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こってますね、マッサージ致しましょうか?  作者: 蜜柑缶


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57 借金86,912,000ゴル

 マダム・ベリンダがやれやれという風に首を振っている。

 

「貴方も相当物好きね。そういう所に惹かれるのかしら?」

 

「なんの事ですか?」

 

 マダムが私のピアスにそっと触れ執務机の方へ向かった。引き出しから書類を出しサラサラと書き記すとリーバイ様にピラっと見せた。

 

「今回の不祥事の賠償金額よ、しっかり貴方の『アイツ』に教えておいて。人の財産を傷つけるなって」

 

 あ、マダムもそこ引っかかってたんだ。

 

「え、あ、別に俺のってわけじゃ……駄目なのか?」

 

 意味がわからないという顔をしながら首を傾げる。

 

「勿論、大切にしているとは思えないけれど、アイツとかコイツとかお前って言い方は一部の人には良いのかも知れないけれど私は所有物にされたようで嫌。今回の場合は貴方があの方と近しいと思わせるようで気分が悪い……と思うかしらね」

 

 チラッと私を見て言った。

 

「そう、なのか」


 リーバイ様はまさか呼び方一つで相手にそんな印象を与える事なんて考えもしなかったようだ。

 

「完全に切れてるなら礼節を持って人前ではクライスラー侯爵夫人と呼ぶべきね。その方が誤解がない。まぁ、お二人切りの時はご自由にどうぞ」

 

 ドスッと何かがリーバイ様に刺さった気がする。

 

「これからは何時でも何処でも侯爵夫人と呼ぶようにする。させて頂きます、無関係だからな!」

 

 ジロッと私の目を見て言った。

 嫌々否定されてもなぁ……困るよ。

 リーバイ様から目をそらし賠償金のかかれた書面を見て驚いた。

 

「千五百万ゴル!?」

 

 私を傷つけた代償がこんな金額に……

 

「これから回収しなければいけない貴方の借金の事を考えれば安い方でしょう。まだ修復が可能だという観点から一千万、家具の破損に五百万」

 

「か、家具の破損てなんですか?」

 

「そこはいい、とにかくそれをアイ……クライスラー侯爵夫人に見せて話すよ」

 

 家具ってもしかして応接セットのテーブル?リーバイ様が壊したの?

 

「キチンと払ってくださいね」

 

「本当に払わせるのか!?」

 

「家具はイライアス様からのいただき物で特注品だったのでそちらで手配して頂ければいいですわ。

 ……でもアメリの事は譲れない」


 もしマダムが魔術を使えれば何かが燃え上がっていたんじゃないと思うくらいリーバイ様を睨みつけている。


「わかった……ちゃんと払う。そもそも俺も赦す気は無い、すまなかった」


 近衛騎士団総隊長も怯ませるマダムって頼もしい。






 怪我を治してもらい、服も着替えると休む間もなく午後の女性専用の時間がやって来た。

 予約が入っていた三人の富裕層の奥様方をリリーと一緒にお迎えしてマッサージし、満足して帰って頂いた。


「はぁ……なんだか昨日より疲れた」


 初日より次の日の方が怠さを感じるなんて、でも仕方ないか。


「侯爵夫人の所で大変な目にあったんでしょう?」


 マダムかリーバイ様か、もしかしたらライラ、モニーあたりに聞いたのかもしれないが、リリーが心配そうに聞いてきた。


「そう、でもポーションで治してもらったから」


 綺麗に治って跡形もない頬を見せて言った。


「でも何かされたら治す前に必ずマダムに見せてね。賠償請求するんだから」


「うん、ゲルタがそうしてくれたから大丈夫」


 帰りの馬車の中ではちょっと辛かったが私はマダムの所有物なので仕方が無い。そもそも平民の私はポーションなんて持ち歩いていない。


「でももう行かなくてもいいんでしょう?」


 通常これ程の目に合えば次は無いとされるようだ。


「ううん、行くよ。仕事だし、代わりがいないからね」


 リリーは私の言い方に例の事が絡んでいて止められないのだと察したようだ。


「そう、なんだかんだ言ってもリーバイ様も貴族なのね。こんな目にあったアメリをまだ向かわせるなんて」


 悔しそうな顔でリリーが言った。私達平民は貴族には逆らえないと思い知らされている感じだ。リーバイ様に強制的に行かされているんだと思っているのだろう。

 

「違うの、私が行くって言ったの。他に手立ても無いみたいだったから」

 

 自分で頬にそっと触れた。もう傷は無いけれど今朝の衝撃はまだ生々しく覚えている。脇腹を踏みつけられた感触も……

 

「アメリ、大丈夫?顔色が悪いよ」

 

 リリーに声をかけられハッとした。

 

「うん、平気よ。ちょっと疲れちゃったかな、ハハ……」

 

 心配かけちゃいけないと思い笑顔を見せた。

 

「そう?でもまだ時間もあるし先に食事に行って少しでも休んで。後は私がやっておきますから」

 

 部屋から追い出されドアを閉められた。

 昨日も任せちゃったのに、いくら弟子でもいいのかな。

 指導する側と指導される側の関係に悩みながら食堂へ向かうと、女性専用マッサージの時間が少し押していたので既に食事の準備は終わっていて娼婦たちがガヤガヤとみんなで食事を始めていた。

 

「あっ、アメリ!ここよ!」

 

 キャロが私を見つけて手を振ってきた。約束をしていたわけでは無いけれど一緒に食べることになりテーブルについた。

 

「ねぇ、この後ジョバンニさんのマッサージの予約が入ってたでしょう?あれキャンセルにしておいて」

 

 お皿にのったパンを半分にちぎり口に頬張るとキャロが嬉しさを隠しきれないように言った。

 

「なにそれ、キャロにジョバンニさんを盗られちゃったの?」

 

 驚きというよりキャロが喜ぶ顔に私まで嬉しくなってニヤける。

 

「まぁそういうことかな。アメリはマッサージなんだから別に客を盗ったって訳じゃ無いからいいでしょう?元々私が先だったんだし」

 

 私は一応マッサージの指名という体で金額設定がされている。娼婦の指名とは別で出来るのでジョバンニさんが乗り換えたって訳ではない。

 

「勿論だよ、ジョバンニさん今日はキャロに会いたかったんだね」

 

 唯一の指名客のジョバンニさんが最近は体がキツイためマッサージの予約が続いていたのでキャロがやきもきしていたのだ。

 

「私に会いたいだなんて、そんな訳じゃないよ」

 

 キャロは頬を赤らめ残りの食事も急いで食べる。

 

「じゃあ私は準備があるから」

 

 そう言っていそいそと部屋に戻る姿を見送った。

 急にキャンセルが出てしまったがジョバンニさんの時間は二人目だったのでまだ一人目の予約客イーデン翁が来るはず。

 疲れすぎているのか食欲もなく飲み物だけをとり、食事を戻すと前室の隣にあるマッサージ室へ向かった。

 スタンダードの時間にはまだ早かったが準備を確認し椅子に座って時間を潰していた。


 ここのマッサージベッドも据え置き型に取り替えているため新しくなっている。これもドルフが作ってくれたもので、折りたたみ式同様、カワイイ猫脚にマットには金色の鋲が均等に並んで打たれている高級な出来栄えだ。

 椅子に座ったままベッドの上にもたれかかるとため息が出てしまった。

 

「はぁ……疲れたなぁ」

 

 誰に言うでもなく声に出してしまう。

 するとまだスタンダードの時間前だというのにも関わらずドアがノックされた。

 

「は、はい。どうぞ」

 

 急いで立ち上がりドアを開ける。

 

「アメリ、具合はどうだ?」

 

 そこにはイーデン翁がいてムッとした顔で部屋に入って来た。

 

「イーデン様、いらっしゃいませ。まだ時間ではありませんよ」

 

「あぁ、今日はキャンセルだ!急だからな、金は払うから心配するな。それより酷くやられたんだろ、どうだ?」

 

 私の顔や体を確かめるように見回す。

 

「まさか知っているんですか?」

 

 クライスラー侯爵夫人の所で怪我をしたのは今朝の事だ。しかも殆ど誰にも見られずにポーションで治したのにどうしてイーデン翁が知ってるのか不思議だった。

 

「当たり前だ、王都で起こったことは逐一報告されてくる。特に貴族の屋敷で起こった事は普通の奴らには手に入らない情報も儂らには入って来る」

 

 あらゆる貴族の屋敷には必ず平民の雇われ人がいる。そこでの情報の殆どをイーデン翁のような御隠居クラブの方々が把握し自分達に火の粉が降りかからないように先手を打って行動するのだそうだ。

 

「それで私の事を知ったのですか」

 

「あぁ、アメリがクライスラー侯爵家に行くってことは昨日の時点でわかってた。だが初っ端から怪我して屋敷から出て来るなんてな」

 

 午後の女性専用の時間にはまだわからなかったらしいが、さっき協力者から知らせが届いたらしい。

 

「取りあえず儂は怪我の様子を見に来たが、治してもらえたようだな。まぁマダム・ベリンダなら大丈夫だと思ったがな」

 

 イーデン翁はそう言いつつもまだ険しい顔で鼻息も荒い。

 

「いまモージズとマルコが皆に話をしている所だ」

 

「モージズ様にマルコ会長って……どういうことですか?話すって何を?」


 マルコ会長とは私のお得意様で前商人ギルド会長で現御隠居クラブ会長の事だ。日頃から何かと御隠居様方を仕切っている人だ。

 

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