35 借金88,862,000ゴル
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ホレスはハッキリと私の名を口にしたので手違いでも勘違いでもないようだ。
「こちらへお願い致します」
正面玄関からお屋敷へ入りふかふかの絨毯が敷き詰められた廊下をねずみ色のB級私が執事の後をついて歩く。流石にユリシーズが空気を読んだのかマッサージベッドも他の荷物も持って私の後ろを付いてくる。
ホレスの私に対する扱いは平民でも富裕層に対するそれのようで、昨日とは大違いだ。屋敷の奥深くへ連れて行かれるととある部屋についた。
「アメリ様はここで着替えをお願い致します」
「はぁ、着替えですか?何故私が?」
着替えはマッサージを受ける側にお願いすることだ。不思議に思っているとホレスが私を上から下まであからさまに見やった。
「これからお迎え頂くお客様は皆さん上位貴族の方々です。いくらお仕えする立場の者であってもあまりみすぼらしい格好では礼を失する事になりかねませんから」
なるほど、伯爵夫人は自分がマッサージを紹介するにあたり、その珍しい施術を行う私があんまりな格好をしていることがお気に召さないようだ。だからといってピラピラフリフリしてはやり難い。
「あまり動きにくい格好は……」
「それは中にいる者に言って下さい」
さっさと入れと言わんばかりにホレスに部屋へ押し込まれた。勿論ユリシーズは入って来れないからここからは私一人で対応しなければいけない。
「あぁ、来たわね」
中には二人の使用人らしき人の良さそうな若い女性がいて私を見るなり呆れた顔をした。
「なるほど、これは非常事態ね」
私のねずみ色ファッションがよほどみすぼらしく見えるのか二人して有無を言わさぬ素早さで服をはぎ取り数通りの組み合わせをだし私に似合うかどうかを話している。
「あの、動きにくい格好はちょっと、出来ればズボンで……」
「わかってるから黙ってて!」
ねずみ色のクセに口出しするなと言わんばかりに切り捨てられきゅっと口を噤んだ。そりゃ確かにただの商店の小娘だった私と伯爵家にお勤めの方々じゃどちらがセンスが良いなど問うまでもない。
直ぐに白いブラウスに黒いパンツを着せられた。スッキリとして清潔感があり動きやすい。黒のカマーベストも着せられなんだか女性バーテンダーのような出で立ちとなった。鏡の中の姿を見て嬉しくなってしまう。
「格好いいですね」
そりゃ私だってねずみ色作務衣ファッションよりこっちのがいいとわかる。
「この先には女性しか入れないからあんな格好しなくてもいいわ」
さっき突き放されたとは思えないほど優しい笑顔で話してくれた。同じ平民女性として身分が低い者が外で働く危険性をわかってくれているのか、安心感を与えてくれる。
「今日は仕方ないけど明日からは早目に来て着替えてから夫人の所へ行ってね」
流石にこの服はくれる訳ではなくここで施術するときのみ貸し出してくれるようだ。
二人にお礼を言うと廊下へ出た。待っていたホレスがさっきのように上から下までじっくり見たあと満足気にコクッと頷き、再び案内を始めた。
すぐにさっきとは違う高級感漂う雰囲気のドアをノックし中へ通された。
「おはようございます、伯爵夫人」
中には既に綺羅びやかなドレスを纏った貴婦人が数人いて、深々と礼を取った私に好奇の目を向けてくる。
ヤバい!急に緊張してきた。お屋敷の豪華さや予定外の着替えに混乱して気が紛れていたけどこっからが本番だった!
「あぁ、やっと来たわね。皆様に紹介致しますわ。この者はマッサージという新しい施術を行うアメリです」
コールマン伯爵夫人から紹介され今度は貴婦人方に向けて礼をとった。
「アメリと申します」
視線を下げたままじっとしているとコールマン伯爵夫人が素早く指示を出す。
「この部屋には男性は入れないで、あなたもベッドを置いたら出ていきなさい」
ユリシーズが退出を告げられ血の気が引く。
ここでいきなり独りぼっちとか無くない?怖すぎて膝が震えそうなんだけど。っていうか震えてる!
「あの、伯爵夫人……」
「今からは私の事は奥様とおっしゃい。ここには伯爵夫人は他にもいるから。ここは女性専用サロンなの。だから男性は基本的に立ち入り禁止、用がある時にホレスが入れるだけよ。今回は初回だからあなたの付き添いも入らせたけど明日からは馬車で待っていてもらうから」
逆らう事は許さないという風に早口に言い切られあれよと言う間にベッドを置いてユリシーズは退室していった。
まじか、ここでひとりとか怖い!
そう思った瞬間、自分の耳にあるピアスの存在を思い出した。何を助けてくれているわけでは無いがマダムとリーバイ様はこの状況をピアスの盗聴魔術具を通じて知っている。悪い方向へ行きそうになったらどうにか助けてくれるだろう。後は私が救助不可能な失敗をしなければいいだけだ。
静かに深呼吸して気持ちを引き締めた。
「準備はいいかしら?」
私の気持ちを読み取ったかのように奥様が雅やかに微笑む。
「はい、宜しくお願い致します」
さぁ!揉んで揉んで揉みまくるぞー!!
「今回新しく発見した鉱山の発掘調査資金へご協力頂いた方々へ感謝申し上げますわ。先程もご説明致しましたがお礼の一つとして、マッサージという施術を優先的に受けて頂けるご用意を致しました。
このマッサージはまだこの王都ヘルムでもあまり広まっていない新しい物で今はなかなか予約が取れない素晴らしい施術なんですよ。
ここだけの話、フレッチャー公爵様もご利用されているようです」
部屋の中には貴婦人が四人と奥様以外は誰もいないにも関わらず最後のくだりは声を潜めていかにも内緒ごとのように話す奥様。リーバイ様やイライアス・フレッチャー公爵様がいるせいで自分が独占出来なかったのに逆にそこを使って貴婦人達に優越感を持たせようとするなんて上手い作戦だ。
「まぁ〜公爵様が?」
「ご公務がお忙しいとお聞きしますのに」
貴婦人達の間で驚きと共に本当かどうか怪しむような声があがる。
「ではマッサージについてこのアメリから説明をしてもらいましょう」
これ以上不審な気持ちが広まる前に奥様が私に話をふってきた。
にっこりと笑みを浮かべているが私を見る目には「きっちりと役目を果たせよ!」とハッキリと見て取れるほどの気合が込められている。
その目だけで気絶出来るよ。
「コホンッ、私からご説明させて頂きます。
これから皆様に施術致しますマッサージというものは体の調子を整える物でありまして、痛みを緩和したり気持ちを和らげたりするものです。実際にお受けして頂くのが一番わかり易いかと思いますが……」
奥様へ視線を向けるとこっくりと頷いた。
「わたくしも昨日受けましたけれど、何がいいという感じよりまずとても気持ち良いものでした。聞くところによると顔のたるみが無くなるとか……」
「無くなりませんが改善されます」
「浮腫が消えて足が細くなるとか……」
「改善されて足が楽になります」
「色々な効果があるようですわ」
奥様の誇大広告を速やかに訂正しながにこやかな笑顔を張り付ける。
私の口出しに奥様が少しムッとした顔をしかけたので殺されないうちに他の情報も付け加える。
「末端の手足の冷えや、肩こりからくる頭痛も改善されます」
貴婦人達はもれなく長い髪を高く結い上げ、流行りの襟ぐりの開いたドレスを着ている。まだ午前中のためイブニングドレスほど大胆に露出した服装ではないがそれでも冷えが気になるだろう。
「まぁ、冷えが?」
一人の貴婦人がそこに反応した。先程から説明をしているが、皆さん顔を見合わせて誰から行くのか譲り合っている様子でなかなか施術へすすまなかったがここが突破口かな。
「はい、肩から背中など温かくなりますよ」
この中でも若く好奇心が強そうなこの方をまず攻めていこう。




