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こってますね、マッサージ致しましょうか?  作者: 蜜柑缶


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41 借金88,782,000ゴル

ブクマありがとうございます

 私が作ろうとしているマッサージグッズや鼻緒のサンダルは新製品でこれまで今世で無かった物のため秘密裏に事を進めている。その製作過程の殆どが現役を退いたご隠居クラブの方々の人達が関わっているようだ。

 

 鍛冶屋ご隠居のイーデン翁、生地問屋のジョバンニ様はまだ現役だけど、材木問屋ご隠居のテッド翁、元服飾師のラッセル翁、これをドルフが集約して品物を仕上げていく。町工場の連携と同じだね。

 特に服飾師のラッセル翁はサンダルの靴底以外の部分と足袋をお任せするのでマッサージに来て頂いた後なんかにも進行具合を見せてもらった。鼻緒は簡単な紐状の物を作るだけだけど、足袋はこれまで見たことない物だったので何度も試作をして履き心地を確かめた。最終的に出来あがった足袋がラッセル様の愛用品となったのはまた別のお話、なんてね。




 イーデン翁をお見送りした後マダムに呼び出された。


「これからイライアス・フレッチャー公爵様の所へ行ってもらうから」


「へ?」


 こういうのを青天の霹靂って言うんだ……行くとは聞いていたけど今なの?

 独りで目眩と耳鳴りを感じながらいきなりの衝撃に耐えて見たマダム・ベリンダは少し意識して無表情に取り繕っているようだった。なにせ恋人のことだもんね。

 コールマン伯爵夫人に牽制するために私を指名しているとされたフレッチャー公爵とはもちろん一度も会った事は無い。


「わ、わかりました。ですが昨日、コールマン伯爵夫人の所で貴族相手にこの格好は駄目だって言われて着替えさせられたんですけどこれで大丈夫でしょうか?」


 いま着ているねずみ色の作務衣をピラっと見せた。元々館内用で男をその気にさせない為の服だが、公爵様にお会いするとなると少し気が引ける。

 まして今回はマダムの恋人。

 マダム・ベリンダは誰がどう見ても攻撃力が戦艦空母並の完璧なスタイルとお顔立ち、つまり私ごときB級ねずみ色の攻撃力お手製の竹槍程度に公爵様がふらつく可能性はゼロ以下だろう。


「ユリシーズから聞いてる。取りあえず既製品でコールマン伯爵夫人の所で用意してもらった物と似た制服を用意したわ。夫人からもアドバイス頂いたから明日からはこれを着て行ってちょうだい。ここではその姿の方がいいでしょうけど、来週から午後の部で平民の夫人達を迎えるときも新しい制服を着なさい」


 マッサージを始めた当初は男性をターゲットとしていた為、地味でその気にさせない路線の格好だったが今では女性のお客が増えそうな雰囲気だから制服にも気を使う。

 与えられた新しい制服はコールマン伯爵夫人の所で着たのと形は殆ど同じで白いブラウスに黒いカマーベスト、今回は黒いクロスタイが付いた黒いパンツスタイル、かなり見栄えは良くなった気がする。


「替えをもう一揃え用意したわ。代金はあなたに付けとく」


「はぅっ、制服は支給じゃないんですか?!」


 最初の制服と呼べる作務衣はマイルズさんにおねだりタイムで作ってもらった物だったので今回もあわよくばと思ったが訴えも虚しく三万ゴルよと冷たく言い渡されガックリとする。が、落ち込ん出る暇は無い。直ぐに新しい制服に着替えると基本的に私に厳しいユリシーズに遅いと文句を言われつつ馬車に乗り夜の街を公爵邸へ向かった。




 目的地である公爵邸は貴族街の中でもよりお城に近い場所にある。というより殆どお隣さんと言っても過言では無いほど近いらしい。

 王都ヘルムの土地は城に近いほど高価で、街の南に下るほど建物は上に伸び手狭な間取りの部屋が増え家賃は安くなる。

 城に近い場所は代々忠義に厚い強力な力を持った家門が広大と呼べるほどの屋敷を構えていて、いつ何時王からの命令がくだされても直ぐに馳せ参じるという気持ちを表しているのだという。だがそれだけ力が強い家門に王が常に目を光らせる為とも言えるだろう。


 薄暗い夜道に車輪の音だけが響き、しばらくすると公爵邸が近づいて来たのを御者から知らせられユリシーズが下りる準備を始めた。いつも冷静な彼も流石に公爵となれば緊張するのか大きく深呼吸している。

 それを見て私も公爵邸に行くんだという事に現実味が増しちょっと息苦しくなって来た。


 門が開かれる音がし馬車の速度が落ちたので窓にかかっているカーテンをそっと開けてみた。

 門から玄関までのアプローチを馬車がゆっくりと進む。道沿いは美しく刈り込まれた生け垣が庭を見通せない壁となっていて他は何も見えない。反対の窓からも同じような生け垣があり緑の通路を馬車が行く。道幅もそれほど広くなく馬車が二台すれ違える程度だ。

 恐らく裏門らしい道を行く馬車の窓から乗り出して前方へ視線を向けると、長いアプローチの先に馬車まわしがあり、それほど高くない階段を上った入口付近に人影が見え慌てて顔を引っ込めた。


 馬車が停まり直ぐに外からドアが開かれた。


「よう、ご苦労だな」


 聞き慣れた声に驚いて外を見るとカッチリとした制服らしき姿のリーバイ様がそこにいた。

 近衛隊の任務中なのか、濃紺の隊服に身を包み腰に高価そうな剣を帯び胸には幾つか勲章を付けている。襟の縁取りとショルダー・ノッチは金糸が使われ、肩から斜めにかかる蒼いサッシュはリーバイ様の瞳の色とお揃いのように見える。後ろへ撫で付けられた髪がいつもと違う雰囲気をかもし出し端正な顔が更に引き立てられた姿に思わず声を失った。


「どうした、早くおりろ」


 さっさとユリシーズが下りたのにいつまでも馬車の中にいる私にリーバイ様が怪訝そうに声をかけた。


「あっ、わっ、はいっ!」


 動揺しまくっている自覚は熱い顔に嫌というほど知らされながら、俯き加減で外へ出た。


「今回はまだ顔見せだし平民だからな。裏門(ここ)からだけどいずれ正面から入る事になればもっとましな格好しろよ」


 これでも結構ましな格好をしてきたつもりだったが正面からは入れないらしい。

 直ぐに階段をあがり建物の中へ入ってズンズン進んでいくリーバイ様を追いながら必死に足を動かす。ユリシーズは今回も荷物を全て持って私の後ろからマッサージベッドを転がしながらついてくる。


「屋敷の中では他の奴らとあんまり口をきくな」


 振り向きもせずリーバイ様が低く話す。なんだかいつもと雰囲気が違ってドキドキしちゃう。


「は、はい」


 角を曲がると急にこれまでより広い廊下に出て、等間隔にリーバイ様と同じ様な制服を着た騎士達が両サイドに交互に直立している。

 リーバイ様が前を通るとスッと頭を垂れ、通り過ぎると直ぐに元通り直立し、ジロッと目だけで私を見る。

 怖い、なんか見張られてる?

 居心地の悪い私と違いそんな事を全く気にしないリーバイ様は高級そうな絨毯を踏みしめ音もなく進む。足の長さが全然違う私は回転数で稼いでいるもののそろそろ息が切れそうなった時、私達が近づくのに合わせて制服を着た騎士があるドアを開きその部屋へ吸い込まれる様に入っていった。


「閣下、例のマッサージ師を連れて参りました」


 部屋の正面にある執務机に座っている人物へ私を紹介し、キリッとして振り返るイケメン。

 いつものちょっとウザい陽気なリーバイ様と違い、お仕事モードの公爵付近衛隊魔術騎士は兎に角物凄く格好良い!!

 私って制服フェチだったっけ?なんだか紫苑の館で会っているときよりも三倍、いや五倍は輝いて見えるんだけど!!


「おい、なに呆けてる」


 イケメンが全く動かない私に声をかけてきた。


「はっ、はい!も、も申し訳ございません」


 慌ててリーバイ様に頭を下げると「馬鹿違う!あちらだ」と言って体をぐいっと回された。


「ハハッ、なんだそれは。本当にお前たちが絶賛する施術が出来るという娘なのか?」


 顔はあげられないが頭上から気品のある心地よい声が響く。自分の失態を恥じ入りながらも、これがマダム・ベリンダの恋人と言われている公爵様の声か、なんて思っていた。


「はい、ちょっと変わった奴ですが腕は確かです」


「ふむ、確かアメリといったか、顔をあげなさい」


 ぎゅうっと胃が縮み上がっているが思い切って言われた通り顔をあげた。勿論視線は下げたままだが、間に立っているリーバイ様に様子を窺う様にチラッと目を向けた。


「なんだ、緊張してるのか?」


 一瞬目があいニヤッとされた。見た目は目を背けたくなるほど輝くイケメンだが中身はいつものウザい感じでちょっと安心してしまう。


「はい、公爵閣下の御前ですから」


 自分で口に出しながら改めて今の状況を自覚しなんだか目眩がしてきた。



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