54 借金87,172,000ゴル
お待たせ致しました
投稿再開です
またストック切れを起こすかもしれませんが宜しくお願い致します
「起きて……るのか」
ユリシーズがいつものように起こしに来てくれたがとっくに起きていた私を見て驚いていた。
昨夜はスイートの予約もなく、厨房の手伝いももうしなくていいと言われていたので久しぶりにゆっくりと眠れるはずだった。
ベッドに入り一瞬眠った気がしたが直ぐに意識が浮上しそこからはうつらうつらするだけで熟睡できなかった。
この館にリーバイ様がいて、シャーリーさんと一緒の部屋で過ごしている……これまでだって何度もそういう夜はあったのに、なんだかんだ昨夜はそのことが頭から離れなかった。
腰掛けていたベッドからのっそりと立ち上がり身支度をしてマダムの執務室へ向かった。ドアの前で気持ちを落ち着かせてからノックする。
「おはようございます」
深々と礼をとり出来るだけ淡々と、出来るだけリーバイ様の方を見ないようにマダムの近くへ行く。
「おはよう、今日はクライスラー侯爵家に行く初日よ。わかっていると思うけど気を引き締めなさい。伯爵家とはまた格が違うからね」
公爵様のマッサージはしたものの、あの方はいわば身内のような方で失敗したところで叱られはしても殺されはしない。
コールマン伯爵夫人も厳しい方だったが私が使えるうちは簡単には殺さないだろうし、そんな面倒で血生臭い事に興味は無さそうだった。気に入らなければ切り離せばいいくらいな感じだ。
だけど侯爵夫人は違うだろう。マッサージをした私を侮蔑の目で見ていたし、同じ貴族でも自分より爵位が下の者は完全に見下していた。
「はい、気をつけます」
憂鬱な気持ちは侯爵夫人のせいばかりでは無い気がするけれど、深く考えるのは止めておこう。
馬車へ向かう為に部屋から出ようと再び礼を取り、下げた頭を戻そうとして目の前の床に大きな靴が並んでいるのが見えた。
へ?
無言で顎に手を添えられ上を向かされ、間近にリーバイ様の端正な顔が迫り驚いて固まっていると素早くピアスを外された。
「これはもう魔力が空だ」
どうやらピアスに使われている魔石の魔力が無くなったのか新しいピアスと交換されていく。ピアスを取り付けるために頬や耳たぶに触れるリーバイ様の手のざらりとした感触に何故か胸が苦しくなる。
前にポーションをかけてくれた時にも触れられた事はあるが騎士として日頃から鍛えられている手の皮は厚く硬いのだ。
「ゲルタから離れるな。これで、聞いているからな」
付け替え終わったピアスを指で弾かれグッと目を見られた。惹き込まれそうな蒼い瞳に息を飲む。
「ふぁ、ふぁい!」
あまりの眼力に当てられたのか、クラリとして思わず声がうわずった。
「ハハッ、なんだそのおかしな返事は。しっかりしろよ」
ツンッとおでこを指で突かれムッとした。
「いっ、止めて下さい!痛いですっ」
あなたに取っては軽くでもこっちにすれば結構な威力なんだから!
痛むおでこを撫でつつさっさと部屋から出てドアを閉めた途端気がついた。
あれ……やらかした?
隣にいたゲルタの顔を見ると満足気にニヤリとした。
「よく出来ました。さぁ行きましょう」
貴族に対して良くない態度を取った気がしたがゲルタの機嫌は良かった。何故かを考えるのは面倒臭い。これから侯爵邸に行くのだ、余計なことは考えず気合いを入れよう。
さっきまでの憂鬱な気持ちは少し晴れ、耳たぶが少し熱く感じた。
「あぁ~、なるほど、そう来たか」
公爵邸へは暗くなってから通っていたし、裏門から入った所しか間近で見ていないから比べることは出来ないが。
「これはもう王城でしょう?」
当然、地位的にも比較的お城の近くにあるクライスラー侯爵邸はどこからどこまでが敷地なのかわからないくらい大きく、屋敷の壁沿いを延々と馬車が走っている。
「全然違います。王城はもっと壁が高くて上に歩哨が等間隔に立っていますし、整備も行き届いています」
向かいのゲルタが窓から外へ目もくれず話す。きっと話が決まった瞬間から何度か偵察に来ているのだろう。
ゲルタの言う通り侯爵邸を囲う塀はコールマン伯爵家と変わらない高さで、その様子は確かに手入れが行き届いているとは言い難かった。
王城は王家を護る為に至る場所を日頃から点検整備しているだろうが、侯爵邸はどうやら正門近くは綺麗に整え、裏門の方は後回しにされているようだ。金銭的に上手くいっていないという噂は本当のことなのかもしれない。
通常平民の出入り業者は裏門を利用するので、ここをおろそかにしていたら直ぐに市井に悪い噂が広まるが平民に対してそこまで気にする意識が無いのだろう。
勿論、私達が乗った馬車は裏門をくぐり建物の脇で降りるように言われた。
出入り口付近で二人の騎士らしき男が私達を面倒くさそうに手招きした。
「ここに荷物を全部置け」
流石に初めて訪れた私達には警戒しているようだ。あらかじめ用意されていた古びた机の上に手荷物を置くと一人が鞄の中を確かめ、もう一人が折りたたまれたマッサージベッドに近づいてきた。
「何だこれ?」
全然話が通って無いじゃない。
「私はマッサージをするためにクライスラー侯爵夫人に呼ばれて参りました。これはそのマッサージを受けて頂く時に利用するベッドです」
「はぁ、ベッド?聞いてないぞ」
知るか!聞いてないのはそっちの連絡ミスでしょ。
侯爵家の護衛らしき騎士はベッドを広げさせ穴が空いていることにケラケラ笑ったり、雑にベッドの上に乗ったりと散々な態度を取っていた。
「あの、困ります。このままでは侯爵夫人に呼ばれた時間に間に合いません」
念の為早目に来ていたがそろそろ行かないと本当にヤバい。
「そんなの俺達に関係ない。それで、お前たちどこから来たんだ?」
「紫苑の館です」
「紫苑のって……お前娼婦か?」
その言い方にカッチンとくる。
「違います。私はマッサージ師です」
「娼館で働いているんだから同じだろ。名前は?」
ムカムカするけどここで揉めては駄目だろう。
「アメリです」
「今度指名してやるから帰る前にちょっと相手しろよ」
ニヤつき伸ばしてくる手をさっとかわす。
あぁもう、なんでこんなクズがいるかなぁ!
「申し訳ございません。私には指名客が既についていますので」
「はぁ?お前みたいなチンクシャを指名するやつなんかいるのかよ。誰だ?」
今お前だって指名するって言ったじゃないか!
イライラが頂点に達しそうになった時、後ろからゲルタの低い声が響いた。
「アメリの一番客は伯爵様です」
どこの、とは言わなくても爵位持ちに逆らう無爵位はいない。グッと言葉を詰まらせるとやっと中へ通してくれた。
全くなんて奴だ。
建物の中では若い男の使用人が私達を案内してくれていた。
これまでジョンソン子爵邸、コールマン伯爵邸、公爵邸と三か所のお屋敷へ行ったが、侯爵邸はそのどこよりも薄暗く、陰気な雰囲気がしていた。
足元の絨毯も古く手入れが行き届いていない。廊下の窓も薄っすらホコリが積もりガラスも曇っている。いくら裏門からの通路だといっても荒れすぎな気がする。
進んだ先のドアを開けた先は今通って来た所と違い、明るく照らされ綺麗に掃除もされていた。飾られている装飾品もキチンと磨かれ窓も曇りなく磨き抜かれている。
ここまで徹底しているところを目の辺りにするとちょっと感動してしまう。主の目につく所しか掃除をしていない、もしかしなくても人手が足りていないのかもしれない。
これぞ貴族のお屋敷という感じの豪華で綺麗な廊下を進みいよいよ部屋へ到着した。
「失礼致します。マッサージのご用命を賜りましたアメリでございます」
つけ込まれないようにいつもより丁寧に深々と礼を取る。チラッと見た感じではクライスラー侯爵夫人ともう一人上品そうな貴婦人がテーブルをはさみ優雅にお茶しているようだった。
「遅かったわね、ここへ来なさい」
クライスラー侯爵夫人は全くこちらを見ず、手にした扇子で口元を隠しながらお客様らしき貴婦人へニッコリと微笑んだ。
「これが最近耳にするマッサージという施術が出来る者ですのよ」
傍へ行くと黙って再び礼を取った。
緊張で胃がキリッと痛み手が震える。




