42 借金88,812,000ゴル
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公爵が立ち上がりこちらへ向かって来る気配がする。私は改めて少し頭を下げじっとしていたが不意に顎に手を添えられ上を向かされた。
「ひっ……」
驚いて悲鳴をあげそうになったが必死に飲み込んだ。
「ほう、こういうタイプか」
向こうから目を合わせて来たんだから仕方ないよねという形で公爵様のご尊顔を拝見した。
第一印象としては意外と若かった。私の勝手なイメージで公爵といえばもっとお年を召した落ち着いた方で偉そうな感じだと思っていた。
茶髪にこげ茶の瞳、少し細身に感じるが騎士のリーバイ様と比べては誰だってそうかも、恐らく三十代後半ってとこか。重鎮というより飄々とした印象の綺麗な顔立ちで品があり、ワイルド系なリーバイ様とはタイプが違うイケメンだ。眼福〜
「イライアス様、手を離して下さい」
リーバイ様がちょっと苛ついた声で公爵を諫める。すると公爵はくっと笑い今度は私の肩に手をまわし抱き寄せた。
おわっ!イケメンに抱き寄せられちゃった、やだやだドキドキのシチュエーション!って思ってる余裕は無い。この方は公爵でマダムの恋人でリーバイ様の上司でお客様だ。
「ふざけるのは止めてくださいよ、ほらコイツも固まってますから」
なんの目的か分からないが貴族ジョークに付き合えるほどこの場の状況を楽しめない私は心を無にして顔を固めていた。処理はリーバイ様に任せます。
「なんだ、つまらんな。もっとこう動揺するかと思っていたのに」
いやいや、振り切れているだけで十分動揺してますよ。膝だってさっきからガクガクです。
「お遊びはいいですから、解放してやってくださいよ」
ホントに早くしないと意識失っちゃうぞ。
「やっぱり少し気になるか、よしよしイイ感じだな」
ちょっとどころじゃないです、さっきから呼吸も止まってま〜す。
「まったく……」
二人のやり取りをどこか他人事のように流しながらひたすら肩を抱かれたままじっとしていたらリーバイ様がグイッともぎ取って救出してくれた。
「ぷはぁ~、はぁ、はぁ……」
やっとの事で呼吸をし、回らなくなった頭に急速に酸素を供給した。
「あぁ、すまない。まさか息を止めていたとは、ククッ」
公爵ともなれば平民の命なんておもちゃと同じ扱いだと聞くが本当だったね。
楽しそうな公爵様はそのまま応接セットの方へいき、ご自分の定位置なのか中でも高級そうな椅子に腰掛けた。
「ほら、閣下にご挨拶申し上げろ」
やっと呼吸が落ち着くとリーバイ様に背を押され改めて公爵様に礼を取った。
「マッサージ師のアメリでございます」
「ふむ、話は聞いている。それで今夜は……」
と言ってリーバイ様に視線を向けた。
「はい、予定通りマッサージを受けて頂きます。ハーマン」
リーバイ様が声をかけたのは公爵様の執事らしく、白髪まじりの出来る男風な黒服。真っ直ぐに伸びた背筋でコクリと頷くとユリシーズを準備の為に隣の部屋へ連れて行った。直ぐに数人の従僕達もやって来ると公爵様の着替えを手伝う為に一緒に向った。
一瞬、執務室でリーバイ様と二人きりになった。
「はぁ……」
思わずため息をついてしまいハッとした。隣にいるこの人も貴族だったよ!
「も、申し訳ございません」
すぐに謝ったがクスッと笑われ肩をポンと叩かれた。
「俺だけだから構わん。それよりただのマッサージ師としてだけ接しろ。どこに誰の目があるかわからん」
声を潜めて耳元で囁く。勿論これはスパイとして雇われた事は態度にも口にも出すなって事ですよね。
「わかりました」
私も小さく答え隣の部屋へ向った。
準備が整った公爵様が少し楽しそうな顔でマッサージベッドを見ていた。
「では恐れ入りますがこちらの穴へ顔を当ててうつ伏せでお願い致します」
公爵様は執事や従僕、リーバイ様が見守るなかマッサージベッドを珍しそうに眺めぐるりとまわりを一周する。
「本当にこれに寝るのか?」
「はい」
「私を騙そうとしているだろう?」
「そんな命知らずではありません」
そう言うとほぅと言って執事のハーマンに目を向けた。ハーマンはひと呼吸置いてこちらへ来ると素早くマッサージベッドにうつ伏せになった。
「これはかなり無防備だな」
「私がお傍におりますから」
公爵様の言葉に素早くリーバイ様が答える。
「確かにお前がいれば安心だが……先ずはハーマンに試してくないか。それで感想を聞かせてくれ」
薄っすら笑みを浮かべたままのらりくらりとマッサージを受けることを先延ばしにしているように見える。
怖いのかな?リーバイ様が先に説明しているはずなのに信じてないのかな?
「畏まりました。では失礼いたします」
執事ハーマンは黒服のままでベッドにあがりうつ伏せになって穴に顔をはめている。着替ている訳ではないのでスーツを着た上半身のへの施術は少し面倒だ。私は足の方へ向かい足裏を軽くほぐしはじめた。
執事といえば一日中立ち働いているだろう。だからこんなにお疲れな感じなのねっという感じでグイッと指を押し込む。
「いっ!ちょ、ちょっと、痛い」
ですよね。
穴にはめていた顔を一瞬上げてビクつき焦ったような声を出す執事ハーマン。
「お疲れがたまっておりますね。足裏というのは健康状態もわかると言われています。ここが痛いと……」
話しながらもグニグニ揉んでいく。
「いっ!な、なんです?」
「胃が悪いですか?」
「どうしてわかるんですか?!」
執事なんて神経を使う仕事だもんね、胃が悪くて当たり前。
「この土踏まずの上の方は胃が悪いと痛むんです。ご自分で揉んでもいいですよ。あんまり強くしてはいけません、痛気持ちいい感じで短時間で」
他にも所々痛そうな場所があったので青竹踏みが製品化されたらきっと購入して頂けるだろう。
足裏を重点的に揉んでいき、ふくらはぎもマッサージしていくと執事ハーマンが段々とリラックスしていくのがわかった。きっと足の血流が良くなりポカポカしてきたのだろう。
「ハーマン、もういいから代われ」
ほっこりした様子を見ていた公爵様がちょっとムッとして執事ハーマンを起こした。
「旦那様、もう少し試さなければ感想が述べられません」
執事ハーマンもなかなかやるな、どうにかしてマッサージタイムを引き伸ばそうとしているようだ。
「お前のその顔を見ればわかる。最初は痛そうだったが途中から何も言わなくなったではないか」
公爵様が執事ハーマンをベッドから追い出そうとしている様子をリーバイ様がニヤつきながら見ていた。
選手交代し公爵様がうつ伏せになり失礼致しますと背中を跨いだ時は一瞬部屋の中がピリッとした。執事ハーマンは違う意味でハッとしていたようだ。
これから行われる施術が自分が受けた物と違うとわかり受けたものはほんの一部だけであったと知り後で悔しがっていた。中々面白い執事だな。
公爵様の身体はマダム・ベリンダに匹敵するくらいガッチガチのコッチコチだった。元々は鍛えていたのか割りと筋肉がついていたが、恐らく最近は運動出来ていないのだろう。
「うわぁ、そこを押されると痛いな」
後頭部の耳の裏から骨にそって首を押していくと公爵様が言った。
「痛すぎませんか?痛いと気持ちいいの間くらいが丁度いいのですが?」
少し力を抜いて擦るようにした。こういう大人で貴族で立場がある人は元来我慢する事を日常とされているだろう。だから本人が口にするより少し甘目に扱う方が良い。
「あぁ……今ぐらいが……」
良いんですね、わかりました!
初回なので全体的に軽くという感じで施術していき、仰向けになって頂く。執事ハーマンがまた驚愕していたが手の先から腕、また首を少し解し頭を揉む頃にはゆったりした呼吸で完全にリラックス状態だった。
リーバイ様と視線を交わすと少し口の端を上げた。
それを見て前世の○○ゲットだぜ!バリに心の中で拳を突き上げた。
子爵、伯爵、そして一気に飛び越し公爵をマッサージの虜にした今、ディアス侯爵ごときは最早敵では無いだろう!
今の私って中々のやり手になったんじゃないだろうか。




