31 借金89,052,000ゴル
「マダムの前でそんな失礼な態度を取るな!!」
ユリシーズのお怒りは御尤もだがここは貴族であるリーバイ様の前でって言わなきゃ駄目だよ。
言われたマイルズもちょっと判断力がおかしくなっているのか、黙って何度も頷いた。
「はいはい申し訳ございません。ですけど、あのコールマン伯爵夫人のお相手をしてきたんですからお許し頂けませんか?」
ユリシーズがガチャリと置いたカップのお茶を一口飲むとマイルズがやっと話し始めた。
「コールマン伯爵夫人に会ってきました。いやわかっていましたよ勿論、私だってあの方と本業の仕事上の取引がありますから。だけど今回は酷かったです」
呼び出されたマイルズが最初に言われたことは私の一番客を譲る事。そしてそれが無理だとわかるとマッサージベッドの製作権を渡す事、前世でいうところの所謂特許権のことだ。勿論、それも無理だとわかり夫人の機嫌はすこぶる悪くなった。
「一番客はリーバイ様で、製作権はマダム・ベリンダだと話すと流石に無理矢理もぎとる様な事は出来ないとお分かり頂けたでしょうが、そこへタイミング悪くアメリの予約日程表が届いたんです」
私の予約日程はほぼガラ空きでスタンダードの時間に御隠居クラブの方々が二人ずつ二、三日置きに来るだけだった。
だけど伯爵夫人に渡されたのと同じだと見せられた物は午後からはずっと予約が途切れない行列が出来るお店のような予定表だった。
娼館の性質上、午後から始業とされていた為このような形になっております的な雰囲気をかもしだし、午後からスタンダードの時間は平民の富裕層の予約でうまり、スイートの時間は上位貴族であるリーバイ様や他の名も知らぬ下位貴族の方々で予約がうまっており、夫人のお話は現段階で午前中のみでしたらなんとかお応え出来ると思われますという注意事項も書き添えられている。
いつの間にか午後からの営業が加えられている。これって本当に仕事をする訳じゃないよね。
「それを受取ったときの夫人の顔を見て欲しかったよ」
きっとお手本の様な鬼の形相だったろう。
「それでどうなった?」
リーバイ様がニヤニヤしながらマイルズに話の先を急かす。
「いや、リーバイ様!もっと労って下さいよ……いつも私の扱いが雑なんですから」
不満を口にしたマイルズだがきっちりと仕事はしてきたようだ。
夫人には取り敢えず明日から二週間の間は午前中だけで三十分コースで四人分の予約を承った。そのうち一日はジョンソン子爵の予約が入っていたがコールマン伯爵夫人が話をつけて来月へ変更させられていた。
だけど他にも上位貴族が私を指名しているということがわかり簡単には手が出せず、来月からの予約も一番客であるリーバイ様の予定がまだ決まっておらずお待ち頂く事になった。
勿論伯爵夫人は今全力で私の指名客を洗い出し、どうにかマウントを取って優先順位を上げよう画策しているだろうが、公爵がいるとわかればそれほど無茶は言って来ないはず。
「御隠居様達にご迷惑がかかりませんか?」
せっかく出来たあの方々との繋がりを無くしたくはない。もし借金が払い終わって独立出来れば大切なお得意様になるだろうし。
「大丈夫よ、あまり貴族ばかりに偏っては評判が悪くなるから、スタンダードの時間は平民や下位貴族用に空けておくから」
平民でも富裕層からの評判は無視できない。いくら貴族でもそこを相手に無茶をすれば弊害が起こりかねないのでお互いにある程度の領分はわきまえる暗黙の了解がある。
マダムが最初に貴族に重点を置いてマッサージを広げると言っていたが平民の富裕層も関わらせることは織り込み済みだったようだ。
「先に言っておくけど、コールマン伯爵家に午前中に一日行ったあなたの取り分は十万ゴルが四人分で四十万ゴルの三分の二、二十六万ゴル。それが十四日間で三百六十万ゴルだからね。派遣費はこっちで全額もらうから」
ヒャッホー!|おっ金!おっ金!お金だ〜!
働けて大金が稼げるなんてウキウキしちゃうよ〜、あっ、忘れてた。
「そういえば夫人が派遣費を料金に組み込めって言ってましたけど」
伯爵夫人は自分の屋敷に他の人を招いてマッサージを受けさせるつもりのようだが、マダムとしては個別に呼ばれる方が派遣費を稼げるだろうに。
「気にしなくていいのよ。こちら的には勝手に夫人が宣伝してくれると思えば安くつくし、紫苑の館の存在が薄まるからそこも有効利用させてもらう。向こうだって何か企んでいるんだからそれくらいは払ってもらうわ」
危なく取り込まれそうになったが、上手く利用する方向へ持って行くようだ。
やっとマイルズも帰り、気がつくとスタンダードの時間が来ていた。今日はキャロからの紹介のジョバンニさんとモージズ翁の予約が入っていたはず。
「では私は仕事に行きます」
大金が入る予定にウキウキ気分で立ち上がり一応貴族であるリーバイ様に礼を取ると部屋を出ようとした。
「終わったら俺の番だぞ」
リーバイ様がにこやかに微笑む。
「ご予約は頂いて無かったと思いますが……」
マダムに確認したが呆れ気味で首を振る。
「あぁ、だがコールマン伯爵夫人には俺が一番客だと言ったし、今夜も俺が予約を入れてあると言っているからその通りに動かんとな」
どこで誰が見ているかわからないから一応その通りに動かなければいけないのかな?今日は忙しくてちょっと面倒に感じるけど……
「ちゃんと金は払う。正規の値段をな」
「ありがとうございます!喜んで参ります」
やったー!スイートの客だ!二十万ゴルの三分の二で十三万ゴル!
元気いっぱいにマッサージ室を整えると時間となり前室へジョバンニさんを迎えに行った。
「お待たせ致しました。ジョバンニ様」
前室に入ると丁度キャロが来ていてジョバンニさんと一緒にいた。
「あぁ、アメリ。今日はそっちの予約だったのね。いま話してたんだけど、ジョバンニさんたら最近私を指名してくれないのよ。嫌われちゃったかな」
仕事仕様のキャロはすっぴんの時の可愛い感じと違い綺麗目に化粧を施し輝いている。その顔をわざとらしく曇らせジョバンニさんを困らせて指名を取ろうとしているようだ。
「いやぁ、違うんだよ。し、仕事が忙しくて」
「でもアメリの所には予約して来ているじゃ無いですか」
キャロの狙いはうまく行き、ジョバンニさんが焦りだす。
「そ、それは、最近アメリの事が仕事仲間うちでも話題にのぼりだして、それで、話のタネに。キャロをき、嫌いになるわけないじゃないか」
顔を真っ赤にして大汗をかき、必死に言い訳するジョバンニさん。
あら、まぁ、そうなんですね?やだやだここにも甘酸っぱい事が起きているなんて!
どうやらジョバンニさんが前に言っていた気になる女性というのはキャロのようだ。彼女はどう見ても二十代半ば、ジョバンニさんは恐らく四十代くらいだろうからけっこうな年の差だ。なるほど、確かに言い出しにくいかも。
キャロに今度こそ指名するからと焦りながら言い訳をしたジョバンニさんをマッサージ室へ案内した。
「はぁ……」
着替えが済みベッドにうつ伏せになった途端にジョバンニさんが大きくため息をついた。
「お疲れですね」
さっきキャロに焦って対応していたこと事のせいかと思っていたがそれとは関係なく、ジョバンニさんの腰はかなり張っていた。
「いや、色々あってね」
ジョバンニさんは生地問屋で安い既製服の販売もしている。その彼が忙しいということは生地の取引が盛んだということだ。
この世界の貴族や富裕層は服を一から仕立てるから、領地持ちの貴族が王都へ来る秋の社交シーズンへ向けてドレスを新調する季節や、春に行われるお子様がたのデビュタントの前ぐらいが繁忙期になるはずだ。それでいえば今は初夏なので少し落ち着いた頃のはずなのに。
「腰が痛むのではないですか?」
「あぁ、実は最近従業員が二人減ってね。それも店を任せていた店長がいきなり里に帰らなければならなくなったと言い出して辞めてさぁ……」
「それは大変ですね。代わりの方は見つからないのですか?」
「一応若いのが頑張ってくれているけど、まだまだ任せるには早すぎてね。仕方なく私が外回りを全部やって中の切り盛りを覚えさせている最中なんだ」
生地問屋は流行りと定番の割合を上手く仕入れなければいけないだろうから、ベテランの店長が抜けたのはキツイだろう。直接ドレスを作っている店でなくても仕入れにはセンスがいるから今はジョバンニさんが自分で全ての仕入先へ買い付けにまわっているらしい。
外回りご苦労様です。




