48 借金83,152,000ゴル
マッサージグッズの説明は終わり次は鼻緒のサンダルだ。
「これは取りあえず試作は作ったが紐の長さがよくわからんのだ」
ドルフが言ったそこには、色取り取りの鼻緒が取り付けられた見た目にも可愛いサンダルが並べられていた。
「わぁ、可愛いですね」
私が喜んで手に取るとマダムも同じ様に手を出した。
「あら、本当ね。変わった形だけどこれなら抵抗なく使えそうね」
花柄からフワフワした素材の物まで、女性が好みそうな生地で作られたサンダルは前世での着物用草履のように華やかで選ぶ楽しさがある。
「この鼻緒の調整なんだか……」
ドルフは早速私に出来たての足袋を渡し、素足でなく靴下でサンダルを履くよう勧めてきた。これがあるなら先に言ってよ。
「基本的にはこの部分を足の指で挟んで歩くのであまりきつくしない方が良いです」
「だが階段とかすぐに脱げそうになるぞ」
「それも脱げないように力を込める事が足には重要なんです。男性用もあってもいいんですよ、外反母趾予防の為だけでなく足を使う事によって血行も良くなって身体にいいですから」
にこやかに言うとまたマダムとマイルズさんがため息をついた。
「また出てきたわ」
あれ、言っちゃ駄目だった?うわっ、ドルフが凄い勢いで何か図面を描き始めてる。直ぐに男性用も作るつもりなのかな。
グッズの打ち合わせを終えると昼食を取ったあと、新しく出来つつある女性専用のマッサージ室へ向かうように言われた。
厨房の勝手口から裏へ出ると今朝帰って来た時には無かった生け垣が植えられてあり、お客様が通るときにこちらが見えないように隠されていた。
そこから出ると裏門から新しい女性専用のマッサージ室へ向かう道が出来上がり馬車まわしも綺麗に整備されていた。建物の中へ入る所謂裏口も、立派なドアが取り付けられお客様を迎えるに相応しい二つ目の玄関となっていた。
中へ入ると直ぐにこじんまりした待ち合いスペースになっていて、とても娼館の中とは思えない落ち着いた雰囲気の調度品が設えられていた。
玄関とは別に二つのドアがあり恐らく一つは館へ通じる『関係者以外立ち入り禁止』のドアでもう一つがマッサージ室へのドアだろう。
マッサージ室へ入るとそこには数人の男女がいて、絨毯をしいたりカーテンをかけたり家具を設置したりと忙しなく働いていた。
「あぁ、駄目ダメ、そこにはこのチェストを置いてそれは好きじゃ無いから引き上げて。それからカーテンもやっぱりさっき言ったようなのを買って来て、それは下品に見えてヤダ」
小柄な女性が可愛らしい声で内装を指示し、それに従い職人らしき男性と使用人の女性が細々と働いている。
「その声、まさかジュリアンさん?」
驚いて声をかけると紫苑の館ナンバーツーが可憐に振り返った。
「あ~、アメリ。どうかしら?マダムに言われて私が整えているんだけどいい感じでしょう?」
部屋は落ち着いた雰囲気の柔らかい色調でまとめられ、調度品も高価過ぎず私でもそこまで気を使わなくて済みそう。部屋の中に小さなシンクもありお湯が直ぐに使えるようになっていて、ホットタオルやお客様に飲み物を出す用意もできそうだ。
「あっちに小さい部屋があるから」
もう一つドアがありそこで着替えが出来るようだ。
「ジュリアンさんってこういうことがお得意なんですね」
頼まれて部屋を整えるとか私には絶対に無理だ。
「得意っていうか、好きなのぉ」
褒められた事が照れくさかったのか頬を少し赤くしながら急に営業用の可愛らしい声で返してきた。野太い地声とは裏腹に細やかな気遣いが出来たり部屋を整えるセンスがあったりと、ジュリアンさんなら娼館じゃなくても活躍出来る場所が他にもあるんじゃないだろうかと思った。
でも多分娼婦が一番儲かるんだろうな。今世での女性の地位はまだまだ低い。よほどの運と元手とツテが無ければ稼ぎ続けることは難しいだろう。
コールマン伯爵夫人だってあんなにやりてババア風だけど夫である伯爵の名前があるから堂々と振る舞えるのだ。
「ありがとうございます。とても素敵な部屋にして頂いて嬉しいです」
こんなに綺麗にしてくれたんだから何かお礼をしなければいけないな。
「アメリのためだもん」
可愛く微笑まれ地声を知っていても思わずデレてしまう。
「えへへっ、じゃあせめてマッサージのサービスしますね」
「いいのよぉ、私も儲かったんだから」
「…………え?」
今なんつった?
「急ピッチで仕上げたから特急料金も出してもらったしぃ。こういう仕事ももっと増やしていきたいからいい宣伝にもなると思うの。富裕層の人達って敏感だから聞かれたらコーディネーターのペネロープがやったって言っておいてね」
名刺を差し出され待ち合いにも置かせてくれと頼まれた。
「コ、コーディネーター……ですか」
「そ、なんでもコーディネイトするわよ、部屋でも人でも。コーディネーターって言えば聞こえはいいけど何でも屋とでも思って。困り事があれば取りあえず声をかけて。これはこの仕事用の名前ね」
ジュリアンさんの笑顔と共に部屋はまたたく間に仕上がり直ぐにでもお客様を迎える準備が整っていく。
「新しいマッサージベッドもある……」
しかも据え置き型。
「あぁ、マダムが注文しておいてくれたみたいよ。ここと男性用のとろにも」
つまり二台。
「じゃあ私はもう行くわね、夜の準備をしなくちゃ」
可愛く手を振り去っていくジュリアンさん。
だ、だ、誰か大丈夫だって言って私を抱きしめて。
心配ないよ、ここの準備は全部、ぜーんぶマダムが払ってくれるよ!当たり前じゃない、ここはマダムの持ち物だよ。ここでの稼ぎはマダムの稼ぎになるんだし、私はただの雇われだよ、大丈夫考え過ぎだってほら気をしっかり持って、アメリ、ファイト!
「これ、請求書だから見ておいて。コールマン伯爵家の方が終了する四日後からお客様を迎えるからそのつもりでね」
執務室へ行くと、なんでもない顔でマダムがバサッと数枚の書類を渡してきた。
「こ、こ、これって……」
ゴクリと唾を飲み込みかすれた声で尋ねた。
「門の取り換え、地面のタイルの張替え、ドアを取り付けるための工事に部屋のリフォーム、家具はうちにあったものを使ったから安く済んでるわよ」
「あり、ありがとう、ございます」
「それから、新しいマッサージベッドが二台、持ち運ぶのは大変でしょう?」
「はぃ……ぁりがとぅござぃます」
「全部特急でやったから二割増しだったわ、あぁ、ジュリアンが指揮を取ってくれたの。庭の掃除もルー達が特別料金でやってくれたからなんとか間に合ったわね」
「くっ…………うぅ……」
「まぁ、なに泣いてるのよ。皆が協力してくれたからってそんなに感激してるの?あなたがここを改築してやるって言ったときは驚いたけど上手く言ったわね。だからこれから頑張らないと、ここって一等地だから家賃は高いのよ。週二十五万は欲しいところだけど十五万に負けといてあげる、頑張るあなたに免じてね。勿論立て替えた利息なんて取らないわよ」
キラキラしいマダムの笑顔が涙でよく見えない。知らんぷりして話してるけどマダムはきっとわかってて言ってんだ。だってよく見えなくったって笑顔が胡散臭いもん。
誰かぁーー!嘘だと言ってぇー!!
金五百四十六万ゴルの請求書を握りしめ号泣した。
ふ~えた、増えたぁ、減ったと思ったらふ~え〜たぁ~
フラフラと廊下を進みいつの間にかきたスタンダードの時間に前室へお客様を迎えにやって来た。
「お待たせ致しましたぁ……」
必死に働いたのに何故か借金が増えたアメリでーす。
心の中で自虐的な言葉を吐きながら、それでも仕事は仕事だからと笑顔を張り付けた。
「なんだ顔が引き攣っとるぞ」
モージズ翁が鋭く指摘してくる。流石に海千山千の御老体は何もかも見抜いてくるよね。
「すみません、ちょっと疲れが。でも大丈夫です」
私はモージズ翁の体を揉みながら、優しく聞かれるままに答えているとハハッと笑われた。
「何を言っとる。商いをする上で借金なんぞ当たり前じゃ。しかもそれは損失ではなく、商売拡大の為の謂わば投資じゃろう?」
「でも、せっかく借金が減って来ていたのに……」
足を揉みながらもまだ落ち込んでいるとモージズ翁はいやいやと否定する。
「この短期間にこれだけの評判と得意客の拡大、大したもんだ。きっとまた直ぐに取り戻せるから心配し過ぎるな。だが気は緩めるな、商売ってのは怖いもんじゃからな」
やっぱ大先輩のお言葉は胸に沁みる……




