなる」
「はい、わかっております」
外したくても外れない事はリーバイ様の方がよく分かっていると思うけれど念を押された。




