62 借金86,494,000ゴル
アメリを部屋から出すとゲルタから詳しい話を聞いた。それによるとクライスラー侯爵に付いている護衛騎士がどうやら隣国バシュクートの者らしいといいことだった。
「先日の潜入の時に見かけた者で間違い無いです」
ゲルタは一度見た人物は忘れないという特技を持っている。アメリの護衛をする前にバシュクート国へ潜入させ情報収集していたことがここに来て役にたったようだ。
騎士はクライスラー侯爵家の騎士服を身に着けていたようだがバシュクートではミスカ領の騎士だったという。
ミスカ領はディアス侯爵領と国境を挟んで隣あっていて、先の戦いで国王が援軍を送りやっと長年の小競り合いを終結させたが、その時にバシュクート国から我が国への一切の輸出入を一時停止した。
未だに国交は全面的には回復してはおらず細々と民間の行き来があるだけだ。その為密かにミスカ領と繋がっていたディアス侯爵の収入が大幅に減ったようだ。
ミスカ領の産業の中心は奴隷の輸出だ。自国、他国問わず人を攫っては強制的に奴隷印を押し出荷する。勿論、正当に借金の為や、親が貧困の為に子を売り飛ばす例もあるがそれだけでは無い事は明白だった。
一度魔術奴隷印を押されれば全てが主の言いなりだ。主に不都合な事は口に出来ないし、逆らえば魔術契約が作動し印の所から身体に苦痛を与えられる。それでも従わなければ死を覚悟しなければならないが簡単には死ねないらしい。苦しめて苦しめて最後には早く殺してくれと叫びながら死んでいく奴隷も多くいるという。
突然理不尽に攫われ奴隷に貶められ生きていかなくてはならなかった人々がこれまでどれほどいただろう。規制されていなければアメリだって危うく奴隷にする為にバシュクート国へ送られる所だった。
俺たちの手の者が上手く紫苑の館へ誘導し何とか無事(?)にここにいるが本人にすればそうとも言えないのかもしれない。
借金の為に働かされ、搾取され、潜入させられ、殴られた。
「クソっ!」
自分の不甲斐なさに腹が立つ。
「リーバイ様、そのように感情をあらわにされては付け入れられますわよ」
冷静な表情で取り繕っているがベリンダだってアメリが怪我を負って帰ったときは手が震えるくらい憤慨していた。
「ここには俺達しかいない。それよりミスカの騎士がどういう経緯でクライスラー侯爵家へきたか、だな」
「お目付けでしょうか?」
ベリンダが首を傾げて言うがそうではないだろう。
「案内役じゃないか?」
「問題はどこからの、ということです」
ゲルタが顎に手をやり考えている。
「ミスカ領からクライスラー侯爵へ潜入しているのでしょうか?」
「いや、そうとも限らん。ディアス侯爵がクライスラー侯爵家に、という事も有り得る。可能性は少ないがクライスラー侯爵家がミスカ領に、かもしれん」
ミスカ領の騎士を雇入れミスカ領を探っているかも知れない。
終戦前はディアス侯爵とミスカ領はズブズブの関係だったが今はどうなっているかまだ正確には掴めていない。
「クライスラー侯爵にそれほどの技量は無いでしょう」
ゲルタが鼻で笑う。確かに時代の流れについていけない古の侯爵がそんな複雑な手を使うとは思えない。
「だがディアス侯爵が絡めばどう動くかわからんぞ。クライスラー侯爵より若く、戦中は国王陛下の目を盗みミスカ領と手を組んで私服を肥やしまくっていたからな」
ディアス侯爵は国境である砦を維持する為の費用がかさむと言って散々国庫から金を引き出しておきながらミスカ領からも金を受け取っていた。前国王がその辺はザルだった為かなりの額が流れていたが元国王に代替わりして直ぐに金の流れが見直された。
あの時はハント伯爵であった兄が殉職し、相次いで義姉も亡くなり甥のゴトフリーに伯爵を継がせる為の中継ぎを宣言したばかりで雑務に追われ俺自身混迷を極めていた。総隊長へ就任した時期も重なりあの頃の記憶がほぼ無い。
だがお陰でミスカ領を退ける事ができ国庫の流出も収まり何とか国を立て直す事が出来た。いくら大陸一の国土を保有するアーバスキング国といえど無限に金が湧き出ている訳では無いからな。
ゲルタには引き続きアメリの護衛を中心に動くよう命じた。
「クライスラー侯爵夫人はどうします?」
ニヤリとしてゲルタが聞いてくる。
「どうもしないが?」
「リーバイ様に探りを入れてきておりますが」
「わかっている」
アメリのピアスで盗聴して聞いた限りではそれほど突っ込んだ探りでは無かった。
「娼婦に入れ込んでいると思わせておけばいい。あの話からそう思っただろう」
「えぇ、アメリさんもそう思っているようですので誰から見ても大丈夫でしょう」
え?
「…………そう、なのか」
ベリンダを振り返ると勿論、と頷いた。
「いやいやいやいや、俺がシャーリーの部屋から裏口を通って自室へ行っているのは……」
「誰にも漏らしてはいけない秘密だと、最初に言いましたよね。敵を欺くには味方から。常識ですわね」
ニッコリ口の端を引き上げるベリンダが恐ろしい顔で見ている。
「アメリに余計な手出しをなさらないで下さい、と、最初にお約束頂いた時は二つ返事だったではありませんか」
そう、ダントンが企む幾つかの詐欺の被害者のうち誰を利用するかを選定している時に冗談交じりに交わした約束、利用しようと決めた若い娘に必要以上に深く関わらないこと。冗談混じりで話した記憶はある。アレって有効だったのか。
「あの時はまさかアメリがあんな娘だとは思わずだな……」
実際に会ったアメリは思っていたより頭が良く面白い奴で……
「それで?あんな娘だとわかってそれでどう気が変わったと?」
「だから……」
と口を開いたが後が続かない。
だから、なんだ?アメリは面白い奴で、突然マッサージとか聞いたこともない施術で安娼館行きを免れたり、マッサージグッズを作るとか、鼻緒のサンダルを作るとか、ベリンダを悪く言われて腹を立て貴族に盾突こうとしたり。シャーリーに義理立てしてマッサージを最初に教えてやりたいと言い出したり、平民の御隠居クラブの奴等に気に入られたり。
次々と変な事を起こすそんな娘が侯爵夫人の暴力に晒されたとわかった時は冷静でいられなかった。ベリンダに落ち着くよう怒鳴られ、ユリシーズにドアの前に立ちはだかれ何とか思いとどまったが五百万ゴルのローテーブルが犠牲になった。
「だから、その、俺達が巻き込んだのだから護ってやらなければいけないと」
「えぇそうですね。今も十分に護っていると思います。これ以上深く関わればアメリの貴方に対する態度が変わり、それが敵に知られればアメリ自身に危険が及ぶ可能性は理解出来ますわよね」
ベリンダの目がアメリの身を案じていると訴えかけてくる。
俺がアメリに特別な感情を抱き、それが敵に知られれば弱点として容赦無く突かれるだろう。
「勿論……十分に、理解している」
「ではシャーリーに入れ込んでいると思わせたままで、良いですね」
「あぁ、それでいい」
優先すべきは作戦の遂行と皆の安全だ。そんな事は十分に理解しているはずなんだが……特別な感情ってなんだ?
フッとゲルタが鼻を鳴らす。
「なんだ?」
「いえ何も、では失礼致します」
いちいちムカつく奴だ。雇い主である俺より偉そうに見える時もある。
「ところでアメリの部屋だが、何故俺の隣にしたんだ?しかも従者の部屋じゃないか」
アメリは気に入っていたようだが狭すぎないか?
「あの場所しか空いていなかった、とでも思っておいて下さい」
言い方に含みがあることから何か企んでいる事はわかる。だが今以上に構うなというわりに続き部屋に住まわせるなんて言っていることが違わないか?ベリンダは俺とアメリを引き離したがっているのだから恐らくイライアス様の提案だろう。
あの方は時々訳のわからない事をなさる。だが根本的に優秀な方なので意図は分からずとも逆らうつもりはない。
俺の伯爵家の中継ぎを後押ししてくださったのもイライアス様だけだった。侯爵家の総隊長を任命するためだったと言われる事もあるがそれだけでは無く、俺の意向を汲むためにわざと命令をしてくださったのだと俺にはわかっていた。
伯爵家を継いで家に縛られるなんてまっぴらだ。




