39 借金88,602,000ゴル
どうやら勢いよく頭を下げた時にテーブルにぶつけてパックリとイッてたらしい。
「信じられん奴だな」
リーバイ様が私の額をタオルで拭いながら傷を確認してくれている。
「すいません、もう大丈夫ですから」
驚きで痛さを感じないうちに治ってしまい、それよりお貴族様に世話を焼かれていることが居心地が悪くてたまらない。
後は自分でやりますからとタオルを受け取りポーションでびしょ濡れの服も拭こうとしたが血塗れで無理そうだ。
「こっちを使って」
マダムからもう一枚タオルを渡されそれで服をポンポンと拭いていた。
「怒鳴りつけて悪かったわ」
自分が怒ったせいで私が怪我をしたと思ったのかマダムが謝ってきた。
「いいえっ!私が自分でしでかした事ですから」
後ろからユリシーズが当然だと呟き本当の事だけどムッとしちゃう。だけどマダムがあんなに怒るなんて本当にびっくりした。
「色々勝手な事をして申し訳ございませんでした」
改めて頭を下げるとマダムが深ぁくため息をついた。
「ハナオのサンダルも、勝手な予約もあなたにしわ寄せが行くんだから自分が頑張ればいいのよ。だけど……」
なんだかいつもと違い口ごもるマダム。もじもじしてちょっと可愛いけど何をおっしゃりたいのかわからない。
「あの、なんでしょうか?」
じっとマダムを見ていると隣に座っていたリーバイ様が私の手からタオルを取り上げ私の髪を拭き始めた。
「察しの悪い奴だな。ベリンダはお前の心配してるんだよ」
「わっ、はい?心配って」
貴族様に髪を拭かれるわ、心配とか聞かされるわでちょっと訳がわからない。
「だから、お前がコールマン伯爵家で貴婦人達に口答えしようとしたろ?」
口答えってアレですか。
思い出すだけで眉間にしわが寄ってしまうのが自分でもわかる。
「だって!……ムカついてしまって。リーバイ様も聞いていたんだからそう思いましたよね?あのクソばばぁ……いや、貴婦人方の胸くそ……じゃなくって腹の立つ、も言っちゃ駄目か。えぇっと、気分を害する噂話を……」
「ワハハハハッ!!」
急にリーバイ様が大笑いしながら私の髪をワシワシ拭き始めた。凄腕騎士にワシワシされて驚いた私は慌てて頭を抱えて逃げた。
「何するんですか?!そんなに力いっぱいされたら髪がボロボロになりますよ」
「え?あぁ、すまん、そんなに力を入れたつもりは無いんだがつい面白くてな」
満面の笑顔のリーバイ様を睨みそうになっていると私の気持ちを代弁するかのような言葉が飛んできた。
「面白く無い……」
驚いて視線を向けるとマダム・ベリンダがまた激おこだった。
「あなたのような平民が貴族に口答えしてただで済むわけないでしょう。あの時マクブレイン伯爵夫人が庇って下さらなかったらどうなっていたかわかってる?」
さっきと違い、静かに極寒の地に真っ裸で送り込まれたように体の芯まで凍りそうな怒りを漂わせるマダム。
「す、すみませ……」
「たかが私の噂を聞いたからってどうしてあなたが……」
「いやそこはムカつくでしょう。マダムはキツイ性格でブラックな環境で私を働かせるけど、娼婦になりたくない意向は汲んでくれたしマッサージ師としてのお膳立てもしてくれているのにあそこまで言われて黙っていられる訳無いでしょう!」
「それであなたが殺されたらどうする気だったの?」
「それは……その」
「おまけにその責任が私にまで及ぶと思わなかったの?」
「……すみません、あの時はそこまでは考えていませんでした」
よく考えればわかることなのにコールマン伯爵夫人の言う通り無知で馬鹿な平民の浅はかな行動だった。
「それくらいでお説教は良いじゃないか。後は素直にコイツの気持ちを受け入れてやれよ」
リーバイ様が黙ってしまった私とマダムの間をとりなすように口を挟んでくれる。
「もういいわ。とにかく、今後私の事で何を言われても聞き流して節度ある行動を取りなさい」
「はい……」
「いやベリンダ、もう少しこう……もういい、俺が言う。ベリンダはお前が自分の事で怒ってくれたのは嬉しいがお前が危険に晒されてかなり動揺してた。だから今度からは自分の身の安全を優先しろってことだ」
「はい?……はい、わかりました」
リーバイ様の言葉が一瞬理解できず驚いてマダムを見るとさっと目をそらされた。私がマダムを庇うような行動を取ったことを喜んでいたなんて。
頬を染めるマダム・ベリンダが可愛い……
それを見てこの方々が私が思っているよりも私自身を心配してくれているんじゃないかと思えた。スパイとか、借金とか、諸々絡み合う複雑な関係だが素直に嬉しく思った。だって唯一の家族である父親が逃げてしまった私には心配してくれる人なんてもう居ないのかと思っていたから。
「余計な事を……もういいから行きなさい。午後からマイルズが来るからそれまで厨房でも手伝って来なさい」
照れ隠しのように言いつけるマダムをにんまりして見ていると何故かムッとしたマダムが更に付け加える。
「言っておきますけどね、さっき使ったポーションはあなたに付けておくから」
「えっ、ポーションって……お幾らですか?」
パックリとイッた額にリーバイ様がかけてくれたポーションは庶民には手の届かない高級品のはずだ。
「二十万ゴルだ」
冷たいユリシーズの声がサクッと胸に突き刺さった。
「あんまりだと思いませんか?」
ジャガイモの皮をむき終わり一口大に切り分けながらモニーに愚痴っていた。額の怪我に二十万ゴルするポーションを私に断りなく使うなんてなんだかキィーっとなる。
「確かにポーションは高くついたけど、あんたのその考えがヤバ過ぎる」
モニーがお皿に私の分のスープをよそってくれながらテーブルにつくように促してくる。
「何がヤバいんですか?」
手を洗って席につくとライラもやって来て三人で遅めの昼休憩になった。
「お貴族様に逆らおうとしたうえ、客商売なのに顔に傷作りかけて治してもらったのに愚痴るその考えよ」
ライラが信じられないという風に首をふりながらスプーンを口に運んでいる。
「確かに口答えは駄目だったけど二十万だよ!また借金が増えちゃう」
「借金が幾らか知らないけどどうせ沢山返さなきゃいけないならもう一緒でしょ」
確かに九千万ゴルから少しずつ返済しているとはいえまだまだ先は長い。二十万増えたくらい大して変わらないか。
「貴族相手の商売はどこを突かれて難癖つけられるかわからないんだから、顔に傷なんて問題外だよ。どれだけあんたが渋ったって結局ポーションは使う羽目になったと思うよ」
ライラにもそう言われ渋々ながら納得した。いい加減に貴族と仕事するって事に慣れなくちゃいけないな。
昼休憩を終えてマダムの執務室へ向かった。
そこには呼ばれたマイルズさんが居るのは当然だが職人のドルフも来ていた。
「お二人で来てくれたんですね」
私がドルフに笑いかけると厳しい顔を崩さないドルフがフンッと鼻を鳴らす。
「どうせ俺が作るんだ。だったら直接聞いたほうがいい。また後で不具合が出たとか言われちゃかなわんからな」
どうやらマッサージベッドを言われるままに作ったが後で納得が出来ずに付け足したのをまだ根に持っているらしい。こっちが不具合だと言ったわけではないんだけどね。自分が納得出来ないと駄目なタイプらしいので直接詳しく話す方がお互いの為だろう。
早速図面を描いて説明していく。
先ずはマッサージグッズだ。前世百均で売っていたプラスチック製の手持ちがついたデコボコしたローラーの絵を描いていく。勿論この世界には合成樹脂は存在しないためプラスチック製品は作れ無い。
「自分でコロコロして刺激を与えてマッサージしていく製品になるので肌を傷つけ無いような造りであることが大前提です。木製がいいですかね?」
私は身振りで使い方を説明して、デコボコした部分の大きさや持ち手の位置、コロコロする部分の回転の滑らかさの必要性など細かく指示していった。
「どこに使うんだ?」
「基本的にはどこでも良いですけど自分で使う事が前提なので手が届く範囲ですね」
「この凹凸は粒立っていないといけないのか?」
「いえ、程よく刺激を与えられればいいですから細工し易い切り込みを入れた四角錐のような形でも大丈夫です。もっと簡単な物で言えば足の裏用に丸材を半円に長く切った物でも良いんです。床に置いて裸足でふみふみすれば気持ち良いですよ」
「はぁ?そんなもんそこらの薪でも切っておけば良いじゃないか」
「アハハッ、そうですね。でもそこにも凹凸をつければもっと気持ちいいですけどね」
青竹踏みを踏む要領を実際に見せてみた。
「はぁ~……」
それを見たマダムとマイルズさんが大きくため息をついた。




