56 借金86,912,000ゴル
「早くアメリをここへ」
執務室に入るとマダムが心配そうな顔で直ぐにソファへ座らされ……って思ったのにリーバイ様が私を抱いたまま座った。
あれ?下ろしてくれないと。
「ポーションをかせ」
「傷を確かめてからです」
マダムとリーバイ様が一瞬睨み合う。
「一度目は扇子で左頬と耳、二度目がまた扇子で手の甲、そこで扇子が壊れて最後に足で脇腹です」
いつの間にかついて来ていたゲルタが報告した。
「チッ、見せろ」
顔を押えていたガーゼを剥がし手の甲も確認された。だが脇腹までは流石に気づいて無かったのかリーバイ様が私の服に手をかけた。
「いぃぃえぇ、それはちょっと」
いくらなんでも伯爵様に私の貧弱な体を見せる訳には……
「いいから」
そう言って素早く私のカマーベストをはぎ取る。
「いやっ、ちょっと、待って……痛たたっ」
「馬鹿、恥ずかしがってる場合か、動くな」
必死に抵抗したがガッチリ抱きかかえられているためあっさりブラウスをめくりあげられ、あられもない姿をさらけ出されてしまう。
いや下着は着けていますよ。だから見られたのはお腹だけですけどね。
「こんな、酷い……絶対に赦さない」
マダムがボソリと呟く。
私も見ていなかったので確認すると腹部の左半分がどす黒く色を変え内出血していた。
「肋まではイッてないか」
マダムが手にしていたポーションをリーバイ様が取り上げすぐに脇腹にかけてくれた。
ズキズキと熱を持った痛みに冷たいポーションをかけられヒンヤリして気持ちが良いと思っているとそのまま治ったのか痛みが消えて強ばった体の力が抜けた。
「こっち向け」
ブラウスを下ろしてもらい今度は顔と手の傷にポーションをかけてくれる。バシャバシャと遠慮なくかけられていく高価なポーションは私が払うんだろうなと思いながらもリーバイ様の真剣な顔が間近にあって何も言えなかった。
「もう痛むところは無いな?」
「はい、ありがとうございます」
傷も治ったし人目もある。とにかくリーバイ様のお膝の上から脱出しようとすると何故か駄目だという風に睨まれた。
いやこのままじゃ駄目でしょう、と思いマダムに助けを求めたがなにも言わずに向かいに置かれたソファに座った……あれ?なんだか部屋の中に違和感がある。
「テーブルはどこに片付けたのですか?」
いつもの応接セットのソファに座っているはずが、セットであるテーブルが無くなりソファだけが置かれている。急な模様替えの最中……な訳ないしリーバイ様がいる時に模様替えとかありえない。
「あれ結構高かったの」
「いくらでも代わりを頼め、俺にツケて」
「当然そうさせて頂きます」
不機嫌そうなお二方が黙り込み何があったのかわからず視線を向けたユリシーズも苦々しい顔で口を閉ざしている。リーバイ様に抱かれて……いや語弊があるね、かかえられているので緊張もあり身動き出来ず居心地が悪い。
「あの……」
たまらず口を開くとゲルタが近寄り手を差し出した。
「リーバイ様、下ろして差し上げた方がアメリさんが寛げます。ずっと緊張しきりでしたから」
リーバイ様がゲルタの話を聞いて一瞬ぎゅっと蒼い瞳を閉じ息を吐くと私を抱える力を緩めた。すぐにゲルタが私の手を取り立たせると他へ連れて行くのかと思いきやリーバイ様の隣に座らせた。
いやいや、ここでだって緊張しますよ。そりゃさっきよりかましですけど。
そんな事を考えているとふわりと後ろからバスタオルをかけられた。振り返るとユリシーズが黙ったままマダムの後ろに戻っていった。ポーションでびしょ濡れだったので助かった。
「ありがとうございます」
礼を言ったが何も聞こえていないふりをされた。ツンデレだな。
「グレンダがすまなかったな、アメリ」
濡れた髪を拭いていると隣にいたリーバイ様がこちらを見て真剣な顔をしている。
「どうして、あやまるのですか?」
あの女がやったことなのに……
ムカムカとした気持ちがこみ上げる。
「リーバイ様が謝罪する必要ないと思われますが」
貴族様相手に感情をぶつけてはいけないと思うがつい言ってしまう。
「アイツの所へ行かせると決めたのは俺だからな。まさかあんな事をするとは思わなかったんだ」
へぇ~、元恋人の事は何でも知っていると思っていた、と?アイツね、なるほど。
「そうですか、知らなかったのなら仕方が無いことです。それに私は平民ですからこれくらいの扱いも仕方が無いことです、お気遣いなく」
すっと立ち上がりリーバイ様から離れた。……別に、引き止められることを期待した訳じゃない……引き止められないし。
マダムの後ろに立つと少し俯いた。
「それより予約はどうするのですか?」
あの女が勝手に約束した二週間後の予約。
「受けることになるでしょうね、きっと今夜あたりリーバイ様に知らせが来るでしょう」
またムカッとする。
「あのぉ、いくらリーバイ様の恋人からの頼みでもそう簡単に決められていいのですか?」
「恋人じゃない!!」
ギラッとした刺すような目を向けられ体がすくむ。
「も、申し訳ございませんでした」
慌てて頭を下げた。
侯爵夫人と恋人とか言われれば不倫関係だと騒がれ大変な事になる。貴族にとっての醜聞は命取りになる場合があるから公然でも認めてはいけないのだろう。
驚きとリーバイ様が元恋人を庇う様子に何だか泣きたくなってしまう。
「あっ、いや違う。今のは腹を立てたわけじゃなくて誤解されたくなかっただけだ。グレンダとはなんの関係もない、ただ申し込まれた予約を受けようと提案したのは俺だから」
それって元恋人のおねだりを聞こうとしたって事の言い訳では……
「だが、それはクライスラー侯爵とディアス侯爵は繋がりがあるからなんだ」
無いんだ……
顔をあげリーバイ様を見た。そもそも貴族の屋敷に派遣マッサージをしているのはディアス侯爵に近づく為だった。すっかり忘れてました、何を考えていたんだ、私。
「そう、だったんですね」
久しぶりにまともにリーバイ様と向き合った気がする。何だかんだとここ数日はリーバイ様から話しかけられる事なんて無かった。
平民の私から声をかける事は出来なかったしかける気にもなれなかった。だって昔の恋人にうつつを抜かしているのかもと思うとイライラして胸が苦しくて……あれ?私って……
「だからこのままじゃこれからもアイツの言う事を聞かなければならない」
申し訳なさそうにリーバイ様が視線をそらした。
マダムが私を振り返りじっと見つめる。
「どうする?怖かったら他の手を考えるようにイライアス様にお願いするわ」
「他の手ですか……何か方法があるのですか?」
「今はまだ無いけれど、直ぐに見つかるわよ」
ってことは代替案は無いと。リーバイ様は頭を抱えているしマダムは無理に微笑もうとしている……
「良いですよ、行きます」
反射的にそう答えてしまった。
「いや待て!このまま行かせる訳にはいかない」
焦った声を出しリーバイ様が立ち上がってこちらへ近づいてくる。
「では私を傷物にするのは止めるように言ってください。リーバイ様の紹介だからマダムに弁償させられたと」
紹介者が紹介した相手の失態を補うのは当然の事。これ娼館の常識ね。
「勿論それは言うが、それだけでアイツが収まるとは思えん」
ムッ、またアイツって言った。
いちいち引っかかってムカつく私も私だが、とっくに別れた相手をアイツなんて馴れ馴れしく呼ぶ方もどうかと思うけど!!
近付いて来たリーバイ様を睨むように見た。
「確かにあの暴力女がリーバイ様の一言くらいで傍若無人ぶりを抑えるとは思いませんけど、まさかリーバイ様経由で派遣されている私をそうあっさり殺さないでしょう。次からもポーション代を払ってくれれば仕事だと諦めます。上手くいったら上乗せして下さいね」
ドサクサに紛れて今回のポーション代も払ってもらおうとさり気なく言ったが気づかれただろうか?
リーバイ様は一瞬思考が停止したような顔をし、次の瞬間に再起動した。
「次回と言わずこれから先ずっとお前のポーション代は俺がもつ」
呆れたような、仕方が無いなぁというような色々な意味合が込められたような顔でリーバイ様が微笑んだ。




