30 借金89,052,000ゴル
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マダムがユリシーズにお茶を頼むと私とリーバイ様の前に座った。
「ただマッサージを商売としてやっていくなら伯爵家専属の依頼は有り難いわよ。だけど今回は目的が違う。あなたはディアス侯爵家へ行かなければいけないのに、コールマン伯爵にこんなに早くに目をつけられるだなんて……ちょっと油断したわね」
マダムとリーバイ様が難しそうな顔をしている。貴族全体にマッサージを広めていずれディアス侯爵家からも呼ばれるよう仕向けるつもりだったなら、伯爵であるコールマン家に気に入られる事も悪くないと思うが違うらしい。
「今はマイルズが呼び出されているから帰ってきたらまた詳しい話を聞けると思うけど、とりあえず指名客の中にリーバイ様ともう一人くらいは上位貴族が欲しいわね。下位貴族の方はいくらでも名前を使える人がいるけど」
貴族同士は派閥があって幾つかのグループに分かれていると聞く。コールマン伯爵家とディアス侯爵家では派閥が違うということだろうか?
「ヘタな奴はいれられないし、イライアス様に頼む……訳にはいかないか」
リーバイ様の言葉にマダムも頷きかけたがふと考え直したようだ。
「そうね、まだ早いと思うけど……でも逆にあからさま過ぎて疑わないかも」
「避けている方が返って不自然か。私の名を出すならイライアス様もアメリの事を知っている方が自然と思うか。そもそも紫苑の館から出ている話だしな」
「そ、そうね。イライアス様が知らない方が不自然ね」
なんだかマダムが一瞬戸惑ったような顔をした気がしたが直ぐに元通りキリッとした。二人がどうやらイライアス様という方を私の指名客に入れるかどうかを悩んでいるようだが私には誰かも何故かも何もわからない。
「あの、お尋ねしていいですか?」
悩む二人には悪いが私も出来るだけ現状を把握しておきたい。何せ命と借金返済がかかっているので。
「まず指名客の件ですが、私の一番客はマイルズさんですよね?マイルズさんは平民ですが一番客でも大丈夫なのですか?」
指名客には順位があって一番客の予約が一番優先されると聞いた。月始めなどに一番客に先にお伺いを立てその後二番へ行く聞く。
だけどどう考えても平民の予約が一番優先されるだなんて貴族が了承できるわけがない。紫苑の館の場合大体貴族が一番客であることが多いのは平民の富裕層がいいタイミングで引き下がって一番を譲るからのようだ。
「あぁ、今夜の時点で私がアメリの一番客になる」
リーバイ様がいい顔で告げてくるがそんな急に変えてもいいもんなんだろうか?
「まぁ、多少は不自然でも元々予約があってマイルズとも話がついていたとすれば大丈夫でしょう」
既にマイルズと連絡済みらしく決定事項のようだ。
さっき降って湧いた伯爵家専属依頼だったのにこんなに短時間でそこまで根回しが済んでいるなんて凄すぎマダムとリーバイ様。ってイヤイヤいくらなんでも異常でしょう!
「どうしてこんなに話が早いんですか!?まるで一緒にコールマン伯爵家にいたみたいじゃないですか?」
自分で言った瞬間にハッとして耳を押さえた。マダムから渡された居場所特定装置付きピアスの存在を忘れてたが、もしかしてもしかしなくても……
「そういうことよ、それは居場所だけじゃなく音声も届けてくれるの」
マダムが恐ろしい事をさらりと言った。
「ちょっと待ってくださいよ!!居場所が知られるのは仕方ありませんけど音声は嫌ですよ!私がどこで誰と何を話したかが筒抜けって事ですよね?」
「まぁ、そうだけど」
マダムが悪びれもせず答える。
「それはあんまりです!私にだって私事を他人に知られたくない権利があると思います!いくら借金があるからって酷すぎます」
このピアスをつけてからずっと盗聴されていたのかと思うと怒りや恥ずかしさや情けなさが込み上がってきた。
ヤバイ、なんか泣けてきた。
「おいおい、そんなに興奮するな。大丈夫だ、これを使う時はマダムと俺が一緒の時だけだ」
リーバイ様がまぁまぁって感じで肩を叩いてくるが今の話のどこに大丈夫な部分が含まれているのか理解出来ない。
「ふたりして私を盗み聞きしてたってことですか!」
「馬鹿ね違うわよ、あなたが派遣マッサージに行っている間だけ聞いているのよ。安全の為にね」
そう言ってマダムが机の引き出しから凝った装飾がされた木箱を取り出し見せてくれた。
「これがその魔術具よ」
艶のある木箱をそっと開けると中には、そこそこ大き目の魔石がはめ込まれた装置があらわれどうやらこれを操作することによってピアスから音声を拾うことができるらしい。
「この装置は値がはるし、使用する時に結構魔力を使うの。だから普段のあなたのつまらない私生活を盗み聞きするような勿体無い事はしないわ」
なんだかちょっと引っ掛かる物言いだが恐らく、多分、きっと私のプライバシーが保たれているであろう事がわかり無理矢理気持ちを収めた。
「心配するな、これはマダムだけでは使用出来ない。使用時に魔力を注ぐ必要があるからな、俺が同席してないと使えない」
リーバイ様がドヤ顔で話すところをみるとどうやら自分が魔力が扱える者だと言うことを自慢しているようだ。
「リーバイ様は魔術剣士だったんですね」
剣士の中でもひときわ優秀とされる魔術剣士。
魔術師は強力な魔力を使って魔術を行使するが魔術を展開する為には小難しい詠唱が必要でありその時間を稼ぐために剣士に護られる必要がある。
剣士は近距離攻撃には最適だが遠方から魔術で攻撃されれば対抗するのは難しい。
そこで戦場で重宝されるのは優秀な魔術剣士だと聞いたことがある。斬り合いながら詠唱し魔術でも攻防出来るのが最強と言われる由縁らしい。
「俺くらい優秀なら盗聴くらい簡単なものだ。だから安心して派遣マッサージに行け」
そんな事を聞いたところで盗聴されているという気持ちの悪さは拭えないけど、身の安全の為には仕方無いと思う事にした。
「とりあえず指名客の件はイライアス様に伝えておくから適当な日にちに予約を入れておいてくれ。実際にアメリに公爵邸にも行ってもらわなきゃ不審がられるし、イライアス様もマッサージが受けられて喜ばれるだろう」
「そうね、最近寝付きが悪いと仰ってたから」
マダム・ベリンダがホッと小さくため息をついた。視線を落とした憂い顔はほんのり色めき大人の女性の雰囲気がふんわりと広がった。
「あのぉ……イライアス様というのは?」
聞いちゃっていい話なのかな?だけど聞かなきゃねぇ、近々派遣されるみたいだし。
「イライアス・フレッチャー公爵。現国王の甥で今はこの国唯一の公爵家のご当主で私の上司でもある。それからもうわかるだろうが、我々にディアス侯爵を調べるよう命令を下しているのはイライアス様だ」
……聞かなきゃ良かった。胃が痛くなってきちゃったよ。
なんなら一生知りたくなかったこっち側の黒幕の正体を知って頬がピクピクとするのを感じながら、ご丁寧な説明をしてくださったリーバイ様を見た。
「まぁ、そんな顔するな、イライアス様はユニークで優しい方だ。それにここだけの話、ベリンダの恋び……」
「リーバイ様!余計な事を言わないで下さい」
マダムが素早く遮ったがもう聞いちゃったよ!
「マダムの恋人なんですか!?」
「アメリ!他所で余計なことを言ったらあなたの身が危なくなるんだから気をつけなさい」
「はい!わかりました!!」
コワッ!!めっちゃ睨んでるよ!近衛隊の魔術騎士のリーバイ様までビビってる顔してる。
私もビシッと背筋を伸ばすときゅっと口を噤んだ。じゃなきゃ貴族じゃなくてマダムに殺されそう。
ユリシーズがマダムに二杯目のお茶を淹れた頃、コールマン伯爵夫人に呼び出されていたマイルズがヘロヘロになりながらやって来た。
「どうなった?」
リーバイ様が待ちきれず、マイルズがソファに座るやいなや尋ねたが彼はうんざりというのにピッタリなどんよりした顔で大きくため息をついた。




