33 借金88,992,000ゴル
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スタンダード営業を終え、マダムとの話も終えた私はもう精根尽き果てかけていた。今日は朝から働いたり話し合ったり働いたり話し合ったりで、最終的にスイートの予約であるリーバイ様の所へ向かう足取りは重量級に重かった。
リーバイ様はシャーリーさんの仕事部屋で待っているということでコロコロとマッサージベッドを転がしノロノロ歩く。
はぁ〜、やっぱりお金儲けって簡単にいかない。こんな状態で明日からの二週間を乗り越えられるんだろうか?今すでに夜の十一時、ここからリーバイ様をマッサージして今夜の営業は終了だから、ダッシュでシャワーを浴びて寝る頃には深夜一時過ぎだろう。まさかもう掃除は免除だろうから八時に起きて朝食を取ってすぐに出発。睡眠さえ取れていればなんとかなるか……
シャーリーさんの仕事部屋の前で気合いを入れ直すとドアをノックした。
「いらっしゃい、アメリ。リーバイ様がお待ちかねよ」
はうっ、今夜もキラキラエフェクト満載に輝いている美しいシャーリーさんが眩しすぎて目を開けていられません。
「お待たせいたしました」
美麗なお顔に癒やされながら部屋へ入るとリーバイ様がソファで書類を片手にこちらを向いた。
「来たか」
「はい、あれからずっとここでお仕事なさってたんですか?」
テーブルの上には紐で綴じられた分厚い書類が置かれ、ペンを手に何か書き込んでいた様子。娼館で美女を目の前にして仕事をするなんて無粋な奴だよ。
「まぁ、これでも責任ある地位についているもんでな。どこまでいっても書類が付きまとう」
うんざりした顔で持っていた紙束をテーブルへ投げ出す。近衛隊に所属しているくらいだから本来書類仕事より体を動かす方が得意だろう事が窺える。
リーバイ様はグッと伸びをすると渡した作務衣風ガウンを受け取り隣の部屋へ向った。その間にベッドの準備をしようとするとシャーリーさんが手伝ってくれる。
「ねぇ、アメリ、マッサージしてるところを近くで見てもいい?」
前回は勝手に見ていた事を謝られたが私が構わないと言ったので今回は許可を取って本気で見ようと思っているようだ。
「いいですよ、やりながら説明しましょうか?」
「本当にいいの?私がマッサージ覚えちゃっても」
私の言葉にシャーリーさんが探るような目をする。
「前にも言った通り私はマッサージ出来る人が増えれば良いと思っていますからそれは構いません。だけど実際に商売としてやっていくならマダムに相談しないといけない気がしますけど」
マッサージというこの世界ではまだ珍しい施術を隠れ蓑に私をスパイとして侯爵家へ潜入させるためにはまだ希少価値が必要だろうから簡単には許可が出ない気がする。
シャーリーさんは数秒黙って私を見ていたがふぅ~っと息を吐くとペコリと頭を下げた。
「私を弟子にしてください。宜しくお願い致します」
「えぇー!?弟子ってそんな大袈裟な!いいですよ、そんな事をしなくても」
予想外のシャーリーさんの行動に戸惑ってしまい慌てて顔を上げるように言った。
「なんだシャーリー、本当にアメリに弟子入りしてマッサージを覚えるのか?」
タイミングが良いんだか悪いんだかリーバイ様が戻って来るとからかう様な言い方をする。
「リーバイ様まで何を言ってるんですか、止めてくださいよ。こんなにA級美人のシャーリーさんがこんな私の弟子だなんて!」
キラキラエフェクト満載の彼女の真逆に位置するねずみ色B級女の私に二人して何を言い出すのやら。
「教えを乞うのにA級もB級も無いだろ」
サクッとディスってる気がするな、リーバイ様。
勿論平民の身としてはバレないように睨み返すしか抵抗出来ないが、だからと言って何もやり返せないのはムカつく。
「とにかく、やり方は見てくれて構いません。リーバイ様もいいですか?」
確認すると別に気にしてないという風に手を振りベッドにうつ伏せになった。
私は失礼致しますと声をかけベッドにあがるとリーバイ様に跨った。
「では先ずは全体的にチェックです。最初は軽く押しながら凝り具合を確認します」
肩から順に背中、腰とゆっくりと押していく。
「凝っていると張りが感じられますが、リーバイ様は基本的に筋肉多めで凝っているというより、偏った動きによる捻じれと筋肉を使った事による疲労が主な症状だと思われます」
剣は当然利き手で握ることが多いだろうから、普通は利き手に筋肉の付きが偏りがちな感じがするがリーバイ様はわりと均等な肉付をしている。
「もしかして普通の剣士と魔術剣士は訓練内容が違いますか?」
さっきよりもう少し力を込めて上から順に押しながら質問してみた。
「まぁ、基本は同じだがそもそも俺は自分で勝手に別メニューの訓練をしているからな」
「では他の剣士達は利き手に筋肉の付きが偏っていますか?」
「そういう奴がいるな。そういえばヘタな奴に多い」
「バランスが悪いとパフォーマンスが落ちると聞いたことがありますからそうでしょうね。そう考えるとリーバイ様は均等な体つきをしているので理想的といえます」
良いカラダっすよ!
「なるほど、俺はお前好みの体をしているわけだ」
そう言われドキッとする。『お前好みのカラダ』だなんて、凄くいやらしい響きだ……まぁそうなんだけど。
「ちょっと、変な言い方をしないでくださいよ。剣士として理想的だと言ったんです」
リーバイ様はうつ伏せになっているから見られていないが頬が熱くなるのを感じていると小悪魔シャーリーさんがニヤニヤしながらこっちを見ている。
「と、とにかく、リーバイ様の場合は凝りをほぐすというより筋肉の疲労が残らないように流し出すという感じで施術していきます」
ベッドから下りると見事な背筋を肩から背中、腰にかけて軽く揉みほぐし流すように擦っていく。
「こうすると血流が良くなり、体の中の流れが良くなるはずです」
こっちの世界では聞いたことないから、あんまりリンパがどうとか言わないほうが良いか。
「体の流れって?」
「体の中の血流が悪くなると体の隅々に栄養が行き渡りにくくなったり、末端が冷えたり、肩こりやむくみが酷くなったり、酷くなると吐き気がおきたり女性なら生理不順になったりします」
「そんなに大変な事になるの!?」
たかが肩こりされど肩こり。甘くみるなかれ、自律神経失調症なども起こる怖い前兆でもある。
私の話を聞き、更に真剣な表情でマッサージする手をじっと見つめるシャーリーさん。かなりの真面目な人だな。
「前にアメリに教えてもらった足のマッサージ自分でしてるんだけど、やってもらった時のように上手くいかない気がしてるんだけど」
浮腫に良いと教えてあげたふくらはぎのマッサージ。確かに慣れていないとコツがわかり辛いだろう。足くらいもっと手軽に自分でマッサージ出来れば良いと思うけど……
「あっ!マッサージグッズがあればやりやすいと思います」
「マッサージグッズってなに?」
「手軽に自分でマッサージ出来る道具です。別にこったものじゃなくてもよくて、例えば料理に使う麺棒とかでも使えますよ」
「えぇ!?麺棒でどうやってマッサージするの?」
マッサージする場所をリーバイ様の足に移しながらビックリ顔が可愛いシャーリーさんに説明していく。
「足は特にやりやすいですよ。足の裏や、ふくらはぎとか棒でコロコロするんです」
ここには麺棒が無いから仕方なくペンをふくらはぎに当てながらやり方を説明していく。
「まんべんなくコロコロするといいですよ。ただし痛くし過ぎてはいけません。マッサージは全体的に痛気もち良いくらいが丁度いいですから」
はぁ〜っと感心したようにシャーリーさんが頷き、リーバイ様に仰向けになってもらうと今度は手のひらから腕、肩とマッサージし、最後に頭を揉んでいく。
「頭って本当に気持ちいいよね」
シャーリーさんがまるで自分がマッサージされているようなとろんとした顔で私の手の動きを見ていた。
「頭をマッサージするとたるみにいいし、毛根にもいいです」
「え?毛根?」
「はい、毛根です」
リーバイ様の頭を揉みながらそう言うとシャーリーさんがリーバイ様の頭に目を釘付けにしながら黙ってしまった。
「俺の家系にハゲはいないぞ」
リーバイ様がボソッと呟いた。




